Share

日曜日の約束

Author: 影畑凛星
last update publish date: 2026-06-25 06:17:54

 日曜日の朝。

 佳苗は鏡の前で三度目のため息をついた。

「何で悩んでるんだろう……」

 ベッドの上には服が何着か並んでいる。

 仕事用ではない。

 休日用だ。

 ただ、それだけだった。

 それなのに決まらない。

 いつもなら適当に選んで終わりなのに。

 今日は違った。

 理由は分かっている。

 雄吾と出掛けるからだ。

 たったそれだけのことなのに。

 妙に意識してしまう。

 佳苗は額を押さえた。

「落ち着こう」

 別にデートではない。

 雄吾はそんなつもりではないだろう。

 何か用事があって付き合えと言っただけだ。

 そう自分に言い聞かせる。

 結局、淡いベージュのブラウスとスカートを選んだ。

 派手ではない。

 けれど少しだけ気に入っている服だっ

Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   二人だけのこと

    「ただいま」 夜。 帰宅した雄吾の声を聞いて、佳苗はリビングから顔を上げた。「おかえりなさい」「……どうした?」「え?」「また何かあっただろ」 すぐに気づかれてしまう。 佳苗は少し迷ったが、今度は隠さなかった。「今日、お母様と電話でお話ししました」「母と?」「はい」「何を言われた?」「結婚のことです」 雄吾の眉が寄る。「また?」「一条さんと、私たちの結婚について話したそうです」「……絢子と?」「はい」 佳苗は、美佐子から聞いたことをそのまま話した。 絢子が、雄吾は大切なことほど慎重だと言ったこと。 佳苗が前の結婚で傷ついているから、急がないようにしているのではないかと話したこと。「それで私……」 佳苗は少し俯いた。「私たちの結婚のことは、一条さんと話さないでほしいって言いました」「ああ」「お母様、少し嫌そうでした」「だから?」「……」「佳苗」 雄吾は佳苗の向かいに座った。「それの何が悪い?」「悪くないって思いたいです」「思いたいじゃなくて、悪くない」「でも、お母様は一条さんと昔から何でも話していたみたいだから」「俺たちのことまで話す必要はない」「……はい」「それに」 雄吾の声が低くなる。「絢子が何で俺たちの結婚について意見してるんだ」「意見というほどでは……」「同じだ」 雄吾は明らかに不快そうだった。「俺が結婚をどう考え

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   まだ、何も

    「あなたと雄吾って……結婚するの?」 佳苗は答えられなかった。 考えたことがなかったわけではない。 雄吾と暮らすようになって。 一緒に食事をして。 帰る場所が同じになって。 この生活がずっと続けばいいと思うことは、何度もあった。 けれど。「……まだ、そういうお話は」「あら、そうなの?」「はい」「てっきり、もう具体的な話が出ているのかと思ってたわ」 美佐子は意外そうだった。「雄吾、あなたのことをずいぶん大切にしているでしょう?」「……はい」「一緒に暮らしてもいるし」「はい」「だから私、当然そのつもりなのかと」 佳苗は曖昧に笑った。「まだ何も聞いていません」「そう……」 美佐子は紅茶に口をつける。「ごめんなさいね。余計なことを聞いて」「いえ」「あなたを急かしたいわけじゃないのよ」「分かっています」「ただ……」 美佐子が少し考えるように首を傾げた。「雄吾ももう、将来のことをきちんと考える年齢でしょう?」「……」「佳苗さんは、結婚したい?」 また答えに困る。「私は……」 したい。 そう答えてしまっていいのだろうか。 雄吾が何も言っていないのに。「できたら……いつかは」「そう」 美佐子は優しく微笑んだ。「だったら、雄吾もちゃんと考えてくれてるといいわね」「……はい」 何も悪い言葉ではなかった。 それなのに。 帰り道も、その言葉がずっと胸に残った。     ◇「ただいま」「おかえり」 家へ戻ると、雄吾は先に帰っていた。「母と会ってたんだろ?」「はい」「また何か言われたか?」「え?」「絢子のこと」「あ……今日は違います」「ならいい」 雄吾はそれ以上聞かなかった。 佳苗も、すぐには言えなかった。 ――私たち、結婚するんですか? そんなことを突然聞けば。 まるで結婚を迫っているようではないか。「佳苗?」「はい?」「何かあっただろ」「……どうして分かるんですか」「顔」 佳苗は困って笑った。「雄吾さんって、そういうところだけよく見てますよね」「そういうところだけって何だ」「何でもありません」 誤魔化そうとした。 けれど雄吾はじっと佳苗を見ている。「母に何を言われた?」「……」「佳苗」「結婚するのかって」 とうとう口にした。 雄吾の表情が

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   一瞬の顔

     ほんの一瞬だった。 美佐子に向けていた柔らかな笑顔が消えた。 驚いたというより。 苛立ったような――。「……そうよね」 けれど次の瞬間には、絢子はいつもの表情に戻っていた。「ごめんなさい、おばさま。やっぱり旅行はやめましょう」「でも絢子ちゃん」「雄吾さんの言う通りよ」 絢子は困ったように笑う。「昔と今は違うもの」「……」「私、つい昔と同じ気持ちでいちゃうから駄目なのね」「絢子ちゃんが悪いわけじゃ――」「ううん」 絢子は首を横に振った。「私もちゃんと変わらないと」 そして雄吾を見る。「ごめんね、雄吾さん」「……」「もう昔のことを持ち出さないようにする」「ああ」「じゃあ、私はこれで」 絢子は美佐子にも頭を下げ、その場を離れていった。 雄吾は、その後ろ姿をじっと見つめていた。「雄吾?」「何?」「さっきからどうしたの?」「別に」「絢子ちゃんに冷たすぎない?」「普通だろ」「どこがよ」 美佐子はため息をついた。「旅行くらい、みんなで行けばいいじゃない」「行きたいなら母さんと絢子で行けばいい」「佳苗さんも誘って、仲良くなれば――」「無理に仲良くなる必要はない」「どうしてそんな言い方するの?」 雄吾は母を見る。「母さん」「何?」「最近、絢子から昔の話をよく聞くのか?」「……どういう意味?」「俺と絢子の結婚の話。昔の旅行。それまでほとんど話してなかっただろ」「それは、この前ア

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   知らない雄吾

     二十年以上。 その時間を、佳苗は知らない。 雄吾がどんな子供だったのか。 どんな学生だったのか。 何を好きで、何を嫌って、どんなふうに笑っていたのか。 絢子は知っている。 美佐子も知っている。 自分だけが知らない。(……だからって、今の雄吾さんとは関係ない) 佳苗は自分に言い聞かせた。 雄吾も言ってくれた。 絢子との結婚話など、親が勝手に盛り上がっていただけ。 婚約していたわけでも、二人で将来を約束したわけでもない。 それでも。 心のどこかに、小さな棘が残った。     ◇ 数日後。「佳苗さん、これ見て」 美佐子の家で、佳苗は古いアルバムを差し出された。「この前昔の話をしたでしょう? それで懐かしくなっちゃって」「……アルバムですか?」「雄吾の小さい頃の」 佳苗の表情が明るくなる。「見たいです」「でしょう?」 美佐子が嬉しそうに隣へ座る。 幼稚園の入園式。 小学校の運動会。 家族旅行。「雄吾さん、昔からあまり笑わないんですね」「そうなのよ。この頃なんて写真を撮るって言うと逃げて」「ふふ」 佳苗はページをめくった。 知らない雄吾を知ることができる。 純粋に嬉しかった。 けれど。「あ……」 途中から、絢子の姿が増えていった。 並んで海辺に立つ二人。 誕生日会。 制服姿。 家族同士の旅行らしい写真まである。「この頃は一条家とよく一緒に旅行してたの」「そうだったんですね」「ほら、これなんて可愛

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   昔の約束

     絢子が電話を掛けた相手は、父だった。『絢子? 珍しいな』「お父様、今少しいい?」『ああ。どうした』「榊原さんのところとの共同案件のことなんだけど」『何か問題でもあったか?』「ううん。仕事は順調よ」 絢子は一度言葉を切った。「ただ……雄吾さん、結婚するつもりなのかなと思って」『雄吾君が?』「今、お付き合いしている方がいるでしょう?」『ああ。美佐子さんから聞いたことはあるな』 絢子は窓の外を見る。「お父様、昔……覚えてる?」『何をだ?』「私と雄吾さんが結婚したら、なんて話してたこと」 電話の向こうで父が笑った。『そんな昔の話か』「やっぱり覚えてたんだ」『お前たちがまだ学生の頃だろう。美佐子さんたちと酒を飲みながら、そんな話もしたな』「……そうよね」 ただの昔話。 正式な婚約でもない。 両家が交わした約束でもない。 だから絢子も、それ以上は言わなかった。『どうした。まだ雄吾君が好きなのか?』「……分からない」『絢子』「でも、今さら何かするつもりはないわ」 絢子は小さく笑った。「ただ、昔そんな話もあったなって思い出しただけ」『そうか』「お母様も覚えてたかな」『さあな』「今度会ったら聞いてみようかな」『変な波風を立てるなよ』「分かってる」 絢子は笑った。「ただの思い出話よ」     ◇ 数日後。 美佐子は久しぶりに夫と外で食事をしていた。「そういえば」 料理を待ちながら、夫がふと思い

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   私が止めるんですか?

    『佳苗さん。お願い』 美佐子の声が耳に残る。『絢子ちゃんを止めてくれない?』「……私が、ですか?」『ええ』「どうして……」『だって、あの子が日本を離れるなんて』 美佐子の声は本気で動揺していた。『仕事だってあるのに。お父様の会社のことだってあるでしょう? それなのに、急に海外へ戻るなんて言い出すから』「……」『きっと、相当傷ついてるのよ』 佳苗は隣の雄吾を見る。 雄吾は黙って手を差し出した。「代われ」という意味だ。 けれど佳苗は、少し迷ってから首を横に振った。 今度は。 自分で話したかった。「お母様」『なあに?』「私には、止められません」『佳苗さん?』「一条さんが海外へ行くかどうかは、一条さんが決めることです」『でも、原因は――』 そこで美佐子が言葉を止める。 佳苗の胸が痛んだ。「原因は、私ですか?」『そういう意味じゃないのよ』「では、どういう意味ですか?」『……』「一条さんが雄吾さんを好きなのは、私のせいではありません」『それは分かってるわ』「雄吾さんが一条さんと距離を置くと決めたのも、私のせいではありません」『でも――』「一条さんが海外へ行くと決めることもです」 声が震えそうになる。 それでも佳苗は続けた。「それまで私が何とかしなきゃいけないんですか?」『……』「一条さんが悲しんだら、私が慰めて。離れると言ったら、私が引き止めて」『佳苗さん、私はそんなつもりで――』「だったら」 佳苗は息を吸った。「お母様が止めてあげてください」『え?』「お母様は、一条さんに日本にいてほしいんですよね?」『もちろんよ』「なら、お母様がそう伝えてください」『でも、絢子ちゃんがこうなったのは雄吾とのことが――』「だったら雄吾さんと話してください」 美佐子が黙った。「私を間に入れないでください」 言ってしまった。 胸が激しく鳴る。 嫌われる。 そんな恐怖はまだある。 けれど。 もう引き受けたくなかった。「ごめんなさい」 佳苗は静かに言った。「私は、一条さんが自分で決めたことの責任までは取れません」     ◇『……分かったわ』 長い沈黙のあと。 美佐子が答えた。 その声は硬かった。『ごめんなさいね。無理なお願いをして』「お母様……」『雄吾にもよろしく』

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   逃がすつもりはない

    「やっと捕まえた」 耳元で囁かれた低い声に、佳苗の心臓が大きく跳ねた。 捕まえた。 その言葉は、優しいのにどこか危険だった。「榊原、先輩……?」 佳苗が戸惑う中、雄吾は佳苗の手首を掴んだまま、ゆっくり顔を上げる。 その視線の先には、こちらへ歩いてくる悟がいた。「佳苗!」 苛立った声。 悟は佳苗を見るなり、露骨に顔をしかめた。「何やってんだよ」 だが次の瞬間、雄吾の姿に気づき、動きが止まる。「……誰?」 警戒した声音。 雄吾は答えない。 ただ静かに佳苗の前へ立った。 庇うように。 その背中の広さに、佳苗は息を呑む。「佳苗、こっち来い」 悟が手を伸ばす。 

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   やっと捕まえた

     恵が帰ったあとも、佳苗はしばらく動けなかった。 心臓が嫌なほど脈打っている。 あの目。 一瞬だけ見せた、冷たい視線。 前世では最後まで気づかなかった。 恵はずっと、自分から奪うことを楽しんでいたのだ。「……っ」 佳苗は唇を噛み締める。 怖い。 けれど、それ以上に悔しかった。 どうして自分は、あんな人たちのために命まで懸けてしまったのだろう。 テーブルの上に置かれた結婚写真が目に入る。 幸せそうに笑う自分。 悟の腕に寄り添って、未来を信じ切っていた頃の自分。 ――滑稽。 佳苗は震える手で写真立てを伏せた。 もう戻れない。 戻りたくもない。 今度こそ終わらせ

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   置いていかれる側

    「……今、泣いてるのか?」 低く静かな声が耳に落ちる。 その一言だけで、張り詰めていた感情が崩れそうになった。 佳苗は慌てて口元を押さえた。「な、泣いてません」『嘘が下手だな、お前は昔から』 昔から。 その言葉に、大学時代の記憶が蘇る。 榊原雄吾。 成績優秀、容姿端麗、誰にも媚びない孤高の男。 学生の頃から有名だった。 近寄りがたい人だったのに、なぜか佳苗にはよく話しかけてきた。『また他人の仕事押し付けられてるのか』『断れないのか、お前は』 呆れたように言いながら、結局いつも助けてくれた。 けれど卒業後は一度も会っていない。 それなのに、どうして今。「どうし

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   もう騙されない

    「佳苗? 本当にどうしたんだよ」 怪訝そうな顔で、悟がこちらを見る。 その優しげな声に、佳苗は思わず身を強張らせた。 前世でも、この男はこんな顔をしていた。 穏やかで、頼れて、優しくて。 だから信じてしまったのだ。 まさか裏で妹と不倫し、自分を“代理母”として利用していたなんて、夢にも思わなかった。「顔色悪いぞ。熱でもある?」 悟が立ち上がり、額に触れようと手を伸ばしてくる。「っ……!」 佳苗は反射的にその手を振り払った。 ぱしん、と乾いた音が響く。 悟が目を見開いた。「……佳苗?」 しまった、と思った。 前世の記憶が蘇ったとはいえ、今の悟はまだ“何も知らない夫

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status