星間覇道 ― 銀河最大の内乱 ―의 모든 챕터: 챕터 51 - 챕터 60

70 챕터

第51話……大公国成立

 ツーシームは惑星ヴァルカンの軌道上に浮かぶ、宇宙船用の中型ドックに姿を現していた。 広大な格納空間には白色灯が並び、無数の整備アームが忙しなく伸び縮みしている。 金属を切削する甲高い音と、冷却材の噴き出す低い唸りが、油と焼けた鉄の匂いを伴って充満していた。 その中央で、海賊船「モリガン」は外装を剥がされ、まるで解体途中の獣のように横たわっている。「商会長、こんな油臭いところへようこそ」 振り返った男――元星間ギルドの主任技師、トロストは、作業服の袖をまくり上げたまま笑った。 頬はこけ、目の奥は妙に冴えている。「ああ。いつ戦いがあるかわからないからね」 ツーシームは周囲を見回し、眉をひそめる。「……それより、宇宙大麻を少し控えたらどうだい? 身体にさわるよ」「はは、これがないと脳みそに数字が踊りませんや」 冗談とも本音ともつかぬ調子で、トロストは肩をすくめた。 彼は今、惑星ヴァルカンにおける位相鉄鉱の精錬事業に、ほぼ寝ずに打ち込んでいる。「で、精錬効率は上がっているのかい?」「ええ、品質はもう商業ベースに乗っています」 トロストは作業端末を叩き、数値を表示させた。「位相鉄は、単体で使うよりも他の素材と混ぜた方が、コストパフォーマンスが跳ね上がる。純度を四割台で抑えれば、競合相手にも勝てますからね」「あんた、意外と経費のことも考えるんだな」 ツーシームは鼻で笑う。「研究者ってのは、純度さえ上げれば後は知らん、って連中だと思ってたよ」「ですが――」 トロストはちらりと彼女を見る。「商会長の『モリガン』の装甲だけは、位相鉄鋼九九・八九パーセント指定でしたよね?」「ああ」 ツーシームは即答した。「その件は、皆には黙っとけよ」「了解です」 即座に頷き、トロストは不敵に笑う。「その代わり……こちらを覗いてもらえませんか?」 彼が指し示したのは、ドック奥に据え付けられた巨大な量子顕微鏡だった。 複雑な配線と冷却管に囲まれ、青白い光を放っている。 ツーシームは無言で覗き込む。「……ん? これか?」 レンズの向こうで、青い粒子の流れが、左方向へと緩やかに引きずられている。「なんだか……青い物質が、左に流れてるな」 次の瞬間だった。「うは――っ! あんた最高だよ!!」 トロストが、作業台を叩いて大声で叫んだ。
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第52話……総統暗殺未遂

 ――総統官邸最上階。 厚い装甲窓の外では、首都星ルシフェルの軌道を巡る星々が、静かに流れていた。 寝室には甘い香りの香油が漂い、照明は柔らかく落とされている。 その豪奢な寝台の上で、ノクターン総統は絹の寝具に埋もれ、女を腕に抱いたまま大きな寝息を立てていた。 旧帝国領の半分を動かす男も、この瞬間だけは無防備だった。 ――その時だった。 床板が、ほとんど音もなく開く。 暗闇の中から、黒装束の男が這い上がってきた。 官邸の防衛網を潜り抜け、ここまで辿り着いた刺客である。 男はゆっくりと立ち上がると、寝台の脇に歩み寄り、消音銃を構えた。 照準は、眠る総統の胸。 その時、腕に抱かれていた女が、うっすらと目を開けた。「……誰?」 短い沈黙。 次の瞬間、消音銃が低く鳴った。 ぷつん、と乾いた音。 総統の身体がわずかに跳ね、赤い血が白い寝具に広がる。 だが―― ほぼ同時に、もう一発の銃声が響いた。 女の手に握られていた小型拳銃が火を噴き、暗殺者の胸を撃ち抜いたのだ。 男はよろめき、床へ崩れ落ちる。「……お、お前は……」 彼は震える指で女を指した。「宰相……ローゼンタール!?」 銀髪の女は、静かに銃口を下ろした。 その表情には、わずかな冷笑が浮かんでいる。 暗殺者は驚愕の表情のまま、やがて動かなくなった。 部屋は再び静寂に包まれた。 ただ、寝台の上で流れ続ける血だけが、ゆっくりと絹を染めていた。◇◇◇◇◇――翌朝。 総統官邸の小会議場では、いつも通り朝の閣議が開かれていた。 閣僚たちが席につき、ざわめきが広がる。 やがて扉が開いた。 最後に入室してきたのは―― 宰相ローゼンタール、そしてその後ろを歩くノクターン総統であった。 壮健そのものの姿で。「……ば、ばかな!?」 思わず声を上げたのは、外務卿コーレイン伯爵だった。 周囲の閣僚たちは、彼が何を驚いているのか理解できず、怪訝な顔を向ける。 その瞬間だった。「コーレイン伯爵を捕らえろ!」 ローゼンタール宰相が、鋭い声で命じた。「罪状は――総統への反逆罪だ!」 扉が一斉に開き、武装した警備兵が雪崩れ込む。 抵抗する間もなく、コーレイン伯爵は床に押さえつけられ、拘束された。「くそっ……!」 彼は歯を食いしばる。「……あれは影武者だったか!
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第53話……正義は金で出来ている

 聖帝国暦六四五年三月上旬――。 新たな領地と爵位を手にしたアーヴィング大公国旗下の貴族たちの士気は、天を突かんばかりに高まっていた。 祝宴の杯がまだ乾かぬうちに、彼らはそれぞれの艦隊を率いて帝国領へと雪崩れ込んでいく。 理由は単純だ。 この戦では、切り取った星域は、そのまま戦功を挙げた貴族の領地としてよいという規則が、事前に定められていたからである。「旗艦前進! 次の星系も押さえるぞ!」「補給船団は後ろからついてこい!」 艦隊通信が乱れ飛び、私兵艦隊は次々と星系境界を越えていった。 だが、その光景を冷ややかな目で見ている者もいた。 正規軍の司令部である。「大公様……」 大公国軍宇宙艦隊司令長官パウルス元帥は、作戦図を見つめながら眉をひそめる。「いくらなんでも、これは無秩序すぎるのではありませんか。各貴族が勝手に侵攻していては、戦線の維持が難しくなります」 アーヴィング大公は腕を組み、静かに笑った。「貴官の言いたいことは分かる」 そう言ってから、ゆっくりと続ける。「……だがな、この勢いをわざわざ削いでは本末転倒だ。今は、貴族たちが自分の領地を取りに行く『熱』が必要なのだ」 そして、机上の星図を指で叩く。「貴官ら正規軍人は、前線の連中が暴れられるよう――後方で補給を整えてやればよい」「……かしこまりました」 パウルス元帥は一礼した。 前線で戦うこと自体は、ある意味、誰にでもできる。 だが数百隻の艦隊と数百万の兵を支える補給網を、戦況に応じて組むには軍事教育を受けた専門家の手腕が不可欠だった。 その頃、前線では――「撃て! 撃てぇ!」 私兵艦隊の艦長が叫ぶ。「臆病な帝国軍は逃げているぞ!」 大公国軍の私兵艦隊は、正規軍と比べれば装備も艦艇性能も劣っていた。 だがその不足を補って余りあるものがあった。 欲望である。 恩賞目当ての宇宙海賊、流浪の傭兵団、辺境の独立艦隊。 彼らが次々と大公国側へ合流し、艦隊の規模は膨張を続けていた。 そして戦場では、結果がすべてだった。 帝国軍の士気は明らかに低かった。 偽帝を戴く中央政府に、家名の尊厳と命を賭ける理由が見つからないのだ。 宇宙戦でも、地上戦でも、各地で帝国軍は敗北を重ねる。 戦線は崩れ、要塞は孤立し、兵士たちは次々と武器を捨てた。 わずか一週間。 
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第54話……皇帝を買った女

 聖帝国暦六四五年三月下旬――。 昨日、惑星ヴァルカンにて、ジャガースの開幕戦の始球式を終えたばかりのツーシームは、アルテミス商会本部の執務室で機嫌よく煙をくゆらせていた。 窓の外には、白い惑星首都レンドの街並みと、その向こうに広がる赤褐色の砂海が見える。 控えめなノックのあと、扉が開く。 帳簿係の制服に身を包んだ男が入ってきたが、その正体は海賊仲間の一人だった。「姉御、モリガンの改造が終わりましたぜ」 低い声でそう告げる。 ツーシームは椅子の背にもたれ、ゆっくり煙を吐いた。 そして安煙草をガラスの灰皿に押し付け、火を消す。「ああ、なら今すぐ見に行こうじゃないか?」 執務室を出た彼女は、商会裏手の発着場へ向かった。 そこに待機していたのは、砂漠用ホバークラフトである。 反重力スカートが低く唸り、機体は静かに浮上した。 やがて砂海へと滑り出し、レンドの街並みを背にする。 目的地は都市から一二〇キロ離れた秘密ドック。 灼熱の岩盤層の下に掘り抜かれた、アルテミス商会の隠し施設だった。 重いハッチが開く。 その奥、照明に照らされて一隻の艦が姿を現す。 ツーシームの愛船――宇宙海賊船「モリガン」。 改造を終えた艦体は、美しい光沢の黒装甲をまとい、静かにドック内へ鎮座していた。 闇そのものを削り出したかのような艦影である。「……いいじゃないか」 ツーシームが満足げに呟く。「ありがとうございます」 応じたのはアルテミス商会の主任技師のトロストだった。 細身の男で、頬はこけ、瞳はどこか落ち着きがない。 彼の指先はわずかに震えている。 宇宙麻薬――「スターダスト」の長期中毒者であることを、この場の誰もが知っていた。 もっとも、彼は凄腕技師であったが、やはり違法麻薬中毒者を雇う場所など、まともな世界には存在しない。 だからこそ、ツーシームの商会に居場所があったのだ。「あの機関の取り付けは、うまくいったんだろうね?」 ツーシームが問いかける。 トロストは乾いた笑みを浮かべた。「それはもう。この銀河でも最高の仕上がりですよ」 その隣で、もう一人の男が愉快そうに笑う。 星間ギルドの闇商人――ヘッジボックである。「あんたたち、幼馴染なんだってね?」 ツーシームが軽く顎を上げた。「ええ。若い頃はよく二人で非合法な実験を
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第55話……機械仕掛けの皇帝

 聖帝国暦六四五年四月上旬――。 帝国軍の戦線は、各方面で崩れつつあった。 アーヴィング大公国軍の攻勢は激しく、帝国艦隊は星域ごとに押し返されている。 防衛線は次々と突破され、その矛先はいよいよ皇帝直轄領――第一総管区へ迫ろうとしていた。 敗北の余波は、宇宙空間だけでは終わらない。 艦隊戦で制宙権を失えば、次に起こるのは地上の崩壊である。「うははは! 奪え、奪え!」「そこの小娘、逃げるなよ! たっぷり可愛がってやる!」 軌道上の帝国艦隊が潰走すると、惑星の支配階級は護衛部隊とともに宇宙へ逃亡する。 残された都市に秩序など存在しない。 そこに降り立つのは――勝者である大公国軍の兵士たちだった。 いや、兵士と呼ぶにはあまりにも粗暴な集団である。 建物は焼き払われ、倉庫の食料は略奪される。 女も、財産も、そして命さえも戦利品だった。 泣き叫ぶ声が惑星を満たす。 だが、その地獄は偶然ではない。 そもそもアーヴィング大公国軍は、純粋な正規軍ではなかった。 軍旗の下に集まったのは、宇宙海賊、傭兵、ならず者――ありとあらゆる武装勢力である。 統制は弱い。 だが、その代わりに数があった。 それこそが、帝国第三総管区の防衛網を力任せに食い破った理由だった。 ――そして今。 帝都ネオ=ベルゼブブ。 帝国総軍作戦室の巨大スクリーンには、敗北の報告が次々と表示されている。「閣下、援軍要請が止まりません!」 情報参謀が声を張り上げた。「各星系から救援信号が殺到しています!このままでは第三総管区全体が――」 作戦室の中央に立つ男は、静かに腕を組んだ。 帝国総軍作戦部長。 クライツ上級元帥。「……まぁ、事情は分からんでもない」 低い声が響く。「だがな」 彼はスクリーンを一瞥した。 そこには、炎に包まれた惑星都市の映像が映し出されている。「いま勢いづいている反乱軍と、正面から矛を交えるのは得策ではない」 軍人としては冷静な判断だった。 だが、参謀たちの顔は曇る。「焦土作戦とは――」 クライツはゆっくり言葉を続けた。「我慢がもっとも大切なのだ」 作戦室は沈黙に包まれた。 誰も反論できない。 焦土作戦――。 侵攻してくる敵軍を自領深くに引き込み、兵站を崩壊させるための戦略である。 理論上は極めて有効だ。 だが
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第56話……このババア誰だ問題

 聖帝国暦六四五年四月中旬――。 戦争は、常に当事者だけに関係することではない。 むしろ、その外縁に位置する者たちにこそ、莫大な富をもたらすことがある。 それはこの銀河においても例外ではなかった。 戦闘宙域を避けるため、既存の商業航路は大きく迂回を余儀なくされる。 結果として、輸送距離は伸び、所要時間は増大する。 当然ながら――運賃は跳ね上がった。 さらに追い打ちをかけるのが、輸送航路延伸による慢性的な船舶不足である。 需要の急増に対し、供給がまったく追いついていない。 輸送業者は空前の利益を叩き出し、各地の造船所は休む間もなく稼働し続けていた。 まさに、火を噴くような活況である。 ――そして。 戦場に近接しながらも、直接の戦火を免れている宙域。 その絶妙な位置に、資源惑星ヴァルカンは存在していた。 戦争は何も生み出さない。 ただひたすらに物資を消費するだけの、巨大な怪物である。 ゆえに、供給拠点は肥え太る。 新航路の開拓と重なったこともあり、ヴァルカンは瞬く間に交易の要衝へと変貌した。 惑星軌道上には、アルテミス商会の巨大造船プラントが整然と並ぶ。 ドックは昼夜を問わず稼働し、新造船が絶え間なく吐き出されていく。 しかし、人手は足りない。 工員の争奪戦が起こり、人件費は高騰。 賃金の上昇は、そのまま都市経済へと流れ込んだ。 繁華街の飲食店は連日満席。 酒場では新たな成金たちが夜ごと金を散らす。 造船プラントの増設。 新造船の増産。 それに伴い、惑星ヴァルカンの鉱山群も二四時間体制で稼働を続けていた。 鉱石が掘られ、精製され、宇宙へ送り出される。 その流れは止まらない。 そして同じリズムで―― 夜の街もまた、休むことなく輝き続けていた。 戦乱は現在において局所的である。 帝国経済圏の大部分は、いまだ無傷のままだった。 ゆえに資本は、より効率的に「儲かる場所」へと集中していく。 商船株、造船株は言うに及ばず、不動産、農業関連に至るまで株価は高騰。 市場は活況を反映し狂乱と化していた。 だが、その繁栄は決して均一ではない。 一部の星系では資源価格の急騰が深刻なインフレを招き、生活必需品すら手に入らない状況に追い込まれた住民たちが蜂起した。 暴動。 略奪。 治安の崩壊。 繁栄の影で、別の
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第57話……最終防衛線

 聖帝国暦六四五年四月下旬――。 帝国総軍司令部。 その中枢に位置する作戦会議室にて、クライツ上級元帥は幕僚たちを招集し、戦局を左右する協議を開始した。 議長席には宰相ローゼンタールが着座し、文武の頂点として場を制している。 だが実質的に議事を主導するのは、作戦部長たるクライツであった。「反乱軍の戦線は、既に過度に伸長している」 低く、しかし明確な声が室内に響く。「――今こそ、反撃の時である」「「おおッ!!」」 どよめきとともに、幕僚たちの士気が一気に昂る。 だがクライツは、その熱気を手で制した。「……しかし、だ」 空気が一転して引き締まる。「勢いに乗る反乱軍を、正面から受け止める部隊が必要だ。――志願する者は、挙手せよ」「…………」 沈黙。 当然であった。 反乱軍は戦闘艦艇だけでも三千隻以上。補助艦艇や徴用船舶を含めれば、総数二万隻を超える膨大な軍勢である。 これを正面から受ける任は、事実上の“死地”に等しい。「……まあ、出るまいな」 クライツは淡々と結論づけた。「正面部隊はこちらで手配する。諸君は反乱軍の後背を遮断し、側面より圧迫せよ」「「はっ」」 命令は即座に受理される。 既に方針は固まっていたのだ。「――では、宰相閣下。私はこれにて」「うむ。あとは任せよ」 短い応答を交わし、クライツは席を立った。 向かった先は、司令部深部に設けられた超光速通信室。 帝国の命運に関わる連絡は、ここから発せられる。 やがて、暗転していたモニターに像が結ばれる。「――ご機嫌いかがですかな、ご老公」「……ほう。軍人の仮面を被った政治家殿ではないか」 映し出されたのは、痩躯の老人。 年齢は優に百を越えていようが、その眼光には未だ衰えがなかった。 キスリング上級大将。 皇帝直轄の近衛艦隊および近衛地上軍を統括する、帝国随一の武門の長である。「ご用件は何かな、作戦部長殿」「単刀直入に申し上げる。反乱軍との戦いに、ご助力願いたい」「これは異なことを」 老人は鼻で笑った。「我が近衛は、先代皇帝陛下より皇室墓所の守護を命じられておる。軽々しく持ち場を離れるわけには参らぬ」 嘲るような笑みが、画面越しに浮かぶ。 しかしクライツは、わずかに肩をすくめただけだった。「――こちらに、現皇帝陛下の勅命がございます」
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第58話……ナイトメア処刑宙域

「――何だ、この熱量は!?」 航法士の声が裏返る。 観測スクリーンに映し出されたのは、準惑星ウイスパーの宙域の縁に横たわる恒星、ナイトメアの常識外れの巨大プロミネンスだった。「恒星活動、急上昇! いや……この現象は、自然現象ではありえない!」「馬鹿な、相手は恒星だぞ!? 意図的な制御など――」 言葉は途中で途切れた。 ナイトメアの表層が、再び脈動する。 紅蓮の海が波打ち、その一部が「柱」を形成していく。 まるで、見えざる路に導かれるように。「……収束している?」 情報解析官の声が震える。「特異なエネルギー反応、恒星近傍に複数!」 次の瞬間。 ナイトメアより、恒星プラズマの巨大な奔流が噴き出した。 それは単なるフレアではなく、爆発でもない。「照準を伴う放射」だった。「回避――!」 しかし回廊宙域は狭い。 進路は固定され、速度は制限され、艦隊は密集したまま動くしかない。 そこへ恒星の一部が、空間を塞ぐように流れ込んできた。 接触した艦艇は、次々に弾薬やエーテル燃料が誘爆。 装甲も、隔壁も、連鎖的に爆散していく。 すべてが一瞬で、粒子へと還元された。「ぎゃあああああッ!!」 通信が断末魔に満ちる。 一撃で、戦闘艦数十隻が消滅した。「な、なんだこれは……!」「恒星が……我々を狙って撃ってきている……!?」 混乱が波のように広がる。 ネルリンガー伯爵は、歯を食いしばった。「落ち着け! 距離を取れ! 背後の回廊を抜ければ――」 その時。「――待て! 後方の宙域、重力異常!」 航法士の叫び。 回廊の出口。 そこに、歪みが発生していた。「重力井戸……? いや、違う、これは――人工的だ!」 空間がねじ曲がり、航行可能な宙域が狭まっていく。 つまり、退路が極めて細くなっていく……。「退路が……塞がれている!?」 レーダー担当士官が叫ぶ。 その理解が広がるより早く。 第二の火炎の奔流が放たれた。 今度は、蛇のようにうねって襲ってきた。 回廊の外壁から、跳ねるように暴れまわる。 逃げ場を失った艦隊を、前後左右から焼き尽くすように。 爆発。 消滅。 沈黙。 それは戦闘ではなかった。 ただの、処理。 ネルリンガー伯爵は、ゆっくりと呟いた。「やつら、……最初から、こうするつもりだったか」 
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第59話……氷原の亡霊艦ハンニバル

 宇宙海賊船「モリガン」は、航路図に存在しない未知の惑星へと降下した。 その星は、氷に覆われていた。 恒星の光をほとんど反射しない鈍い白。 凍りついた大地は、どこまでも均質で、生命の痕跡を感じさせない。 だが――大気はあった。 降下に伴う摩擦で、「モリガン」の外殻が赤熱する。 燃え上がるような船体が氷原へと接触した瞬間、膨大な水蒸気が噴き上がり、周囲一帯を白く塗り潰した。 やがて霧が引く。 そこには、ただ静寂だけが残っていた。「……なにか、あるかねぇ?」 ツーシームは軽く呟き、地質探査システムを起動する。 複数のスキャンが同時に走り、地下構造、鉱物分布、熱源反応を解析していく。 だが――「……反応、薄いな」 資源として有望な鉱脈は見当たらない。 エーテル濃度も低く、採掘対象としての価値は乏しい。「……ハズレか」 吐き捨てるように言い、安煙草を灰皿に押し潰す。 煙だけが、やけに濃く感じられた。「まぁ、せっかくだ」 ツーシームは立ち上がる。「少し歩いてみるかね」「……正気ですかい?」 副長のビッグベアが低く返す。 外ではブリザードが唸りを上げている。 視界は悪く、地形データも不十分。 何より――この星は、あまりにも何もなさすぎた。 それが逆に、気味が悪い。「連絡艇を出す。護衛はあんた一人でいい」「……また無茶を」 ぼやきながらも、ビッグベアは従う。 やがて、小型連絡艇が「モリガン」から切り離され、氷原へと滑り出した。 白い嵐の中へ。「まぁ、鉱石がなくてもさぁ」 操縦席で、ツーシームが気軽に言う。「古代文明の遺跡とか、そういうのがあるかもしれないだろ?」「……そういうのに当たると、大体ロクなことにならねえんですがね」 ビッグベアの声には、実感がこもっていた。 彼女の「思いつき」に付き合わされ、命を落としかけた回数は、一度や二度ではない。 ツーシームは小さく笑う。 だがその視線は、既に前方の白い地平に釘付けになっていた。「――いや」 ぽつりと呟く。「……こんなに何もないってのは、ちょっと不自然すぎるよ」 吹き荒れる雪の向こう。 均一すぎる氷の大地。 そのどこかに―― 彼女には、何かが「隠されている」気配を感じている様であった。◇◇◇◇◇ どれほど進んだのか。 白い地平は終わ
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第60話……退路喪失

 聖帝国暦六四五年五月中旬――。「今だ。――奴らの退路を断て」 クライツ上級元帥の命令は、短く、そして決定的であった。 その瞬間。 帝国軍は一斉に動いた。 各星系に分散していた部隊が、あらかじめ定められていた包囲線へと収束。 アーヴィング大公国軍の側面、そして後背へと回り込み、同時多発的な襲撃を開始する。 ……さらに。 主要補給線に対しては、独立機動艦隊が投入され、輸送船団を重点的に狙撃。 補給の根を断ち、戦線そのものを崩壊させる――徹底した殲滅戦であった。 その影響は、即座に前線へと現れる。 惑星ザイカー。 その衛星軌道上に展開していた、マーリン男爵麾下の艦隊。 小型艦を中心とする十数隻の艦艇が、地上占領部隊の指揮を執りつつ、制宙任務にあたっていた。「男爵閣下! 我が軍の補給線上に敵艦隊出現! 規模、百隻以上!」「……なに?」 一瞬の静止。 だが次の瞬間、男爵は即断した。「各艦に伝達。――総退却だ。即時、衛星軌道を離脱!」「はっ!」 命令は迅速に伝達される。 だが――「閣下、地上部隊は!?」 幕僚の一人が声を上げた。「見捨てるおつもりですか!?」「やむを得んのだ!」 男爵は吐き捨てるように言った。「ここで躊躇すれば、我々も包囲される! 退路を失えば、全滅だぞ!」 ……沈黙。 誰も反論できなかった。 結局――艦隊は地上部隊を残したまま、加速を開始する。 惑星の重力圏を離脱し、逃走。 その背後では。 取り残された地上部隊から、断続的に救援要請が発信され続けていた。 だが、それに応える者は誰もいない。 同様の事態は、各戦線で同時に発生していた。 補給線は寸断され、通信は混乱し、命令系統は崩壊。 現地指揮官たちは、それぞれの判断で撤退を開始する。 ある者は高価な宇宙艦艇を優先し。 ある者は私兵のみを回収し。 ある者は――何もできぬまま、包囲された。 統制なき撤退。 それは、もはや「撤退戦」ですらなかった。 ――潰走。 アーヴィング大公国軍は、各個に引き裂かれ、崩れ始めていた。◇◇◇◇◇「A-166宙域にて敵襲!」「D-86宙域、輸送艦撃沈!」「S-28宙域より救援要請! 繰り返す、救援要請!」 怒号にも似た報告が、司令部を埋め尽くす。 アーヴィング大公国軍、総司令部。 
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