麗宮ホテルの正面玄関に、マイバッハが静かに一台停まっていた。車の後部座席で、篠原澪(しのはら みお)は黒のスーツに身を包み、白く細い指で絶え間なくノートパソコンのキーボードを叩きながら、仕事のメッセージに返信していた。そのとき、【お誕生日おめでとう】というメールが、受信ボックスに表示された。彼女は一瞬呆気に取られたが、表情を変えずにそれを消去すると、ホテルの出口をぼんやりと見つめる。今日は自分にとって少し特別な日だというのに、完全に忘れていた。自分の25歳の誕生日。そして、匡介の社長秘書として働き始めてちょうど千日目の日でもあった。それなのに今、自分は匡介が他の女性と見合いをするのを車で待っている。澪は腕時計を確認した。彼が興味を持てない相手なら、そろそろ出てくる頃だろう。案の定、すぐにひときわ端正で目を引く男の姿が中から現れた。その隣には、いかにも名家の令嬢といった装いをしている、可憐な雰囲気の女性・柳奈津美(やなぎ なつみ)がいた。どうやら楽しい時間を過ごしてきたようで、奈津美の表情には名残惜しさが浮かび、匡介の手を引いて引き留めようとしている。しかし、匡介は相変わらず端正な顔に薄い笑みを浮かべていたが、その眉間には、かすかに皺が寄っていた。その空気を感じ取った澪は、パソコンを閉じると傘をさして素早く匡介の元へ駆け寄った。「柊社長。ユニオン・グループとの会議の時間が迫っております」その言葉を受けて、匡介は奈津美に申し訳なさを含んだ笑みを向けた。奈津美もそれ以上引き止めることはせず、名残惜しそうに彼の手をそっと離す。だが澪に向けるその視線には、わずかながら軽蔑と侮蔑の色が浮かんでいた。奈津美は澪のことを知っていた。東都の社交界で、匡介のそばには容姿端麗で仕事もできる秘書がいるという話は有名だった。それも、秘書でありながら、彼の隠された恋人でもある女だと。だが奈津美にとって想定外だったのは、その澪が、匡介が見合い相手と会っていると分かっていながら、これほど平然と外で待っていることだった。まるでよく躾けられた犬のようだ、と奈津美は思った。澪もその敵意と蔑みを感じたが表情に出すことなく、ただ匡介から渡されるジャケットを受け取った。二人がその場を離れ、車に乗り込むと、マイバッハは滑らかに走り出す。後部座席
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