Todos los capítulos de 冷徹社長の甘い罠〜執着溺愛が始まった: Capítulo 1 - Capítulo 10

38 Capítulos

第1話

麗宮ホテルの正面玄関に、マイバッハが静かに一台停まっていた。車の後部座席で、篠原澪(しのはら みお)は黒のスーツに身を包み、白く細い指で絶え間なくノートパソコンのキーボードを叩きながら、仕事のメッセージに返信していた。そのとき、【お誕生日おめでとう】というメールが、受信ボックスに表示された。彼女は一瞬呆気に取られたが、表情を変えずにそれを消去すると、ホテルの出口をぼんやりと見つめる。今日は自分にとって少し特別な日だというのに、完全に忘れていた。自分の25歳の誕生日。そして、匡介の社長秘書として働き始めてちょうど千日目の日でもあった。それなのに今、自分は匡介が他の女性と見合いをするのを車で待っている。澪は腕時計を確認した。彼が興味を持てない相手なら、そろそろ出てくる頃だろう。案の定、すぐにひときわ端正で目を引く男の姿が中から現れた。その隣には、いかにも名家の令嬢といった装いをしている、可憐な雰囲気の女性・柳奈津美(やなぎ なつみ)がいた。どうやら楽しい時間を過ごしてきたようで、奈津美の表情には名残惜しさが浮かび、匡介の手を引いて引き留めようとしている。しかし、匡介は相変わらず端正な顔に薄い笑みを浮かべていたが、その眉間には、かすかに皺が寄っていた。その空気を感じ取った澪は、パソコンを閉じると傘をさして素早く匡介の元へ駆け寄った。「柊社長。ユニオン・グループとの会議の時間が迫っております」その言葉を受けて、匡介は奈津美に申し訳なさを含んだ笑みを向けた。奈津美もそれ以上引き止めることはせず、名残惜しそうに彼の手をそっと離す。だが澪に向けるその視線には、わずかながら軽蔑と侮蔑の色が浮かんでいた。奈津美は澪のことを知っていた。東都の社交界で、匡介のそばには容姿端麗で仕事もできる秘書がいるという話は有名だった。それも、秘書でありながら、彼の隠された恋人でもある女だと。だが奈津美にとって想定外だったのは、その澪が、匡介が見合い相手と会っていると分かっていながら、これほど平然と外で待っていることだった。まるでよく躾けられた犬のようだ、と奈津美は思った。澪もその敵意と蔑みを感じたが表情に出すことなく、ただ匡介から渡されるジャケットを受け取った。二人がその場を離れ、車に乗り込むと、マイバッハは滑らかに走り出す。後部座席
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第2話

その言葉が出た瞬間、前だけを見て運転していた運転手ですら、思わずハンドルをわずかに切り損ねる。しかし、匡介の表情に揺らぎはなかった。「休みたいのか?」澪は静かに言った。「いいえ。会社を辞めたいんです」車内がしんと静まり返る。匡介は澪の手を離して身を起こし、その漆黒の瞳で彼女をじっと見つめた。「理由は?」淡々と答える澪。「特にありません。ただもうこれ以上は続けたくないので」22歳、澪は迷うことなく、匡介を運命の人だと信じて、彼の「甘い罠」へと飛び込んだ。しかし3年が過ぎ、澪は気づいたことがある。自分にとって匡介は世界のすべてだったが、どうやら彼にとって自分とは、ただ仕事のできる秘書であり、都合のいい女に過ぎないらしかった。自分がいなくなっても、特に悲しむこともなく、すぐに代わりを見つけるのだろう。澪だって匡介との未来を夢見たことがないわけではない。だが、柊家が次々と彼に用意する見合い相手を目にするたび、複雑な思いが募っていった。そして匡介が初めて名家の令嬢と見合いをした日、澪は不安を抱えながらも尋ねたことがある――これから本当に、こういった人たちと結婚するつもりなのか、と。その質問を澪がしたのは、二人で肌を重ね終えたばかりの時だった。匡介は笑みを浮かべたまま澪を見ていたが、その視線には、まるで彼女があまりにも愚かな質問をしたかのように、微かな軽蔑が含まれていた。匡介が答えた。「そうでなきゃ、どうするんだ?」ああ、確かにそうだ。彼のような立場の人間が、そうした家柄の釣り合う令嬢たちと結婚しないで、自分のような、権力も後ろ盾もなく、施設出身の女と一緒になるわけがないのだから。側に置いてもらえていたとしても、自分は一生隠された存在のままで終わるだけ。もう3年も惨めな思いをしてきた。だが、それを一生続けるつもりはない。「本当だな?」匡介の口調は強いわけではなかったが、そこには言いようのない圧迫感があった。先ほどまでの柔らかさは、跡形もなく消え去っている。澪は真っ直ぐに彼を見つめ返した。「はい」すると匡介は目を閉じ、淡々と言った。「好きにしろ。明日にでも、新しい秘書の求人を人事部に出させるから」肩の荷が下りたような解放感とともに、胸には複雑な苦い思いが込み上がってくる。やはり自分という存
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第3話

匡介と顔を合わせたくなかった澪は、今日一日の社長室に行く用件さえも他の人に任せていたのだが、退職手続きを止められているとなれば、自分で行くしかないだろう。結局、澪は渋々社長室へと向かった。「社長。退職届についてですが、何か不備がありましたか?」匡介が冷ややかな視線を澪に向ける。「ああ、もちろんだ」澪は焦る気持ちを抑えて尋ねた。「どのようなことでしょうか?」「1年前、柊グループの子会社をお前に譲渡した時、契約を結んだことを覚えてるか?その契約の中に、満了までは柊グループを離れることはできないとあるんだ。先ほど確認したんだが、その契約はあと3か月残ってる。つまり、この退職願は3か月後じゃなきゃ受理できない」しばらく沈黙した澪は、静かに答えた。「わかりました。では、3ヶ月後にまた提出します」一刻も早く自分と縁を切りたそうな澪の態度を見て、匡介は鼻で笑った。澪が社長室を去った後、秘書室には澪が辞めるという噂が駆け巡った。その場にいた人々は、最初こそ驚愕していたが、次第に別れを惜しむ空気へと変わっていく。特に、澪が手塩にかけて育てた秘書たちは、涙を浮かべながら彼女のデスクの前に集まってきた。「澪さん、辞めないでくださいよ」「柊社長のこと、誰よりも理解しているのは澪さんなのに。私たち、これからどうすればいいんですか?」澪は淡く微笑み、当たり障りのない返答をする。「慣れよ。社長についていれば、そのうち分かってくるから」「でも、どうせ私たちになんか社長秘書なんて到底回ってきませんから。だって、莉奈を見てくださいよ。澪さんが辞めるって聞いた途端、もう3回も社長室にコーヒー運んでるんですから。澪さんの後釜を狙ってるんですよ」澪も視線を向けると、完璧に化粧をした白川莉奈(しらかわ りな)がコーヒーを持ってドアをノックしていた。以前の澪なら、表面では平気なふりをしながら、一人で何日も悩んでいただろう。だが今はただ、黙って莉奈の姿を横目で見るだけ。無理やりにでも気持ちを切り替えなければ。もう彼の傍にいる女が誰であれ、自分には関係のないことなのだから。午後、匡介から内線がかかってきて、今夜の接待への同伴を命じられた。彼は人を遣わし、澪に一着のグリーンのベルベットのロングドレスを届けさせた。一目見ただけで高級品だと分かる代物
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第4話

冷水を浴びせられたかのように、澪の全身から血の気が引いた。彼女は信じられないという目で匡介を見つめた。この男は、本当に自分が知っている彼なのか?今は離れることになったが、自分は匡介のもとで丸3年を過ごしてきた。それも、女として一番大切な時期のすべてを捧げてきたのに……匡介は躊躇すらせず、自分をこの悪名高い好色な男へと引き渡すなんて!匡介の許可を得た駿は、今にも踊り出しそうなほど喜び、無理やり澪の手を引いてエレベーターへと向かった。今夜の接待はホテルの中にあるレストランで行われていたため、駿はそのまま宿泊階である13階のボタンを押す。エレベーターの中、待ちきれない様子の駿は澪を抱き寄せた。「柊社長が3年もそばに置いていた女……俺も、どんな味がするか確かめなきゃな」日頃から遊び慣れているのか、彼は女の抵抗の抑え方を熟知していた。片手で澪の両手を押さえ込み、唇を澪の首に這わせる。嫌悪感から吐き気をもよおした澪は、駿の顔を立てるなどどうでもよくなり、激しく怒鳴りつけた。「放してください!警察を呼びますよ!」「警察?」駿は御曹司らしく、鼻で笑った。「柊社長ですら口を挟まないんだぞ?そこに警察が来たってどうなるっていうんだよ?秘書ちゃん、俺の機嫌がいい時に、大人しく抱かれればいいんだよ」ポーンッ。エレベーターが13階に着きドアが開くと、駿は澪を強引に引きずり出して、部屋へと向かった。死に物狂いで抵抗した澪だったが、その腕を振りほどくことはできなかった。しかし、駿がカードキーでドアを開ける一瞬の隙を見て、彼女は思い切り相手の急所を蹴り上げる!「痛っ!」痛みに眉をひそめた駿は、もう片方の手を振り上げ、彼女の頬を容赦なく打った。「どうせ柊社長に何度も抱かれてるんだから、今更誰に抱かれようが同じじゃねえかよ。清純ぶりやがって!」殴られた衝撃でよろけながらも、澪は口中の血を吐き捨て、力いっぱい駿を突き飛ばして駆け出した。だが数歩もしないうちに、駿に追いつかれてしまった。澪は素早くヒールを脱ぎ、駿に向かって思い切り投げつける。そして、鈍い痛みに唸る彼の声を背に、全力でその場から走り去った。しかし、焦るあまり何かにつまずいたのか、勢いよく転倒してしまった。さらには、背後から追いかけてくる足音。絶望が喉元までせり上がる中、どう
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第5話

麗宮ホテルを出た澪は、すぐにタクシーを捕まえ自宅に戻った。寝室へ駆け込むなり布団を頭からかぶると、声を押し殺して泣き崩れる。先ほど起きたことへの衝撃と恐怖、そして何とか無事に戻れたことへの安堵感。匡介が自分を、代わりが利く存在としてしか見ていなかったことは知っている。しかし、まさか本当に自分を玩具のように他人へ差し出すなんて!泣きすぎて声も出なくなった頃、ようやく澪の震えが止まる。思い切り泣いたからだろうか、不思議なことに頭がとても冴えていた。真っ赤に充血した目で、天井を見つめる。3年だ。大学を卒業してすぐに匡介のもとへ連れてこられ、そのまま3年間、彼のそばで過ごした。最初はただ、手の届かない雲の上の存在のような社長だと思っていた。だがある夜、残業に付き合っていた明け方、ふと目を開けると、彼が微笑みながら自分を見ていて——その瞬間、心が揺れた。それからは、何度もベッドの上で愛を囁かれ、そのぬくもりに溺れていったのだった。しかし今は、そんな時間さえ存在しなかったかのように、彼は自分のことを切り捨てる。そして今日、あの男はこれ以上ないほど冷酷な現実を突きつけてきた。澪……自分がまだあの男にとって「一人の人間」だとでも思ってるわけ?目を閉じ深く息を吸い込んだ澪は、静かに立ち上がると、そのまま浴室へと向かった。あまりにも衝撃的な夜で、澪は眠れないだろうと思っていた。だがシャワーを浴びてベッドに戻ると、すべての気力を使い果たしていたせいか、すぐに深い眠りへと落ちていった。翌日、けたたましく鳴り続ける着信の音で目を覚ました。携帯を確認すると、時刻はもう10時を過ぎていた。しかし、澪は全く気にしておらず、そのまま秘書室からの着信に応答する。朝から何度かけ直しても繋がらなかった秘書室の部下は、澪の声を聞いた途端、安堵のあまり勢いよく話し始めた。「澪さん!なんで今日出社してないんですか?柊社長が……」匡介の名前すら聞きたくなかった澪は、冷たく答える。「私、辞めたから」そんな返答を聞いた秘書室の部下は、今にも泣きそうだ。「澪さん……あと3ヶ月は残るんじゃなかったんですか?」昨夜の光景がフラッシュバックし、澪は何とか怒りを押し殺す。「もう1日たりとも働きたくないの。違約金でも何でも払うから、とにかく出社はしないよ」
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第6話

そんな一切動じない澪を見て、匡介の苛立ちは更に強まった。突然立ち上がった匡介が、澪をデスクに押し付ける。指で彼女の顎を掴み取って、危険な笑みを浮かべた。「篠原、全部きっちり教えろよ。ひとつ残らず……だからな?」二人は鼻先が触れそうなほど近く、曖昧な空気が漂う。痛みを感じた澪だったが、振り払うことはできなかった。「分かりました。彼女を立派な社長秘書に育て上げます」「社長秘書程度じゃ足りない。お前は、人の世話をする腕前が一流だろ?そこをしっかり教えてやれ」匡介は含みのある言い方をした。澪はその言葉の意味をすぐに察し、顔色が一瞬で青ざめたが、それでも唇を噛みしめ、感情を抑えて承諾する。度重なる屈辱で、澪の心はもう麻痺していた。匡介はふっと鼻で笑うと、顎を掴んでいた指を離し、澪を解放した。その日を境に、秘書室の面々は気づき始めた。澪は完全に、匡介の寵愛を失ってしまったのだと。そんな周囲の空気とは裏腹に、澪は淡々と莉奈に仕事のことからプライベートの世話まで、全てを引き継いでいた。それから澪は、社長秘書から平の秘書へと降格する。一方、新しく社長秘書となった莉奈への羽振りの良さは、以前の澪の時よりも格段に上がっていた。マイバッハで送迎をし、毎日のように変わる莉奈のブランドバッグ。とても順風満帆に見える莉奈だった。しかし、平の秘書になった澪は、周囲がその待遇をどう見ているのかを耳にするようになった。「見栄張っちゃって。本当に柊家へ入れるとでも思ってるのかな?」「自分から望んであんな立場を選ぶなんてね。どうせ、社長が飽きたら捨てられるのに」「所詮、蛾は蛾なのにね。決して、蝶にはなれない」そんな声を聞くたびに、澪はこの3年間、自分がどう見られていたのかを痛感した。他人から見れば、今の莉奈と以前の自分は全く同じなのだろう。一人は金持ちと結ばれる夢を見ていた孤児、そしてもう一人は、蝶になるため必死にしがみつく蛾のような女。匡介にとって自分たちは飽きれば使い捨てるただの遊び相手だと誰もが知っていたのに、自分は馬鹿みたいに、本当の愛だと思い込んでいた。「澪さん、今度ベイサイドホテルで氷をテーマにしたイベントがあるんです。そこに、社長も出席するので、澪さんはその進捗をフォローしてくれますか?」秘書室にて、社長室から頬
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第7話

なんて仲睦まじい光景だろう。どうやら、あの男は一秒たりとも、自分のことなど思い出していなかったようだ。すでに捨てたペットが死んだとしても、飼い主にとってはどうでもいいことなのだから。澪は冷え切った心を抱え、その場を去った。この一件で、もう一日たりとも続けるのは無理だと痛感した。だが、自分には1億2000万円もの違約金がある。そこで、澪はこれまで匡介から贈られた高級品をすべてかき集め買取店へ持ち込んだが、結局は合わせても2000万程度にしかならなかった。店を出て、どうやってこの違約金を解決しようかと悩みながら歩いていると、誰かとぶつかってしまった。急いで謝り、顔を上げると、そこにいたのは、あの日ホテルで自分を助けてくれたあの中年男性だった。武司は、澪が出てきた買取店をちらりと見て言った。「何かを売りに来たのか?」澪は頷く。「はい。少し用立てなくてはならないお金があって」すると、武司が彼女の肩を叩き、親しげに続けた。「急ぎか?もしかしたら、何か力になれるかもしれない」武司の距離感に少し戸惑った澪は、首を振った。「いえ、結構ですので。ありがとうございます……」かつて助けられたとはいえ、赤の他人に1億2000万も借りるほどの勇気はない。そうこうしているうちに、莉奈から戻るようにとの催促の電話が入った。澪は慌ただしく別れを告げ、その場を離れた。その場に残された武司は、さっき澪の肩を叩いた自分の手をゆっくりと開く。そこには、一本の長い黒髪がひっそりと残されていた。……それからさらに1週間が過ぎた。夜の7時。すべての雑用を終えた澪は、腰と足の疲れを感じながらアパートへ戻った。玄関を開けた途端、漂ってくる慣れた匂いに、澪は思わず足を止めた。ソファの上に、予想通りの人影がある。澪が顔をしかめながらそばに寄ると、かすかに酒の匂いがした。酔っているのか?匡介はだるそうにソファに寄りかかり、その長い足を組んでいた。先ほどまで目を閉じていたが、澪の足音に気付き、ゆっくりと目を開けた。澪は眉をひそめる。「柊社長、なぜこちらに?」今日、匡介は商談で酒を飲んでいた。そして、これまでであれば、酒を飲んだ日には澪の部屋へ行き、彼女の作るハニーレモンティーを飲んでから休んでいたので、今晩も、いつもの習慣で運転
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第8話

澪は静かに匡介を見つめる。目には微かに涙が浮かんだが、結局は何も言わなかった。3年前、ここに越してきた時のことを思い出す。新卒だった澪にとって、人が買った高級マンションでの暮らしは居心地の悪さしかなかった。それでも、当時の匡介は彼女にこう言ってくれたのだ。「ずっと自分の家がなかったって言ってただろ?澪、これからは、ここがずっとお前の家になるんだ」それが今や、自分を追い出そうとしている。心の奥がひりひりと痛み出した。この男は、どうしてこうも正確に自分の急所を突けるのだろうか。澪はふっと自嘲気味に笑うと、背中を向けて家を出た。外はすっかり日も暮れていて、さらには小雨が降っていた。10月も半分終わり、風もかなり冷たい。薄着のまま街を彷徨っていた澪だったが、この凍えるような寒さでさえ、心の寒さに比べれば何ともなかった。どれだけ冷たい風に吹かれても、凍りついた心よりはずっとましだ。どうしても頭に浮かんできてしまうこの3年間の日々に、鼻の奥がツンと熱くなる。零れ落ちそうな涙をなんとか我慢し、やりきれない寂しさを胸に閉じ込めた。すると背後で、ずっと付いてきていたロールス・ロイスが不意に加速し、澪の隣に止まった。車の窓が開き、そこから武司が顔を覗かせる。こめかみのあたりには白髪が数筋混じっているが、全体としてはなお上品で威厳のある佇まいを保っており、穏やかな微笑みを浮かべて澪を見ていた。「送っていこうか?」澪は呆気に取られた。まさかまたこの男性に遭遇し、しかも、こんな情けない姿を見せてしまうなんて。澪が答える前に、武司は運転手にドアを開けるよう指示を出す。「ありがとうございます」澪は車に乗り込むしかなかった。そういえば、自分はまだ名前も聞いていない。「あの……お名前をお伺いしてもよろしいですか?私は篠原澪と申します」武司が澪を見つめて答えた。「黒崎武司だ」その名前を聞いた瞬間、澪は息を呑んだ。黒崎武司?あの大富豪で有名な!?それ相応の身分の人だとは思っていたが、まさか自分を助けてくれた恩人がこんな大物だったとは……だが、匡介と同じくらい力のある人間が、なぜここまで何度も自分を助けてくれるのだろう?まさか、体目当てのわけでは……今や誰に対しても警戒心を抱いていた澪は、慌てて口を開い
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第9話

翌日。匡介は出社したが、そこに澪の姿はなかった。昨夜の出来事を思い出し、匡介の目は陰鬱な空気を帯びる。苛立ちを隠せないまま秘書室の社員を呼び出し、淡々と言い放った。「篠原を呼べ。すぐに出社させろ」しかし、秘書たちは困り果てた表情で顔を見合わせながら、匡介にこう告げた。「柊社長……澪さんですが、もう二度と戻ってこないと思います」匡介は鼻で笑う。「あいつにそんな大金、払えるはずがないだろ?」すると、秘書たちが押し黙った。違和感に気づいた匡介は、鋭い眼差しを向ける。「何か言え!」一番前にいた秘書が、覚悟を決めたように口を開いた。「社長、今朝経理部に、澪さんの違約金だと言って、匿名で1億2000万の振り込みがありました。確認のために澪さん本人へも電話はしたのですが、もうつながらなくて……」それを聞いた瞬間、匡介の顔からは血の気が引き、瞳は怒りで陰鬱な影を帯びた。1億2000万を澪が一人で用意できるはずがない。では、一体誰だ?昨夜、彼女が口にした「本当に愛してくれる人」という言葉が蘇る。男以外に、他に誰がいる?あんな意固地になってここから去ったのも、最初から次の相手が決まっていたからだとは!激しい怒りが胸に込み上げ、匡介は手に持っていた書類を投げ捨てた。「ぼさっとしてないで、すぐに連れ戻してこい!」あの女にどこまでの度胸があるのか、とくと確かめてやる。その日一日中、匡介は今にも爆発しそうな爆弾のようで、その重苦しい空気に誰も近寄れなかった。そこへ莉奈が腰をくねらせながらコーヒーを持って行ったが、匡介は容赦なく彼女を怒鳴りつけ、追い出した。その夜、彼はもう一度澪のアパートへ車を走らせた。しかし、部屋はすでにもぬけの殻。どうやら澪はすでに戻ってきていて、必要な荷物すべてを持っていったらしい。空っぽの部屋に立ち尽くす匡介の心の中に、突如としてなんとも言えない虚無感が広がる。感傷に浸る間もなく携帯が鳴り、秘書が恐る恐る報告する声が聞こえてきた。「社長。飛行機も電車も、車も全て調べましたが澪さんの足取りは掴めません。それに、国内のカードも全て解約されているようです。残る可能性としては、海外へ飛んだとしか……おそらく、もう二度と帰ってこないかと」ガンッ!匡介は携帯を床に叩きつけた。
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第10話

その輝くばかりに美しい澪を目にした時、匡介は驚きのあまり息をのんだ。幸いなことに、匡介は隅の方に立っていたため、その異変に気づく者はいない。壇上に立つ彼女の姿をじっと見つめている匡介は、自分の目が信じられなかった。3年もの間、自分の隣にいた澪が、なんと東都の長者・武司の生き別れとなっていた長女だとは……東都で権勢を誇る黒崎家は謎に包まれており、当主である武司も常に身を隠し、表舞台に出ることはほとんどない。長年連れ添った妻とまだ生まれて間もない娘を失って以来、武司は失意のうちに塞ぎ込み、誰の目にも触れない場所で生きてきたと言われていた。武司と彼の妻である黒崎綾(くろさき あや)は幼なじみだった。政略結婚とはいえ円満な関係だった二人の結末を思い、周囲は複雑な思いを抱いていた。聞くところによると、妻の綾は非常に美しく、少々わがままな性格だったというが、武司は彼女を深く愛し、何をされても怒らない溺愛ぶりだったそうだ。澪のあまりの美しさを前にして、匡介は綾が生前どれほどの美貌の持ち主だったか容易に想像できた。結局のところ、そもそもの始まりも、澪のあまりにも美しい容姿に、思わず情が湧いたからだった。澪は幼い頃から両親の顔も知らずに育ち、後ろ盾もなかった。だからこそ、匡介に出会った後、あんなにも必死にそばに身を寄せていたのだろう。彼女は自分の居場所が欲しかったのだ。自分に懸命に尽くしてくれていた澪の姿を思い出し、匡介はふいに胸が締め付けられるのを感じた。もし――澪が両親と生き別れておらず、このように恵まれた家庭環境で育てられていたら、彼女だって黒崎夫人と同じように、少しばかりわがままでお嬢様らしい気質になっていたに違いない。もしそうであったなら、自分たちは3年前のような出会い方はしなかったはずだ。それに、何不自由なく育った澪に対し、匡介もそう簡単には手出しができなかっただろう。もしかしたら、格式高いパーティーの場か、あるいは峰行が取り持つ見合いの場で出会っていたかもしれない。だが、そんな出会い方をしたとて、澪は果たして自分に一目惚れしていただろうか?匡介には確信が持てなかった。しかし、これから先、彼女が自分以外の誰かに恋をして、口づけや抱擁を交わし、あるいはもっと親密な関係を築いたりする……そう考えただけで、
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