過ぎし日は空に帰す
事故の瞬間、如月蓮司(きさらぎ れんじ)は咄嗟に私・葉山雪乃(はやま ゆきの)を強く抱き寄せ、その身で庇った。
そのおかげで私はかすり傷一つ負わなかったが、彼はICUへと運ばれた。五時間近くに及ぶ懸命な救命処置の末、ようやく一般病棟に移ることができた。
見舞いに訪れた友人たちは皆、羨望の眼差しで口々に感嘆した。
「さすが、『愛妻家』の代名詞と言われるだけあるわね。命を捨ててまで奥さんを守るなんて。雪乃、本当に愛されてるわね」
「どこにお参りすれば、こんなにイケメンでお金持ちで、しかも一途な旦那様を授かれるのかしら。教えてほしいくらいよ」
私は張り付いたような笑みを浮かべ、無言を貫いた。
なぜなら彼女たちは知らないからだ。彼女たちが崇めるこの「愛妻家」の蓮司には、とっくに外に新しい女がいるという事実を。
事故が起きる直前、彼は地下駐車場で、あの若く美しいインターンの女に絡みつき、何度も何度も情事を重ねていたのだ。
その瞳には、私にはもう長いこと向けられていない、強烈な快楽と悦びが宿っていた。
一方で私は、泣き喚くことも問い詰めることもせず、ただ静かに、ある「事故」を画策していた。
本来なら、私はこの事故で「死ぬ」はずだったのに……