人生到る処知んぬ何にか似たる
「胎児の発育があまり安定していません。安胎薬を飲む必要があります……」
如月紗菜(きさらぎ さな)は検査結果と薬を持って、診察室から出てくると、思わずまだ平らなお腹をそっと撫でた。
もうすぐ結婚して5年になるのに、子どもを孕んだことがなかった。
なのに、離婚を申し立てようとしたこの時に限って、子どもができた。
「紗菜?」馴染みのある声が紗菜の思考を遮った。
顔を上げると、白衣を着た木村颯真(きむら そうま)の姿が目に入った。
紗菜の夫だ。
颯真の目元は優しく、その瞳はまるで心を温めるかのようで、春風のような優しさがあった。
だが、その優しさは今の彼女に向けられたものではない。そして、これまで一度も向けられたことはなかった。
その男は今、車椅子を丁寧に押していた。
車椅子には病衣を着た女性が座っており、清楚な顔立ちにどこか病弱な雰囲気が漂っていた。
颯真は紗菜を見て、眉をひそめながら言った。
「どうしたんだ?」
「何でもないわ。ただの定期検診よ」
紗菜は何気なく検査結果をバッグにしまい、妊娠のことを颯真に伝えるつもりはなかった。