縁の切れ端、愛の苦海
医学界で有名な「冷徹な仏様」は、私の幼馴染の夫だ。
結婚してから私たちは夜ごと熱く求め合ったけれど、彼は私が幼い頃の幼馴染だということを、とっくに忘れてしまっていた。
妊娠が分かった日、私は彼を救うため、猛スピードで突っ込んでくるトラックの前に身一つで立ちはだかった。
足の間から血が流れ出した時、誰もが産婦人科のゴッドハンドである彼が執刀すれば、子供は間違いなく助かると言った。
けれど私が待ち受けたのは、手術台を前にしながら、見殺しにするという彼の選択だった。
中村雅貴(なかむらまさき)は冷ややかに私の耳元に顔を寄せ、一言一言、区切るように言った。
「いつまで俺を騙すつもりだ?」
「俺の子でもないのに、俺が助けるとでも思ったか?」
結局、私はまだ形にもなっていない我が子が、血の塊と化していくのをただ見ていることしかできなかった。
五日後は、私と雅貴が出会って三十年目の記念日だった。
彼へのサプライズにするはずだったものは、かえって足枷となってしまった。
家を出る決心をした日、彼は私のスーツケースをひっくり返した。
床に散らばった検査報告書とあの数珠を見て、雅貴は跪き、もう一度だけチャンスをくれと私に懇願した。