私は昨日のメイとの話を部屋で整理していた。
一番驚いたのは私のこの世界の母にあたるミリア・アーデン侯爵夫人が、皇后陛下の妹君であり、つまりはアランは私の従兄弟にあたるということだ。
「まったく、どこのハプスブルグ家よ」6歳近くも年下の従兄弟と結婚なんて自分の価値観とは離れすぎていて、
エレナはよく受け入れていたものだと思った。 そして、アランと婚約する前はライオットが侯爵邸に度々訪れていたらしい。「お嬢様、メイには分かっておりましたよ。ライオット様といらっしゃる時ご無理をされているということ。政略的なものとはいえお嬢様のような完璧なお方があのような下賎な血筋のものと結婚だなんてありえませんもの」
彼女は差別意識が強い人のようだった。
「ライオット皇子殿下は皇族よ」皇族に対して、平気で侮辱するのは酔っているとはいえ危ない。
「卑しい踊り子の血を引いているではありませんか」 メイは平民でありながら、平民の血を嫌悪しているように思えた。「お嬢様、私はお嬢様にどこまでもついていきます」
そして、エレナにものすごく心酔している。私の住んでいた世界では、差別は恥ずべきことだった。
その価値観が染み付いている私には、メイの発する差別意識の染み付いた言葉の数々は居心地が悪かった。なぜ、他に爵位を持つメイドやベテランのメイドがいるのにメイがエレナの専属になったのか疑問だった。
エレナが12歳の時にメイを専属のメイドに指名したらしい。おそらく私が違和感を感じる彼女の価値観はエレナにとっては心地よかったのだろう。
そうでなければ、酔っていたとはいえ皇族の血を咎めたりしない。 ライオットの血筋を卑しいと感じるであろう差別主義者。 それが、メイから見たエレナなのだ。 アランの兄であるライオットと婚約するはずだったのに、6歳近くも下の従兄弟と結婚というのは彼女にとって納得のいくものだったのだろうか。婚約当初12歳のエレナが6歳のアランに恋するとは思えない。
親に言われるがままだったのか、それともエレナが恋していたのは皇后の椅子だったのか。「殿下がお見えです」
メイが慌てたようにノックも忘れて部屋に入ってきた。約束もなく来訪する礼儀のない行動をするようなアランではない。
何かあったのかもしれない、私は応接室に急いだ。「皇子殿下にエレナ・アーデンがお目にかかります」
応接室のソファーに浅く腰かけて落ち着かない顔をしたライオットがそこにいた。 居留守を使って追い返して欲しかった。昨日、私がセクハラをした仕返しに来たのかしら。
本当に陰湿でしつこい男、主人公の座を返上すべきじゃなかろうか。 一度部屋に通してしまったら立場上失礼な対応も取れなければ、こちらから追い返すこともできない。 エレナはパワハラに耐え続けた結果、精神を病んで破滅したということ?「約束の品を持って来た」
ライオットが差し出したのは金色のリボンで巻かれた赤い箱だった。 目で開けてみろと合図をするので、言われるがままリボンを解き箱を開ける。「わあ!」
思わず声が漏れてしまった。 細かい刺繍が施され、胸元にルビーがあしらわれた金色の豪華なドレスだ。 驚きのあまり顔を上げると、目線を逸らされた。「似合うドレスをプレゼントしろと、図々しくも言って来ただろう」
あれは、本当にプレゼントして欲しくて言った訳ではないけれど、言葉をそのまま受け取ったのだろうか?それにしても、エレナのサイズをなんで知っているの?
皇宮にサイズのデータはあるかもしれないけれど、弟の婚約者のドレスのサイズなんて照会したらスキャンダルよね?
何かの罠なのかしら?でも、おそらく長さ的に他の令嬢より高身長のエレナに合わせたものに見える。
小柄なレノアに渡す予定のドレスを使い回したとも思えない。まさか、一目みたらサイズがわかる特技を持っているとか。
例えサイズがわかったとしても1日で作れないよね。それともエレナに合わせて作っておいたとか?
ドレスの中に盗聴器とか仕掛けてないよね? 怪訝な私の雰囲気を感じ取ったのか、彼が焦ったように言ってきた。「お前の髪色に合わせて金色のものにしてみた。デザインもこういう露出の少ない品のあるものの方が似合うと思う」
髪色に合わせるのが彼の似合う服の基準なのだろうか。
確か、エレナのクローゼットの中には紫色のドレスが多かった気がするが。日本人ならブラックコーディネートが一番ということなのか、季節感を重視した方がよいと思うが。
「こんな高価なドレスを頂くわけにはいきません」日常や、お茶会で着るようなドレスでもなければ、彼にもらったものをアランのパートナーとして宴会に参加する際に着るわけにもいかない。
「いつも侯爵令嬢が着ているドレスと変わらない。恐縮するような高価なものでもないだろう」
いつもって、エレナのファッションチェックでもしてるということ? 嫌味を言うために? 底知れぬ陰湿さね。「本当は侯爵令嬢の瞳の色に合わせた赤いドレスが一番似合うと思うんだが、誤解されたら嫌だったからな。」
瞳の色に合わせるのが似合うドレスの基準なのだろうか。「誤解? といいますと。」
ドレスの色などで一体なんの誤解をするのか、全く分からなかった。 彼の基準だと瞳の黒い日本人はやはりブラックコーディネート一択といったところか。「俺が、お前に気があると誤解するなよということだ。理解力がないな」
理解力がないなんて初めて言われた。 でも、彼が赤は自分の色だと思っていてそれを私に着せようとは思わないと言いたいのだと理解した。「ドレスをいれていた箱は赤かったですね」
理解力がないなんてバカ呼ばわりされたのが、ムカついたのでからかってやることにした。 失礼に当たるかもしれないけど、侯爵令嬢をお前呼ばわりするようなことも十分マナー違反だ。「な、何を言ってるんだ。とにかくちゃんと着ろよ」
また、彼は狼狽えている。「いつ、着てほしいんですか? 」
着る機会が本当に見つからないので聞いて見た。 「いつでも、いーよ」 彼は何も考えていなかったのか、焦って返答してきた。「結婚式のお色直しとか」
金色のドレスなんて、普段着てたら何事かと思うだろう。「お前と結婚なんかしないし!」
誰も、彼と結婚したいとは言っていない。そもそも私はアランの婚約者だ。ただ、あまりに豪華で日本人の私には結婚式のお色直しのドレスみたいに見えたのだ。
アランと婚約する前のエレナは結構思わせぶりな態度をとっていたのだろうか、 彼の反応を見るとそう思わざるを得なかった。それに、嫌味を言ってくるときは丁寧な言葉遣いなのに普段接してくるときはかなり砕けている。
ライオットとエレナは仲が良かったのだろうか。「では、今着替えてきます」
私が立ちあがろうとすると、彼が慌てて手首を掴んできた。「今、着替えなくて良い。女の着替えは時間がかかるから。それよりも話がしたい。ちゃんと謝ろうと思ってきたんだ」
和解をしに来たということだろうか、もう破滅フラグを折れてしまいそうな展開に期待に胸が膨らんだ。もう、1時間は彼の弁明を聞いている。その度、私は相槌をうっているが明らかにずっと同じ話をしている気がする。
「侯爵令嬢のこと本当は下品な女なんて思ってないんだ、ただ、自分の血筋に自信が持てなくてあんなことを言ってしまったんだ」
「隣に侯爵令嬢がいる時はお似合いだなんて言われて自分も皇族として自信が持てたんだ。でも、婚約の話もなくなって、侯爵令嬢もすぐにアランと仲良くなって、名前で呼びあったりして面白くなかった」
「政略結婚なんて侯爵令嬢にどうにかできる話じゃないのに、弁明にも来てくれなくて悲しかった」
「自分は皇族の特徴である紫色の瞳も持っていなかったから、もしかしたら周りの言うとおり本当に皇帝陛下の子供でさえないのかと思って⋯⋯」
最初は彼の境遇に心底同情し、心の内を話してくれたことに感謝していたが流石に疲れてきた。
「皇帝の子じゃなくても良くないですか? 」
そろそろあともう1時間は続きそうなこの話のループを止めるため私は自分の意見を言うことにした。「ライオット・レオハードが皇帝の子でもそうでなくても皇子であることは変わらないですよね。むしろ、皇帝の子ではないのに皇子の扱いを受けられていたら、ラッキーではないですか?」
「え? そうなのか?」
彼が目を丸くして返してくる。「身分が絶対のこの帝国だと、理不尽なことを言われようと同じ話を何度されようと身分の低い方は黙って聞かなければなりません。身分が高いに越したことはないですよね」
暗にこの話もうやめて欲しいというメッセージを入れたが気がついただろうか。「なるほど」
納得したように頷くかれに、ホッとして、つい呟いてしまった。 「それにあなたは主人公だし」「主人公?」
しまった、ついハッピーエンドを約束された主人公が愚痴なんか言ってるなという本音が漏れてしまった。 「自分の物語の主人公は自分自身だということです。皇帝もライオット・レオハードの物語では脇役ですよ」 物語の主人公は自分自身だなんてこんなクサイ台詞をいうハメになるとは。「結構、不敬なことを言っているが、大丈夫か?」
ライオットが急に楽しそうにしだした。よし、この勢いで1つお願いをしよう。
「では、私の悩みも聞いてもらって良いですか?」彼は機嫌が良さそうだ、このチャンス逃すまい。
「もちろんだ。話してみろ。」ライオットは背筋を正して私に向き直した。
「窓の外をみてください、侯爵邸の騎士が今何をしていると思います?」 私は窓の方を指差しながら言った。「突然なんだ?」
彼は窓の外を覗きに行って訝しむように言った。「訓練中、だろ?」
そうか、あの修学旅行のお土産の木刀を楽しそうに振り回してチャンバラしている姿はやはり訓練だったのか。「皇子軍の騎士と侯爵邸の騎士をトレードしませんか?」
さあ、交渉開始だ。 私は自分の安全の為にこの交渉を成功させる。「交換する?うちの軍は1年の半分は戦争や反乱の制圧に遠征するし、かなり危険な中戦っている。アーデン侯爵邸の騎士だったら全滅するような死地に行くんだぞ。」
やっぱりな、やはり交換してほしい。
皇子軍の騎士は精鋭というわけか。 侯爵邸の騎士たちが有事にも戦えますと言っているだけで、役に立たなそうと思っていたのは間違いなさそうだ。 私の安全のためにもこの交渉は成功させたい。「皇子軍の騎士1人に対し侯爵邸の騎士3人でどうです? 」
ここからは、交渉を詰めていくしかない。「だから、無理だって」
彼は交渉に応じる気がなさそうだ。「それでは、1対5で手を打ちましょう。」
侯爵邸の騎士は人数だけは多い、もう叩き売りだ。「そんな人をモノみたいに。うちの軍は厳しい中、助け合いながらやってきた仲間だ渡せない」
彼はそんなハートフルな返しをしてきた。「私も自分の騎士たちをファミリーだと思っています」
自分の発言がブラック企業の社長のようだなと思いながらも、なんとか丸めこめないか交渉を続けた。「可愛い子には旅をさせたいのです。ぜひ、うちの子たちのホームステイを受け入れてもらえませんでしょうか? 」
彼のハートに訴えかけるように交渉することにした。
「もらえません」 どうやら、交渉は決裂したようだ。「侯爵邸の騎士は確かにもっと真剣に訓練した方が良いかもしれないな、今度、皇子軍と合同訓練するのはどうだ? 」
彼が提案をしてきた。
「わかりました。」 やはり、それが限界か。仕上がった騎士を簡単に手に入れたかったが仕方がない。結局、夕暮れまで色々雑談して彼は帰ってった。
もしかして、元々エレナが作った関係性があったのかもしれない。彼はかなり私に対して砕けた口調だった上に色々なことをざっくばらんに話してくれた。
言動も他の貴族のように含みがなくストレートで、 会話のリズムもすごく良く、気がついたら楽しい時間を過ごしていた。中学受験に失敗して以来、同年代の友達との交流も絶って努力して来た。
ものすごく同年代との会話に飢えていたのかもしれない。アランに対するのと違い完璧なところを見せてあげないとという気負いもないから楽だった。
これだけ仲良くなれば、もう破滅は免れたかしら。 そんなことを思うと久しぶりに清々しかった。ダンテ様は妻の洗脳を解きたくてランチの約束をしたのにふらついたり、私に必要以上に迫ったりしてきたのではなかろうか。正直妻と約束があると言いながら、彼の自由な行動に驚いてしまった。私を膝の上に抱っこしている時に妻が来たら修羅場展開になると思った。でも、彼の妻は明らかに私の反応しか気にしていなかった。そう思うと少し彼が可哀想になった。今回の旅ではエレナの父であるアーデン侯爵も帯同していて、しっかり団長として指示をだしていた。世界がほぼ帝国支配になったことで、他国との戦争もなくなり、今の騎士団は、災害時の人道支援などを行なっていて、日本の自衛隊のような役割をしている。「今なら、ライオット様も帝国で幸せに暮らせたでしょうにね。」私は思わずレノアに漏らした。「皇帝陛下は帝国にライオット様を戻す予定だったとエレナ様はおっしゃってました。」レノアは寂しそうに私に言って来た。アランは自分の管理する帝国こそに幸せがあると思っている。小さい頃から当たり前のように仕事をしてきて、ダラダラするという至上の贅沢を知らないのだ。人に自分の価値観を悪気なく押し付けてしまっている。でも誰より必死に働いている彼を見たら彼の理想を応援したくなってしまう。騎士団は普段から厳しい訓練をしているようで、前はへらへらしているように見えた侯爵家の騎士団も、自信がついてキリッとしていた。一反木綿のようだったエアマッスル副団長も、たくさん筋肉を付けてがっしりした体つきになっていた。夕刻、菜の花畑に囲まれたガーデンステージでアランとエレナをモデルにした演劇が行われた。日本にいる本物のエレナ・アーデンを思うと悠長に演劇を見る気にはならなかったが、額縁に飾られた皇帝陛下から頂いたお手紙とやらを見せられ半ば強引に見ることになった。「素晴らしい脚本に感動した。いつか、皇后と観覧したい。」といった旨が書かれたアランの手紙。こんな観光地の演劇までチェックしているなんて本当にまめで感心する。演劇は植物園
皇宮を出発し、2週間がたった。対外的には未来の皇后の帝国領視察となっているこの旅だが、道中、驚きの連続だった。以前この世界に転生した時は、首都を出た途端、貧民街が広がっていて、身分社会における貧富の差を強く感じた。しかし、この2週間様々な領地をみたが、どこも豊かでにぎわていて、人々が生き生きしていた。アランとエレナの肖像画が様々なところにか飾られていて、みんなそれを羨望の眼差しで見つめていたり、拝んでいたりした。エレナは皇帝の寵愛を一身に受ける絶世の美女ということもあってか、全女性の憧れの的で、私の姿を見て感動で泣きだす子もいた。ちょっとしたスターになった気分だ。ライオットとエレナがお似合いと昔は言われていたらしいが、アランとエレナの二人は絶世の美男美女である上、金髪、銀髪で華やかで、思わず手を合わせてしまうお似合いっぷりだった。私はとにかく馬車の中でこの6年間変わったことを勉強した。この世界に2度目ともなると馬車も慣れてきた。「帝国法、ほぼ全編変わってる。こんなことありえるの?」帝国の要職は4年ごとの試験によってのみ選ばれて、全帝国民が出身、身分、経験関係なく受けられるらしい。「徹底した能力主義だ。エスパル出身のダンテ様が宰相になるわけだ。」「帝国民は全員納税義務の就労義務があるだと、専業主婦はおろか、定年退職も、生活保護もないってすごくない。ニートの存在認めないんかい。」帝国民は学校の紹介や、試験によって適職を紹介されるらしい。ちなみに全ての学校は国営で試験も国によるもの、だから全てを皇帝陛下の判断に委ねている。仕事を辞めると、すぐに次の仕事を紹介されるらしい。「だから、廃人臭漂うクリス・エスパルは人の来ない図書館勤務だったのか。あんな人からも税金絞りとるとか凄いな。」でも、完全ニートになるよりは少しでも社会にコミットさせた方が、人々の満足度は高くなるのだろうか。6年前より、世界の人たちが生き生きしている。
その時、頭の中でカルマン公子の声がした。「本当にそれで良いのですか? 彼は脱獄を手引きしたあなたが兄に特別な感情を抱いていると思っていますよ。そんなあなたの言葉が彼に届きますか?」「アル、今あなたの兄のライオット様は私の世界いるの。今、この世界にいるライオット様は私の世界の作家さん。」アランが訝しげに私を見た。「前に話した通り私の世界には身分制度がないの。彼はだからそういう世界の話を書いてしまったのだと思う。」ナイストス!カルマン公子。私はまた間違った発言をしてしまうところだった。カルマン公子は私の罪悪感が作り出した心に棲みつく亡霊かと思っていた。実は愚かな選択をした私を哀れんだ神が与えた私のナイトヘッドに棲む妖精なのかもしれない。どうせなら、ダンテ様に話しかける前にも出てきてほしかった。「こんなところに1人で歩いている男に話しかけても良いのですか?私を追いかけた時の不注意を忘れたのですか?」カルマン公子がこんな風に話しかけてくれれば、私も踏みとどまれたのに。もういつでも出てきて良いから、公子と一生を共にすると約束するから私の愚かな行動を事前に止めてくれ。「それでも、僕は皇帝だ。帝国を少しでも害する可能性があるなら、たとえ兄上でも始末しなければならない。」アランはものすごく苦しそうだった。おそらく帝国もライオットも大切にしたいという思いがあるのだろう。なぜ、彼はここまで気負っているのだろう。皇太子時代は超効率厨で仕事は短く済ませて祖父や母と食事をしたり私とおしゃべりばかりしてたはず。世界全部が帝国みたいな状態だと、さすがの彼もチェーン店を広げすぎた社長のように余裕がないのだろうか。「私がアルのエレナに体を返すヒントを彼が持っていると思うの。だから、ロンリ島の彼のところに私が行って、今、彼の作品の危険性についても言及してくるよ。」アルは静かに私の話を聞いているが、フラフラしていて今にも倒れそうだ。私は雷さんと話す必要があると思った。ダンテ様は明らかにライオットの中に他の人格が
あたりを見渡すと、本を整理している水色の髪を見つけた。「クリス・エスパル様ですか? エレナ・アーデンと申します。」ダンテ様に対して初対面で爽やかな印象を持ってしまったのは水色という爽やかなイメージの色のせいだと思っていた。でも、クリス様の水色の髪や瞳は神聖な印象を私に与えてくる。儚さもあり、この世の人ではないみたいな感じだ。彼を殴れる気がしない。圧倒的なサンクチュアリーな雰囲気、彼を殴った途端神々の怒りをかいそうだ。「何かお探し物ですか?」落ち着いた低い声でクリス・エスパルが尋ねてくる。「クリス様にお話があってきたのです。少しお時間よろしいですか?」三池と全く正反対でおしゃべりではないようだ。必要以上のことを話そうとしない。「クリス様は国王としてのお仕事はもうなされないのですか?」いきなり核心的な質問をしてしまっただろうか。彼の反応を伺うと目の前にある椅子を無視してゆっくりと床に体育座りをし、無表情に虚ろな目でこたえてきた。「エスパル王国はなくなって、現在はレオハード帝国エスパル領になっております。今はどこかの伯爵様か誰かがおさめているような気がします。」地図を出しながら、どこか他人事のように話してくる。地図に目を落として絶句した。エスパル王国どころか、地図上の全ての国が帝国領になっている。これは権力欲なんてなさそうだと思っていたアランの仕業?「図書館の管理をしていると伺いましたが、それはどうして?」恐る恐る尋ねた私にクリスは静かに答えた。「エスパル王国が帝国領になった際、皇帝陛下が私に尋ねました。私に帝国の爵位を与えるのでエスパルの領地を治めないかと。」クリス様が淡々と続ける。「私は悩んだ末、断りました。今は疲れて休みたいと申しました。すると、皇帝陛下が何か好きなことや興味のある事はあるかと尋ねました。」彼は昔を懐かしむような遠い目をしながら続けた。「私が本が好きですとだけ答えると、皇帝陛下から「いにしえの図書館」の
「私は1人で彼と会うつもりです。彼はあなたの夫の国の王だった人です。私は彼を信じています。信頼される人間かどうか相手を疑うのではなく、まずは自分が信じたいと真心を伝えなければ相手も心は開いてくれないはずです」私は彼の妻に向かってダンテ様の付き添いを断る旨を伝えた。「エレナ様、私が浅はかでした。深い慈悲深い心、私もいつかエレナ様のようになりたいです」彼の妻は感動しているようだった。彼女はおそらくエレナ・アーデンにかなり心酔している。新婚の夫が側にいるのに意識がエレナ・アーデンにどう思われるかにしか気持ちが向いていない。ダンテ様がアランがエレナを洗脳しているようなことを負け惜しみで言っていたが、やはり洗脳が得意なのはエレナだ。彼の妻の様子をみるに、教祖エレナ・アーデンを崇拝する信者のようだ。「2人のうちの1人はクリス・エスパルでしたか。」ダンテ様の呟きに思わず私は彼を凝視した後、自分の失敗に気がついた。私が誰も連れず、クリス・エスパルと会おうとしたことから彼はクリス・エスパルが私の世界と関係がある人だと推測したに違いない。私は驚きのあまり彼の発言に肯定とも取れる表情を彼に向けてしまった。私が好きな人がクリス・エスパルに憑依したことがある人間だとバレてしまったのだろうか。ダンテ様は言動や表情、目や耳から入る情報から推測し、その情報を相手に問いかけ反応から推測の確定を出しているのだ。なんとなく分かっていたのに、私は彼の推測が正解である表情をしてしまった気がする。もう、ここは彼のつぶやきなど聞こえなかったふりをして無視して話をすすめよう。「新婚なのだから、2人の時間を大切にして。久しぶりに皇宮の外に出て、このままデートしたらどうかしら。仕事のことは任せて。幸せな2人を見せてくれることが1番の仕事よ。」私は微笑みをたたえながら言った。とにかく、ダンテ様は遠ざけた方が安心だ。私は彼に多くの情報を与えてしまった。彼がたくさんの自分のことを話してくれるので気を許してしまった。今、思えば彼が話した情報は家
「俺は、もう一度、俺のえれなを振り向かせてみせます。触ってしまったことは謝ります。愛しくて我慢できなかったんです。」彼は自分の手を抑えながら、言ってくる。「ダンテ様、この世界に生まれてよかったですね。私の世界に生まれていたら、そのお触り行為は痴漢行為とみなされ牢にぶちこまれてますよ。」私は冷ややかに言った。本当に、もう全然彼に惹かれていない。むしろ、彼の相手を面倒だとさえ感じて来ている。相変わらず自分の心変わりのスピードが恐ろしい。「私は初恋を諦めていませんし、私が好きなもう1人の人にはダンテ様は絶対に勝てません。私は2つの世界を行き来できる女ですよ。あなたの手におえる女じゃないの。」私はとにかく、彼に私を諦めて去っていって欲しくて続けた。「ライオット・レオハードじゃない方の好きな人も世界を行き来できるのですね。」ダンテ様が微笑みながら言って来た。しまった、やはり彼は危険すぎる、少しの会話や表情から色々なことを読み取ってしまう。アランと違ってダンテ様からは人に対する思いやりを感じない。自分が面白ければ良いと思って、世界を平気で引っ掻き回しそうだ。そんな人間に2つの世界が並行して存在することや、多くの情報を与えるのは危ない。「私は自分の心変わりの早さを自分の問題だと思っている。ダンテ様も自分の問題として受け止めなさい。奥様が奔放なあなたを前に人形のように可愛くいてくれる努力に思いを馳せなさい。彼女がどれだけの感情を抑えながら、あなたを愛し続けようとしているか彼女の身になって考えるの。」私は、どうしても彼の可愛い妻が苦しむのは嫌で彼を諭した。私は可愛い女の子が辛い思いをするのは嫌なのだ。「妻の立場に立って彼女の望む言葉をかけ続ければ、彼女は幸せでしょうね。皇帝陛下のお得意のマインドコントロール方法ですよね。そうやって彼は人々を洗脳してってる。俺、大嫌いなんです。洗脳された人間ってつまらないですよ。エレナ様も洗脳が趣味でした。俺の妻も彼女に洗脳されきってますよ、彼女の言うことが全部正しいと思って考えること放棄しています。」