小さい頃から、俺、三池勝利は賢かった。
三兄弟の長男として生まれたが、弟たちの自慢の兄であり、両親の自慢の息子であった。小学校5年生の時、学校の前で無料で模試が受けられるというチラシが配られていた。
週末一緒にサッカーをする予定だった友達がその模試を受けるというのに誘われて、受けた模試で何と俺は全国で7位をとってしまったのだ。その後、授業料無料で特待生として迎えると言われて塾に通うことになった。
サッカーの時間が削られるのが嫌だと感じたのは初めだけだった。その後サッカーが上手い転校生が入ってきて、俺様を讃える声が激減し、俺は勉強に専念することにした。
俺はこっち側の人間だったのか、サッカーは脳筋たちに任せよう。
塾での勉強は格段に難しかったが、だからこそ攻略しがいがあった。特に、算数はパズルのようでゲームをクリアするような感覚が好きだった。
「俺の子じゃないだろ、できがよすぎるー!」
派手な金髪の父は俺の成績表を見ては大げさに褒め称えた。「そうよー! 実はこの人の子なのー!」
ノーベル賞を受賞した爺さんを指差しながら、派手な赤髪の母が言う。 両親は美容師で仕事でも家庭でも24時間一緒なのに物凄く仲が良い。「兄ちゃん本当にすげー!」
興奮気味に弟たちが、称えてくる。 「兄ちゃん、かっこいー!」 俺は弟たちのヒーローであった。中学受験も塾に言われてトップの男子校を受けたが合格。
でも、俺は徒歩圏の共学の進学校に進学した。もったいないと言われたら、「近いから」と某少年漫画のキャラクターのようにクールに返した。
中学に入学したらモテて仕方ないだろうなと、入学前から悩んでみたりした。そんな俺の快進撃は中学最初の定期テストで撃沈する。
お前ら今までどこに隠れていたんだと思うくらい頭の良い奴が多かった。 いつも一番で誉められ続けていた俺が上位にくいこんでおらず落ち込んだ。しかし、地元で有名な進学校の制服を着ているだけで家族も近所の人も羨望の目で見てくる。
「あら、将来は東大生ね」 なんて知りもしないおばちゃんから声を掛けられたりした。毎日のように学校内で感じさせられる劣等感に耐えきれず、
いつしか、校則が緩いのを良いことに髪を金色に染めてお調子ものキャラクターとして定着した。 「さすが、俺の子、カッケー髪型だな」 新しい髪型も、学校では浮いたが家族には好評だった。「もっと、派手でも良いくらいよ。」
赤髪の母よりは地味である自覚はあった。「兄ちゃん、スーパーサイヤ人みたい。」
複雑な俺の感情とは裏腹に家族の俺への期待は変わらなかった。 「兄ちゃん、カッケー!」学校の勉強のスピードは驚くよりも早く、高校2年生には高校でするべき勉強を全て終えていた。
その頃には、すっかり進学校の深海魚として定着した。 「浪人すればよくね」 みたなことを言い合いながら、少しグレた連中とつるんでた。高校の最終学年のクラス替え、俺は松井えれなの後ろの席になった。
彼女はちょっとした有名人で、建学以来の才女と呼ばれていた。「同じ班だな。宜しくな。俺、三池勝利、勝利を呼ぶ男」
ミーハーな俺は有名人の彼女と仲良くしたかった。「よろしく」
初対面なのにそっけなく返された。 他の奴に同じようにされたら頭に来るのに、 なんか、そのそっけない反応も良いなんて思ってしまった。それから気がつくと目で彼女を追っていた。
目が合うと嬉しくて、その日少しでも会話できればその会話を何度も頭の中で繰り返した。 秋も深まったある日、松井の進路希望の紙をなんとか覗くと第一志望のところに東京大学理科三類と書いてあった。俺も彼女と同じ大学に行きたいとおもって、進路希望の用紙にでっかく東大と書いた。
即、担任に呼ばれた。「東京の大学ってことか、大学はいっぱいあるからなー」
何が言いたいのか分からないことを言われたが、その日から俺は必死で勉強した。そして2学期の期末テスト、俺はなんと深海から脱出し浅瀬の魚になることに成功したのだ。
次はトビウオになってやると意気込んだ矢先、俺の順位を知った友達が騒ぎ出した。「お前、カンニングしただろー!」
意外なことを言われて驚き絶句した。「前の席、松井だもんな見たんじゃね」
声の大きい連中だったので、クラスがざわついた。先生が教室に入ってきてその様子を見て、
「こんな大事な時期に静かにしろ、で、本当のところどうなんだ三池?」からかうように聞いてきた。お調子者キャラでいたツケなのか、俺はこんな信じられない言動も受け入れなければいけないのかとショックを受けた。
「先生、カンニングなどするわけないでしょう。それでは学習の意味がありません。受験に合格するため、定期テストの役割は弱点を見つけることでしょ」
松井の凜とした声が響いた。
その一言で教室は静まり返り、すぐに授業がはじまった。「あの、松井ありがとう⋯⋯」
俺は小声で話しかけたが無視された。 その反応がまるで礼を言われる程のことではないといっているようで、俺はますます彼女に夢中になった。そして、東大合格発表の日、俺は自分の不合格を知った後、運良く、松井を見つけた。
わずかに嬉しそうな表情でスマホを操作している彼女。
松井は合格したに違いない、俺は告白しようと思った。理系なんか男子がたくさんいるから、きっと彼女を取られてしまう。
やっと、彼女に駆け寄って追いついたその時、すごいスピードの車が彼女に近づいてきたのが見えた。
俺はとっさに彼女を助けようと思いっきり道路に飛び込んだ。目を開けると、そこは西洋風の豪華な椅子が並べられた会議室だった。
周りを年配の男性に囲まれている。 「王の不在は民の不安を招きます。即刻王太子殿下には即位して頂き、戴冠式は2週間後に行います」俺は、瞬時に自分が転生したことを理解した。
全員水色の髪に水色の瞳をしている。美容師の息子として様々な髪色を見てきたが、年配のおっさんたちがこっぞって水色はありえない。
ここは、ラノベ『赤い獅子』に出て来るエスパル王国だ。そして、俺は悪名高い独裁者であり次期国王であるクリス・エスパルになっていた。
クリスは王位継承権を持つ唯一の存在だ。というのも、彼女の母親がこれまた悪女で側室の産む子を赤子のうちに葬ってきたからだ。
28歳で王位についたクリスは、帝国を手に入れるという野心を持ち度々他国に戦争を仕掛ける。単一民族国家であるこの国は、エスパルの人間こそ選ばれた民で他はゴミ的なありえない思想があり、
小さい頃からの愛国心をもつ教育が施され、全ての男女に兵役義務がある。女も戦う、ある意味男女平等だ。
しかし、人権はほぼなく、妊娠してでもいない限り兵役は免れない。本当は戦争になど行きたくないというのが国民の本音なのだろう、
兵役逃れに妊娠し続ける女や、妊婦のふりをする男までいる。 出生率は非常に高いため兵士の数も多く、数と汚い戦法で主人公を困らせるやばい国だ。18歳なのに28歳に転生するなんて、
俺は10年分損した気分になった。どうせなら、帝国の皇太子アランに転生したかった。
12歳なんて俺史上の最盛期、俺なら破滅しないでエレナ・アーデンと幸せになれると思ったからだ。主人公とはいえ、ライオットになるのは戦争が怖いし嫌だった。
エレナ・アーデンは俺の最推しキャラだった。
松井と同じ名前というのも運命を感じたし、何よりクレオパトラもびっくりの悪女っぷり。それからその飛び抜けた賢さ、野心。
痺れる程かっこいい女だと思った。結局、主人公ライオットによって破滅させられるが、
彼を度々惑わし、窮地に追い詰めたのは彼女だった。 アランもほとんど貰い事故みたいな形でエレナと破滅してしまう。最も嫌われ、最も熱狂的なファンがいるのがエレナ・アーデンだった。
アニメ化でエレナを演じる声優さんの人気もあり、金を出すファンがついていると見なされたエレナ・アーデンは、 『悪女エレナ・アーデンの自戒』というスピンオフまで予定されていた。最も、その発売日前におれは『赤い獅子』の世界に飛んでしまった。
楽しみにしていたエレナ様へ貢ぐ機会を失ったってしまったのだ。クリス・エスパルになった以上、まずやるべきことは帝国との開戦を避けるべきだと思った。
俺はこの侵略戦争がうまくいかないことをわかっているし、そもそも戦争なんてするべきではない。それに、この戦争の失敗の責任の全てを背負い処刑される俺の運命にまず逆らわなければならない。
独裁者と呼ばれる自分が提案すればその意見は通ると思った。「帝国侵略をやめたい?」
俺はこの国の宰相である第一の水色じじいヴィラン公爵に戦争を止めるよう提案した。 いかにも、悪そうな感じだが独裁者である俺様の言うことなら聞くだろうと思っていた。 しかし、彼の反応は俺の予想とは全く違っていた。「愚かな帝国民の浄化は急務です。エスパルの民もそれを望んでいます」
クリス・エスパルは独裁者だったはずなのに、ヴィラン公爵は高圧的態度を俺にとってくる。「いや、でも実際みんな戦争で家族を失ったりするのは嫌だろう。目の前の大切な人との幸せな暮らしより大切なものなんてないんじゃないか?」
一瞬、彼の態度に怯んだが、俺は自分の思いを語った。
「ハッハッハッ!エスパルの民にそんな軟弱なものなどおりません。世界をエスパルの手にしないと、不浄の帝国民により土地は汚れるばかりでしょう」
ヴィラン公爵は高笑いした。俺は全く面白い事を言ったつもりもなく、真剣に話をしているのに。
すると、そっと俺の耳に囁いてきた第二の水色じじいがいた。
「それくらいにしておいてください。陛下もお父上のようになるのはお嫌でしょう。」血の気がひくとはこのことだ。
主人公ライオット視点で書かれた『赤い獅子』では野心家な独裁者だったはずのクリス・エスパル国王は、 お飾りの国王だった。 そして失敗があれば全ての責任を負わされ処刑され、意にそぐわぬ事があれば秘密裏に殺される。「申し訳ない、即位のことで頭がいっぱいで混乱しておかしなことを言ってしまった」
俺は慌てて取り繕った。「お父上があのように亡くなられたのです。心中察するにあまりあります」
ヴィラン公爵はそのように俺に頭を下げると、それまで俺に注目をしていた複数の水色の目も消えていった。即位を終え、バルコニーに出てエスパルの民に手を振るように言われた。
なんとか現状をポジティブにとらえようとしても、なかなか難しく鉛のように重い足を動かしバルコニーに出た。「国王陛下万歳! エスパル王国に栄光を!」
あたり一帯水色におおいつくされ、期待にあふれたような、狂ったようなその叫びに囲まれた。 その水色の海に堕ちて、深海に潜ってしまいたくなった。溢れるばかりの期待の目、虚勢を張っても実は大した力もないところが、クリス・エスパルと俺はそっくりだと思った。
戴冠式、各国のお偉いさんが集まった。
帝国からはアラン・レオハードが出席するとの事だった。 敵国とも言えるエスパル王国によく来るなと思った。まあ、アランの護衛に集中する帝国軍のすきをついて、
帝国に侵略戦争をしかけようとするけど、計画が漏れててライオットに負けるんだよな。俺の隣に座るヴィラン公爵に第2の水色じじいが耳打ちしたのが聞こえた。
「エレナ・アーデン侯爵令嬢を捕らえるのに失敗しました」 淡々と公爵が次の指示を出す。「了解した。プロジェクトFに作戦を変更しろ」
作戦がたくさん用意されているようだが、俺は国王なのに蚊帳の外だ。 「御意」エレナを人質にする計画なんて進んでいたのか、
俺はぼんやりと考えた。 バカだな、エレナはお前らなんかに何とかなる女じゃねーよ。心の中で悪態をつく、もう、何を言ったらヴィラン公爵の気を損ねてしまうのか分からなくて声を発するのが怖くなっていた。
おしゃべりなはずの自分がこんなに大人しくなるなんてな。思わず笑いがこみ上げて来る、国王である立場なのに何の作戦も知らされていない。
「レオハード帝国、アラン・レオハード皇太子殿下とエレナ・アーデン侯爵令嬢のおなーり」
入場を伝える声とともに入場してきたエレナに驚いた。エレナがつんつるてんの安っぽいドレスを着ている。
とても、帝国の皇太子の婚約者が着るドレスではない。 ピンク色のヒラヒラのドレスは丈も短くエレナらしさもなく合成写真のようだ。エスパル王国との侵略戦争はエレナの企みを邪魔するものではなく、むしろエレナはその侵略戦争も利用しようと考えてたので、エスパル王国の暴挙をあえて放置していたと書かれていたはず。
何かの策略が隠れているのか、あの姿にも。
もしや、あの短いドレス丈は身の丈を知れという意味なのか?ピンク色のヒラヒラはよく見ると花びらを形どっている。
帝国に侵略戦争を仕掛けるなど頭の中お花畑かということなのか?間違いなくエスパル王国への挑発行為だ。
実はエスパル王国の帝国への侵略もエレナの思惑によるものだったのか。エレナに恐怖心を感じつつも、今の状況を打開するには彼女に近付くしかないと思った。
小説の中でも彼女がラスボスの悪女だからだ。なんとか興味を引かねばと自分の最大の武勇伝を話したつもりだった。
彼女の正体が松井えれなだとわかると、嬉しさに興奮してしまった。最近、恐怖のあまり誰とも話さず眠れなかったせいか、何を話したかも覚えていない。
ただ、戦争をやめるよう彼女から言われた途端、無力な自分が恥ずかしくて、いつものようにおちゃらけてしまった。
それが、彼女を怒らせたと気づいた時はエレナ・アーデンの特徴とも言える眩いばかりの金髪を握りしめていた。
「国王陛下、我が帝国の令嬢が失礼を致しました。ただ、道中、思いもよらぬことがあった為、彼女も困惑しているようです」
ふと、声のする方をみると燃えるような赤い髪に怒りを抑えるような黄金の瞳で俺をみる主人公ライオット・レオハードがいた。
俺は剣を当てられている彼女の状況に気づき慌てて剣を納めるように周りのエスパル王国の騎士たちに伝えた。「侯爵令嬢はお疲れのようなので、この辺りで失礼しても宜しいでしょうか?」
目の中に獅子が住んでいるようなライオットの圧のある眼差しに、俺は思わず何度もすばやく頷いた。 そして、ライオットに連れてかれる彼女の姿を見送った。ライオットがいた。
俺にとってはここに主人公がいるのは想定外だった。なぜなら、彼の視点で書かれた原作小説によると戴冠式の裏でエスパル王国の侵略がはじまり、
悠長に宴会に参加する弟のアランと対照的に奇襲するエスパル軍と戦っていたはず。それに、エレナ・アーデンに複雑な気持ちと憎しみを抱えているはずなのに、
彼女を見つめるライオットの瞳には俺に対する攻撃的なものとは違い、 心配や労りみたいな優しいものが含まれていた。松井は、運命を変えているのか?
原作小説も知らないみたいなのに、むしろ知らないからこそなのか。 どちらにしてもやっぱり俺の好きになった女はすげえ女だ。おちゃらけてないで真剣に話そう、彼女なら良い現状打開策を出せるかも知れない。
ヴィラン公爵の目があり自由に動けない。 これが、彼女に会うラストチャンスなのかも知れない。告白、しよう。
しっかりと、ずっと呼んでみたかった彼女の名を呼んで。 実は、ずっとポジティブに捉えようと思っていたが彼女に苦手意識を持たれてるのはわかっていた。告白の成功率なんてE判定だろう。
それでも関係ない。 告白したからといって気まずくなるようなことはおそらくない。 彼女の性格からして必要ならば、苦手な相手だろうと接して来るだろう。今の俺は原作を知っている。
彼女が破滅を逃れるのに作戦を練るには十分な情報を与えられる。今まで相手にされなかったのは俺が彼女にとって必要のない人間だったからだ。
少し切ないけれど事実だ。 俺は周りの騎士たちに解散するように命令した。「そういうわけには行きません。」
騎士たちが拒否の姿勢を示してくる。 「これは王命だ」これから、一世一代の告白をするんだ。
見えない何かにびびってなんかいられない。 騎士たちが解散したのを見届けるとエレナが去って行った方に走った。「アーデン侯爵令嬢、リース子爵がいらっしゃいます。」特別席で舞台の余韻に浸っていると、先刻席を案内してくれた男性が小走りで来た。オレンジ色の髪に緑色の瞳をした真面目そうな好青年が入ってきて私に挨拶する。「アーデン侯爵令嬢に、エドワード・リースがお目にかかります。」そう言って目の前に跪いてきた。この挨拶の仕方って皇族に対する挨拶の方法だと記憶している。エレナが来月には皇后になるから、こんな丁寧な挨拶をしてくるのだろうか。それにしても、いかにも悪そうな守銭奴リース子爵の息子がこんなに好青年だとは驚いた。「あの、こちらにお座りくださいな。」私は空いている隣の席をリース子爵に指し示した。「恐れ多いです。立場はわきまえております。」彼は跪いたまま、メモを取り出した。リース子爵はこの領地では領主であり、威厳を保った方が良いと思うのだがこれで良いのだろうか。しかし、リース子爵の視線から私の言葉を今か今かと待っている期待感を感じたのでこのまま続けた。「まず、年間パスポートをやめてください。園内の混雑の割に収益が取れていません。」そう、年間パスポートの時間のあるおばちゃん達が毎日来てしまっている可能性が高い。そうすると他の客が園内の混雑に思ったような満足度が得られなくてリピートしてしまわなくなってしまう。それに、年パスのおばちゃん達は既にこの園に来るのがライフワークになっている。日本のお年寄りが整形外科に行くのをライフワークにしているのと一緒だ。だから、年パスがなくなることで毎日は来なくなるだろうが、週に1回はどうしても来てしまうだろう。だから年パスをなくしてしまった方が年間にすると彼女たちから多くの金額を搾取できる。「最後列の席を除いて、他の座席は有料にしてください。」全ての座席を無料にするから、1部も2部も見ようとして席をずっと陣取ってしまう人間が出て来るのだ。そのことで、人員を整理する人を置かねばならず人件費がかかる。入園料だけで舞台を見られるというのは、オ
ダンテ様は妻の洗脳を解きたくてランチの約束をしたのにふらついたり、私に必要以上に迫ったりしてきたのではなかろうか。正直妻と約束があると言いながら、彼の自由な行動に驚いてしまった。私を膝の上に抱っこしている時に妻が来たら修羅場展開になると思った。でも、彼の妻は明らかに私の反応しか気にしていなかった。そう思うと少し彼が可哀想になった。今回の旅ではエレナの父であるアーデン侯爵も帯同していて、しっかり団長として指示をだしていた。世界がほぼ帝国支配になったことで、他国との戦争もなくなり、今の騎士団は、災害時の人道支援などを行なっていて、日本の自衛隊のような役割をしている。「今なら、ライオット様も帝国で幸せに暮らせたでしょうにね。」私は思わずレノアに漏らした。「皇帝陛下は帝国にライオット様を戻す予定だったとエレナ様はおっしゃってました。」レノアは寂しそうに私に言って来た。アランは自分の管理する帝国こそに幸せがあると思っている。小さい頃から当たり前のように仕事をしてきて、ダラダラするという至上の贅沢を知らないのだ。人に自分の価値観を悪気なく押し付けてしまっている。でも誰より必死に働いている彼を見たら彼の理想を応援したくなってしまう。騎士団は普段から厳しい訓練をしているようで、前はへらへらしているように見えた侯爵家の騎士団も、自信がついてキリッとしていた。一反木綿のようだったエアマッスル副団長も、たくさん筋肉を付けてがっしりした体つきになっていた。夕刻、菜の花畑に囲まれたガーデンステージでアランとエレナをモデルにした演劇が行われた。日本にいる本物のエレナ・アーデンを思うと悠長に演劇を見る気にはならなかったが、額縁に飾られた皇帝陛下から頂いたお手紙とやらを見せられ半ば強引に見ることになった。「素晴らしい脚本に感動した。いつか、皇后と観覧したい。」といった旨が書かれたアランの手紙。こんな観光地の演劇までチェックしているなんて本当にまめで感心する。演劇は植物園
皇宮を出発し、2週間がたった。対外的には未来の皇后の帝国領視察となっているこの旅だが、道中、驚きの連続だった。以前この世界に転生した時は、首都を出た途端、貧民街が広がっていて、身分社会における貧富の差を強く感じた。しかし、この2週間様々な領地をみたが、どこも豊かでにぎわていて、人々が生き生きしていた。アランとエレナの肖像画が様々なところにか飾られていて、みんなそれを羨望の眼差しで見つめていたり、拝んでいたりした。エレナは皇帝の寵愛を一身に受ける絶世の美女ということもあってか、全女性の憧れの的で、私の姿を見て感動で泣きだす子もいた。ちょっとしたスターになった気分だ。ライオットとエレナがお似合いと昔は言われていたらしいが、アランとエレナの二人は絶世の美男美女である上、金髪、銀髪で華やかで、思わず手を合わせてしまうお似合いっぷりだった。私はとにかく馬車の中でこの6年間変わったことを勉強した。この世界に2度目ともなると馬車も慣れてきた。「帝国法、ほぼ全編変わってる。こんなことありえるの?」帝国の要職は4年ごとの試験によってのみ選ばれて、全帝国民が出身、身分、経験関係なく受けられるらしい。「徹底した能力主義だ。エスパル出身のダンテ様が宰相になるわけだ。」「帝国民は全員納税義務の就労義務があるだと、専業主婦はおろか、定年退職も、生活保護もないってすごくない。ニートの存在認めないんかい。」帝国民は学校の紹介や、試験によって適職を紹介されるらしい。ちなみに全ての学校は国営で試験も国によるもの、だから全てを皇帝陛下の判断に委ねている。仕事を辞めると、すぐに次の仕事を紹介されるらしい。「だから、廃人臭漂うクリス・エスパルは人の来ない図書館勤務だったのか。あんな人からも税金絞りとるとか凄いな。」でも、完全ニートになるよりは少しでも社会にコミットさせた方が、人々の満足度は高くなるのだろうか。6年前より、世界の人たちが生き生きしている。
その時、頭の中でカルマン公子の声がした。「本当にそれで良いのですか? 彼は脱獄を手引きしたあなたが兄に特別な感情を抱いていると思っていますよ。そんなあなたの言葉が彼に届きますか?」「アル、今あなたの兄のライオット様は私の世界いるの。今、この世界にいるライオット様は私の世界の作家さん。」アランが訝しげに私を見た。「前に話した通り私の世界には身分制度がないの。彼はだからそういう世界の話を書いてしまったのだと思う。」ナイストス!カルマン公子。私はまた間違った発言をしてしまうところだった。カルマン公子は私の罪悪感が作り出した心に棲みつく亡霊かと思っていた。実は愚かな選択をした私を哀れんだ神が与えた私のナイトヘッドに棲む妖精なのかもしれない。どうせなら、ダンテ様に話しかける前にも出てきてほしかった。「こんなところに1人で歩いている男に話しかけても良いのですか?私を追いかけた時の不注意を忘れたのですか?」カルマン公子がこんな風に話しかけてくれれば、私も踏みとどまれたのに。もういつでも出てきて良いから、公子と一生を共にすると約束するから私の愚かな行動を事前に止めてくれ。「それでも、僕は皇帝だ。帝国を少しでも害する可能性があるなら、たとえ兄上でも始末しなければならない。」アランはものすごく苦しそうだった。おそらく帝国もライオットも大切にしたいという思いがあるのだろう。なぜ、彼はここまで気負っているのだろう。皇太子時代は超効率厨で仕事は短く済ませて祖父や母と食事をしたり私とおしゃべりばかりしてたはず。世界全部が帝国みたいな状態だと、さすがの彼もチェーン店を広げすぎた社長のように余裕がないのだろうか。「私がアルのエレナに体を返すヒントを彼が持っていると思うの。だから、ロンリ島の彼のところに私が行って、今、彼の作品の危険性についても言及してくるよ。」アルは静かに私の話を聞いているが、フラフラしていて今にも倒れそうだ。私は雷さんと話す必要があると思った。ダンテ様は明らかにライオットの中に他の人格が
あたりを見渡すと、本を整理している水色の髪を見つけた。「クリス・エスパル様ですか? エレナ・アーデンと申します。」ダンテ様に対して初対面で爽やかな印象を持ってしまったのは水色という爽やかなイメージの色のせいだと思っていた。でも、クリス様の水色の髪や瞳は神聖な印象を私に与えてくる。儚さもあり、この世の人ではないみたいな感じだ。彼を殴れる気がしない。圧倒的なサンクチュアリーな雰囲気、彼を殴った途端神々の怒りをかいそうだ。「何かお探し物ですか?」落ち着いた低い声でクリス・エスパルが尋ねてくる。「クリス様にお話があってきたのです。少しお時間よろしいですか?」三池と全く正反対でおしゃべりではないようだ。必要以上のことを話そうとしない。「クリス様は国王としてのお仕事はもうなされないのですか?」いきなり核心的な質問をしてしまっただろうか。彼の反応を伺うと目の前にある椅子を無視してゆっくりと床に体育座りをし、無表情に虚ろな目でこたえてきた。「エスパル王国はなくなって、現在はレオハード帝国エスパル領になっております。今はどこかの伯爵様か誰かがおさめているような気がします。」地図を出しながら、どこか他人事のように話してくる。地図に目を落として絶句した。エスパル王国どころか、地図上の全ての国が帝国領になっている。これは権力欲なんてなさそうだと思っていたアランの仕業?「図書館の管理をしていると伺いましたが、それはどうして?」恐る恐る尋ねた私にクリスは静かに答えた。「エスパル王国が帝国領になった際、皇帝陛下が私に尋ねました。私に帝国の爵位を与えるのでエスパルの領地を治めないかと。」クリス様が淡々と続ける。「私は悩んだ末、断りました。今は疲れて休みたいと申しました。すると、皇帝陛下が何か好きなことや興味のある事はあるかと尋ねました。」彼は昔を懐かしむような遠い目をしながら続けた。「私が本が好きですとだけ答えると、皇帝陛下から「いにしえの図書館」の
「私は1人で彼と会うつもりです。彼はあなたの夫の国の王だった人です。私は彼を信じています。信頼される人間かどうか相手を疑うのではなく、まずは自分が信じたいと真心を伝えなければ相手も心は開いてくれないはずです」私は彼の妻に向かってダンテ様の付き添いを断る旨を伝えた。「エレナ様、私が浅はかでした。深い慈悲深い心、私もいつかエレナ様のようになりたいです」彼の妻は感動しているようだった。彼女はおそらくエレナ・アーデンにかなり心酔している。新婚の夫が側にいるのに意識がエレナ・アーデンにどう思われるかにしか気持ちが向いていない。ダンテ様がアランがエレナを洗脳しているようなことを負け惜しみで言っていたが、やはり洗脳が得意なのはエレナだ。彼の妻の様子をみるに、教祖エレナ・アーデンを崇拝する信者のようだ。「2人のうちの1人はクリス・エスパルでしたか。」ダンテ様の呟きに思わず私は彼を凝視した後、自分の失敗に気がついた。私が誰も連れず、クリス・エスパルと会おうとしたことから彼はクリス・エスパルが私の世界と関係がある人だと推測したに違いない。私は驚きのあまり彼の発言に肯定とも取れる表情を彼に向けてしまった。私が好きな人がクリス・エスパルに憑依したことがある人間だとバレてしまったのだろうか。ダンテ様は言動や表情、目や耳から入る情報から推測し、その情報を相手に問いかけ反応から推測の確定を出しているのだ。なんとなく分かっていたのに、私は彼の推測が正解である表情をしてしまった気がする。もう、ここは彼のつぶやきなど聞こえなかったふりをして無視して話をすすめよう。「新婚なのだから、2人の時間を大切にして。久しぶりに皇宮の外に出て、このままデートしたらどうかしら。仕事のことは任せて。幸せな2人を見せてくれることが1番の仕事よ。」私は微笑みをたたえながら言った。とにかく、ダンテ様は遠ざけた方が安心だ。私は彼に多くの情報を与えてしまった。彼がたくさんの自分のことを話してくれるので気を許してしまった。今、思えば彼が話した情報は家