啓介side
「月に1〜2回打ち合わせで都内に行くことがありますので、今度は佳奈も含めて食事致しませんか?」
俺は思わず、眉間にシワを寄せた。
IT化を推進する企業がわざわざ訪問するのか、と内心疑問に思っていた。
今の時代、WEB会議システムも充実しているし、システムによっては議事録も自動で作成できる。初回からWEBで打ち合わせを行うこともマナー違反と思う企業はほとんどなくなっている。むしろ、移動費用や時間など効率面を考えれば、対面での打ち合わせは必ずしも必要ではない。
しかし、WEB会議では担当者の連絡先しか分からない。今後のやり取りは、現場担当者と行うことになるため、俺が関与する予定はなかった。夏也はそれを見越していたのだろう。初回は、俺の連絡先を把握するために、顔を合わせ名刺交換できる対面を希望した。
そして、お礼も兼ねてこの食事の誘いーー
資料なら担当者同士で行えばいい。俺へのメールの目的は、佳奈との食事をするための口実ではないのか?そんな疑問が再び再熱していた。
「それにしても、俺の考えが合っているなら、元カノに未練があるからって、婚約者と知っていて俺に連絡を取るって、相当自分に自信がないとできないよな。」
業務後、誰もいなくなったオフィスで夏也とのやり取りを思い返し、思わず
佳奈side啓介がトイレで席を立った瞬間、私は今まで抑え込んでいた怒りを爆発させた。グラスを握る手に力を込めて夏也を睨みつける。「ねえ、さっきからどういうつもり?」夏也は、私のただならぬ雰囲気を察したのだろう。悪戯っぽく笑いながら、とぼけたように問い返してきた。「ん?何のこと?」「とぼけないでよ。さっきからわざと付き合っていた頃の話や、啓介に分からない話ばかりするじゃない!そんなことするために食事に誘ったなら、もう来ないし、啓介にも相手にしなくていいって言うからね!」私の真剣な眼差しに、夏也はニヤニヤしていた顔を少し引き締め、困ったように笑った。「おい、そんな怒るなよ。冗談だって。」「冗談じゃない!仕事はちゃんと依頼する気あるんでしょうね。ただの口実だったら、実家も出禁にするからね!」「おーこわっ。」夏也は、私の言葉に少し驚いたように、しかしすぐにいつもの陽気な表情に戻った。そして、ビールのグラスを一口傾けると真剣な眼差しで私を見つめた。「大丈夫、これでも仕事は仕事と割り切っているか
啓介side食事が中盤に差し掛かった頃、佳奈が「ちょっとトイレに行ってくるね」と申し訳なさそうに席を立った。彼女の姿が見えなくなった途端、夏也は普段の陽気な表情とは全く違う、真剣な顔で俺を見てきた。その瞳の奥には笑みの欠片もなかった。「高柳さん、さっきからすみません。高柳さんがどんな対応をするかと思って、少し意地悪して、あえて昔の話ばかりしていました。」俺からすれば、到底「少しばかりの意地悪」には感じられなかった。俺の目の前で、佳奈との絆の深さを誇示して、威嚇しているようだった。「何故、そんなことを? それに、どうして俺にそのことを言うんですか?」俺は平静を装い、夏也の真意を探った。「俺は昔、佳奈を悲しませました。そのことをずっと反省していて……。佳奈には、絶対に幸せになってほしいんです。だから、もし佳奈が選んだ相手が、悲しませるような可能性がある人だったら……俺は、その人から佳奈を全力で奪い取ります。」夏也の瞳は真剣で冗談には思えなかった。佳奈を失った過去への後悔が入り混じった複雑な感情の表れだった。「……。木下さんには、今、私がどのように見えているんですか。これは警告ですか? それとも宣戦布告ですか?」俺は、動揺を隠しながら問いただした。すると夏也は、真剣な
「あー今日はお時間を作って頂きありがとうございます。また会えて嬉しいです」遠くから、夏也で手を大きく振りこちらに近づいてきた。『佳奈も含めて食事がしたい』夏也から来たメールを無視するわけにもいかず、社交辞令で「都合がつけば行きましょう」と返信した。しかし、夏也は具体的な候補をいくつも送ってきて会うしかない状況に追い込まれた。佳奈に話すと、驚くことなくむしろ呆れたように笑って返した。「あー、夏也は社交辞令とか知らない人だからね。誘ったら何が何でも時間を見つけて会おうとするタイプ。」(マジかよ……。)俺も社交辞令は好きではないが、今回ばかりは流れてくれるのを期待していた。だが、佳奈の言葉通り、時間が合わないようなら前泊するなど調整する姿勢を崩さなかった。こうして二週間後、別の取引先との商談を終えた夏也と、佳奈も交えて食事に行くことになった。佳奈と、佳奈の元カレで俺の会社の取引先社長の夏也という奇妙な関係の三人での食事は、どんな展開になるのか全く予想がつかなかった。夏也の希望で都内のクラフトビールの多い飲み屋に入った。店の喧騒が、この奇妙な三人の空気を少しだけ紛らわせてくれる。グラスを合わせると夏也はまるで昔からの親友と再会したかのように満面の笑みで言った。
佳奈side実家を訪問して、もしかしたら会うかもと思っていた夏也と顔を合わせた。私と別れた後も、海外に行っている時も日本に戻ってきてからも夏也は私の家族と親交を深めている。家族はみんな、私と夏也が付き合っていたことも、もちろん別れたことも知っている。それでも、小学生の小さい頃から知っている幼馴染として、私がいない今でも顔を出してくれる夏也を、内心、喜んでいた。「子どもが大きくなると、家に友達が遊びに来ることがなくなるじゃない。まして、佳奈は一緒に暮らしていないから、佳奈の仲良かった友達の顔を見ることがないのよね。だから、たまに『元気にしているのかな?』って思うの。夏也君が顔出してくれると、昔を思い出して楽しいのよ」以前、帰省した時に母がぽつりと言っていたことを思い出す。母にとって夏也は、単なる娘の元カレではなく、幼少期から成長を見てきた可愛い息子のような存在でもあるのだ。母や三奈は啓介の前では気を遣って言わなかったが、頻繁に実家を訪れる夏也を見て、「夏也君、まだ気があるんじゃない?」と何度もからかわれていた。そのたびに私は「もう、そんなことないってば!」と笑って否定していた。私たちの恋は、学生時代にとっくに終わっている。少なくとも、私はそう思っている。私たちはあの日、お互いの未来のために「幼馴染」に戻ったのだ。そこに後悔も未練もないはずだ。そんな夏也が、啓介の会社に仕事
啓介side「月に1〜2回打ち合わせで都内に行くことがありますので、今度は佳奈も含めて食事致しませんか?」俺は思わず、眉間にシワを寄せた。IT化を推進する企業がわざわざ訪問するのか、と内心疑問に思っていた。今の時代、WEB会議システムも充実しているし、システムによっては議事録も自動で作成できる。初回からWEBで打ち合わせを行うこともマナー違反と思う企業はほとんどなくなっている。むしろ、移動費用や時間など効率面を考えれば、対面での打ち合わせは必ずしも必要ではない。しかし、WEB会議では担当者の連絡先しか分からない。今後のやり取りは、現場担当者と行うことになるため、俺が関与する予定はなかった。夏也はそれを見越していたのだろう。初回は、俺の連絡先を把握するために、顔を合わせ名刺交換できる対面を希望した。そして、お礼も兼ねてこの食事の誘いーー資料なら担当者同士で行えばいい。俺へのメールの目的は、佳奈との食事をするための口実ではないのか?そんな疑問が再び再熱していた。「それにしても、俺の考えが合っているなら、元カノに未練があるからって、婚約者と知っていて俺に連絡を取るって、相当自分に自信がないとできないよな。」業務後、誰もいなくなったオフィスで夏也とのやり取りを思い返し、思わず
「やっぱり!同じ名前だからもしかして、と思ったんですよね。これからよろしくお願いします」問い合わせのメールから2週間後、夏也は社員を連れて俺のオフィスにやってきた。この日も人懐っこい笑顔で笑いかけ、俺に握手を求めてきた。「私もです。地域と名前を見て、思わず声をあげてしまいましたよ」俺たち二人のどこかよそよそしいながらも親密さも漂う会話に、同席していた社員たちは不思議そうな顔をしていた。「お二人はお知り合いだったんですか?」「……ああ、まあ。ちょっとね」俺が言葉を濁すと、夏也は口角を上げニヤニヤと意味ありげな笑みを浮かべてこちらを見てくる。その視線に俺は、彼が「佳奈の元カレ」なんて口にしないか内心ヒヤヒヤした。しかし、彼はそこまで良識のない社会人ではなかったようだ。だが、その黙り方は、雄弁にすべてを物語っていた。夏也の会社は、『観光ではなく居住する街へ』をコンセプトに、地方創生に取り組むベンチャー企業だった。農業のIT化や、数年前に流行ったサテライトオフィスの長期実現化を実現して、若い人材を誘致しようと取り組んでいる。自治体や観光庁・農林水産省といった官公庁とも連携している見た目以上に堅実な会社だった。打ち合わせ中は、お互いに真面目な議論を交