「クリフト、まずは今までの私のあなたへの暴言の数々を謝らせて⋯⋯」
私はクリフトを部屋に招くなり、謝罪をした。メイドで彼に仕える身だった時にあったはずの思いやりは、公爵夫人になるなり消滅した。
彼を邪険に扱うメイドたちの行動に目を瞑り、自分の鬱憤を晴らすように彼女たちの行動を扇動するようになった。
思い返しても自分の行動は最低過ぎて、許されるものではない。「⋯⋯」
クリフトはまた何も言ってくれなくなった。「今晩、私の20歳の誕生日祝いの舞踏会があるのよ。出席してくれるわよね」
「⋯⋯」
クリフトは無表情で私を見つめていた。「気が向いたらで良いから⋯⋯」
先程、言葉を発してくれたからと言って、急に距離を詰めようとし過ぎたかもしれない。クリフトには家庭教師をつけているからダンスは踊れるはずだ。
でも、私は舞踏会に出席した事のない彼に対して無理な要求をした。
そももそ彼が舞踏会に出席した事がないのは全て彼を隠そうとした私やスタンリーのせいだ。
それから、昼過ぎまで私は全く言葉を発さないクリフトに話しかけ続けた。
側から見ればひとりごとを言い続けているような不気味な光景だろう。
それでも私と彼の間には会話が成り立っていた。 彼の微妙な表情の変化を読み取り、私は対話を続けた。ノックと共に、エリカが入ってくる。
「奥様、舞踏会の準備をそろそろ始めませんと」
「ああ、そうだったわね。クリフト、ではまたね」 私の言葉にクリフトが自分の部屋に戻っていく。名残惜しいような気持ちになった。
なぜこのような対話の時間を今まで取らなかったのかを後悔した。♢♢♢
事前に準備してあったグリーンのドレスを見て、心が落ち込んだ。
オーダーメイドでこだわりまくり、これでもかというくらいエメラルドやサファイアを塗したドレス。
同年代の子がアカデミーに行く中、息子のクリフトが部屋に引き篭もっているのに私は贅を尽くしたこのドレスのことしか考えていなかった。
(本当に最低な母親⋯⋯)
準備を整え部屋を出ると、スタンリーが待ち構えていた。 私がグリーンのドレスを選ぶと思っていたのか、私とペアになるグリーンの礼服を着ている。「では、行こうか。ルミエラ」
スタンリーは今朝の騒ぎなど、何事もなかったように淡々としていた。薄く微笑みを讃えた彼に生まれの違いを感じた。
彼は王族の血が混じった生粋の貴族だ。
彼の隣にいるには、私も余裕の表情を作らないとならないだろう。 モリレード公爵邸の立派なボールルームに到着すると、沢山の来賓が私たちを迎えてくれた。真っ先に目に入ったのは、朝とは違って淡いブルーの礼服に着替えたレイフォード王子だった。彼の隣には赤髪にいかにも気の強そうなルビー色の瞳をしたタチアナ・マリソン侯爵令嬢がいる。
(婚約者なんだから、当然か⋯⋯)
なぜだか少し落ち込んだ私の手を強くスタンリーが握ってきて、驚いてしまった。
(な、何?) 舞踏会の開会の合図を告げるダンスをスタンリーと踊る。ふと、結婚当初に私のダンスの練習に付き合ってくれた彼を思い出した。
ダンスレッスンに家庭教師をつけて貰っているから大丈夫だと言ったのに、自分と踊る機会が多いからと私に付き添っていたスタンリー。
「スタンリーは私のことを1度でも好きだった?」
今朝、若い令嬢と浮気していた彼は私に本気になったことが1度でもあったのか気になった。
瞬間、目を合わされて彼の澄んだアクアマリンの瞳に吸い込まれそうになる。「俺は、今まで君のことしか好きになった事がないよ」
そのような事を言われるとは思わなかった。
なんだか心臓の鼓動が早い。浮気していた癖によくそのような戯言が言えると彼を責めれば良いのに、言葉が出てこなかった。
前世の記憶が戻った事で、相手をよく観察するようになったから気づいてしまった。 (スタンリーは嘘をついてないわ)「い、いつから私を好きで⋯⋯」
「君が14歳の時、クリフトの食事を工夫して出してたのを見て可愛いと思った⋯⋯」 私は思わずステップを踏み間違え、転びそうになってしまった。(それって、ミランダ公爵夫人と結婚している時じゃない⋯⋯なんて、不誠実なの?)
彼が優雅に私を支え、まるで何事もなかったように踊りを再開する。
メイドの私にとって大人でスマートな憧れの公爵様だった彼。私が彼を軽蔑にも似た感情で避けるようになったのは、求婚されてからだった。
妻が自殺したというのに、悲しむ間もなく若いメイドの私に求婚した男。
美しくスマートで憧れだった公爵様は、一気に私の中でエロオヤジという認識に変わった。
公爵である彼からの求婚を断れるわけもなく、私は贅沢ができると割り切って彼と結婚することに決めた。曲が終わって、スタンリーが私から離れて行こうとする。
私はなぜだか今なら彼の本音が聞けそうな気がして、離れそうになった手を握った。
「もう、1曲踊ろうか。今日は君の誕生日だ。本当にダンスが上手くなったね」
「嘘をつくなら、踊らないわ⋯⋯」よく見ると無表情に見えてスタンリーは割と分かりやすい。
明らかに私のダンスを褒める時に瞳が揺れていた。
リズム感が絶望的にない上に、先ほどもステップを踏み間違えた。スタンリーが抜群にダンスが上手く誤魔化してくれたから、周囲に私の失態がバレなかっただけだ。
2曲連続で踊るのは初めてだ。
私は体力がないから、2曲目のステップはもっとしどろもどろになるだろう。
でも、彼に体を預けて仕舞えばなんとなく形になる事を知っている。 昨晩、浮気をしていた最低な夫に体を預ける。 当たり前のように、私を上手にリードしてくれる彼にホッとした。「スタンリー、あなた最低よ。私への気持ちを聞いても不快感しか湧かないわ」
「そうだろうな⋯⋯」ミランダ夫人がクリフトに発語がないこ事で悩んで自分を追い詰めていた時に、私に恋をしていた彼は最低の男だ。
睨みつけるように彼を見ると、なぜか微笑みを返された。
「メアリア嬢の事もよ。浮気するのは勝手だけれど、相手を選んでね」
周囲に聞こえないように、彼の耳元に囁くように注意した。
来月には結婚する女との浮気。
彼女の婚約者に露見でもしたら、破談になりかねない。「浮気ではない。俺の事を好きなルミエラだと思って抱いたから⋯⋯」
とんでもない返答にまたステップを踏み外す。
それを優雅にスタンリーはフォローする。 「最低過ぎて言葉がないわ⋯⋯」 浮気の言い訳としては最低だ。私は回帰した時間の中で彼の別の言い訳を聞いた。
でも、今、彼が言った理由が本当の浮気理由だ。
彼を観察し始めると、意外と分かりやすく何が本当なのか分かってしまい胸が詰まった。
「君の言う通り俺は最低だし、ルミエラの代用として彼女は役に立たなかったよ」
いつからか、スタンリーは私に手を出さなくなった。 私が彼に気持ちが全くないことが分かったからだろう。 彼は本当に最低だけれど、私のことをよく見ていたようだ。 「良い時間だった。ルミエラ、お誕生日おめでとう」 動揺する私をよそに曲が終わり、スタンリーが離れていく。改めて4年前、自分の夫になった彼を見ると美しく儚い感じのする不思議な人だ。
「ルミエラ夫人、お誕生日おめでとう。良かったら、少し話さないか?」
突然、レイフォード王子から声を掛けられる。 私は驚きのあまり、彼の差し出した手に咄嗟に手を乗せた。まるで、今朝会った事を忘れたような彼の態度が不思議でならない。
彼の隣にいたタチアナ嬢が敵意を隠さない目で私を見る。 (そんな目で見なくても、1年後にはあなたの男よ)なぜかまた気が沈んで、私はレイフォード王子に連れられバルコニーに出た。
「タチアナ嬢、僕と婚約してください」 11歳の時彼と婚約できて自分は世界一幸せな女だと思った。 初めて出会った時からレイフォード王子が好きだった。 麗しく輝かしい未来を約束された王子様だ。 私は厳しい妃教育も必死に耐えた。 ルミエラ夫人と彼のキスを見た瞬間、時間が止まったような感覚を覚えた。 美しい王子様と麗しのルミエラ様。 ルミエラ・モリレード、貧しい平民出身でモリレード公爵家で働いていたメイド。 美しく優秀なスタンリー・モリレードから求婚され全てを手にいれた女。彼女の手に入れた地位を考えればうまくやらなければいけないと分かっていた。でも直感的に嫌いだった。美しさだけで成り上がってきた読み書きも怪しい女だ。 レイフォード王子に彼女を辱めた罪で婚約破棄を言い渡された。 私はそこまで既婚者でもある彼女に夢中な彼に苛立った。 何度も抗議の手紙を書き、彼に今の気持ちを訴えようと謁見申請をした。 全ては無視され、自分の存在とはレイフォード王子にとってその程度だったのかと落ち込んだ。 「久しぶりだな、タチアナ」 建国祭を終えて1ヶ月。 やっとレイフォード王子が私に会ってくれた。 プラチナブロンドにアクアマリンの澄んだ瞳。 私の王子様⋯⋯。 「殿下、お会いしとうございました。殿下がルミエラ様を好きなら構いません。殿下のような方のお心を私が留めておけるとは思ってませんから」 私は別に美しくない。 家柄だけは超一流だが、殿下は結婚したら他に女を迎えると思っていた。 それでも構わなかった。 彼の正室になれるのは私だけだ。 彼が娼婦に夢中になろうと、側室を何人とろうと気にしないと思っていたのにルミエラ様だけは許せなかった。 女の私でもときめいてしまう美しい姿。 淡白で仕事人間のスタンリー・モリレード公爵を落とした女。 誰が見ても分かりやすい悪女で、国を傾かせるような危険な匂いを感じさせる女だ。 そのような彼女を魅力的な女だと客観視していたが、自分のテリトリーを侵され彼女は完全に私の敵になった。 「ルミエラが僕の子を身ごもっているのだ。僕もそなたの献身を理解していない訳ではない。そなたと結婚か⋯⋯ルミエラが僕の子さえ宿していなければ叶うのに⋯⋯」 言い辛そうに伝えてきたレイフォード王子
クリフトは新学期になり、アカデミーの寮に戻って行った。スタンリーはクリフトと聖女マリナを婚約させた。 私は妊娠5ヶ月になり安定期に入った。 妊娠初期はつわりもなく妊娠した実感がなかったが、ようやくお腹が出てきて実感が湧いた。「お、お母様、なにかお手伝いできることはございますか?」 「マリナ、もう十分よ。お茶会を開催するのは実は初めてなの。緊張するわ」 「わ、私もお茶会初めてです。ど、同年代の子とお話するのも」 マリナは今モリレード公爵邸に滞在している。 クリフトは彼女に聖女の力を使わせないように気をつけていた。 そのせいか、マリナは随分と顔色も体調も良くなってきた気がする。 生命力を吸われることがなくなったことと、クリフトという味方ができたせいかもしれない。 初めて見た時、今にも死にゆく顔をしていたが、今は生きるのが楽しくて仕方がないという顔をしている。 マリナは3歳で聖女の力を発現して以来、崇められ各地を巡礼し聖女の力を使い続ける生活をしていたらしい。 クリフトは彼女に自由を与えたいのかもしれない。 私は公爵夫人としての仕事として、他の貴族の夫人方や令嬢と交流を持つことにした。 彼女たちは特権階級意識が強いから、正直気が進まなかった。 私の元気がないことを心配してくれたのか、マリナが私のお腹に手を翳し聖女の力を使った。 温かく柔らかい光が私を包み込む。 とても気持ちが軽くなるが、これはマリナの苦しみと等価交換されているものと考えると胸が痛くなる。「だ、大丈夫です。赤ちゃんも応援してます。赤ちゃん女の子みたいですね」 「そんな事も分かるの? それよりも聖女の力は使ってはダメでしょ。自分自身を一番大切にね」 「す、すみません。クリフトには私が聖女の力を使った事、内緒にしてください」 私は微笑みながら頷いた。彼女もクリフトに大切にされていることを自覚しているようだ。 スタンリーに守られていた事に4年も気が付かなかった私から見ると、彼女はとても人の気持ちの分かる優しい子だ。 今日のお茶会は温室ですることにした。 続々と招待客が集まる。 今まで、招待状を送って来た人たちを招待したが皆が来るとは思わなかった。 (私は招待を無視してたのになんで?) 急に怖くなってきた。 も
私は小説『アクアマリンの瞳』を思い出していた。今、考えると、まるで伝記のように客観的視点でかかれた不思議な小説だ。 16歳になったクリフトは、自分を虐待して来た公爵邸の人間を惨殺する。 彼には殺人容疑が一時はかかったが、彼自身も怪我を負っていたのと公爵邸にあった宝物『アクアマリンの瞳』が所在不明だった為に賊の仕業という事で片付けられた。 彼はスタンリーが死んだ事で公爵位を授かり、怪我を治しにきた聖女マリナと出会う。 2人は運命のように恋に落ちて、その時「呼吸が止まる瞬間まで、あなたのアクアマリンの瞳を見つめていたい」と彼女はプロポーズのような言葉を告げる。 2人は結婚。 クリフトは挙兵し、レイフォード国王を倒し、悪政に苦しむ民を救う。 なんと、たった3ヶ月の出来事を描いた物語。 私はこの話を天才クリフトのサクセスストーリーだと思っていた。 クリフトは周辺諸国の強力を得て、クーデターを成功させている。 今はこの小説が愛の物語のように感じる。 人を追い詰め楽しんでいただけの少年が、聖女マリナと出会い愛を知る。 彼女が力を使わなくて済む世を作る為、少年は初めて人の為に動く。 クリフトと聖女マリナはお互いしか見えないように、静かに見つめあっていた。「母上、先にお帰りください」「え⋯⋯あ、はい⋯⋯」 私の事を一瞥もしないで告げるクリフトの言葉に、私はそっと部屋を去った。 以前、クリフトに口撃された時に彼をサイコパスだと決めつけた。 彼を理解できなかった自分への言い訳を用意しただけだ。 聖女マリナといるクリフトは、初めて恋をした男の子に見えた。 彼は人一倍、人の心の機微に敏感な生きづらい子なのかもしれない。 会場に戻ろうとした時に、私の前に怒りを抑えたようなレイフォード王子が立ち塞がった。(勘違いじゃない⋯⋯付き纏われている⋯⋯)「そなたと、しっかり話をしたい。僕を避けているだろう。こっちに来い」
人生とは、驚くほど時間がゆっくり流れる。 僕、クリフト・モリレードの人生は物心ついた時から、死ぬまでの暇つぶしだった。 僕が物心がついたのは1歳になるより前、通常よりもだいぶ早い。 「ふふっ、クリフトがアクアマリンの瞳を持って生まれてきて良かったわ」「ミランダ姫、あなたも悪い方だ」「スリルがないと、こんな退屈な人生やってられないでしょ」 僕の産みの母親は、スリルがないと生きられない女だった。 スタンリー公爵と結婚した後も、彼女は祖国から連れてきた護衛騎士との情事を続けた。 赤子である僕の前で彼女がそのような事を繰り返すのは、僕が何も分からないと思っているからだろう。 悲しいことに僕には、その時点で世界の大体を理解する能力が備わっていた。 僕の母親はなんと醜い女なのかと思った。 そして、僕の父親スタンリーは彼女のしていることに気が付きながら、何も指摘しない。 それは本当に彼女に興味がないからだった。 僕は両親を懲らしめてやろうと思った。 言葉を話さない⋯⋯ただ、それだけで両親は慌てふためいた。「喋りなさい、喋りなさいよー!」 鬼の形相で僕を虐待する母が滑稽だった。 彼女はスリルがないと生きられないと言ったから、スリルを見せてやっただけだ。 王位継承権を持つ公爵家の跡取りが、言葉1つ発せないというスリルだ。 彼女は焦って、毎晩のように夫スタンリーを誘惑した。 しかし、彼は仕事人間で彼女に興味を示さなかった。 跡取りを作ったのだから、それで自分の仕事は終いだと考えていた。 そのような毎日が続き、僕が6歳になった時に面白い人物が現れた。 女に興味がないように見えたスタンリーが夢中になる女、ルミエラだ。 スタンリーは愚かにも誰が見ても彼の気持ちが分かってしまう程に、いつも彼女を目で追っていた。 ミランダは、そのような彼を責めた。 彼女はストレスを溜めて精神が不安
あれから3ヶ月の時が過ぎた。 スタンリー狙いのメイド連中を解雇し人員整理も済ませ、公爵夫人としての仕事も交友関係を作る事以外はできるようになってきた。 レオダード王国347年建国祭。 聖女マリナが訪れるとあって、周囲は騒がしい。今日はクリフトも舞踏会に参加する。「レイフォード・レイダード王子殿下に、ルミエラ・モリレードがお目にかかります」 隣にいるスタンリーと腕を組みながら、彼とペアでつくられた青いドレスを着ている私を自分に気があるような女のように見てくるレイフォード王子。(確かに気持ちはあったけれど⋯⋯) 「ルミエラ夫人、久しぶりだな」 レイフォード王子の軽やかな声。 私は彼をすっと避け続けていた。「ええ、レイフォード王子殿下とお会いしたのは、もう3ヶ月以上前になるのですね⋯⋯」 自分でも一度は恋をした相手だという認識はあるのに、目の前のレイフォード王子に興味が湧かない。 クリフトは長期休暇に入り、昨晩寮から公爵邸に戻って来たばかりだ。今日の建国祭初日の舞踏会に出席すると自ら言ってきた。 彼から出席したいと伝えて来たのは、今日聖女マリナがくるからかもしれない。 彼女は小説の中ではクリフトの未来の奥さんだ。 今、クリフトはアカデミー創立以来の秀才だと騒がれていた。 全ての成績でA判定をとってきたのは私の予想外だ。 てっきり彼はアカデミーでも出来の悪い男のふりをすると考えていた。 私は隣にいるクリフトをただ見つめていた。 気品ある佇まいにアクアマリンの瞳。 誰がどう見ても立派なモリレード公爵家の跡取りにしか見えない。 クリフトはアカデミーでトラブルもなく静かに過ごしてくれたが今後は分からない。 彼は急に周囲の人間を惨殺したりする危険な子だ。 そして、人の心を抉るような言葉で攻撃してくる子だ。スタンリーは私と一曲踊り終わると、すぐに他の貴族たちに囲まれてしまった。 私は舞踏会の
「公爵様、私、結婚をしなくて良くなりました。公爵様の元に嫁ぐには身綺麗な方が良いだろうと、殿下が実家の借金を返してくれたのです」「もう、俺の前に現れるなと言ったはずだ」 レイフォード王子はメアリア嬢を俺に当てがって、俺の妻を奪うつもりだ。 今まで兄が俺によくしてくれた恩に報いようと彼に尽くして来た。 しかし、これほどの侮辱を受けてまで彼に尽くし続けようとは思わない。「こ、公爵様、お顔が怖いです。私は公爵様の愛が得られなくても構いません。毎晩、私をルミエラと呼んで抱いて頂いて結構です。だから⋯⋯」「もう、黙ってくれないか? 鬱陶しくて君を殺してしまいそうだ」「こ、殺すって⋯⋯、公爵様はそのような事をしません。あの夜だって優しく私を⋯⋯」 俺は気がつけば、執務室の殿下の椅子を握り振り上げていた。 今、目の前の女が目障りすぎて、怒りが抑えられそうにない。「黙れと言ったのが聞こえないのか? 一生遊んで暮らせる金を渡すから、この国から出ていけ。君の髪の毛1本も見たくない」「酷いです。私が求めているのはお金ではありません。私は心から公爵様を愛しています」「君の気持ちなど、明日の天気より興味がない。また、俺の前に現れるなら、2度とその口を開けなくしてやる」 俺は振り上げた椅子を思いっきり扉に何度も叩きつける。扉が壊れてゆっくりと開いた。 扉が開くと同時に、メアリア嬢がつんのめりながら慌てて逃げていく後ろ姿が見えた。「な、何事だ? 公爵、これは一体」 レイフォード王子が俺の様子を見て、震えている。(扉の前で聞き耳でも立ててたのか⋯⋯)「レイフォード王子殿下、これ程の侮辱は耐えられません。叔父の妻が欲しい? 寝言は寝て仰ってください」「で、でも僕はルミエラが⋯⋯」 数人の騎士たちの整然とした足音と共に聞き慣れた声が耳に届いた。「レイフォード、スタンリー、これは何事だ」 俺の兄であり、この国の王であるカルロイス・レイダードだ。 彼は今年50歳を迎える