二人一組で入る事になったお化け屋敷の入り口で、あたしは日高くんの隣に立っていた。
何故こうなった!? お化け屋敷は二、三人を一組にして、時間を空けて順番に中に入る様になっていた。 そこで真っ先に花田くんがさくらちゃんを誘ったんだ。「宮野さん、良かったら俺と行かない? さっき怒っちゃったお詫びに、守らせてよ」
なんて言って。さっき叱って落ち込ませてしまった事を気にしていたんだろうか。
当然さくらちゃんが断るわけもなく。「そんな、お詫びなんて! あれはあたしが悪かったんだし……。でも、その……一緒に行っても良い?」
恥ずかしがりながら申し出を受ける姿がロップイヤーラビットみたいで可愛かった。もう、ズッキュンって感じで心に刺さってきた。
ああ……肌のトーンをもっと明るめにして、ほんのり桜色になる様にチークを当てて。
あとはアイラインをタレ目気味にしたら完璧! そんな風に頭の中でメイクイメージをしていると、いつの間にか男女一組で入る事が決まっていた。 組み合わせはクジみたいな感じで、と小林くんが言う。でも紙やペンなんて持って来ていないから、男女別で一から三番を決めて、その番号で組になろうという事になってしまった。
「じゃあまあテキトーに、一番二番三番で良いんじゃない?」と、沙良ちゃんが指差しながら言う。
最初に美智留ちゃん、次に自分、そしてあたし。相手が誰になるかは分からない状態だったし、美智留ちゃんも異論は無かったみたいでそのまま決まる。
男子は一番が工藤くん。 二番が小林くん。 そしてあたしと組む三番が日高くんだった。クジとか言ってる時点で反対すればよかったーーー!
後悔しても遅かった。
「……つまり、日高は元はケンカの強い暴走族の総長で、今は普通の学生になるために地味な格好をしてたってことか……?」 校外学習でのことをすべて話し終えると、工藤くんがまずはそうまとめた。 校外学習から一日経って、今日は土曜の休みの日。 午前中は部活がある人もいたから、午後お昼を食べたら集合という事になった。 場所は内密の話をするにはうってつけのカラオケ。 主に音楽系の宣伝が流れるテレビの音をBGMに、部屋の中が何とも表現しがたい雰囲気になっていた。「……日高の本性が口悪いのも納得って感じね」 ポツリとそんな感想を口にしたのは美智留ちゃんだ。 一昨日陸斗くんが素顔を皆に見せた辺りから、口調は素のものになって来ていたから口が悪いのはバレてたんだろう。「まあ、色々思う所はあるけどそこはまず良いとしよう。それより、その前の仲間とか敵対してたやつとかがまたちょっかい出してくることは無いのか?」 一番心配な所なんだろう。 工藤くんは誤魔化しは許さないといった様子で真っ直ぐ陸斗くんを見て言った。 今回はあたしがさらわれただけで、特に何もされずに帰してもらえた。 でもまた何かある様だったら今度は誰かがケガをするかも知れない。 下手をしたら、事件に巻き込まれるかも知れない。 色んな不安は出てくるだろう。 その不安だけは解消したい気持ちは分かる。 あたしは取りあえず黙って陸斗くんに回答を任せた。「まず、前の仲間が何かして来ることはねぇよ」 陸斗くんは初めにそう言って話し出す。「元々火燕ってグループは喧嘩っ早かったり、ちょっと周りについていけねぇはみ出し者が集まってるようなもので、なんつーか……来るもの拒まず去る者追わずって感じのグループなんだ
「あーあ、乱暴に開けやがって。立て付け悪くなってるじゃねぇか」 日高と灯里ちゃんを見送った後、障子戸を閉めてそう文句を垂れた。「ま、いいけどな」 どうせもうすぐ解体される建物だし、と付け加える。 西村を総長としたグループのたまり場にしていた空き家。 商店街の裏にありながら他の民家とは離れていたので丁度良い場所だった。 空き家と言っても持ち主はいるから、俺が探し出して交渉して、水道も使えるようにしてもらった。 俺達みたいなのに貸してくれるような豪胆で変人な爺さんだったけれど、その爺さんもつい先日亡くなったらしい。 気の弱そうな息子がビクビクしながらここを解体する旨を伝えに来た。 西村が事故って刑務所に入ったことでグループを離れた奴が何人もいた。 残ったやつも、もうヤンチャは止めてまともな職に就くと言っているヤツばっかりだ。 俺も元々西村に付き合わされてただけだったし、そろそろ就職でも考えるかなと思っていたところだったから問題は無い。 今俺がここにいるのは、まともな職に就くと言ってたヤツの何人かがなかなか上手くいかないから、最後に少しだけ面倒を見てやるためだ。 と言ってもほとんどはもうまともな職に就けてそれなりにやっている。 残るはあのバカだけなんだが……。「あれはまたクビだな……」 あの後すぐに電話でバイト先に呼び出されてすっ飛んで行った。 何であいつは仕事一つまともに出来ないのか……。「もう見捨てちゃおうかな……」 流石に面倒見切れなくなってきた。 特に今回は際どい。 日高を呼び出すためだけに誘拐なんかするんじゃねぇよ……。
「灯里、良かった無事で」 泣きそうな顔で安堵する美智留ちゃんは、そのままあたしを抱きしめる。 沙良ちゃんも心配そうな表情。 さくらちゃんなんてもう涙を浮かべている。 工藤くんや小林くん、花田くんも相当心配してくれたのか、あたしの無事な姿を見てホッと安堵の息を吐いていた。 「皆、心配かけてごめんね。何もされてないから、安心して」 実際にはキスされそうになったけれど、未遂だから問題ないだろう。 なんて思いながら美智留ちゃんの背中をポンポンと叩く。 すると安心したからか、それともあたしがケロッとしすぎていたからなのか。 美智留ちゃんはがばっと顔を上げて口を開いた。 「もう! 本当に何が何だか。灯里は付いて行っちゃうし、日高は先生には言うなって言うし! 連絡取れたと思ったら日高はすっ飛んでいくし!」 と、どんどん文句が溢れてきていた。 美智留ちゃんの言葉で、先生には連絡していないんだと言う事を知る。 良かった、と思った。 陸斗くんのためにも、騒ぎにはして欲しく無かったから。 「ねえ、聞いてるの? ちゃんと説明して!」 そう叫ぶ美智留ちゃんに、どこから説明するべきかと悩んでいると工藤くんが声を上げた。 「いや、まずは急いで集合場所に行こう。ちょっと時間ギリギリなりそうだし」 スマホを見ながらそう言っているのを見て、皆同じように時間を確認する。 「って、マジでギリギリじゃない。急げー」 沙良ちゃんの掛け声を皮切りに、皆で走り出した。 そうして走ったおかげで集合時間五分前には何とか到着する。 皆で息を切らしながら、「そろそろ集まれー」と言う先生の声に従う。 歩きながら外していたメガネを掛ける陸斗くんを見て、あたしは「あっ」と声を上げる。「あれ? お前そう言えばメガネは?」 陸斗
「言われなくても帰るよ。もう会いたくもねぇ」 陸斗くんは暗に会いに来るなと言っていたみたいだけれど、杉沢さんはあたしに向かって「じゃあまたね」とひらひら手を振った。 いや、あたしも会いたくないんですけど……。 そう思って返事をしないでいると、陸斗くんに「行こうぜ」と立つのを促され縁側に行く。 靴を履き終わって、さあ帰ろうかと立ち上がると突然陸斗くんがしゃがんだ。 かと思ったら突然の浮遊感。 慌ててとっさに掴んだのは陸斗くんの制服の襟(えり)部分。 横抱き――いわゆるお姫様抱っこをされてると気付くと、耳元で陸斗くんの声がした。「首に腕まわして、ちゃんと掴まってろ」 好きな人の声をゼロ距離で聞いて、ゾワワと体が震える。 どうしたものかと思いながら言う通りに彼の首に腕を回した。 重くないのかな……? そんな不安を吹き飛ばすかのように、陸斗くんはスタスタ歩いて行く。 というか、あたし一人で歩けるんだけど……。「陸斗くん? あの、重いでしょ? あたし歩けるよ?」 そう提案したのに……。「俺がこうしていたいんだよ。……連れ去られたって聞いて、気が気じゃなかった」 そう言ってあたしを抱く腕に力が入る。「またあのバカな舎弟だとは思わなかったけど、俺のせいで巻き込まれたんだってのは分かり切ってたからな」 あのバカなお兄さんで良かったのか悪かったのか……そんな感じでため息をつく。 まあ、お兄さん明らかに不良っぽい感じだったし。 美智留ちゃん達がどう説明したかは分からないけれど、陸斗くんの中学の頃の関係者だってのは想像に難くなかったんだろう。
「次俺! 俺にもやってみろよ!」 そしてメイクが終わったから騒いでも大丈夫と思ったらしいお兄さんが、またうるさくなった。 お兄さんにもメイク? メイク出来るのは嬉しいんだけれど、何でかなぁ? お兄さんにはやりたくないって思うのは。 そんな思いを口には出来なくても表情には出した。 でもやっぱりバカなのかお兄さんは気付かず近付いて来る。「なあなあ! ぅぐっ」 そんなお兄さんの頭を杉沢さんが掴み押しのけた。「お前はダーメ」 そして彼の目があたしを捕らえる。「っ!」 杉沢さんの眼差しに、一瞬息が止まった。 獲物を見つけたような目。 でも陸斗くんのとは違う、もっと絡みつくような……そう、蛇に睨まれたらこんな感じ。 獲物を丸のみしようかと企んでいそうなその口が開いた。「君、名前は?」「え? えっと、倉木 灯里……ですけど……」「そう、灯里ちゃんね」 そう言って微笑む杉沢さんだけれど、眼差しの色は変わらない。「君、凄いな。メイク中、ゾクゾクしたよ」 にじり寄って来た杉沢さんは、あたしの顔を両手で包み込むように固定した。「なあ……日高なんかやめて、俺の彼女になんない?」 熱のこもった吐息が近付く。「ね、灯里ちゃん」 そのまま、唇が触れそうになる。「や――」 やだ!!「灯里!」 そのとき、待ちに待った声がした。 その声のおかげで杉沢さんの動きもピタリと止まる。「灯里! ここか!?」 穴の開いた障子戸に、声の主の影が現れた。 それを確
案内されるまま入っていくと、お兄さんもついて来る。「なあ、本当にお前あの時の美人さん? マジで? まあ、メガネ取ったら思ったよりは可愛いけどよ」 と、何故かまとわりついてきて正直ウザかった。 答えずに周囲を見て、見えにくい事でメガネを取られたままだという事を思い出す。 返してって言えば返してくれるかな……どうだろう? そんな不安もあったけれど、今からメイクをするならメガネよりコンタクトの方が良いかと思い直す。 持ち歩いているバッグには、念のためワンデイコンタクトを一組入れてある。 あたしは洗面台で顔を洗うという杉沢さんに付いて行き、手を洗ってコンタクトを入れた。「コンタクトあんならずっとそれにすればいいじゃん。なんでこんなダッサイメガネつけてんだよ?」 そしてまだお兄さんがウザい。 流石に無視し続けるのは不味いかな?「……事情があるんです」 仕方なく、そう一言だけ答えた。「はー? 何だよその事情って?」 と、答えたら答えたでまたウザかったので、これは答えなきゃ良かったかもと後悔しているうちに杉沢さんも顔を洗い終える。 先程の縁側近くの床の間らしき部屋に案内されて、目の前にメイク道具一式を用意される。「さ、じゃあやってみて」 言われて、取りあえず化粧道具の確認をした。 化粧筆みたいな本格的なものは無かったけれど、確かに一通り揃っている。 そして杉沢さんの顔を見る。 自分でメイクをしていることもあって眉は整えられているし、スキンケアもちゃんとやっているみたいだ。 陸斗くん以来の人に施すメイクに、あたしはこんな状況だと言うのにドキドキしてしまっている。 目を閉じて、ゆっくり浅めの深呼吸をする。 人に施すときの、集中するためのルーティン。