LOGIN玉の輿に乗ったはずが、待っていたのは地獄だった。 結婚して七年。夫の圭介は傲慢で冷酷な態度を崩さず、小夜をまるで存在しないかのように扱った。 憧れの王子様だった圭介を手に入れた小夜は、いつかこの苦しみが報われる日が来ると、ただひたすらに信じていた。 しかし雪の舞う夜、自分だけが覚えている結婚記念日に、ついに悟る。この家族の中で、自分だけが永遠によそ者なのだと。 愛する夫は、初恋の相手との未来を奪った彼女を憎悪し、実の息子でさえ「ママは若葉おばさんみたいにはなれないね」と無邪気に言い放つ。 夫と息子がそろって自分を裏切り、別の女と「本当の家族」のように笑い合う。その滑稽なまでに惨めな光景に、小夜は乾いた笑みを浮かべるしか無かった。 心は灰になり、彼女は静かに離婚を決意した。 彼女はすべてを捨て、華麗な転身を遂げた。 国際的に名高い和風ファッションデザイナー、天才画家として……彼女の作品は、セレブでさえ入手困難な幻の逸品となった。 だが皮肉なことに、彼女が完全に諦めたその時、彼らは手放そうとしなかった。 息子は、泣き叫びながら彼女に手を伸ばす。 「ママは僕のママでしょ!他の子を抱っこするなんて許さない!」 そして、あれほど彼女を蔑ろにしてきた夫は、執着の鬼と化し、離婚を拒否する。 「お前が先に俺を選んだんだろう。最後まで責任を取れ。離婚?絶対にさせん」
View Moreパシッ!雪山の石段で、乾いた音が響いた。航は強烈な平手打ちを食らってよろめき、目の前に立つ怒り心頭の父親、遠藤学を驚愕の眼差しで見つめた。「クソ親父、殴ったな!」「殴って当たり前だ!この馬鹿息子が!自分が何をしたか分かっているのか。圭介の奥さんを連れ回して、何日も音信不通になりおって。私を気絶させる気か!」学は怒りで発狂寸前だった。長年培ってきた教養も、このドラ息子を前にしては形無しだ。「親父、説明は後でする!」航はきびすを返し、上の寺院へ駆け戻ろうとした。さっき圭介が彰を連れて、鬼のような形相で駆け上がっていくのを見たのだ。上では、間違いなく何かが起きる。心配だった。小夜が酷い目に遭うのではないかと。だが二歩も進まないうちに、数人のボディーガードに取り押さえられ、担ぎ上げられて山を降ろされそうになった。足をバタつかせて叫ぶ。「離せ!クソ親父、降ろせよ!知ってるだろ、兄貴はイカれてるんだぞ!あいつは何するか分かったもんじゃねえ!」学は冷ややかな顔で言い放った。「お前には関係のないことだ。これからは国内にいる必要もない。さっさと海外へ留学に行け!」「クソ親父、おま……んぐっ……んーっ!」……本堂の扉が、轟音と共に開け放たれた。狂ったように吹き込む風雪が、床に跪いて祈っていた女性を包み込む。反応する間もなく、強大な力で引きずり起こされ、圭介の懐に抱きすくめられた。氷のように冷たい口づけが、顔に、唇に、狂おしく、容赦なく降り注ぐ。一瞬凍りついた。何が起きたのかを理解した次の瞬間、強烈な吐き気が胸の奥から込み上げ、脳天を突き抜けた。自分を押さえつけて口づけを続ける男の頭を力任せに殴り、髪を掴んで引き剥がそうとした。死に物狂いで抵抗し、ようやく拘束を解くと、そのまま床に這いつくばり、喉を押さえて激しくえずいた。体は本能的に震え、目の前が暗くなり、目眩がした。この瞬間、思い知らされた。かつて部屋に監禁された日々、暗闇の中で受けた精神的な破壊、声なき陵辱とお仕置き……それらすべてはずっと昔のことだと思っていたが、ここ数日で脳裏に蘇り、まるで昨日のことのように鮮明にフラッシュバックしていた。圭介に会わなければまだよかった。だが、その姿を見、その気配を感じた瞬間、本能的な拒絶反
それは祝福であり、祈りだった。航は白銀の世界に浮かぶ鮮やかな紅を見上げ、そっと手で目元を覆った。その紅い影を視界から遮ったが、口元には笑みが浮かんでいた。十九年の人生で、こんな旅は初めてだった。これほどまでに――魂を震わせる旅はきっと、一生忘れないだろう。手のひらの下から、熱い雫がこぼれ落ち、足元の雪に染み込んで深い痕跡を残したが、すぐに新たな雪に覆われて消えた。風雪は、ただ静かに吹き抜けていく。……山頂、寺院。小夜は本堂の前に立っていた。足は鉛のように重く、一歩を踏み出すのもやっとで、呼吸をするたびに肺が痛んだ。「よく参られた」開け放たれた扉の奥、深紅の法衣を纏った僧侶が、背を向けたまま座っていた。その声は少し枯れていたが、遥か彼方から響いてくるような深みがあった。小夜は呆然とした。「私が来ることをご存知だったのですか?」「いや」僧侶の声は穏やかだった。「ただ、山を登る足音が聞こえただけだ。難儀な道のりだったろう。座って、熱い茶でも飲みなさい」深く息を吸い、重い足を引きずって堂内に入り、僧侶の前に回った。そこには小さな卓があり、湯気を立てる二杯の茶が置かれていた。少し驚いたが、何も言わずに卓の前の座布団に座り、礼を言って茶碗を手に取った。一口すすり、そして一気に飲み干した。熱い液体が喉を通り、凍えた体に染み渡る。僧侶が急須で継ぎ足してくれ、恐縮しながら礼を言い、立て続けに三杯飲んだ。ようやく体が温まってきた。その時、僧侶が不意に立ち上がった。伏し目がちのその顔は慈愛に満ちていた。彼は古井戸の水面のように静かな口調で言った。「そなたの心に迷いはないようだ。仏に伝えたいことがあるのだろう。思うままになさい」小夜は慌てて立ち上がり、合掌して礼をした。顔を上げると、いつの間にか本堂の扉は閉ざされ、風雪の音は遮断されていた。堂内は静寂に包まれ、自分一人だけが残されていた。呆然とした。座布団に正座し、祭壇の奥に鎮座する巨大な仏像を見上げた。言葉が出なかった。ついに、ここまで来たのだ。何を言えばいいのか分からなかった。答えはすでに出ている。僧侶が言った通り、迷いはない。ここに来たのは、ただ決着をつけるため。この旅に円満な終止符を打つためだ。長い沈黙の後、静かに語り始め
雪に覆われた白銀の山脈。空を舞う雪の中、果てしなく続く石段の上に、現地民族の衣装を纏った二つの人影が立っていた。深紅の衣装を身に纏った小夜と、鮮やかな黄色の衣装を着た航だ。二人は新しく厚手の民族衣装に着替え、ニット帽を被り、車を飛ばしてここまでやって来たのだ。道中で休息をとったおかげで、気力は充実していた。「行くぞ」航が先に石段を一歩踏み出し、自信に満ちた笑顔を見せた。「ええ、行きましょう」小夜も微笑んで応えた。季節は四月だが、万年雪に覆われたこの高原の雪山では、依然として雪が舞っている。二人は舞い散る雪を浴びながら、石段を一歩一歩登っていった。石段の尽きるところに、寺院がある。最終的に選んだのは、「陽光の都」に林立する数多の寺院ではなく、雪山の深奥に隠されたこの寺院だった。一目見た時から、ここに来たいと思っていたのだ。最初は、旅の途中で出会った面白い出来事などを語り合い、笑い合っていた二人だったが、次第に口数は少なくなっていった。車で徐々に高度を上げてきたおかげでまた高山病にはならなかったが、露出した肌に吹き付ける寒風は刺すように冷たかった。体力を温存するため、自然と無口になる。しばらく歩いたところで、航がふと見上げた。遥か上方、風雪の中に佇む寺院の黄金の屋根が、日光を浴びて燦然と輝いているのが見えた。彼はその光景に心を奪われたように立ち止まった。小夜も足を止め、不思議そうに彼を見た。「どうしたの?」「義姉……いや、小夜。俺がどうして無理にでもついて来たか、覚えてるか?」航は山頂に微かに見える寺院を眺めながら、低い声で尋ねた。もちろん覚えている。あの漫画『赤ずきん冒険記』のためだ。彼は小夜こそが作者の「夢路」だと信じ、漫画にハッピーエンドを求めたのだ。「赤い帽子のロボット」が死なず、最後には月を追いかける願いを叶えてほしいと願って、ここまで追いかけてきたのだ。小夜が何か言おうとした時、航が遮った。「もう、そんなことはどうでもいいんだ」言葉を失った。航は真っ直ぐにこちらを見つめていた。いつものふざけた態度は消え、初めて見せる真剣な表情をしていた。その瞳は明るく、黄金色の太陽を映し込んで鮮やかに輝いている。「小夜!絶対に幸せになれよ!必ずだ!過去の何倍も、何
航は大笑いした。十九歳。まさに意気盛んな年頃だ。行き交う人々の目も気にせず、衆人環視の中で声を上げて笑い、胸の内に噴き出す豪快な気分を思いのままに発散していた。小夜もその空気に感染し、心からの笑顔を見せた。時折、通行人が視線を向けるが、多くの者は気にも留めず、自在に通り過ぎていく。ここにいる人々の多くは世界各地から集まった、この世で最も自由な魂を持つ者たちだからだ。自由な魂と、究極のロマンが凝縮されたこの都市は、すべてを受け入れてくれる。笑い疲れてお腹が鳴り出した二人は、顔を見合わせて笑い、朝食の店を探そうとした。その時、全身を旅装で包んだ一人の男に呼び止められた。手には大きなカメラを持ち、顔は日焼けして赤黒くなっているが、その瞳は驚くほど明るかった。カメラマンのようだ。「すみません、今お二人の写真を撮らせていただいたんですが、展示してもよろしいでしょうか?もちろん、謝礼はお支払いします」「写真?」小夜は少し意外そうな顔をした。航はすでに「見せてくれ」と騒いでいる。カメラの画面には、風に舞う漆黒の長髪、絶世の美貌を持つ女性と、少し伸びた黒髪の風流で端整な航が、忙しなく人が行き交う通りに立っている姿が映し出されていた。背後には朝日を浴びて黄金に輝く雄大な雪山。しかし、写真の焦点はあくまで二人であり、その笑顔は燦然として屈託がない……画面から飛び出してきそうなほど、自由とロマンに満ち溢れた一枚だった。小夜と航は顔を見合わせ、同時に笑って声を揃えた。「ご自由にどうぞ!」言い終わると、二人は呆気にとられるカメラマンを置いて、写真のデータも欲しがらず、笑いながら大股で去っていった。風が二人の服の裾を揺らし、会話をさらっていく……耳を澄ませば、何を食べるかで言い争っている楽しげな声が聞こえた。カメラマンは、その洒脱で生き生きとした背中を見送った。無意識にカメラを構えようとしたが、すぐに下ろした。あの自由に羽ばたく魂までは撮れないと悟ったからだ。出会えただけで十分だ。カメラマンは画面の中の、思いのままに大笑いする二人を見て、笑いながら首を振った。やはりこの場所には、様々な驚きが満ちている。笑ってきびすを返し、遠ざかる二人とは逆の方向へとゆっくり歩き出した。……朝食の店。航は大き
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