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第4話

Author: 一燈月
夜、バー「蛍」。

薄暗い青の照明が落ちるボックス席で、二人の美しい女性が向かい合っていた。そのうち、ショートボブの女性が、怒りを露わにしていた。

「圭介の野郎、何を考えてるの! あなたを完全に馬鹿にしてるじゃない!」

瀬戸芽衣(せと めい)は怒りに肩を震わせ、スマホを小夜の顔に突きつけんばかりの勢いだ。画面には、昼間世間を騒がせたあのニュースが映し出されている。

「若葉と圭介の過去なんて、知らない人はいないわよ!

幼馴染で許嫁だったなんて、あの業界じゃ常識でしょう。妻帯者の身でありながら、自分の会社の社長に据えるなんて。

それも新設の子会社のトップに、いきなりよ?あなたを完全に舐めきってる!公衆の面前で恥をかかせているのよ!」

芽衣の怒りは収まらない。

小夜は長いまつ毛を伏せ、力なく微笑んだ。

「今に始まったことじゃないわ。気にしても仕方ない」

圭介を愛し、彼と結婚した瞬間から、彼女は社交界の笑いものだった。陰でどれほど嘲笑されたことか。何の取り柄もない女が、高嶺の花を手に入れたと、嫉妬と軽蔑の眼差しを浴びせられ続けた。

結婚後は冷遇され、会うたびに侮られ、からかわれた。そんなことをいちいち気に病んでいたら、心はとっくに壊れている。

それでも今日のニュースは、確実に胸に棘を刺した。

妻である自分は、圭介に歩み寄ろうとコンピュータ科学を学び直し、必死に技術を磨いて、希望を胸に長谷川グループの門を叩いた。

返ってきたのは、門前払いと、圭介からの冷笑と辛辣な言葉。

一方の若葉は、帰国するやいなや長谷川グループの新設IT子会社の社長という椅子が用意され、輝かしい未来への道が敷かれた。この差は、一体何なのか。

愛されているか、いないか。その境界線は、これほどまでに残酷だった。

「もういいの。今夜は離婚の相談に来たんだから。あの人たちの話はやめましょう」

小夜は微笑んで芽衣をなだめた。

芽衣は大学時代からの親友で、弁護士として七年のキャリアを持つ、国内でも名の知れた敏腕だ。離婚案件は専門外だが、離婚を決意した小夜が真っ先に頼ったのが彼女だった。

気心の知れた相手だからこそ、惨めな結婚生活の現実を包み隠さず話せる。

芽衣は小夜の表情に揺らぎがないのを見て、ようやく安堵のため息をつき、スマホをテーブルに置いた。

「そうね」

そして、吐き捨てるように付け加えた。

「あのクソ野郎の話なんて、時間の無駄だわ」

スマホをしまうと、芽衣は資料の中から婚前契約書を取り出し、小夜の前に滑らせた。いくつかの条項を指でなぞり、眉間に深いしわを刻む。その声には、憐れみと憤りが滲んでいた。

「昨夜送ってくれた資料、全部目を通したわ。この婚前契約書、完全にあいつの思う壺よ。圭介と離婚したら、あなたは一銭ももらえない。文字通り、身一つで放り出されることになるわ」

小夜にとって、それは予想通りの結末だった。

圭介は彼女を愛してもいなければ、信頼もしていない。だからこそ、結婚前にこの契約を交わしたのだ。長谷川の財産は、長谷川家のもの。小夜には、指一本触れる権利もない。

「慰謝料の請求は?」

小夜は静かに尋ねた。

圭介の財産など、初めから当てにしていない。

ただ、この七年間、家族のために尽くしてきた。その対価として、せめてわずかな慰謝料を。ほんの少しの償いを。

それは、自分が受け取るべき正当な権利のはずだ。

「厳しいわね。まず、この婚前契約書が大きな壁になる。それに、あなた自身に十分な収入があるし、圭介は仕事の面であなたと完全に一線を画してきた……」

言葉は途切れたが、小夜にはその意味が痛いほど伝わった。

それでも諦めきれず、最後の望みを託して尋ねる。

「相手に不貞行為があった場合は?有責配偶者としてなら……」

芽衣は頷いた。

「確実な証拠さえあれば、勝算はあるわ」

残念ながら、小夜の手にそんな証拠はなかった。

無一文での離婚が、現実味を帯びてくる。それでも、この結婚には終止符を打たなければならない。冷遇と無視、そして裏切りに、もう耐えられなかった。

その後も離婚について長時間話し合い、夜十時を回った頃、ようやくバーを出た。

店の入り口で、小夜の足が不意に止まった。

「どうしたの?」

芽衣が振り返る。

「圭介の車……」

小夜は、斜め前の路上に停まる黒のファントムを指差した。ナンバープレートは「99999」。

見間違えるはずがない。

なぜ圭介の車がここに、と二人が戸惑っていると、後部座席のドアが開き、ピーチピンクのショートダウンを着た美しい女性が降りてきた。

栗色のウェーブヘアは乱れ、潤んだ瞳は艶やかに潤んで揺れている。真冬にもかかわらず頬は上気し、おぼつかない足取り。ダウンジャケットのファスナーは開けられ、その装いは全体にだらしなく見えた。

その様子は、明らかに普通ではなかった。

二人とも、その女性が誰なのかすぐに分かった。相沢若葉、圭介の幼馴染で初恋の相手。まさか、こんな場所で遭遇するとは。

若葉も視線に気づいたのか、こちらを振り返った。小夜の姿を認めると、乱れた口紅を慌てて手で隠した。

続いて、圭介も後部座席から姿を現した。

小夜の鋭い視線が捉えたのは、圭介の姿だった。体にフィットしたスーツのボタンは開け放たれ、白いシャツの襟元は乱れ、そこには口紅の跡がべったりと付着していた。

唇も異様に赤く染まり、何かを貪るかのような余韻を残していた。切れ長の瞳は満足げに細められ、妖艶な色香を漂わせている。

夫婦として過ごした年月で、小夜は圭介が情欲に満たされた時の表情を知っていた。今の彼が、まさにその状態にあることは明白だった。

二人が車内で何をしていたかは、火を見るより明らかだった。

初恋の相手を前にして、車の中ですら自分を抑えられなかったというの? 自分と圭介の間には、もう一年近く夫婦の営みがないというのに。

この二人は、一体いつから……?

どれほど長い間、自分を欺いてきたというのか!

小夜の顔から、さっと血の気が引いた。彼女はバーの入り口の陰にいたため、圭介はまだ気づいていない。彼は車を降りるなり、よろめく若葉の体を支え、耳元で何かを囁いている。

二人の頭は触れ合わんばかりに近く、その親密さは誰の目にも明らかだった。

「ふざけないで! あのクソカップル、人目も憚らず……恥知らずにも程があるわよ!」

先に爆発したのは芽衣だった。親友が裏切られる現場を目の当たりにし、怒りで全身が燃え上がりそうだ。今にも飛び出して二人を殴りつけんばかりの勢いだった。

小夜は慌てて彼女の腕を掴んで制し、冷静に言い放った。

「騒がないで。写真は撮ったから」

芽衣は弁護士だ。公の場で暴力を振るえば、彼女のキャリアに傷がつく。こんな下らないことのために、そんなリスクを冒す必要はない。

勝つための証拠は、すでにこの手にある。

芽衣は一瞬呆然とし、次いで驚愕した。

「あなた、写真を撮る余裕があったの?」

何か言いかけた時、自分を掴む小夜の手が微かに震えていることに気づいた。途端に胸が締め付けられ、憐れみと怒りが同時に込み上げてくる。

その時、若葉と密談していた圭介が、彼女から何かを聞いたのか、こちらに顔を向けた。眉間にしわを寄せ、その表情は明らかに不快感を露わにしている。

圭介も、小夜がここにいることに驚いていた。出張中ではなかったのか。もう戻っていたとは。

だが、そんなことはどうでもいい。

戻るなり自分を尾行し、あまつさえ盗撮するとは。これは、彼の許容範囲を完全に超えていた。

分をわきまえない女だ。

圭介は、小夜が意図的に自分を尾行し、盗撮したのだと決めつけた。嫌悪と不快に満ちた表情で、半開きの運転席の窓を指で叩き、冷たく命じた。

「始末してこい」

自ら出向く価値もない、とでも言うように。

運転席にいた冷徹で精悍な顔つきの若い男は、「承知いたしました」と応じると車を降り、小夜たちに向かって大股で歩み寄ってきた。
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