ログイン夫の初恋の人は、もう助からない病気にかかっていた。 夫の神谷雅臣(かみや まさおみ)はよく星野星(ほしの ほし)に向かってこう言った。「星、清子にはもう長くはないんだ。彼女と張り合うな」 初恋の人の最期の願いを叶えるため、雅臣は清子と共に各地を巡り、美しい景色を二人で眺めた。 挙句の果てには、星との結婚式を、小林清子(こばやし きよこ)に譲ってしまったのだ。 5歳になる星の息子でさえ、清子の足にしがみついて離れなかった。 「綺麗な姉ちゃんの方がママよりずっと好き。どうして綺麗な姉ちゃんがママじゃないの?」 星は身を引くことを決意し、離婚届にサインして、振り返ることなく去っていった。 その後、元夫と子供が彼女の前に跪いていた。元夫は後悔の念に苛まれ、息子は涙を流していた。 「星(ママ)、本当に俺(僕)たちのこと、捨てちゃうのか?」 その時、一人のイケメンが星の腰に腕を回した。 「星、こんなところで何をしているんだ?息子が家で待っているぞ。ミルクをあげないと」
もっと見る「その後、星野さんのご友人が、どうやら配信を切り忘れていたようで......彼女が雲井家に戻ってからのやり取りが、すべて生配信で流れてしまったんです」それを聞いた奏の父は、眉をわずかに上げた。「配信を切り忘れた、か......」唇の端に、意味ありげな笑みが浮かぶ。彼は、星に直接会ったことがある。彼女が、そんな初歩的なミスをするような人間ではないことも、よく分かっていた。――相当、追い詰められたんだな。だからこそ、ああいう形で、すべてを白日の下に晒す道を選んだ。それにしても――雲井家の、利に走るあの顔つきは、あまりに醜い。娘を家に迎え入れた理由も、親情などではなく、あの子が持つ創業株のため。そう思い至り、彼は問いかけた。「奏は、どうしている?」秘書が答える。「奏様は、現在会議中です」「伝えろ。会議は中断だ。すぐ、ここへ来させなさい」秘書の目に、一瞬、驚きが浮かんだ。――そこまで重要な話題なのか?会議を止めてまで、息子を呼ぶほどに。内心では首を傾げつつも、秘書はすぐに応じ、部屋を出ていった。ほどなくして、奏が姿を現す。「父さん、呼んだ?」父は、壁のテレビを指した。「これを、聞きなさい」雲井家の言い争いは、すでに峠を越え、今は、仁志が流した音声が、室内に響いていた。奏は、すぐに星の声だと気づく。目つきが、さっと変わった。「星......!」父は、手で制し、黙って聞くよう促す。奏は、怜央の言い逃れ、雲井家の疑念、星に証拠を迫り、さらには創業株を賭けに持ち出したくだりを聞き――思わず、拳を強く握り締めた。音声が終わった瞬間、彼は勢いよくソファから立ち上がる。「父さん。私がM国へ行って、彼女を助ける。星一人じゃ手に負えないよ!」相手は、怜央と雲井家――二大名家の頂点に立つ存在だ。星のそばにいるのは、彩香と仁志だけ。それで太刀打ちできるはずがない。父は、淡く笑い、テレビ画面を指した。「奏。まず、あれを見なさい」奏は訝しげに視線を向け、画面に映る配信に気づいた。それは、星のアカウントだった。「星......配信してる......」「そうだ。あの子自身の配信だ」父は、小さく息をついた。
そのとき、一本の音声が、スピーカーから流れ出した。そこには――雲井家の人間たちが、星を信じるどころか、口を揃えて非難し、醜悪な言葉を浴びせていた様子が、はっきりと再現されていた。もちろん、怜央が、星を拉致した事実を認めず、それどころか、逆に星に謝罪を要求していた場面も、余すところなく流された。配信を食い入るように聞いていた視聴者たちは、このやり取りを耳にした瞬間、怒りで拳を握り締めた。――あまりにも、卑劣だ。だが、それ以上に耐えがたかったのは、雲井家の星への態度だった。「ひどすぎる......星野、あんなに可哀想だなんて。てっきり、お嬢様として迎え入れられたんだと思ってたのに......父親も兄も、ここまで彼女を追い詰めるなんて」「さっき、父親の話を聞いたときは、まだ筋の通った人かと思ったけど......この音声を聞いたら、怜央が適当な言いがかりをつけただけで、雲井家は即座に彼の言葉を信じてる。実の娘のために、一言も反論しない父親って......偽善もいいところ」「さっき、『ヴァイオリンが弾けなくなっただけで、手に大した問題はない。命を懸けて争う必要はない』とか言ってた兄は誰?それ、本当に星野の兄?どう見ても、怜央の兄だろ。そこまで怜央を信じるなら、もう雲井という姓を名乗るな。司馬という姓に変えたほうが、よっぽど筋が通る」「星野も怜央も、当時はどちらも証拠がなかった。それなのに、身内であるはずの雲井家は、怜央を信じた......よく考えてみて」「上の人、分かってないね。あれは分かっていて、知らないふりをしてるだけ。わざと開き直ってるんだよ。目的?決まってるじゃない。星野の持ってる創業株だよ」「前は、明日香って、清くて完璧な女神だと思ってた。家柄も良くて、綺麗で、本人も優秀で。でもさっき、みんなが星野を責めてたとき、彼女、一ミリでも妹を庇おうとした?それどころか、被害者に、加害者へ謝れって言ったよね?」「怜央も相当ひどいけど、雲井家は、それ以上に最低」「私、明日香のこと、前は好きだったのに......ほんと、見る目なかった」「急に星野を認知したと思ったら、やっぱり目的は創業株か」コメントは次々と流れ、先ほどまで雲井家や
「お前は本当に、甘すぎる。契約が完了する前に、雲井家が一方的に提携を打ち切った場合、どれほどの違約金が発生するか、分かっているのか?今日、俺がお前の手を潰した程度の話どころか、仮にお前を殺したとしても――この提携は、続けざるを得ない。その程度の頭で、雲井グループに入ろうなどとは、笑わせる」そう言って、怜央は茶碗を置き、余裕の笑みを浮かべた。「もう何年か、勉強してから出直すんだな」星の顔に、怒りの色は、まったく浮かばなかった。静かに問い返す。「つまり――この契約は、最初から私を弄ぶためのものだった、ということ?」「そのとおりだ」すでに面子は破れ、怜央も、もはや取り繕う気はなかった。「最初から、お前をからかっていただけだ。まさか、本気にするとは思わなかったがな」軽く笑い、続ける。「腹が立つなら、訴えればいい。こんな馬鹿げた賭けを、いったいどこの裁判所が取り合うのか、俺も見てみたい」その態度は、約束を守らないが、どうすると言わんばかりで、卑劣さを隠そうともしなかった。星は、少しも動じず、正道や靖たちに視線を向けた。「あなたたちも、同じ考え?」正道は答える。「星。この件は、私が必ず策を講じる。千億、いやたとえ一兆を失おうとも、お前を傷つけた犯人を、決して許しはしない」仁志が、淡々と口を挟んだ。「正道さん。口先だけじゃなく、そろそろ行動で示したらどうです?怜央は、あなた方の地盤で、ここまで好き勝手にやっている。それでも、何もしないんですか?こうしましょう。彼は星の手を壊した。公平を期すなら、彼の手も壊す。それくらいして、ようやく平等でしょう」その言葉に、怜央は鼻で笑った。まるで自宅にいるかのようにくつろぎ、恐れの色は、微塵もない。正道は、その提案に、ゆっくりとうなずいた。「仁志の言うとおりだ。この凶行に及んだ人間が、我々の場所で、ここまで増長するなど――決して見過ごせない」怒りを抑えきれず、声を張り上げる。「来い。怜央を押さえろ!」「父さん!」明日香と、靖たち三兄弟の声が、同時に上がった。靖が、低く言う。「父さん、衝動的になるのはやめてくれ。怜央が罪を犯したのなら、裁くのは法だ。私刑に訴
正道は言った。「なるべく早く、司馬家とのすべての提携を解消する。株主の件についても、私が全責任をもって処理する。お前が気にする必要はない。どれほどの代償を払おうとも、必ず司馬家とは手を切る」正道の腹の深さは、靖たち三兄弟とは、比べものにならなかった。並の人間なら、この言葉にすっかり丸め込まれ、下手をすれば、感激すらしていただろう。先ほどまで、靖と忠は、提携解消には大きな代償が必要だと言っていた。それを受けて、正道は一言で結論を下した。「どんな代償を払ってでも、解消する」と。だが――いつ解消するのか。本当に解消できるのか。それは、また別の話だった。星は、もはや親情を渇望する、かつての少女ではない。正道の言葉も、彼女にとっては、絵に描いた餅にすぎなかった。星は、穏やかに微笑む。「会社の内部問題は、確かに解決が難しいもの。父さんがそこまで言ってくれるなら、私も無理は言わないわ」一拍置いて、続けた。「それではまず、雲井家として、対外的に声明を出しましょう。司馬家とのすべての提携を解消する、という内容で。その後のことは、時間をかけて考えればいい」そして、にこやかなまま、念を押す。「父さん。娘が怜央に、あのようなことをされてなお、雲井家が司馬家と提携を続けたい、などということは......ないよね?」正道は即答した。「あるはずがない。ああいう人間は、決して許してはならない」そう言って、怜央に冷たく、嫌悪のこもった視線を向ける。「怜央。さっきまで、認めようとしなかったな。今、何か言うことはあるか?」彩香は、眉をひそめた。ここまで証拠が揃っている以上、弁解の余地など、どこにもない。それでも、あえて問いかける必要があるのだろうか。結局は、まだ彼に言い逃れの余地を与えたいだけではないのか。彩香は、星のことを思うと、胸が冷え切るのを感じた。娘の手が、ここまで壊されたというのに――それでもなお、加害者に「言い分」を求めるとは。彩香は、ふとスマホに視線を落とした。画面では、ギフトのエフェクトとコメントが、目まぐるしく流れている。その唇に、ごくわずかな笑みが浮かんだ。助手の車に乗る前、彼女はすでに、「もうすぐ配信を切る」
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