此華天女

此華天女

last updateآخر تحديث : 2025-08-20
بواسطة:  ささゆき細雪مستمر
لغة: Japanese
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桜桃(ゆすら)は此の世に栄華を呼ぶ天神の娘と呼ばれ、 皇一族よりも巨大なちからを秘めている存在だった。 天神の娘である彼女を守るため、 また政府に敵対する組織を壊滅させるため、 帝の第二皇子である小環(おだまき)は 花嫁修業のために設立された全寮制の女学校へ女装して潜入することに…… 同室(るーむめいと)として過ごすことになったワケありなふたり 陰謀渦巻く北の伝説の地で、春を呼ぶことができるのか!? 近代和風異世界が舞台の、ヒストリカルラブファンタジー!

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الفصل الأول

序章 天女、襲撃

 それは突然のことだった。悲鳴をあげる間もなく、男の太い指が少女の細い首に巻きついていた。

 どうにか逃げようともがくが、別の男に両腕を掴まれ、そのまま土の上へ押し倒されてしまう。

「悪(わり)いな、お前さんに恨みはねぇんだが、死んでもらうよ」

 男ふたりによって両手両足を拘束され、いたぶられるように呼吸を遮られ、着ているものを脱がされていく。息ができない。感じたことのない恥辱と溺れたときのような苦しさを伴って、少女の意識は霞んでいく。

「もう抗わないのか? もっと楽しませてやろうと思ったのに」

「どうせ殺しちまうんだ、最後に俺たちで可愛がってやろうじゃねえか。惜しいと思わないか? こんなに別嬪なのに」

 少女が着ていた襦袢はすでに血と泥で汚れ、ところどころが破れ、胸元も露になっている。絶望に満ちた虚ろな瞳を見せる黒髪の少女の哀れな姿は、陵辱したい男たちの欲情を加速させていた。

「――恨むなら、天神の娘であることを恨むんだな」

 更に首を絞めつけ、双眸を白濁させ、ビクッと身体を仰け反らせた少女から、纏っていた衣をすべて剥ぎ取ろうと男が柔肌へ手を触れようとした瞬間。

「ゆすら!」

 少女にとって馴染みの、声と。

 立て続けに銃声が。

 …………響き渡り、やがて静かになる。

   * * *

 甘い柑橘系の香りを漂わせながら、白い五弁の花々が混迷の夜闇を切り開くように舞い落ちていく。

 殺されかけ、気を失った少女の身体の上へ。

 そして、硝煙の匂いを漂わせる青年の頭上にも。

 浄化するように。

 同化するように。

 天から散りゆく花弁はくるりくるくるまわりながら容赦なく血に塗れた世界を染め上げていく。

 ――それはさながら、まわりはじめた運命の環のように。

   * * *

 女の説明は簡潔だった。

 屋敷の主の不在を利用して、別邸に強盗が入ったことにすればいい。その際、鉢合わせした娘が不幸にも殺されてしまった。娘を殺した強盗は狼狽した結果、本来の目的を忘れて屋敷に火を放ち逃亡した……憲兵を欺くことなどあなたには容易いでしょう?

「天神の娘が生きている限り、あなたに真の安息は訪れません。おわかりでしょう、それが意味することくらい」

 無言のままの相手に、たたみかけるように女はつづける。

「生まれたのが娘だったから、樹太朗(じゅたろう)も甘いのでしょう。ただ、娘が女になる前に、こちらとしては処分した方がいいと思うのですがね。気づいているのでしょう? あなたの愛するたったひとりの跡取り息子が、あの娘に惹かれていることに。それこそ我々にとって望まぬ未来ですよ。忌々しい天神の血をこれ以上野放しにするのは危険です。いまなら犠牲はその娘ひとりだけで済むのですよ。まあ、あなたの息子が悲しむかもしれませんが」

「……それしか、方法はないのですね」

 か細い女性の声に、女が満足そうに頷く。

「そのとおり。これ以上帝都清華(ていとせいが)の五公家に政界を惑わされ、皇(すめらぎ)が治めるかの国を邪神に支配されるわけにはいかないのです……いえ、だからといってあなたを否定しているわけではありませんよ。そもそもあなたは古都律華(ことりつが)の人間なのですから」

「要するに、利害が一致しているから、娘であるわたくしに取引を持ちかけたのでしょう?」

 継母が動かす政(まつりごと)の世界など、女には興味ない。だが、彼女の提案が魅力的であるのは否めない。

「取引なんて生易しいものではございませんよ。言いましたよね、あの女の娘が生きている限り、あなたに真の安息は訪れないと」

 息を呑み、血の繋がりのない娘は母を凝視する。

「脅迫、かしら」

「そうかもしれませんね」

 母は娘の前で冷たく言い放つ。心の奥に渦巻いていた悪意を露見された女は開き直り、妖艶な笑みを浮かべ、病に倒れた父より全権を委ねられた継母の腕に甘えるようにしなだれかかる。

「仰せのままに。あの娘が母親同様邪魔なのは、事実なのですから」

「あら怖い」

 しなだれかかる娘の耳元で、母親は大仰に溜め息をつく。

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序章 天女、襲撃
 それは突然のことだった。悲鳴をあげる間もなく、男の太い指が少女の細い首に巻きついていた。 どうにか逃げようともがくが、別の男に両腕を掴まれ、そのまま土の上へ押し倒されてしまう。「悪(わり)いな、お前さんに恨みはねぇんだが、死んでもらうよ」 男ふたりによって両手両足を拘束され、いたぶられるように呼吸を遮られ、着ているものを脱がされていく。息ができない。感じたことのない恥辱と溺れたときのような苦しさを伴って、少女の意識は霞んでいく。「もう抗わないのか? もっと楽しませてやろうと思ったのに」 「どうせ殺しちまうんだ、最後に俺たちで可愛がってやろうじゃねえか。惜しいと思わないか? こんなに別嬪なのに」 少女が着ていた襦袢はすでに血と泥で汚れ、ところどころが破れ、胸元も露になっている。絶望に満ちた虚ろな瞳を見せる黒髪の少女の哀れな姿は、陵辱したい男たちの欲情を加速させていた。 「――恨むなら、天神の娘であることを恨むんだな」  更に首を絞めつけ、双眸を白濁させ、ビクッと身体を仰け反らせた少女から、纏っていた衣をすべて剥ぎ取ろうと男が柔肌へ手を触れようとした瞬間。 「ゆすら!」  少女にとって馴染みの、声と。  立て続けに銃声が。 …………響き渡り、やがて静かになる。   * * * 甘い柑橘系の香りを漂わせながら、白い五弁の花々が混迷の夜闇を切り開くように舞い落ちていく。 殺されかけ、気を失った少女の身体の上へ。 そして、硝煙の匂いを漂わせる青年の頭上にも。 浄化するように。 同化するように。 天から散りゆく花弁はくるりくるくるまわりながら容赦なく血に塗れた世界を染め上げていく。 ――それはさながら、まわりはじめた運命の環のように。   * * * 女の説明は簡潔だった。 屋敷の主の不在を利用して、別邸に強盗が入ったことにすればいい。その際、鉢合わせした娘が不幸にも殺されてしまった。娘を殺した強盗は狼狽した結果、本来の目的を忘れて屋敷に火を放ち逃亡した……憲兵を欺くことなどあなたには容易いでしょう?「天神の娘が生きている限り、あなたに真の安息は訪れません。おわかりでしょう、それが意味することくらい」 無言のままの相手に、たたみかけるように女はつづける。「生まれたのが娘だったから、樹太朗(じゅたろう)も甘いのでしょう。ただ
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第一章 天女、逃亡 + 1 +
   * * *  暦の上では春とはいえ、帝都の山深い場所にある空我(くが)の別邸は肌寒い。  天蓋つきの寝台の上で、桜桃(ゆすら)は弱々しく息を吐く。「……ゆずにい?」 悪い夢を見ていた気がする。それも、とてつもなく悪い夢を。「ゆすら、気がついたか」 「なんでここにいるの……?」 本宅で衣食住をしているはずの異母兄が、早朝から桜桃の目の前で心配そうな顔をしている。ふだん彼女に仕えている侍女の姿が見当たらない。これはどういうことだろう。  起き上がろうとして、桜桃は違和感に気づく。上掛けの肌触りが異なる。  ずきん、と身体が痛みを訴える。あちこちに刻まれた鬱血した痕。疵と痣。よく見てみようと立ち上がって。「……!」 自分が全裸でいることに気づき、慌てて夜着を纏おうとして、敷布に足をとられて転びそうになる。  そんな桜桃に気づき、柚葉(ゆずは)が慌てて彼女の傍へ駆け寄り、抱きとめる。「あたし……」 柚葉は蒼白の表情で呟く桜桃の髪を優しく撫でる。「しらない、おとこのひとたち」 何も言わないで、桜桃の言葉に頷いて。「襲われて、殺されそうに、なった?」 夢じゃないの? と、桜桃の視線が泳ぐ。  柚葉は桜桃のいまにも折れそうな細い身体をきつく抱きしめ、そっと名を呼ぶ。「ゆすら」 「ゆずにいが、助けてくれた、んだよね」 泣きそうな表情で、桜桃は柚葉の温もりを求める。寒い寒いと、傷ついた心と身体を温め癒すため。  柚葉は彼女の額にそっと、くちづけて、大丈夫だよと頷く。 「安心して。悪いやつは、やっつけた」 桜桃の部屋には似合わない、空の薬莢が床の上に転がっている。「殺したんでしょ?」 「……ああするしかなかった」 意識が薄れていくなかで聞いた銃声は、何度嗅いでも慣れることのない硝煙の匂いは、桜桃を狙った侵入者を殺めるために響いたもの。気づいてはいたが、つい、柚葉を責めるような口調になってしまった。「そうしないと、ゆすらも殺されていただろうから……」 苦しそうな柚葉の声をきいて、桜桃はそれ以上問いただせなくなる。使用人たちはどうなったのか、ふだん離れて暮らしている異母兄が時宜(タイミング)よく現れたのはなぜか、どうして自分が殺されそうになったのか、男が口にしていた天神の娘とはどういうことなのか。 ……柚葉なら、知ってい
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第一章 天女、逃亡 + 2 +
 ――男たちに襲われかけた直後だ、そこまでするとは……怖かっただろうに。  ひとりにしないでと懇願する桜桃を見て、いままで抑えていた何かが、堰を切って溢れ出してしまう。おそるおそる、少女の素肌に手を伸ばし、抵抗しない唇に、自らの指を伝わせる。  唇から喘ぐような吐息が零れ落ち、柚葉の指先を柔らかく湿らせる。その指で鎖骨をなぞると、くすぐったそうに身をよじらせ、困ったように微笑を返す。そのまま、指先を膨らみかけの胸元へ滑らせて、肌の熱さにハッとする。 ――駄目だ、いまはまだ。「ゆずにい、あついよ」 華奢な少女の身体は、怪我のせいか、興奮のせいか、ひどく熱く、汗ばんでいる。「悪い……」 我に却った柚葉は慌てて桜桃の身体に夜着を巻きつける。だが、桜桃は柚葉の昂ぶりに気づいていないのか、無防備に寝台の上でぐったりしている。 いつまでもこのままというわけにもいかない。だが、彼女の服はどこにあるのだろう。すでにこの屋敷に生きている人間は自分と桜桃だけで、使用人は悉く侵入者に殺されてしまった。しばらくすれば異変に気づいた本宅の人間が様子を見に来るだろうが、そのときまでこの状態の彼女を残しておくのは危険だ。 柚葉は仕方なく、自分が着ていたシャツを脱ぎ、桜桃に着せる。夜着よりは暖かいだろう。桜桃は柚葉にされるがまま、ぶかぶかのシャツをワンピースのように纏う。 肌着姿になった柚葉は顔を火照らせたままの桜桃の耳元で囁く。 「すこしは休んでもらいたかったけど……そうはいかなくなったみたいだ」  寝台の上にちょこんと座り、首を傾げる桜桃の髪を、そっと撫でながら、柚葉は告げる。 「ゆすら。きみはここから逃げなくちゃいけない。このままだと……」 「あたしが天神の娘だから?」 桜桃の澄み切った声音が柚葉の言葉をあっさりと遮る。柚葉は首を縦に振り、つづける。 「いきなりそんなこと言われても困るだろうけど。ゆすら、きみはふたつ名を抱く一族の特別な末裔なんだ」  柚葉の声が、子守唄のように聞こえる。  熱っぽい身体はそれ以上、耐えられないとくずおれて、桜桃はそのまま、意識を飛ばす。   * * * 星型の白や薄紅色の躑躅の花が咲き乱れる本宅から距離のある別邸に与えられたのは必要最低限の秘密を守る兵隊のような使用人と生活用品だけ。屋敷の人間は針葉樹によって深緑色へ
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第一章 天女、逃亡 + 3 +
   * * *  レエスの緞帳(カーテン)で飾られた天蓋つきの寝台で瞳を閉じて横になっていた桜桃は、柚葉に揺り起こされて、ゆっくりと瞼をあげる。「動けるか?」 どこかで衣類を調達してきたのだろう、濃紺のシャツ姿の柚葉が桜桃に問う。  こくりと頷いて、立ち上がる。けれど、身体はまだふらついている。見かねた柚葉は桜桃の肩を抱きかかえ、ゆっくりと歩き出す。  裸足のまま、寝室を出る。ぬるりとした冷たい感触が、足元を浚う。  廊下は、血の海だった。  これだけの血で汚れているのは、転がっている死体すべてが頚動脈を掻ききられていたからだろう。桜桃の知る兵隊のような使用人たちが、重なるように動かなくなっている。  桜桃はおおきな瞳を更におおきくして、廊下の惨状を見つめる。「この屋敷の使用人は、皆、殺されてしまったんだ……」 信じたくなかった。けれど頭の片隅でその可能性を考えていた。だから桜桃は柚葉の言葉に反論せずに黙ってその光景を漆黒の眼の中に焼き付ける。「あたしの、せい、でしょ?」 蒼褪めた表情で、柚葉を見上げ、桜桃は確認をとるように、口をひらく。  自分がここにいてはいけない人間であることを、知っていながら、知らないふりをつづけて別邸で暮らしていた桜桃は、いまになって起こってしまった現実に、戸惑いを隠せない。  柚葉は肯定も否定もせずに、桜桃の肩を抱く手に力を込めて、滑りそうな螺旋階段を一歩一歩、くだっていく。   * * * 「無事だったか、嬢ちゃん」 「湾さん!」 玄関の前で待機していた湾は、柚葉に抱えられて外へでてきた桜桃を見て、安堵の溜め息をつく。湾の姿を見つけた桜桃も、嬉しそうに声を弾ませる。  だが、いつもの桜桃を知る湾は、彼女が本調子でないことに気づいている。「……大変なことになっちまったな」 「うん」 しょんぼりうつむく桜桃のあたまをくしゃりと撫でて、湾は柚葉に向き直る。「お前がいながらなんてザマだ」 きょとんとする桜桃と、不機嫌そうに唇を尖らせる柚葉。「……ま、過ぎちまったことは仕方ない。まずは嬢ちゃんを安全な場所へ連れていく。そのために俺を呼んだんだろ?」 湾は悔しそうに柚葉が頷くのを見て、桜桃を背負う。桜桃も当然のように湾のおおきな背中に乗っかり、柚葉を見下ろす形で泣きそうになるのを堪えて、笑いか
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第一章 天女、逃亡 + 4 +
「行ったか……」 湾たちが姿を消したのを見届けて、柚葉は洋館の周辺へ油を撒き、火を放つ。  生臭い血の香りは死体を焦がす匂いに隠れ、屋敷ごとこの地にあった存在は灰と化していく。やがて屋敷を舐め終えた炎は満足することなく針葉樹の森へと歩みを進めることだろう。森に咲く橘や蜜柑などの白い小花たちも真っ赤な舌に包まれ、不意にその生を終えることとなる。湾が尊敬していた彼女がもし生きていたら、きっと柚葉を許しはしないだろう。けれど。「こうすることでしか、僕はゆすらを救えない」 そのことを、彼女ならわかってくれるだろうと思いながら、柚葉は空高くマッチを投げつける。  めらめら燃える炎が見つかるのは間もなくだろう。そして奴らは悟るのだ、計画が失敗したことに。  焼け落ちた洋館から少女の焼死体ではなく、殺し屋の死体が発見されるのは時間の問題だ。  深い霧と緑に隠されていた洋館が、緋色の焔に暴露されていく。燃える。爆ぜる。灰が風に舞う。熱風が柚葉の頬を弄り、森の木々を揺らしていく。  この間に、湾が桜桃を安全な場所まで連れて行ってくれれば……「あら、空我の御曹司ともあろう方が、何を血迷っておられているのです?」 柚葉は自分の考えが甘かったことに気づく。「……姉上」 背後に突きつけられたのは、拳銃。「火を放って証拠の隠滅を図ったのは評価できますが、それ以外のところが、穴だらけでしてよ?」 カチリ、躊躇いもなく安全装置が外される音。「柚葉。あなたは天神の娘を救うために、約束された帝都清華当主の地位を見捨てるというの?」 炎のように真紅の着物を纏った女性は、黙ったままの柚葉に、ぐりぐりと拳銃を押し付ける。「梅子には、地面に這うだけの苔桃など、必要ないわ。でも、殺すのはもってのほか」 母上はどうせ、お祖母さまに騙されているだけ。あれは邪神などではなく天女よ。目を覚ましなさい、そして古都律華の奴らに抹殺されるより先に、彼女を手に入れ、君臨なさい。  姉の梅子に迫られ、柚葉は苦々しげに、言葉を吐き出す。「……ゆすらは、ものじゃない」 意地っ張りねと梅子は柚葉につきつけていた拳銃でその背をぽかりと殴り、つまらなそうに呟く。「まあいいわ。川津の連中は梅子が足止めしといてあげるから、とっとと行きなさい」 桜桃の存在を古都律華に食われるわけにはいかない。その
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第一章 天女、逃亡 + 5 +
   * * *  東の海より生まれた四つの季節を持つこのちいさな島国、通称かの国は、神と血縁関係を抱く皇一族の長である神皇帝(しんのうてい)が治めている。  現在の帝である皇名治(かたはる)が最高権力者の証である玉座にのぼり名治神皇(めいじしんのう)と呼ばれるようになってから、帝都清華と古都律華と称されるふたつの華族集団がつくりあげた政界派閥を重用して国としての機能を安定させることに成功している。 新興勢力として経済的手腕を買われた帝都清華は、近年の西洋文明への開化を皮切りに、国外から情報や流通などの知識を器用に取り入れ発展させたことから、皇一族より高い評価を得ることとなった。その中でも、空我、向清棲(むかいきよずみ)、黒多(くろだ)、美能(びのう)、藤諏訪(ふじすわ)の一族が清華五公家として名を馳せている。「それを面白く思っていないのが、旧家より連なる古都律華の人間……だっけ」 一息ついて白いワンピースに着替えられた桜桃は柚葉が教えてくれた国政にまつわる話を思い出しながら、湾に問う。「まあそういうことだな。百年弱の歴史しかもたない帝都清華より古くから皇一族と共にあった古都律華に属する人間は、綺羅星のごとく政界に進出した伝統も家柄も皆無な五公家の存在を恨んでいる。内乱を起こした伊妻(いづま)の話は嬢ちゃんも知ってるだろ?」 「うん、極端に余所者を嫌う古都律華の氏族がひとつであった伊妻の一族は最高権力者である皇一族が帝都清華と手を組んだことを裏切りだと糾弾し、挙兵したって……たしか失敗に終わっているんでしょう?」 言葉を噛み締めるように、桜桃は湾の前で応える。湾は満足そうに頷き、桜桃の言葉をつづける。「ああ。ここでも帝都清華が活躍している。嬢ちゃんの親父どのだって、その戦時下に伊妻の将軍を討つという手柄をあげているんだから」 「知ってる。ゆずにいが何度も何度も言ってた」 「まあ、嬢ちゃんが生まれる前の話だけどな。伊妻が起こしたこの内乱によって、空我が評価されたのは事実さ」 「じゃあ、伊妻の人間が空我を恨んでいるってこと?」 「いや、この国に伊妻と名乗る人間はもういない。神にも等しい皇一族に刃を向けた彼らは叛逆者として残らず処刑……要するに皆殺しにされているんだ」 老若男女関係なく、伊妻の血は滅ぼされ、いまは禁忌の一族としてその名を封じら
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第一章 天女、逃亡 + 6 +
 ――あたしを殺そうとしたひと。 主不在の空我家に君臨する、現在の支配者の名を呟き、桜桃は湾の表情をうかがう。「あんまし身内のことは悪く言えねぇけどな」 はぁと溜め息をつきながら、湾は桜桃のあたまを軽く小突く。「……悪いな」 「湾さんは悪くないよ?」 古都律華の人間すべてが帝都清華を憎んでいるわけではない。こうして桜桃の隣で謝っている湾だって、古都律華の名を引き継ぐための婿養子として川津家の長女で実子の姉である米子(よねこ)と夫婦になったのだから。「義妹あいつがそこまでするなんて考えられなくて」 古都律華の中でも皇一族との縁が深い川津の名を強制的に背負わされた青年は、古くからのしきたりや伝統などくそくらえだと常に口にしている。生家から追い出される形で婿養子にさせられたのだから伝統も何も、知らないのだ。  余所者を厭う古都律華の本質を見抜けるのは同族だけで、その血を残すために仕方なく自分は選ばれたのだと自嘲していた湾。それでも古都律華の由緒正しい氏族である川津がこの先帝都清華に潰されないよう義妹の実子を空我家の正室に嫁がせるのに一役買ったり、愛妾の娘でしかない桜桃を実の娘のように可愛がっているところを見ると、彼なりに自分の役割を果たそうとしているといえなくもない。「樹太朗がもうすこし気が利く人間ならよかったんだけどな。たぶん坊がいるから任せて行っちまったんだろうけど……お嬢、こうなったら大陸を渡るぞ」 愚痴っぽく呟いて、湾は桜桃に向き直る。大陸を渡る、だから自分はいまここにいるのだと改めて頷き、湾の言葉のつづきを待つ。「このまま帝都にいるのは危険だ。空我のことなら坊に任せておけばいい。お嬢はしばらく身を隠せ。とっておきの場所がある」 「とっておきの場所?」 小声で桜桃が口をひらくと、湾はそうだ、と頷きながら応え、ぽんと桜桃のあたまを撫でる。「坊が迎えに来るまで、嬢ちゃんはそこで名を変え、潜んでいればいい。手続きは済ませてある」 日の出とともに出航する船の甲板の上で、湾は呟く。「――いまは、俺を信じてくれ」 潮風が、ふたりの身体をそっと撫でて、つんとする残り香を漂わせていく。夜闇で暗く、黒い海面がゆらゆらと揺れるのを柵に寄りかかりながらじっと見降ろしていた桜桃は、こくり、と首を縦に振る。  渡されたのは行き先を告げる切符。見知らぬ
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第二章 天女、潜入 + 1 +
  帝都のある東の大陸を中心とし、その地を囲うように位置している北、西、南の小大陸を支配下に置くこの島国のなかでも、北に位置する菱形の北海大陸は名治神皇の世になってから急速に開拓が進められるようになった場所である。冬は雪と氷に閉ざされ厳しい環境になるといわれているが、春から夏にかけての晴れの多い清涼な気候やじめじめした雨季が存在しないなどの利点から、酪農をはじめとした産業が伸びてきているという。 小環(おだまき)はふん、と鼻を鳴らして手入れのされていない牧草地をじっと見つめる。足を止めた馬が、空腹のために荒れ地に生えている草を食べ始めたのだ。これではしばらく動きそうにない。仕方なく、周囲を見渡す。  空は曇天。雪混じりの黄緑の絨毯の向こうに聳え立つのは万年雪で白く化粧をしている美蒼岳(びそうだけ)だ。美蒼岳と夫婦のように並ぶのが冠理岳(かんむりだけ)で、ほかにも多雪山系(たせつさんけい)に属する峻険な山々が春の訪れなど知る由もないと連なっている。あの一帯はたしか、市町村を配置する際に潤蘂(うるしべ)という地名でまとめられたはずだ。 天より遣わされし神々の末裔である皇(すめらぎ)一族とは異なる、北の大地に古くからあるというさまざまな土地神の伝説の多くが潤蕊には残されている。多くは根拠のない伝説や伝承でしかないだろうが、滅んだとされる古いにしえ民族の教えを今も先住民たちは大切にして生活している。地名が変わったからといって、慣習までをも変える必要はないだろう。そんなことをすれば住民たちの怒りを買うのは必至だ。  だというのに、その慣習を悪用するものがいるという。 「まったく、面倒くさい」  見ず知らずの土地へ供のひとりもつけずに放りだした父、名治(かたはる)に対して心の中で毒づきながら、小環は暢気に草を食む馬を見つめる。  この馬だって、富若内の港で無茶を言って買ったものだ。人力車を頼もうにも、帝都とは異なり広すぎるがゆえに行き先まで連れてってくれなかったのだ。だからといって便利な鉄道や馬車も整備されていない。商人から馬を強引に買い取ったときに見た、野垂れ死んでも知らないぞといわんばかりの態度にも怒りを通り越して呆れてしまったも
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第二章 天女、潜入 + 2 +
  名治(めいじ)二十二年陰の暦、早花月朔日(さはなづきついたち)。  帝都清華の五公家筆頭である空我別邸が何者かの手によって襲撃された。 柑橘類の果樹が植えられた芳しい林に囲まれた洋風建築は火を放たれ灰と化してしまったという。焼け跡からは別邸で働いていた使用人全員の遺体が発見されている。  さいわい、本宅で暮らす正妻の実子と長女の梅子、跡取り息子で行方知れずになっている父侯爵の樹太朗に代わり仕事を行っている柚葉は無事だったが、別邸で暮らしていた愛妾の娘がひとり、行方を眩ませていた。 事件の詳細を思い出した小環は、きつく唇を噛みしめる。 憲兵はすでに殺されたかもしれないなどと言っていたが、それは他の華族へ情報を拡散させないための嘘だ。ほとんどの人間はそれを信用しないで次の手を打ち始めていた。 無論、国の頂点に座している皇一族も例外ではない。  ――小環(しょうわ)よ。天女の存在を古都律華に食わせることも、帝都清華の鳥籠に再び閉じ込めることも許さぬ。あの娘を政争の火種にするとは罰あたりも甚だしい。そなたの手で捕らえ、断罪せよ。  皇一族を差し置いて、ふたつの政治勢力は反発するように膨らんでいた。いつかは激突するであろうと恐れていたが…… 「なんなんだ、天神の娘って」  その原因が、清華五公家の頂点に君臨している空我当主の愛妾が産ませた娘にあるとは小環には納得がいかない。  てっきり、伊妻の残党狩りを命じられたのだと思っていたが、話はそう単純なわけでもなく、あちこち複雑に絡み合っているようだ。手がかりはこの開発途上にある北海大陸に眠っているという眉唾ものの天女伝説と一部の華族間で評判になっているある施設の存在のみ。どちらも中途半端な情報である。  だが、立ち止まって考えているばかりいるのは性に合わない。まずは父に命じられたとおり、陸軍に合流して、それから体制を整え潜入する。  ――お前は時の花の蕾を持つ者。神に孕まされる前に、孕ませろ。  父皇が去り際に呟いた不気味な言葉を思い出し、
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第二章 天女、潜入 + 3 +
  鈍色の雲に覆われた富若内の港は寒いくらいだった。国の最北端にある港なのだから寒いのは当然のことかもしれないが、それでも桜桃は自分の服装が場違いなものであったと悟り、湾に愚痴を零す。「……いま、早花咲月(さはなさづき)ですよね? どうしてこんなに雪が残ってるんですか」 「帝都と同じだと思ったら駄目だ。北海大陸でも富若内の寒さは尋常じゃないんだ。たとえ暦の上では春でも雪だって降るし積もるし残るし霜も立つ。要するに俺だって寒いんだよ!」 「……開き直らないでください」 はぁ、と息をつくだけでも白いものが混じる。  日の出とともに出航した船は、丸一日かけて無事に富若内港(とみわかないこう)へ到着した。  すでに時刻は夕方で、これ以上気温が上昇することは望めない。湾が手配した簡易民宿に入っても、身体は強張ったままだ。部屋のなかには申し訳程度に火鉢が置かれていたが、硝子戸のたてつけが悪いからか、隙間から吹き付ける冷風にぬくもりは相殺されてしまっている。「ま、今夜はこれ以上動かないから心配するな。明日になったら目的地に連れていくぞ」 「はーい」 何者かによって桜桃が暮らしていた空我別邸を襲われて早二日。いま、命からがら逃げ出してきた桜桃は信頼できる異母兄、柚葉の母の姉婿、湾に連れられて、見知らぬ北海大陸の地にいる。  目の前で繰り広げられた惨劇を思い出すといまも吐き気を催すが、司馬浦港(しばうらこう)から船に乗っている際に船酔いと一緒に殆ど吐き出してしまったため、気分は悪くはない。「寝台は嬢ちゃんが使いな」 「え、でも」 「俺は眠っているお姫様を坊に代わって護ってやらにゃならないからさ」 茶化すように湾は桜桃に囁き、両手で桜桃の冷え切った頬をやさしく撫でる。「まだ何が何だかわからないことだらけだろうが、嬢ちゃんが焦ることはないよ。追手ならしばらく来ないだろうが、用心するにこしたことはねぇ……それに、むさくるしい男と同じ部屋で嬢ちゃんを寝かせるわけにもいかないだろ?」 「あたしは気にしないよ?」 「淑女たるもの気にしなくちゃいけません」
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