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第113話

作者: 雲間探
優里がまた一気に値を吊り上げてきた!

玲奈の心はずしんと沈んでいった。

彼女の手元にはたいした資金は残っていない。

今回の競売、もともとの予算は6億以内だった。

何しろ、今の青木家は商売がうまくいっていない。

無駄遣いできる余裕なんて、あるはずがなかった。

だけど今は……

淳一が続いた。「5億6000万」

玲奈が札を上げた。「6億」

玲奈は連続で彼に続いて値を上げ、その声は澄んでいて優しく、耳に心地よかった。

淳一はその声に気づき、視線を向けた。

玲奈の姿を見て、一瞬驚いたが、すぐに眉を上げて微笑んだ。

玲奈も彼の視線に気づき、軽く頷いて礼を返した。

その時、優里が再び札を上げた。「8億」

玲奈はもう淳一どころではなく、その声を聞いた瞬間、拳を握りしめていた。

その時、淳一がまた声を上げた。「8億6000万」

玲奈がすかさず続けた。「9億」

優里が言った。「10億」

ドーン!

玲奈の頭の中が一瞬で真っ白になった。

最初に設定した予算は6億、それは間違いない。

でもさっき優里が動いた時、玲奈は心の中で予算6億から10億へと密かに引き上げていた。

それ以上の値でも払えないわけじゃなかった。

ついこの前、智昭から譲り受けた別荘がある。

あれを売れば、何十億にはなる。

もともとただで手に入れた金なんだから、使い切ったところで何の損にもならない。

でも彼女には分かっていた。あの刺繍の絵に10億の価値はない。

使おうと思えば使えた、でも……

今の彼女には、そんな勝手は許されない。

本当に別荘を売るのなら、その金でもっと意味のあることができるはずだ。

そう考えて、玲奈は静かに手を下ろした。

凜音が言った。「ねえ、智昭に連絡してみたら?」

玲奈もその可能性は考えていた。

だけど智昭が、彼女のために優里の望みを諦めると思う?

あり得ない。

分かっていても、玲奈は携帯を取り出して、智昭に電話をかけた。

智昭は携帯が震えたのを感じ、ポケットから取り出した。

ちょうど優里がそれを見て、登録されていない番号だけが表示されているのを見て言った。「知らない番号?」

智昭は微笑んで何も言わず、そのまま通話を切った。

一切のためらいもなく切られた通話を見て、玲奈の中にわずかに残っていた希望も、一瞬で消え去った。

玲奈の頭
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