人間界に初めて来た世間知らずのヴァンパイア 霧香。唯一制限の許された音魔法でバンド活動を開始 ! しかし、結成後すぐにヴァンパイアである事がバレてしまい、ギタリストで引きこもりのサイ、デリカシー無し男のドラマーのケイと契約する事に。 地獄で定められているヴァンパイアの契約者制度は五人。メンタル補佐から護衛まで多種多様。更に同居が義務 ! ヴァンパイア×ミュージック×スパダリ
View More雑居ビルの中にある黒ノ森楽器店は、少量の管楽器とギター、ベース、ドラム……そしてメジャー音楽の楽譜を中心に扱っている。中・高生御用達の店舗でもあり、多くのミュージシャンの卵達で賑わっている。
年配の客が来ない訳では無いが、売り物が安価で量産型も多く、ベテラン勢がこぞって来店する店に比べると質は劣る。店舗のレビューはそこそこで、入門者には気兼ねなく入りやすい店、ということらしい。 閉店の二十時直前。 エスカレーターを折り返し帰宅足の同世代とは逆に、店舗を目指す一人の少女がいた。 白い肌に目の覚めるような青色の髪。純白のブラウスに波打つように流れる、水面の様な輝きを放つストレートヘアは周囲の視線を虜にする程美しい。 少女の名は水野 霧香。 だが偽名だ。 そもそも彼女が周囲の視線を釘付けにする事も、男女問わず虜にしようとも何らおかしい事では無い。 霧香はヴァンパイアだ。 周囲の視線に気付いた霧香は、そっと口元にマスクをかけ、気配を消す様にその美貌を隠す。 楽しげに帰路に着く同世代の高校生達は、楽器を抱えた男子。そして、お喋りに花を咲かせる女子のグループで溢れかえっている。 その女性達の半数が、今ショーケースの鍵を確認している二十歳前後の若い男性店員が目当てである。 「お疲れ様。契約書取りに来たよ」 霧香が声をかけると、彼……泉《いずみ》 蓮《れん》は長めの前髪を手櫛でかき上げて顔を上げる。 「今から ? もう店終わるんだけど」 霧香に負けず劣らず、男性客でも思わず振り返ってしまう程に蓮もクールな顔立ちをしている。 「わたし二時間前にも来たんだよ ? でも、とてもじゃないけど……あんたをバックヤードに連れてったらファンの子達に刺されるわ」 溜め息混じりに言う霧香の冗談に、彼は否定するでもなく「そうだね」と笑って返す。 バックヤードに霧香を通すと、蓮はいくつかの書類を机に広げた。 「まず、これが統括から発行された『人間界での活動許可証』だから。必ず携帯して」 「蓮も ? いつも持ってるの ? 」 「ああ。前に一度空き巣にあってさ。パスポートとかと纏めて置いた所を丸ごと盗られたんだよな。人間からしたらただの玩具にしか見えないだろうけど、俺たちにとっては金より大事なものだから」 「分かった」 蓮と霧香は同胞だ。家系こそ違えど、同じく人間界に行くとあって、統括者は霧香のお目付けに蓮を当てがったのだ。 「次は『血成飲料の配達依頼書の確認書類』。これは許可が出てるし、住所も確認しておいて。家に届くから」 他数枚、纏めて封筒に入れていく。 「新居はどうなの ? 」 「シャドウ君が色々してくれてる。素っ気ないんだけど、几帳面でね」 「使い魔は素っ気ないくらいでちょうどいいんだ。猫にして正解だったろ ? 犬は干渉しすぎる」 「それは分からないけど……猫なせいか、ツンデレなんだよね」 そこへもう一人の男性店員が戸締りを終えて戻ってきた。 「あ、霧ちゃん。来てたの ? 」 こっちはこっちで……店主は狙って雇っているのでは ? と疑問を持たれてもおかしくない程の男前だ。蓮がクールなのに対し、この男は甘いマスクで物腰も柔和な印象を受ける。 「こんばんは、ハラン。今日は書類受け取りに来たの」 「そっか。ヴァンパイアは人間界の出入り制限厳しいからね」 二人の状況を知る、このリ · ハランも人間では無い。本人曰く天使……と言う事だけ明かされている。李と名乗るからには韓国出身かと聞かれればそれも怪しいもので、この三人全員が人間界で生活する上での身分証に過ぎない。 現に霧香は日本人と西洋人のハーフの様に見えるし、青い髪も地毛である。蓮は黒髪ではあるが、やはり得体の知れない妖艶さがあるし、ハランに至っては最早中性的過ぎて人種の判断も難しい。 だが、それが女性の心を惹き付けてやまないようだ。ここにはハランのファンも多く出入りしている。 「生活はどう ? 資金繰り大変じゃない ? うちでバイトしない ? 」 「あ、それなんだけど、今ネットで音楽活動してて……」 「あ、そっか。観てるよ。ベースのやつでしょ ? 」 「絶賛炎上中のやつな」 「いや、そんなつもりじゃなかったのに。相手が意地悪するから……」 霧香がKIRIとして活動してる動画は瞬く間に有名動画として若者を中心に周知された。だが、手元だけを映した動画なために、男か女か、年齢は、住まいは……とにかく詮索が多く、霧香も頭を抱えていた。 更にはアンチも多く「実際弾いてるのはオジサン」「こんなの他の配信者の方が上」等と悪質な煽りやコメントを送って来る者も多かった。 「所詮、再生回数の伸びないクリエイターの腹いせさ」 「俺達も対バンライブとか初めに出た時、キツかったよな。誰アレ ? みたいな空気」 二人は天使と悪魔と言う間柄ながら、同じバンドで活動している。 「でも、まともなメッセージとかファンレターもあるだろ ? 」 「ファンはまぁ、いいんだけど。なんか気になるメッセージくれる人は居て……」 「へぇ……。どんな奴 ? 」 霧香の話を遮るように、蓮は眉を寄せてハランをシッシッっと追い飛ばす。 「そんなのいいから。 とりあえず書類な。無くすなよ。もう遅いから帰れ」 面倒そうに話を切り上げる蓮に、ハランは少し意外そうに霧香と蓮を見る。 「もう夜遅いよ ? 用意された住まいって郊外でしょ ? 送ってやればいいのに」 「必要ないだろ。襲われても魔法でどうにか出来るんだから」 「そーゆー……人間界で無闇に魔法を使うなって書類だろ ? それ」 これには蓮もぐうの音も出ないようで、ムスッとしたまま席を外した。 「俺が送るよ。と言っても徒歩だけどね」 「えぇ ? そんな悪いよ」 「夜道は危ないから」 「そう……かな ? じゃあ、お願いしようかな」 「荷物取ってくる」 □□□□□□□□□□□□ 「あいつ素直じゃ無いんだよ。俺、黙ってれば良かったかもね」 確かに天邪鬼な蓮のことだから、ハランが何も言わなければ霧香を家まで送ったかもしれない。 「蓮は最近小言多い ! 」 「心配なんだろ。同胞だから余計に。人間界には音楽がやりたくて来たの ? 」 「……聞いてないの ? 」 「何も ??? 」 キョトンとして霧香を見下ろすハランは、嘘をついているようには見えなかった。 霧香は少し考えると、歩幅を緩めて話し出す。 「堕天使になると、悪魔として地獄に堕ちるじゃない ? わたしの場合はヴァンパイアにさせられたんだけど……」 「ごめん、失礼な質問だったらあれなんだけど……なんで堕天したの ? 」 「……ふふ。内緒」 ハランは特に気を悪くもせず、続きの話を待つ。 「でも、『水の天使』だったから、ヴァンパイアになっても魔法は水魔法が使えちゃうわけで。 それがね、前例がないんだって」 「水の天使が堕天する事が ? 」 「うん。地獄に水は無い。飲水が極めて少ない。 だから、わたしがヴァンパイア領土に居ても、戦争の引き金になりうるって。 それで体良く人間界に追い出されたの。わたし、家族なんていないし……ヴァンパイア領土にも帰る家無いの」 「そう……。複雑な理由だね」 天使は人間界への行き来にそれほど制限がないが、悪魔の類は別だ。それでも霧香は地獄に置いてはおけなかったのだ。 「でも、今はこれで良かったかなって」 「地獄にいるより ? 」 「うん。食べ物も美味しいし、人間の文化面白いから」 楽観的な霧香の言葉に、ハランの表情も和らぐ。 霧香とハランは蓮を通して楽器店で知り合った。天使とはいえ、同じく人外同士ともあれば、打ち解けるのにそう時間はかからなかった。 「わたしん家、ここ」 足を止めたのは、住宅地の奥にある雑木林の前だった。 「へぇ。これは空き巣の心配はないね」 ハランから視るとしっかり屋敷が建ってはいるが、人間はこの屋敷を視認できない魔法がかかってる。 「これがまた音楽やるには丁度いいんだ。音が漏れないから」 「配信、次も観るよ」 「ありがと」 「ねぇ、聞いていい ? さっきの気になるメールくれる人の事」 蓮は別としても、ハランはただ面倒見がいいのか、それとも霧香に気があるのか定かでは無いのが周囲の印象だ。 「あ、そうそう。 その人ね、VTuberも実写もどっちも上げてる人でSAIって言う人。 知ってる ? 」 「ギタリストの ? 色白の奴だよね ? 」 「え !? 」 ハランは、さも知っていて当然の如く頷いた。 「知ってるの !? 」 「知ってる知ってる」 「ハラン、リスナーなの ? 」 「あははは ! 違うよ ! うちの客なんだよ」 「えぇーっ !!?」 「そういえば最近来るの減ったな。あいつ人見知りでさ、どこのバンドでも上手くいかないみたいで。 ネット配信とか性に合うんだろうな」 「そ、そうなんだ……」 急にたじろぐ素振りを見せる霧香を、ハランは面白いものを見るように観察する。 「霧ちゃんはリスナーなの ? 」 「え ? うーん。ちょっと違うかな ? 」 「 ? 」 霧香はSAIとのやり取りをハランに話す。何がきっかけで、何に悩んでいるのか。 そして出たハランの答え。 「俺、仲を取り持とうか ? 連絡つくよ。 明日にでも会ってみたら ? 」 「うえぇっ !!? きゅっ…… !! 急にそんなSAIに会うとか !! き、緊張する !! 」 「大丈夫だって。危険なタイプの人間じゃないし、蓮にも……いや、あいつは関係ないか。 でもせっかくだし、会ってみれば ? 」 「うぅ。うん。わかった。 はぁぁぁ〜今から緊張する !! 」 霧香も人気配信者であることは間違いないのだがピンキリの世界だ。 SAIは霧香よりずっと上にいる存在である。 ハランによる急激なブッキングに、霧香はふわふわとした様子で屋敷に帰って行った。 その姿を見て、ハランは声を殺す様にして笑いながら自分も家路に向かった。兎子アパレル公司 本社ビル付近。 三人は咲とカフェで待ち合わせをした。「あ〜いい天気。海行きてぇなぁ」 恵也は客が少ないのをいいことにダラリともたれて、空を見上げ、だらしなく口を開けている。「ほんと。オープンカフェって初めて来たけど気持ちいいね」「へぇ。初めてかぁ。女の子ってこーゆー店好きなのかと思ってたわ」「まぁた女の子で括られた ! ケイそれ良くないよ」「ゴメンて。って言うかよぉ………………サイ大丈夫 ? 」 二人が彩をチラ見する。 汗ダク。 白いシャツの背中が既に変色。 気温は20度前後だ。 暑いわけでもないだろう。「咲さんって、樹里さんの知り合いなんだろ ? だったらおばさんなんじゃないの ? 」「サイの女性の認識範囲、九十代でも女性だよ。アウト 」「マジかよ ! 」「…………」「おーい。……ダメだこりゃ。喋りもしねぇ」 二人の間に不安が押し寄せる。 これは彩はいないものとして考えないといけないかもしれないと。なんなら喋らないなら、いない方が余程自然とまでありうる。 その時、カッカッと鳴るヒールの音が近付いて来た。「お待たせ〜 ! モノクロームスカイのゲソ組ね ? かぁわいい ! 」「あ、はい。初めまして水野 霧香です、ベースとチェロ担当です ! 」「知ってるよ〜KIRIちゃん」 スレンダーで二十代後半程の女性だ。 全身白いスーツにアイボリーのパンプス。 ローポニーを三つ編みに纏めた髪が清潔感のある印象だ。「ここデザート美味しいよねぇ。昼過ぎで店の中は混んできたわー。お姉さんもなにか飲み物頼んでからと思ってさ〜」 そう言い、サイの横の空いた椅子に向かうが、軽快な音を
「で、今日はアパレルの人と会うんだっけ ? 彩が行くの ? 相手男性 ? 女性だったらどうするの ? 」 ハランが不安そうに聞いてくる。「一応、電話してきた奴は男らしいんだけど、サイとキリと俺が行くことになった。 でもあいつ、ノり気じゃないんだよね」 初めは見目を考えて霧香と蓮を考えた彩であったが、クール系の蓮にトーク力は期待しなかったのである。 そして、相手がリアルクローズ──所謂、普通使いの洋服を推して来る話が本当ならば、バンド内で一番耽美と程遠い恵也を連れていこうという試しでもあった。「そういえば樹里さんはなんて言ってたの ? 」「何も知らないらしい上に、六十万のシーリングライトの話された」 蓮の怪しい話に全員食いつく !「何それ詳しく」「ははは、誰が買うんだよ」「怖っ ! 聞きたい ! 」「実は、そのシーリングライトは……」 シャドウは食洗機のスイッチを押すと、猫型に戻り欠伸をしながら窓際で寝転ぶ。 人間は何故、くだらない物体を買わされたりするのかと呆れ返って寝た。 □□□□□□□ 樹里の事である。抜かり無く彩に直接意向を聞き、人材を派遣してくれた。「じゃあ、樹里さんの知り合いが同行するの ? 」 彩の部屋へ今日の一日の服を取りに来た霧香と恵也は、同時にスケジュールを確認していた。 清水 森人と会う前に、別な人間に会うと彩が言うのだ。「そう。名前は藤白 咲さん。職業はインフルエンサーマーケティング会社の代表。樹里さんの紹介。あの人本当に顔広いよな。 俺としてはこっちが本命」 インフルエンサーマーケティング会社は、インフルエンサーを探してる企業とインフルエンサーになりたい人間をマッチングさせる仲介業者である。 更に藤白 咲と言えばボカロPや歌い手界隈のマッチングから始めたベテランで、ミュージシャンとしてはこれ以上ない適役である。「清水 森人とは通話でのやり取りを
朝。 恵也がリビングに来ると、今日は霧香が先に起きていた。 霧香、蓮、ハランが並んで朝食を取っている。未だテーブルの定位置は決まっていない。 彩は食べ終わったところで皿を洗って食洗機に入れるところだ。「霧ちゃん、今日も可愛いね」「んー」「お前、残すならソーセージ俺に頂戴」「んー」「霧ちゃん、ソーセージ嫌いなの ? 」「んーん」「寝起きで入んねぇだけだろ」「んー」 恵也は頭を抱えて三人を眺める。「いや……これ駄目だろ……」「んー、ケイおはよ」「駄目だろ『んー』じゃ ! なんも、ときめかねぇよ ! なんだよオフレコくっそ友達じゃん ! 兄弟じゃん ! 」 恵也はバグってる。「そんな朝からイチャイチャ設定出来るわけないじゃん。あれはパフォーマンスだよ ? ケイ」 あくまでパフォーマンスと言い切る霧香。「いやいや、割とハランはやってたぞ !? 蓮もそんな食いかけのソーセージよく食えんな ! 齧った痕ついてんじゃん ! 」「最近は彩が歯磨きさせてるから大丈夫だろ」「娘か !! 普通歯磨きは自発的にするの ! 大人は ! お前らって俺、本当に意味わかんない」「サイ、おはよう」 やっとリビングに戻った彩に、霧香が声をかける。そして霧香の顔を一目見ると、気まずい顔で深く溜息をついた。「おい、どうしたサイ。今度はお前が喧嘩か ? 」「いや……違う。うん。おはよ」 彩はそのまま部屋に戻って行った。「なんだありゃ。何か気に触ることでもしたのか ? 」 恵也の問いに霧香は首を振る。「ううん。何か悩んでるみたいだね。凄く動揺してたし」「え ? 怒ってなかった ? なんで悩みだとか言いきれんの ?
「シャドウくんに相談してみなよ。喜んで手合わせしてくれると思うよ」「なぁ。俺、とりあえず今も急いで来たけど……。お前、こんな強いのに護衛って必要なの ? 」「勿論、必要だよ。 でも、わたし……最初から友達とかバンドのメンバーを契約者にしようなんて思ってなかったの ! あれはシャドウくんが勝手に…… ! 」「あ〜聞いたよ。それに、ほら。俺は何時でも解約出来るんだから、そう悩まなくていいんじゃね ? 解約しないってことはさ、俺もサイも好きでやってるって事だしな」「……」 霧香は一旦、海を眺めてから恵也のそばに座り込む。「わたしは地獄には行けないの」「えーっと……属性が水だからってやつか。人間界にいれば安心なの ? 」「統括は『そこは分からない』って。 わたしを狙ってくる奴がいるとしたら、悪魔よ。水の力が欲しいから。 でも悪魔は簡単に人間界に来れないし、人間が知ってるような名前のある大悪魔は余計にコキュートスの下から出て来れない。 でも、人間の中に召喚出来る本物の魔術師がいたら別かな。魔術で彼らを招く門を作る事が出来る」 それを聞いた恵也が大口を開けて笑い出す。「ねぇーよ ! 魔法だの魔女だの。そんなんオカルトの世界の話だろ ? 」「事実、わたしはヴァンパイアだよ ? 」「まー、ヴァンパイアは許可受けて出てこれるとして。じゃあ、召喚も難しい悪魔の呼び出しを、人間がどうやるんだよ ? 悪魔崇拝 ? そんなの真面目に拝むのなんて、オカルトマニアか狂信者的パフォーマーに煽られた厨二病くらいだぜ。本物の魔術ってのを、そもそもどうやって勉強すんだよ」「天使がいるじゃん。天使が人に教えるのよ」「はぁ !? 」 今まで何者とも接点が無かった恵也が一番最初に身近な天使を思い浮かべるのは至極当然のことである。「ハラン……って、天使だよな ? あーゆーのが人間に教えるの ? 悪魔の扱いを ? 」「だから。ケイは一括りにしがち。ハランは違
霧香は改めてハランに八つ当たりした事を後悔した。 自分の綻びで全員に迷惑がかかってしまう。「なぁ、さっきやったのって魔法 ? 」 恵也に聞かれギクッとする。魔法を乱用した事が統括にバレればなにかしらの制裁があるかもしれないのだ。 魅了魔術は天使も悪魔も体質的に抑えようが無いとして、霧香の場合は音魔法については許可を得ている。だが、その他はほぼ許可されていない。 先程の少年たちが、霧香の命を脅かす存在にシフトすれば話は変わってくる。人間界に人外の遺体を生み出す訳にはいかないからだ。 だが、ヴァンパイアは傷の再生は早く、痛みも人間の数倍鈍感である。 よって、先程の魔法は正当防衛とまではいかない。少年達は少し絡んできただけ。攻撃はしたが命を脅かす程の存在では無かったはずだ。「思わずムカッとして……本当はダメなんだけど……」「あ〜やっぱり。まぁ、バレなきゃ大丈夫じゃねぇ ? 聞きたかったんだけどさ、俺との契約の時に、ちょっとは魔法使えるようになるかもって言ったじゃん ? 俺、マジで魔法使えんの ? 」「えっとね。第五契約者の魔法制限は……。 まず体質。わたしと同じく回復が早くて、痛みにも強いの。でも勘違いしないで。病気は別。健康診断はしっかり受けて。痛みが鈍感な分、病気には気付きにくいの。手術が必要な時は解約して人の体に戻さないと医者も困るし」「お、おう。案外現実的なシステムだな……」「あとは身体能力かな。 これは……」 砂浜を歩く足を止め、恵也に振り返る。「やってみた方が早いかもね。 手合わせしてみる ? 」「お前と ? でも…………もし怪我なんてさせたら……」「わたしが怪我すると思ってるの ? 」「……。あっ
駅からバスに数十分乗り、ようやく港町に到着出来る。 少し先のバス停で降りれば砂浜に行きやすいが、霧香はその前に降り、ダブンダブン揺れる船を眺めながら歩道を歩く。 潮鳴りを聴きながら頭を空にする。 歩道から海まで距離こそあるものの、魔力で水の気配を辿れば流れや動きも手に取るように感じ取れる。 十分程歩くと、やがて歩道が最も岩礁に近付く区間に差し掛かる。眼下に飛び込んでくる岩礁と三角波。そして地平線から上には紫色と赤色のグラデーションが続く。 ガードレールに手を付き、大きく深呼吸する。「スゥ〜……ハァ〜……」 だがすぐにその静寂が破られる。 喧しいバイクのエンジン音。 波の音を掻き消しながら近付いて来る。霧香はムッとしてバイクの来る方向を睨みつけた。「はぁっほー !! 」「ギャハハハ」 霧香より少し上の歳程で、時代遅れな風貌の若者が三人、近付いてきた挙句に霧香の前で止まる。「一人っすか ? 遊ぼ 」「飯とかどう ? 」 霧香は無関心を貫き歩き出すが、少年達は離れようとしない。爆音のバイクをノロノロと走らせながら霧香にまとわりつく。「その服可愛いっすねー」「高校どこっすか ? 」 やはり自分は高校生くらいに見えるのかと、今はそれがコンプレックスに感じてたまらなかった。「ねぇ、ちょっとだけだからさ ! お願ぁ〜い」 突然肩に置かれた手にゾッとし、反射的に威嚇してしまう。「触んな !! 」 思い切り手首を取り、関節の有り得ぬ方向へ捻りあげる。 恵也と初めて会った時もそうだった。 霧香は普段、自己主張も強くなく、流れに身を任せるタイプではあるが──時々どうしようもなく激昂すると言う本性があるのだ。「あぎゃ !! 何すんだこの女ァ !! 」「弱くて反吐が出るっ ! 」 逆上する男たちに更に油を注ぐ
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