FAZER LOGIN***
俺はベッドの上で、背後からマサさんに抱きしめられながら、昨夜の行動を明確に振り返った。
(俺ってば吸血鬼に襲われたのに、テーマパークに行ったり、キスされた上に、もっとエッチなアレをしてから告白したこと全部、すごい出来事だよな)
母親からの資金援助を受けない、貧乏生活をやりくりすることにいっぱいいっぱいで、恋愛に消極的だった俺が、同性に迫られて流された。だってルビーみたいな瞳に、魅せられずにはいられなかった。
『瑞稀が好きだよ。吸血鬼の俺を怖がらずに好きになってくれて、すごく嬉しい』
綺麗な瞳に涙を溜めて、俺をキツく抱きしめた彼に、同じくらいの気待ちを返したいと切実に思った。同性同士の付き合いや、マサさんが吸血鬼のことも含めて、大事にしなければいけない。
それと年上のマサさんと付き合っていくのは、恋愛経験ゼロの俺にとって、きっと戸惑うことがたくさんあるだろう。
緩く体を抱きしめる二の腕に、そっと触れて撫でてみる。
「マサさんと一緒に、これからいろんなことを、ふたりで楽しめたらいいな」
吸血鬼のマサさんと顔を合わせて、たくさん笑うことができたら――。
「とてもいい考えだね、瑞稀」
艶のある低い声がしたと思ったら、耳朶にキスを落とされたせいで、体を大きく震わせた。
「ちょっ! マサさん、なにして」
「おはよう。朝ごはんは、なにを食べたい?」
さっきしたことを無にする、人間のマサさんのセリフに、口を引き結んだ。すっごくお腹が空いているせいで、文句を言えない。
「俺は瑞稀に、おはようのキスをしたいんだけどな」
そう言った唇が、俺の頬に優しく触れた。
「瑞稀おはよう。朝から元気だね」
俺を抱きしめていた片手が、迷いなく下半身に触る。その手をぎゅっと両手で握りしめて、刺激を与えられないように施す。
「こここっこれは生理現象なので、放っておいてください!」
「ということは、生理現象じゃないときは、瑞稀ジュニアに触れていいということでOK?」
「瑞稀ジュニアって……時と場所を考えていただけるのなら、大丈夫かもしれません」
マサさんとは恋人同士ということで、俺なりに譲歩した。そして相変わらず、ネーミングセンスが皆無!
「ありがとう。残念なのだが、いつまでもイチャイチャしていたら、会社に遅刻してしまうな。よいしょ」
握りしめてるマサさんの片手が、俺を勢いよく引き上げて、ベッドから起こした。
「瑞稀はゆっくり着替えていいよ。俺は美味しい朝ごはんを作る」
「俺も手伝います」
「なるほど。並んでキッチンに立つのもいいね」
遅刻すると言った傍から、マサさんは俺の体を両腕で抱きしめて、髪に頬擦りする。
「マサさん、ダメですよ。ちゃんとしなきゃ」
「ちゃんとしなきゃで、言い忘れたことを思い出した」
どこか呆けた口調で返事をするマサさん。
「なんですか?」
「俺、同性と付き合うのがはじめてだから、なにかあれば今みたいに、きちんと言ってくれると助かる」
「嘘でしょ! 昨夜のアレとかコレなんかの手管は、どう考えても」
「異性との行為で使ったものだよ。それに同じ男だからね、感じる部分はわかっている」
「……なんか腹立つ」
俺と違ってマサさんはイケメンで、モテるのは百も承知。ゆえにそういうコトだって、たくさん経験しているのがわかりすぎる!
「マサさん、俺と付き合ってるときは、俺とだけエッチなコトをしてください」
「君と付き合ってるのに、ほかの人とはしないよ」
「あとですね、吸血衝動が起きたときは、俺の血を飲みに来て」
俺以外の人を抱きしめながら、首筋に牙を突き立てる姿を想像するだけで、ムカムカがとまらない。
「瑞稀、ごめん」
「えっ?」
「朝ごはんが作れないよ。そんなかわいいことを言われたら、今すぐ君を食べたくなる」
マサさんは抱きしめた俺の体を、ベッドに押し倒す。漆黒の黒髪が額に触れたときには、唇を塞がれてしまい、なにも言えなくて。
「瑞稀の血を吸って唾液で感じさせて、君だけをたくさん愛してあげる」
目の前で吸血鬼に変身したマサさんに、朝からたっぷり愛されてしまった。まるでこれからの俺たちの姿を表しているみたいで、とてもしあわせだったのはいうまでもない。
おしまい
情けなさを晒したくはなかったが、震える躰を両手で抱きしめながら、その場にしゃがみ込んだ。「笹良の気持ちを考えずに、怖がらせて悪かった。答えが見つからないせいで、どうしていいかわからなくて焦っちゃって」「必死になるのも分かるけど、その……。加賀谷が導き出したそれを俺がしたら、勃つモノが勃たなくなるのか?」 たどたどしさを表す俺の問いかけに、突っ立ったままでいる加賀谷の表情がみるみるうちに曇った。「加賀谷、おまえその顔」「可能性の問題だ。実際にやってみないとわからない」「やるって、何をするんだ?」「それをするのに原因が知りたい。いつからシュートを外しはじめた?」 心の奥底に封印している思い出――そのことを考えたら躰の震えは止まったが、代わりに違う感情がメンタルをじわじわと支配する。「笹良、俺さ、おまえに教えられたことがあるんだ」 なかなか口を割らない様子を見て、加賀谷が先に話しかけてきた。「俺が教えたこと?」「ああ。スタメン入りできない選手について、まったく考えてなかった」 不意に背中を向けて歩き出し、ゴール下に転がったままのボールを取りに行く。「バスケの上手いヤツがスタメン入りするのは当然のことで、それ以外は練習や努力の足りないダメなヤツっていう扱いをしてた。ソイツらが汗水たらして頑張っても、スタメン入りできない悔しさをもっているのを知らなかったんだ」(うわぁ、加賀谷らしい上から目線発言。すべてにおいて恵まれてるせいで、補欠組のヤツをバカにしていたんだな)「加賀谷がチームで浮いてる存在になってるのは、その考えが原因だろう」 躰がだいぶ落ち着いてきたので、立ち上がりながら指摘してやる。するといきなり、バスケットボールが投げつけられた。「わっ! ビックリした」 加賀谷からパスされたボールはそれほど勢いがなかったので、難なくキャッチできたが、突然パスされるのは心臓に悪い。「答えを導き出すために、笹良とバスケの話をしただろ。話をしているうちに、見えてなかったところが鮮明になったら、俺はバスケをプレイする資格がないと思ったりしてさ」「それでズル休みして、練習に出てなかったのか。そうすることで補欠組からレギュラー入りできる、新たなメンバーが投入されるから」(俺のことといい、やることなすこと、すべてが両極端すぎる)「普段の練習だけじ
「加賀谷のすごさを偉そうに語られても、話がさっぱり見えないんだけど」「好きなんだ」 自分の両手を胸の前で握りしめながら、頬を染めて告白されても、最初のくだりがあるため、そこまでドキドキせずに済んだ。(バカと天才紙一重って言うけど、加賀谷ってばまんまおバカじゃないか)「あのさ、最初に言ったよな。深い意味はないって。それなのに同じ言葉を使うのは、どう考えてもおかしいだろう?」 呆れながら指摘すると、難しそうな表情を浮かべて下唇を噛みしめる。「加賀谷が答えないなら、俺はもう帰る。貴重な時間を無駄にしたくない」 妙な沈黙に耐えきれず、踵を返して体育館を出て行こうとした瞬間に、腕を掴んで引止められてしまった。「待ってくれ、答えたいんだ。答えたいのに、笹良が満足するような答えが見つからなくて」「頭のいい加賀谷が答えられないなんて、ものすごい難題なんだな」「ああ。考えれば考えるほどに、わけがわからなくなってくる。おまえのシュートする姿を見て、最近では勃っちゃって」「ちょっ、それは……」 掴まれていた腕を、慌てて振り解いた。じりじりと後退りをして、加賀谷との距離をとる。「笹良がシュートを外したあとに、苦しそうな顔をしているのを見たら、妙にクるものがあってさ」 左手をぎゅっと握りしめながら熱く語られても、内容が気持ち悪いものなので、当然同調できるはずがない。「加賀谷に告白されただけでもぞくっとしたのに、それ以上の何とも言えない、躰の事情を説明されながら迫られる、俺の身にもなってくれよ」「わかってる。俺だって正直なところ嫌なんだ。同性相手にこんなことになるなんて」「そうか……」(もしや神様がすべてを兼ね備えた加賀谷を狂わせるために、ゲイになる操作をしたんじゃないだろうか)「だからいろいろ考えた。笹良がシュートを外さなければ、俺は勃起しなくて済むんじゃないかって」「は?」 どうしてそんな答えに着地したんだ、やっぱりバカなヤツ。「笹良はいつから、シュートを外すようになったんだ? 教えてくれ」 ひどく神妙な顔つきで、後退った分だけ迫ってくる。プレッシャーを与えるような雰囲気に飲まれないようにしながら、ふたたび後退ると、背中に壁が当たった。「逃げるなって、答えろよ」「ひいぃ!」 言葉と一緒に突き立てられた加賀谷の両腕を見て、思わず悲鳴をあげ
*** 最後の講義が終わって教室を出たら、躰を左右に揺するように前を歩く、加賀谷の背中が目に留まった。 このままついて行ったら、アイツのあとを追いかける形になる。それが嫌だったので、歩くスピードを思いっきり落としながら体育館に向かう。 のらりくらりと歩いて、階段を下りた先にある体育館の重い扉の前にたどり着いた。中からリズミカルな音が、響いた感じで聞こえてくる。それは聞き慣れた、バスケットボールをドリブルする音だった。 ダンダンダン、シュッ! その場に突っ立ったまま、そっと目を閉じる。しばしの間の後にゴールポストに吸い込まれるボールの映像が、まぶたの裏に流れた。 黄金のレフティから放たれるボールは、絶対に外れることはない。イップスという不治の病にかかった、俺とは違う。彼は選ばれた人間なのだから。 意を決して勢いよく扉を開け放つと目に映ったのは、ジャンプしてボールを手放す、まさにその瞬間だった。 ちょっとだけ襟元がくたびれたTシャツにジーンズといういでたちの加賀谷の姿が、オレンジに濃いブルーのラインが入った、バスケ部のユニフォームを着ている錯覚に陥る。 俺が突然現れたことに驚き、ほんのわずかに後方にジャンプした躰がぶれて、バランスを崩した状態でボールが放たれた。 どんな体勢からでも確実に決めることを、アイツの躰が知っている。だからこそ俺は、この結末の行方がわかっていた。 ガンッ! いつもより大きな弧を描いたバスケットボールは、ゴールポストに軽く接触してから、網の中をゆっくりと落ちていく。「っ、びっくりした……」 加賀谷の声をかき消すように、吐き出されたボールが何度も体育館の床をバウンドする。俺は無言のまま、それをじっと見つめた。「来てくれてサンキューな」「加賀谷、弁解ってなんだよ?」 平らなはずの床を、音もなく転がるボールを見たまま訊ねた。「あのな、好きって言ったけど、あれには深い意味はなかったというか」「深い意味がないなら、あんなことを安易に言うなって」 そのせいでここ数日間、対処に困ったのだ。告白されるという免疫がないせいで、余計に困惑しまくった。「俺さ、高校のとき、全国大会に出てるんだ」「へえ……」 唐突な話題転換に、気のない声で反応した。「最優秀選手賞にも選ばれた」「頭の中身だけじゃなく、バスケも超万能だもんな
***「笹良に話があるんだ」 加賀谷に変なことを言われて以来、気持ち悪くて思いっきり避けていた。それなのに、こうしてしつこく話しかけてくる。「悪いけど、話をする気になれない」 持っている文庫本に視線を落とした。目の前の相手をスルーすべく、栞を挟んだページを素早く開き、印刷された文字を追いかける。「弁解させてほしいんだ!」「弁解?」 必死な様子を表すような声色を聞いて、仕方なく顔をあげた。加賀谷は俺を見ずに、落ち着きなく両目を泳がせながら口を開く。「心にもないことを口走った件について、その……。話の内容が特殊だから、授業が終わってからふたりきりで話がしたい」 ふたりきりで話がしたいというワードに、引っかかりを覚えた。危ない可能性があるのが明白だ。「加賀谷が俺に二度とつきまとわないと約束するなら、顔を出してやってもいい」「ああ、約束する。短時間で済ませるから。場所は」「体育館がいい。今日は練習がオフなんだ」 ふたりきりでも距離がたくさんとれるであろう、体育館を提案したのはナイスだと思える。「わかった。必ず来いよな」 悲壮感を漂わせながら念押しした加賀谷は、俺の視線を振り切るように去って行った。明らかにいつもと違う様子に、嫌な予感が胸の辺りに充満しはじめたのだった。
*** 笹良相手に、不覚にもときめいてしまった。見ているだけで腹が立っていたのに、どうして胸が高鳴ってしまったのか。 かったるいゆえに、勉強なんてさっぱりしていないから、頭がおかしくなった可能性は低いが……。因数分解の公式のひとつ。 >(a+b)^3=a^3+3a^2b+3ab^2+b^3 物理・力学エネルギーE E=K+U ただ公式を覚えるだけじゃ使えない。正しい公式を用いつつ、意識して使わなければ、まったく意味をなさないものになる。そうすることにより、必ず答えが導き出されるのだから。 テストに出される問題のすべてにおいて、答えがあるから書くことができた。たまにわからない問題があっても、なんとかして解き明かし、白紙で回答を出すことなんてしなかった。(しかも今回の問題は、自分の躰に起こったことについてだというのに、さっぱり意味がわからないなんて) もしや連立方程式が恋立方程式になってしまった結果、胸がときめいてしまったというのだろうか。しかもときめいた相手が男なんて、笑い話にもなりゃしない。 この謎を解くために、あえて積極的に笹良と接点を持つべく、話しかけた。以前よりも接点を増やすことで、ヒントがあるんじゃないかと思った。 そう考えたものの、普段気安く喋ったりしない相手だからこそ、自然に話しかける理由がなかなか思いつかなかった。 嫌がられる恐れがある、講義の内容を写させてもらうことを最終手段にして、不自然にならないように話しかけた。 こうして強引にコミュニケーションをとりながら、難題について答えを導き出そうと試みたのに、いまひとつピンとこない。無理やりに写させてもらっているせいか、友達のようなやり取りじゃなく、お互い半分くらいはケンカ腰になってる気がする。 だけど最近、何かがきっかけでバスケの話になった際に、眉根を寄せて俺を見る笹良のまなざしが、シュートを放つ瞬間に見せる表情とリンクすることを発見した。 それ以来、似たような顔を目の当たりにしたとき、ほんの一瞬だけど胸の奥がチリッと疼くようになってしまった。 友達はおろかチームメイト未満の関係だというのに、どうしてこんな反応をするのか。考えがまとまらないまま、時間だけが過ぎ去っていく。 そんな矢先に『おまえが好きなんだ』という爆弾発言をしてしまったのである。
*** 大学でバスケをプレイした、あの日。笹良と同じチームになった。 笹良が気になった理由は、先輩に誘われてバスケの練習試合をし終えたあとに、声をかけられていたからだった。『すごいね。あんなにスリーポイントシュートが決まったら、バスケが楽しくてしょうがないだろう?』 興奮を抑えられない感じで話しかけてきた笹良に、そのときは適当に相槌を打った。そんないい加減な返事をしたというのに、瞳を輝かせながら口を開く。『ずっとバスケをしてきたから、試合でのスリーポイントシュートの難しさを知ってる。君とは違って俺の場合は、どんなに練習しても成果が出なくでね』 ハッキリと言いきった笹良のセリフが気になったこともあり、原因を突き止めようと考え、積極的にボールを回してやった。 見た感じ、悪いところがないように思えた。基本がとてもしっかりしていて、フォームも問題なし。指先から放たれるボールの動きの感じから、ものすごく丁寧に扱っていることがわかった。 ゴールが決まらない他の要因をさがしていたそのとき、俺が苦手だと思う角度からのスリーポイントシュートをすべく、笹良がセットポジションに入る。その姿に、はっとさせられた。 ジャンプした瞬間に飛び散る汗や、舞い上がった衝撃で、躰に貼りつくユニフォーム。他にもボールを放つ繊細な指先の動きのすべてが、スローモーションに見えた。 あまりにも魅入っていたため、ボールが飛んでいく音で、やっと我に返る始末。 笹良が放ったバスケットボールは、大きな半円を描きながら回転し、吸い込まれるようにゴールポストに飲み込まれた。『やった! 久しぶりに決まった。加賀谷、アシストサンキューな!』 嬉しさを表すように破顔した笹良が、俺の背中を叩いてから、セットポジションに戻って行く。 動揺を隠しきれない俺は、その場に突っ立ったままでいた。ボールが目の前を掠めたというのに、カットすることもできない。「今のは、いったいなんなんだ?」 ぞくっとするものが背筋に走った謎の衝撃は、筆舌しがたいものがある。 自分が苦手とする位置からのシュートだったからこそ魅入ってしまったのか、あるいはそれ以外の理由があるのか。原因がさっぱりわからなくて、模索しながらその後も笹良の動きに注目し続けた。『ナイスシュート!』 点差が開いていなかったので、あえて得意のスリーを封







