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1.自由と後悔

last update publish date: 2026-08-17 11:04:45

 深夜も過ぎ、空が白く薄ばんできた頃。

 水沢 美紀はようやく山の奥地へ辿り着いた。

 予定より遅い時間になってしまった。

 愛車の白いクラシックカーから降りると、助手席から手早くスコップを手に取った。

 ガードレールも無いような急な斜面を見下ろすと、下を確認し思い切りスコップを投げ落とす。

「はぁっ ! はぁっ! 」

 ガゴン……。

 休む暇なくトランクを開け、大荷物へ手を伸ばす。

 ブルーシートと毛布で巻かれた、何か大きなものに手を掛ける。

 ドザッ ! 

 スレンダーな長身に女性特有の筋肉美。ミルクティー色のロングウェーブは汗ばんだ首元に張り付き、何度も何度も縛られたロープを握り直しては引き摺るを繰り返す。

 決して小柄ではないとしても、相当重い荷物だ。

 斜面からソレを転がすと、白いシャツを汚し、肌に擦り傷を作りながらも何とか降りていく。

 斜面の下は僅か四畳半程の段差。そのまた下へ、深い木々の闇が広がっている。

 美紀はスコップを思い切り突き刺す。

 ザッ ! ザッザッ ! ギッ ! ガッ ! ガツッ !! 

「クソ……っ !! 」

 木の根が幾重にも重なり、挙句小岩にぶち当たる。

 人一人では到底、この荷物を埋めるほどの穴は掘れないだろう。

「この ! この ! なんで !!」

 力任せに地面を掘るうち、美紀は後悔と怒りに涙が止まらなかった。

「はぁ……っ、はぁ……っ、うぐ………」

 やがて遂に手が止まる。心が折れてしまいそうな状況。

 それでも半分程、木の根を断ち切り穴を掘った頃だった。

 ──パキ……ッ──

「はぁ……。……はぁ……ふ、ひっく……。 ??? 」

 息が上がったまま声を殺して嗚咽を堪える。周囲は静まり返った深い山の中。

 だが、何か違和感を感じたのだ。

 小枝が折れるような音がした気がしたのだ。

 冷静になり、息を整え、ゆっくりと周囲に目を凝らす。

 日の出前の薄暗い濃霧の中、一際大きな木のそばに白い布が見え隠れしているのに気付いた。それは引っ掛けられた布切れなどではない。

 明らかにスカートの裾だった。

「……誰 ? そこにいる奴…… ! 」

 美紀の髪が一瞬にして逆立つ。

 この現場は、決して誰にも見られてはいけないのだから。

「出てこいっ ! 」

 蔦が延う大木の影から、白い蝶と見まごうほどの可憐な少女が現れた。

「……ごめんなさい」

 気が動転し美紀の方が持っていたスコップをガランと落とした。

「な、何 ? あんた、こんなとこでなにしてんの ?!」

 美紀が一歩後退る。

 少女の方は冷静に美紀を観察していた。

 そしてビニール袋と毛布に頑丈に包まれたモノを指差す。

「その作業、手伝ったら助けてくれますか ? 」

 少女は美紀のそばまで歩いてくると、落としたスコップを拾い上げた。

「あんた……」

 見られてしまったものは仕方ない。

 この少女をどうするべきかと、美紀も思考を切り替える。

 そしてすぐ少女の異様な姿に気付いた。

 靴は片方脱げていて、靴下すら履いていない血の滲んだ爪先。白いワンピースはオシャレ着ではなく、制服にしては装飾が無さすぎる。まるで病院から抜け出して来たような風貌だが、この山中に病院が無いのは麓町の住人である美紀も知っていた。

「追われてるんです。麓まで車に乗せて欲しいんです」

 そう言い、少女は穴を掘り始める。

「あんた。わたしが今、何をしてんのか……分かっててやってんの ? 」

「はい。やらされた事あります。でも、一人じゃ、人間一人分を掘るのは一無理ですよ」

「はぁ……なんなの……」

「鉈とか、鎌とか。あると便利なんですけど」

「……。あー……。現場で使ってたノコなら工具箱にあったかも。車から取ってくる ? 」

「はい」

 美紀がまた急な斜面を登り、車から下を見下ろす。このまま走り去ってしまう可能性もあるというのに、少女はひたすら見知らぬ自分の犯罪の片棒を担いでいるのだから不思議でならない。

 トランクからノコギリを取り出すと再び急斜面を転がるように下る。

「あんた名前は ? 」

「琴音。飯塚 琴音です。お姉さんは ? 」

「…………美紀よ」

「美紀さん、ありがとうございます。

 じゃあ、そろそろそっち持ってください」

「え ? ああ、うん」

 大きな荷物を穴に落とすと琴音は腐葉土と土を混ぜこみ、表面をならすと落ち葉をかける。

 殆どが琴音の作業で、どういう訳か手馴れている琴音を美紀はなんとも言えない感情で見ていた。

「これでOKです」

「あ、あのさ。町まで乗せてくけど……どこに行くつもり ? 」

「わたし、自由になるために逃げて来たんです」

「自由…… ? 」

 この作業を手伝っておきながら自由とは── ? 

 美紀はとりあえず琴音を車へ乗せると考えを巡らせた。

「でも、その格好じゃ……。うちで着替えて行く ? 」

「いいんですか !? 」

 琴音の顔がパッと明るくなる。

 それはご機嫌伺いなどではなく、心底感謝をしているとしか思えない笑顔だった。

「じゃあ、行こっか」

 美紀と琴音。

「ほら、滑るよ」

「あ、ありがとうございます」

 美紀の伸ばした手のひらは暖かかった。

 二人は急斜面を手を取り合い登り切ると、美紀の乗って来た白いクラシックカーへ乗り込んだのだった。

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