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3.外界の実感

Penulis: 神木セイユ
last update Tanggal publikasi: 2026-08-30 17:00:00

「ん〜♪我ら〜神の〜♪」

 海沿いまでは一時間程だ。

 マンションを出て国道を走るが、中途半端な街のせいで駅前周辺のコンビニへは駐車場の問題で立ち寄れずしばらく街中を走る。

「聖母〜の瞳〜♩慈悲の…… 」

「ねぇ。それやめて。鬱陶しい  」

 気分よく歌っていた琴音に、美紀は思わず八つ当たりしてしまった。

「ご、ごめんなさい」

「あ、いや……ごめん。歌が嫌いなわけじゃ……。

 でも流石に、聞いてられないわ。なんか別の歌にしてよ」

 歌う曲歌う曲、琴音からは出自の宗教ソングしか出てこなかった。

「他の歌は、賛美歌と設立記念コーラスしか知らないです」

「ほんと……どんな施設なのよ……」

 これでは美紀が無茶難題を言っているようだ。

 ハンドルを握った手を少し緩めると、肩の力を抜くように深呼吸をした。

「じゃあ……うーん……」

 布教ソングを歌うな、とも言いにくい。だが、これから先も宗教施設から逃げてきた琴音が、世間一般の中でアピールして生きていく立場にはいないだろう。

「歌は……明るい曲が好きみたいね。夜にでも、流行りの曲をダウンロードしてみる ? 

 もう自由になったんだし、その施設の歌以外も案外良いかもよ」

「確かに !! ありがとう ! 美紀さん ! 

 うふふ〜わたし自由〜」

 先が思いやられる。しかしこの調子でいる琴音を放り出しては先に進めない。

「あの坂を越えたら海だね。

 その前にコンビニで買えるもの買おう」

「わたし、コンビニエンスストアも初めてです ! 」

「……だよねぇ……」

 □□□□

 コンビニまで来ると、先に車を降りた琴音が人々をキョロキョロと見ていた。朝方はマンションで人気はなかったものの、車から町の風景は見ていたはずだ。何がそんなに珍しいのかと出入口まで来ると、同じものに視線が向いた。

「あら、浴衣の子。そっか、今日花火大会だったっけ」

「花火 ! 見たことあります ! 近くに試験場があったみたいで施設から見えたんですよ」

「張り紙あるね。『アクアビーチ大花火大会

 』だってさ。観たいけど……宿なんて取れるかどうか……」

「いいじゃないですか ! 見ましょうよ ! 」

「それじゃ今晩、車で寝るようになるよ ? 」

「わたしは構いません ! 美紀さんこそ、疲れてないですか ? 」

「いや……えー ? 疲れて……ないけど。本気 ? 」

「じゃあ決まりです ! 」

「まぁ、いいか。じゃあ、食べ物は屋台で買うとして、ボディシートと飲み物でも買おっか。あんたは何か欲しいものないの ? 」

 言ってみてから気付く。

 琴音はひょこっとコンビニの中を覗いてはいるが、入ろうとしないのだ。

「勝手に入っていいんだよ」

「あ、やっぱりそうなんですね。

 ご、ごめんくださーい ! 」

 頭を下げながら入店していく琴音に、美紀も他の客もずっこけそうになる。

「それ、コンビニではしないかな」

 苦笑する美紀に琴音も何かを察して顔を赤らめた。

「うぅ。視線を感じます……」

「屋台が開くまで長いしね。なにか食べようか。

 何がいい ? 」

「うわぁ〜 ! 美味しそう ! 」

 ただのコンビニのサンドイッチや菓子類を眺めて、琴音はその度に反応していた。

 美紀はその後ろ姿を見てなんとも言えない気持ちになった。

 一体、今までどんな生活を送ってきたのかと。

「可愛いねぇ」

 ふと、美紀のそばに男性が二人、肩を並べた。

「コンビニ来たの初めてなの ? 外を案内しようか」

 美紀は無言でカゴを手にすると、琴音が手に取ろうとしたものを片っ端からカゴに詰め込んだ。

「琴音、行くよ」

「あ、はい」

 そそくさと店を出る美紀と琴音を諦め、男たちはつまらなそうに買い物を続け始めた。

「全く……。ごめん、勝手に選んじゃった」

「美味しそうです ! あ、そうだ……お金は……」

「え ? ああ、いいよ。お金はあるから。どうせあんた持ってないでしょ」

 金の必要な生活をしてきたとは思えない。施設の指定服一枚で抜け出して来たのを美紀もその目で見ている。

 ところが琴音は美紀に支払いの礼を言う雰囲気ではないようだった。

「お金は……機械に入れて支払いするんですか ? 」

 美紀は一瞬なんのことかと考える。

「もしかして、セルフレジの事言ってる ? そっか。……店によるかな。コンビニやスーパーは今時、こんなもんよ」

「びっくりですよ。凄く新鮮です」

「そりゃ良かったわ。あ、そうだ。ちょっと宿泊先を調べてみるね」

 車を停めたまま、美紀はスマホの検索画面を開く。

「素泊まりでいいからどこか空いてればいいんだけど……」

 いくつか電話を入れるが全く部屋はない。いつもガラガラという口コミでも、やはり花火大会ともなるとそうはいかないようだ。

「やっぱダメだね。車中泊は仕方ないとして。

 今から車で花火が見れるところに陣取って、歩きで露店を回ろうか」

「はい ! 」

 助手席でキピィのぬいぐるみを抱きしめながら、琴音は全てを美紀に委ねた。

 コンビニを出て坂道を降りトンネルへ入る。

 オレンジ色のライトが照らす二人の表情は和やかだった。

 美紀はそばに乗る琴音の希望に満ち溢れた雰囲気に、身体の奥底にあった緊張感がほぐれていくのを感じた。

 オレンジが白色のライトに変わった。

 トンネルが──明ける。

「海、見えるよ」

「え ! 」

 琴音が慌てて身を起こす。

「──っ」

 その瞬間はとても静かで、笑顔も無かった。

 海原がどこまでも続くその先の先。

 無限に広がる、果ても見えないその世界に琴音は言葉を失っていた。

 自分が本当に外界に出て自由になった事に、初めて実感が襲ってきた瞬間でもあった。

 たった一人で急な自由を手に入れた、幸せと不安。

 美紀はハンドルを握りながら、そんな琴音の空気を一番近い場所で感じていた。

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