ANMELDEN海の家の中でも、一際古くブルーシートだらけの店へ招かれた。オーナーの田山は冷えたグラスを取り出すと美紀と琴音にオーダーを取りに来た
「なに飲みます ? 」
「ビールいいわね。でも車だし烏龍茶にするか。
琴音、あんたは ? 」「ビリビリしないのがいいです」
「じゃあ……ジュースとか……。かき氷もあるみたいだよ ? 」
「かき氷 !! 食べます ! いちごの ! 」
「烏龍茶とかき氷のいちごね」
田山がキッチンへ戻ると、美紀は周囲を見る。
老夫婦や比較的大人しそうな学生たち。隣の店は繁盛していたが、騒がしくもあるようだ。ゴザの上でお品書きを手に取り、隣の客の笑い声が響いてくる。 その中の『ビール』の文字を名残惜しそうに見つめながらハッと顔を上げた。「琴音、あんた何歳だっけ ? もしかして飲みたかった ? 」
「 ? わたしは二十歳になったばかりです。でもお酒は飲まないです」
「なんだ、そうなの。全然、わたしに遠慮しないでね ? あ、炭酸が駄目でも……ほら、お茶割りなんかも泳がない人には出してくれるみたいだけど」
「いえ、お酒飲んだこと無いですよ」
美紀は一瞬ポカンとしてから、琴音の生い立ちを思い出した。
「あ、そっかそっか。そうだよね〜。あんたの環境もあるかもだけどさ、時代もあるよね。田舎の高卒なんて入社すぐに酒を飲まされたわ〜……今はアルコールハラスメントと法律にも触れるしね」
「あー、そうじゃないですよ。お酒はみんな禁止でした」
「えぇ !? 」
美紀はお品書きを置くと、当たり前のように笑う琴音を見つめた。
「そういえば……なんだっけ ? 『日本……何とか』」
「『日本真理聖母会』です」
「見ていい ? 」
美紀がスマホで検索をかけると、琴音も借りたスマホを取りだして身を乗り出した。
「それ、わたしもやってみたいです ! 辞書みたいなものですか ? 」
「まぁ、簡単に言うとそうだね。なんでも出るわけじゃないけど……。
あった。『日本真理聖母会』……」概要は琴音から聞いた通り、『産む性である女性を神格化』した新興宗教だった。
ホームページをスルーし、美紀はストリートビューで施設外観を見始める。「……塀が高いのね……。なんて言うか……」
まるで見られたくないものを隠しているよう、と言いかけやめる。琴音の母はここに戻されたかもしれない。
「なんだか懐かしく感じます〜」
不安にさせてはいけないとすぐに画面を消した。
「見ないんですか ? 」
「建物見ても仕方ないからね。
炭酸が苦手ってことは食事は普通に出るんだ。好きな食べ物とかある ? 明日食べたいものとか」「わぁ〜連れてってくれるんですか ?
えーと、えーと…… ! お肉が食べてみたいです ! 」「えぇっ !? 」
美紀の中で世界中の宗教知識がぐるぐると回る。
「えーっと、肉と酒が駄目で……女性が偉くて……ヒンドゥー教 ? いや、確か、マリア様がどうのって言ってたわよね ? 」
「はい。お父さんから教わりました。色んな宗教の正しいところを集めた新たな信仰なんですよ」
「お父さん ? 何 ? お父さん一緒に住んでたの ? 」
「お父さんは教祖様の事を言います。
お父さんとお兄さんは男性で、外のお仕事や必要なものを用意して女性が施設の中で修行に専念できる環境を作ってくださるんです」「……。ねぇ。気を悪くしないでね。
その施設って、まともだと思ってる ? 」琴音は優しげに微笑むと首を振った。
「いいえ」
気を使ってくれる美紀が嬉しくて、温かくて泣きそうになってしまった。あの山中で美紀が何をしていたかなどどうでもいいことで、今目の前にいる自分をこんなにも案じ、世話を焼いてくれる事に感謝していた。
「母は二年前から脱出を計画してました。わたしは通信制高校を卒業したら大学へ進学する予定だったんです。でも流石に通信制大学も一度も施設から出ずに、というのは無理なんです」
「そりゃあそうよね。受験だって、手続きだってあるだろうし」
「前に大学進学した人がいたんですけど、施設から出たら帰って来なかったんです。
母はわたしに外に出て欲しかったみたいで希望はしたんですけど、お父さんから許可が出なくて」「高校が通信制と言っても……一応、卒業式とかあるわよね ? 」
「卒業前に、休暇 ? があるとか言われて。卒業式とかは行かなくて大丈夫って」
「それって……。もしかして卒業証書貰ってない ? 」
「見たことないです。全員貰えるんですか ? 」
「……。
なんかさ、学校とか行政から未成年の暮らしに、確認とか……入らないものなの ? 」「母がいて、同意の上でしたので。名目上は共同生活とかシェアハウスみたいな事だったと聞いた気がします」
「収入とか……身分証は ? あんたが無くても、お母さんは手ぶらで入所しないんじゃないの ? 」
「分かりません……。でも、母は施設を出る時は手荷物は一切ないと……」
「それで……出てみた感想はどう ? 」
「最高です ! 」
「ふふ、ならいいけどさ」
「美紀さんは ? 」
「え ? わたしはいいよ別に」
「結婚してましたか ? 」
美紀は一度、烏龍茶を口に含んでから頷いた。
「結婚してる。もう別居だけどねぇ。案外別居の方が楽だったりするわ。
わたしも大学には行ったけど中退。勉強する気がなくてさ。アルバイトで叔父の建設現場に行ったんだけど、全然使い物にならなかった自分がムカついて。ジムに通って、力つけて、地元で有名な男社会の会社を選んで色々やった。トラックも土木も」「…… ? 何か他の仕事と違いがあるんですか ? 」
「ん〜」
琴音にどう説明したらいいのか。
あまり職業差別、性差別を最初に教え込むのは得策に思えない。なんでも素直に受けとってしまいそうだ。 すると田山が大きなかき氷を運んできた。「ミキさん、土木経験者 ? トラックも ? 」
「ん。そうなの。一応、牽引免許、大型免許、フォークに玉掛け、一通り持ってんの」
「すげぇ ! 即戦力じゃないすか」
「そうでもないのよね。やっぱ力じゃ男に勝てないわ。技術でカバー出来るところはするけど、それをやる男はザラにいるし勝ち目ないのよ」
「どこに行っても、器用になんでも出来るやつっているものですよ」
「そうね。
……あんたそんなしっかりしてんのにコンビニでわたしたちに営業するって、チグハグなんだけど」「それはノリで〜 ? イケそうな気がしたんすよ。実際来てくださったじゃないっすか」
「そりゃあこの席で三千円なら激安だし」
田山は小上がりの段差に腰を下ろすと琴音を見る。
「彼女は妹さん ? ほんと ? 」
「なんでそんなこと聞くのよ。嘘に決まってんでしょ」
「やっぱり !! 酷いっす」
三人全員がドッと笑う。
「だってなんか鬱陶しい気配を感じたからさ〜」
「咄嗟に美紀さんが言ってくれたんですよ」
「そっかァ〜。なんかタイプ違うっすよね」
「わたしたちはね、今朝初めて知り合ったんだ」
「今朝っ !? それにしては仲良いっすね」
「まぁね。すごく意気投合したの。離れられないくらい、強くね」
「うわぁ〜お♡俺ちゃんに聞かせて下さいよ」
「出会いって不思議なものよね。
仕事を辞めた次の日に、たまたま家出少女と知り合って、どうせなら旅に出ようかって」「思い切りよすぎ。まぁ、家出の子はこの海にもよく来ますよ。昼はそんな気配ないんすけど、夜が明けるとビーチにサイレースのシートが札束みたいに落ちてたり……」
「サイレー…… ? 」
「あ……いや、なんでもないっす」
田山はニコニコと話を聞く琴音を見て空気を読んだ。曇りのない純粋そうな瞳。伏し目がちで静かに聞き役に回る美紀の姿。まるでお嬢様を連れ出した不良王子のような立ち位置で、恋人のように感じた。
「出会って初日かぁ。凄く、仲良いんすね」
「そうなの。熱々よ」
「美紀さん、優しいんです」
「へぇ〜」
厨房に戻ろうと腰を上げた田山は、ふと琴音の持っているスマホのカバーに視線がいった。
どのくらい前か……ホラー映画の人形をデフォルメしたキャラクターがプリントされていた。映画に世代は関係ないとはいえ、田山でさえ子供の頃のホラー映画だ。
このお嬢様のような穏やかな琴音にしては、随分とレトロで意外な趣味だなと思ったのだった。「夕焼けが綺麗ね。でも花火まではまだまだだね。
そのスマホ見せて」美紀が琴音のスマホの液晶から音楽配信アプリを選んでタップしてみせた。
「この検索画面で好きな音楽を検索出来るんだけど……。そうね、明るい曲が好みなんだよね ? じゃあ、どうしよう。とりあえず流行りのJ-POPを一通り聞いてみたら ?
これ、イヤホンね」「ありがとうございます ! これで音楽も聞けるんですね !
イヤホン……コードが無いですけど……」「ああ、無くても繋がるのよ」
美紀が手に取り、イヤホンをペアリングしてみせる。
「凄い ! これ、鬱陶しくないです ! 」
「便利よね」
琴音はすぐにスマホに夢中になった。初めは音楽を聞いていたが、年齢のせいか飲み込みも早く、動画やゲームなどをして時間を潰し始めた。
特に夢中になったのは写真だ。カメラに切り替え、海の上に浮かぶオレンジ色の夕日をひたすら撮り続けた。
なんでもないただの海と沈む太陽だというのに。琴音にとっては恐らく、そうではないのだろう。
美紀は海の家から、砂浜でカメラを向ける琴音の後ろ姿を複雑な気持ちで眺めていた。
海の家の中でも、一際古くブルーシートだらけの店へ招かれた。オーナーの田山は冷えたグラスを取り出すと美紀と琴音にオーダーを取りに来た「なに飲みます ? 」「ビールいいわね。でも車だし烏龍茶にするか。琴音、あんたは ? 」「ビリビリしないのがいいです」「じゃあ……ジュースとか……。かき氷もあるみたいだよ ? 」「かき氷 !! 食べます ! いちごの ! 」「烏龍茶とかき氷のいちごね」田山がキッチンへ戻ると、美紀は周囲を見る。老夫婦や比較的大人しそうな学生たち。隣の店は繁盛していたが、騒がしくもあるようだ。ゴザの上でお品書きを手に取り、隣の客の笑い声が響いてくる。その中の『ビール』の文字を名残惜しそうに見つめながらハッと顔を上げた。「琴音、あんた何歳だっけ ? もしかして飲みたかった ? 」「 ? わたしは二十歳になったばかりです。でもお酒は飲まないです」「なんだ、そうなの。全然、わたしに遠慮しないでね ? あ、炭酸が駄目でも……ほら、お茶割りなんかも泳がない人には出してくれるみたいだけど」「いえ、お酒飲んだこと無いですよ」美紀は一瞬ポカンとしてから、琴音の生い立ちを思い出した。「あ、そっかそっか。そうだよね〜。あんたの環境もあるかもだけどさ、時代もあるよね。田舎の高卒なんて入社すぐに酒を飲まされたわ〜……今はアルコールハラスメントと法律にも触れるしね」「あー、そうじゃないですよ。お酒はみんな禁止でした」「えぇ !? 」美紀はお品書きを置くと、当たり前のように笑う琴音を見つめた。「そういえば……なんだっけ ? 『日本……何とか』」「『日本真理聖母会』です」「見ていい ? 」美紀がスマホで検索をかけると、琴音も借りたスマホを取りだして身を乗り出した。
慌てて道路に飛び出す。片方は車で通ってきた、長く続く海岸沿いの一本道。トンネルや多少のカーブはあるが歩道は無い。 だとしたら逆のビーチ沿いの歩道を行くはずだが、見える範囲の中にそれらしい人影はいない。「すみません」 美紀はビーチ側から来た歩道の夫婦に声をかけた。「麦わら帽子を被った、女の子……二十歳くらいの女性を見ませんでしたか ? 」 夫婦は顔を見合わせ、お互いに首を傾げる。「あんた、若い子見た ? 」「うえー ? 若い子ばっかりだし。なんて言うか若い子、見分けつかないからなぁ」「こう、髪が黒いストレートで、清楚な感じで…… ! そう ! 向日葵の柄のスカートを履いてるんですけど…… ! 」 すると妻の方が不思議そうに美紀の背後を眺め始める。「麦わら帽子に向日葵…… ? あの子じゃないの ? 」 そう言いながら、自分が停めたはずの駐車場を指すのだ。「えっ !! 」 美紀が振り向くと、美紀の車からは見えない位置に、白いセダンが停まっていた。 琴音はその車の者達と思われる輩に話しかけられている最中だった。「琴音…… !! 」 夫婦も心配そうに視線を向けながらも再び歩き始める。 美紀は全力で走り出すと、琴音の腕を掴み、目の前にいた男を突き飛ばした。「痛ぇっ ! 」「しつこい軟派はお断りだよ ! 」 最初から目くじらを立てて掴み上げて来る美紀を他の男たちも止めに入る。「違いますって、屋台ですよ ! 」「はぁ !? 」「美紀さん、ごめんなさい。一人じゃ不安でこっちに来たらたまたま話しかけられて」「だから、それがこいつらのやり口──」 琴音が美紀の仲裁に入りだした。「この人、屋台にいた人ですよ」「……あ。え ? いやいや、そうかもしれないけど。よく見りゃあんたらさっきコンビニで声を掛けてきたよね ? 」「あ〜、それは〜」 屋台の男が派手目で、タトゥーを入れた筋肉質な男だったので、美紀も鮮明に覚えていた。「実は俺、屋台は今日だけで、いつもはビーチの海の家にいるんですよ。 それで……まぁ、ノルマが……」「はぁ !? あんたこの子にまだなんか買わせる気 ? 言っておくけど、この子お金なんて無いよ。姉のわたしが管理してるの」「んー。そうかぁ。まぁじゃあ、しょうがねえや」「だいたい焼きそばは買ったでしょうが
「あははは !! 凄い楽しかった ! 」「結構買ったねー。少しずつ食べよっか」 屋台を歩き見て来た美紀と琴音が夕刻、海沿いの休憩スペースへ戻ってきた。 公衆トイレのある駐車場で、花火が上がるのはすぐ側だ。出店からは遠いが、人が混む前に駐車場を確保出来たのは運が良かった。「これ ! 食べます ! 」 色とりどりに並ぶ屋台飯の中、琴音が欲しがったのは殆どが甘味だった。 大きな3色の綿飴を開けると、ザラメの香りに笑みが溢れた。「ん〜 ! 甘〜い♡」 綿飴にカルメ焼き、べっこう飴と人形焼。殆どが菓子類だった。甘党と言うよりは、興味があるといった感じで、焼きそばやたこ焼きには目もくれず。 美紀はそんな琴音の様子に、環境がそうさせたのではないかと感じた。 二人、堤防に座り夕暮れの海を眺めた。「施設は甘いもの禁止だった ? 」「そうなんですよ ! 楽しみの為のお菓子はありませんでしたね。 おやつにカボチャやさつまいもを食べる事はありましたけど」「じゃあ、流行りのお菓子とか……市販のお菓子は食べたことないの ? 」「殆どないです。時々、テレビを見ていい時間があって、その時CMで見たお菓子を注文することは出来ました」「なんだ。テレビは見れたんだ。じゃあ、ドラマとか、街散歩とかさ。外界の情報を見る機会はあったんじゃ……」「あー。多分なんですけど、昔のテレビです」「昔って ? 録画とかってこと ? 」「うん。機械でお金を払うのとか、さっき初めて見たし、今晴れてるのに男の人が傘さしてたんですけど……男の人も日傘さすんですか ?それとも彼女さんの荷物持ちでしょうか 」「彼女の荷物を持つってのがもう、古いねぇ」 美紀はコンビニで買ったサンドイッチから手をつける。「レタスがびちゃびちゃ。あんま美味しくないわ」「楽しいから無問題です ! 美紀さ
「ん〜♪我ら〜神の〜♪」 海沿いまでは一時間程だ。 マンションを出て国道を走るが、中途半端な街のせいで駅前周辺のコンビニへは駐車場の問題で立ち寄れずしばらく街中を走る。「聖母〜の瞳〜♩慈悲の…… 」「ねぇ。それやめて。鬱陶しい 」 気分よく歌っていた琴音に、美紀は思わず八つ当たりしてしまった。「ご、ごめんなさい」「あ、いや……ごめん。歌が嫌いなわけじゃ……。 でも流石に、聞いてられないわ。なんか別の歌にしてよ」 歌う曲歌う曲、琴音からは出自の宗教ソングしか出てこなかった。「他の歌は、賛美歌と設立記念コーラスしか知らないです」「ほんと……どんな施設なのよ……」 これでは美紀が無茶難題を言っているようだ。 ハンドルを握った手を少し緩めると、肩の力を抜くように深呼吸をした。「じゃあ……うーん……」 布教ソングを歌うな、とも言いにくい。だが、これから先も宗教施設から逃げてきた琴音が、世間一般の中でアピールして生きていく立場にはいないだろう。「歌は……明るい曲が好きみたいね。夜にでも、流行りの曲をダウンロードしてみる ? もう自由になったんだし、その施設の歌以外も案外良いかもよ」「確かに !! ありがとう ! 美紀さん ! うふふ〜わたし自由〜」 先が思いやられる。しかしこの調子でいる琴音を放り出しては先に進めない。「あの坂を越えたら海だね。 その前にコンビニで買えるもの買おう」「わたし、コンビニエンスストアも初めてです ! 」「……だよねぇ……」 □□□□ コンビニまで来る
駅前から繁華街を抜け、国道へ出る手前にあるマンションへ車が入る。「ここ」「凄い ! こんなところに住んでるんですか !? 」 たかだか地方の古びた三階建てのマンションだ。 家賃は立地のせいかそれなりだが、お世辞にも今時の煌めいた豪邸とは言い難い。「エレベーター壊れてるんだ。階段行くよ」「はい ! 」 琴音はなんの不満も言わず美紀に付いてくる。 時刻は午前六時。 通勤やゴミ出しの住人等とすれ違う気配は無い。このマンションの大半は空き家だ。「結構、ガタが来てるからさ。部屋は綺麗にしてるけど……エアコン実費だったしシャワーは無いし、そんないい住宅じゃないんだ。 ここだよ」 三階の角部屋。 美紀は鍵を取り出すと部屋の扉を開く。「うわぁ〜うわぁ〜 ! 凄く綺麗ですよ ! ここに住んでるんですか !? いいなぁ〜 !! 」「静かに。 あー……ここのクローゼットに服があるから。好きなの選んで」「本当にいいんですか ? 」 琴音はまるでショッピングに来たような表情で、洋服を手に取り始める。「このスカート可愛い ! スカートは禁止されてたから……あ !! このコートも ! 」「今、夏だよ」「あはは、そうでしたぁ。じゃあこんな帽子は !? 美紀さんセンスいいんですね ! 」 ファッションショーの最中だが、美紀はローテーブルにペットボトルのお茶を二本、冷蔵庫から取り出した。落ち着かない気持ちを顔に出さずに、茶を口に含んでから深呼吸をする。 そして琴音を見上げ、一番聞きたかった質問を投げかけた。「それで ? あんたは何者 ? どっから来たの ? 」 琴音はハッと美紀を見下ろすと、被っていた帽子を外しテーブルの向かいに座った。「美紀さん『日本真理聖母会』って知ってますか ? 」「日本……何 ? 聖母って事は……宗教関係 ? 」「そうです。あの山の中に施設があって、貧困の中にいた母を置いてくださったんです」「……置いてくださった ? 」 琴音の言葉の端々に違和感を感じる。「でもそこから逃げて来たんじゃないの ? 」「はい。母がずっと逃げたがってて、わたしも出てみたいなって」「……よく分からないんだけど。どんな宗教だったの ? 」「簡潔にいえば女性が凄い、と言う教えですよ」「はぁ ? 」 美紀の問いに琴音が不思議そうに話
深夜も過ぎ、空が白く薄ばんできた頃。 水沢 美紀はようやく山の奥地へ辿り着いた。 予定より遅い時間になってしまった。 愛車の白いクラシックカーから降りると、助手席から手早くスコップを手に取った。 ガードレールも無いような急な斜面を見下ろすと、下を確認し思い切りスコップを投げ落とす。「はぁっ ! はぁっ! 」 ガゴン……。 休む暇なくトランクを開け、大荷物へ手を伸ばす。 ブルーシートと毛布で巻かれた、何か大きなものに手を掛ける。 ドザッ ! スレンダーな長身に女性特有の筋肉美。ミルクティー色のロングウェーブは汗ばんだ首元に張り付き、何度も何度も縛られたロープを握り直しては引き摺るを繰り返す。 決して小柄ではないとしても、相当重い荷物だ。 斜面からソレを転がすと、白いシャツを汚し、肌に擦り傷を作りながらも何とか降りていく。 斜面の下は僅か四畳半程の段差。そのまた下へ、深い木々の闇が広がっている。 美紀はスコップを思い切り突き刺す。 ザッ ! ザッザッ ! ギッ ! ガッ ! ガツッ !! 「クソ……っ !! 」 木の根が幾重にも重なり、挙句小岩にぶち当たる。 人一人では到底、この荷物を埋めるほどの穴は掘れないだろう。「この ! この ! なんで !!」 力任せに地面を掘るうち、美紀は後悔と怒りに涙が止まらなかった。「はぁ……っ、はぁ……っ、うぐ………」 やがて遂に手が止まる。心が折れてしまいそうな状況。 それでも半分程、木の根を断ち切り穴を掘った頃だった。 ──パキ……ッ──「はぁ……。……はぁ……ふ、ひっく……。 ??? 」 息が上がったまま声を殺して嗚咽を堪える。周囲は静まり返った深い山の中。 だが、何か違和感を感じたのだ。 小枝が折れるような音がした気がしたのだ。 冷静になり、息を整え、ゆっくりと周囲に目を凝らす。 日の出前の薄暗い濃霧の中、一際大きな木のそばに白い布が見え隠れしているのに気付いた。それは引っ掛けられた布切れなどではない。 明らかにスカートの裾だった。「……誰 ? そこにいる奴…… ! 」 美紀の髪が一瞬にして逆立つ。 この現場は、決して誰にも見られてはいけないのだから。「出てこいっ ! 」 蔦が延う大木の影から、白い蝶と見まごうほどの可憐な少女が現れた。「……ごめんな