「レイ様、以前調査されていた情報が上がりました」
グリージオ城内。
レイがエルの執務室から出たところを、上級騎士のグループ長が呼び止めた。 兜を小脇に抱えて、持っていたメモを差し出す。「二ヶ月程前に、大陸北部の雪山にて遭難された女性を近隣住民が発見したそうです。名前はリラと言い、ジョブプレートは魔法使いだそうです。しかし記憶喪失になっていたらしく、そのまま雪山の集落で生活をしていたとか」
「記憶喪失…… !? 」
「はい。最近になり、その村で知り合った男とパーティを組んだそうで、麓の村へ向かったのですが……その道中、懸賞金にかけられていた山賊討伐に成功。これから懸賞金の受け取りにヤビ男爵の屋敷に向かうと思われるとのことです」
トラブルの匂い。
まず本当にリラで間違いは無いだろう。「この情報は ? 」
「男爵の屋敷の警備兵です。二人が来たらすぐヤビ様の書斎に通すようにと言われているそうで……」
記憶喪失……。それならばリラが音信不通になった理由にもなる。だがいくつかの懸念が有る。
山賊を倒したと言う情報だ。気性の荒いリラの事だ、これ以上のトラブル続発も視野に入れなければならない。 これはリラ本人の精神状態にもよるが、記憶がなくしているとしても、足取りは追わなければならない。白魔術師のシエルがいないと魔力を持て余し制御が効かなくなるためだ。 最重要事項であると、レイはすぐに考えた。騎士はまだ何か言いたげにレイの反応を待っている。
「あの、他にも……」
「ああ。聞こう」
「雪山で知り合った男ですが、吟遊詩人であるとのことで、狐弦器のケースを背負っているそうです」
「吟遊詩人 !? 」
「酒場のステージで知り合ったらしく、これから歌を披露して回るとか…… ? 」
「〜〜〜」
一番の不安材料が煮込ま
「シエル ! 」 良かった ! まだ部屋にいた !「リコ ! どうしたの ? 僕らもそろそろ向かおうと思ってたんだよ ? 」「さっきの話の続き ! 」 リラとわたしの統合。 その前に !「わたしとリラに、過去の記憶を見せることは出来る ? 」「過去の ? 過去って…… ? リラとリコは人格が違うから、記憶喪失に感じていただけで、リラからリコが分裂したって話じゃなかった ? 」「そう。わたしはグリージオの聖堂で、本物の純粋な魔族であるリラに、人工的に術で寄生させた人間のスピリット。 わたしは本物の人間の魂では無いし、母親から生まれた肉体も持たない。 ただ人間と同じ性質として創られた人工魂」「え……何を言ってるの ? リコ……リラはハーフで、その半分がリコだったって……」「それ、誰に聞いたの ? 」「え ? レイの部隊の人に……」「その情報には嘘がある。 とある村で、リラの過去を知る人達に会ったの。 海の城を統べる歌の女王はリラなの」 シエルもカイもぽかんとしてるだけ。そうだよね。ビックリするよね。 でもこれが真実。「シエルはリラの様子をグリージオに報告する義務があるんでしょ ? 」「う、うん。そう、エルに言われてたし、それさえすれば地下牢にリラを入れずに済むって聞いて……。地下牢にいるよりは……そう思ってリラのために」 シエルに悪意は無い。 けれど、地下牢にリラに居られるのがまずいと思う人間が逃がした ? もしくは貸しを作って脅迫するつもり ?「……思い出したい。海の城の記憶を、グリージオの司祭達はリラから封じて、更に肉体を子供に戻した。 リラですら自分はハーフ
酒場のステージ裏に米や芋を置く倉庫がある。 その貯蔵庫の壁の厚さが、わたしたちには都合が良かった。 狐弦器のチューニングには数十分かかる。弾く時は自分の音感だけで合わせなきゃならない。開放弦の音を正確に覚えてないと出来ない作業。一音一音丁寧に。重音を合わせて微調節。更に微調節。 真っ直ぐに弦を見つめて弓を弾く。 その瞳は記憶を取り戻しても変わってない。「セロ」「……」 ダメか。音を鳴らしてる最中は……。「なんだ ? 」「……あ」 わたしに向けられた視線に、つい動揺してしまう。「あの……記憶が戻って……なにか変わった ? 」「変化か……」 一度狐弦器を椅子にかけると、積まれた麻袋に座る。「そうだな……。前は過去を思い出そうとすると……こう、霧がかかったように思考が止まってた。今は……鮮やかだ。スッキリしてる」「鮮やか……かぁ」「例えばこの芋の入った籠。キャメルでは蒸した芋をシロップで食べるんだが、女たちは太る事を気にして食べなかった。 狐弦器を弾けたのは元からだ。モモナにいた頃……生まれた時から肌身離さず持ってたが、キャメルに来てからは一段と練習をする事に」「キャメルに来てから ? その……伯母さんは何も言わなかったのね」「最初はした。無理に取り上げて捨てようとした。そして客を取れと……」「練習場所に困らなかった……って話 ? 」「いいや。部屋に来た男に俺は何ももてなす気は無かった。しかし、文句を言われる訳にはいかない」 そうか。 最
術が終了した。 セロは項垂れて目を閉じたまま。「十分もあればちゃんと目を覚ますよ」 なら、いいけれど。びっくりした。 シエルはセロを通して色々視えたようで、大まかに話してくれた。「それにしても、ひでぇババアだな」「うん。そもそもセロは何もかも自分の意思じゃなかったわけだけどねぇ〜……」「うん。けど……まさか……」 けど……。「「「女嫌い、元々なんだ……」」」 詰んでる。 重症 !「リコは……やりにくくないの ? って言うかリコとは喋るし、僕らとも人見知りはしないよね ? 」「ううん。雪山を出た頃は本当に酷かったよ ? 並んで歩きもしなかったし。でも音楽の事になるとホントによく喋るから」「へぇ〜。そうなんだ」「しかしウェイトレスの姉ちゃんとも喋れねぇって、余程だぞ」 やっぱりキヨさんとはさっき話せなかったんだ……。「で、でも、とりあえずリラリコと会話は成り立つんだし、ちょっとは成長してるんだよ ! 」 成長……確かに少しは。旅の初日なんか目も当てらんなかったもんね。「う、うぅ〜ん……」「セロ、終わったよ〜」 シエルがセロの肩をぺちぺち叩くとようやくセロは上半身を起こした。「……っ。いつの間に…… ? 魔法陣に入って……座ったところまで覚えてるんだが」「そのままひっくり返ったけど、頭打ってない ? 」「ああ、大丈夫だ……不思議な……。夢を見たような感覚だ」 まだぼんやりしているセロに、思わず掛けたくなる言葉を飲み込む。記憶……戻ったんだよね ? どんな感じなんだろう……。きっと今は混乱してるはず。思い出したくない過去だったりしないのかな ?「なぁなぁ、今どんな感じ ? 」 カイ……こういうタイプなのね。悪意は無いんだろうけど。「ああ……そうだな……。 いや、案
「はぁ〜い。わたしたち、お喋り出来るいい男探してるんだけどぉ〜」 キャメルの裏通りにひっそり佇む謎の店。そこへ冒険者や町の娘、または中年女性も笑顔で群がっていた。「あんた滞在長いんだね」 店の女主は客を品定めするように話し始める。「昨晩も来たろ ? ありゃいい男だったろ ? 」「あ〜。今日は別な人がいいわ」「なんだい、うちの一番人気だったんだよ ? 」「持ち上げすぎっていうか、会話の中身がスカスカよ。刺激が欲しいだけなの。気晴らしにもっと、強烈な人いないの ? 」「強烈ねぇ」 建物は宿のような部屋が沢山ある造りで、思い思いに気に入った者と入り飲酒や話を楽しむ。「強烈なのはいるにはいるんだが……あいつぁ無愛想でねぇ」「へぇ、面白いじゃん。そいつでいいよ」「8号室だよ」 女客は群衆から一番乗りで8号室へ向かう。煌びやかな魔法使いの装備に長い黒髪。到底男性には困らないだろう容姿。故に後腐れのない遊びを好むのかもしれない。「入るわよ」 女はノックをし、8号室のドアを開けた。 並んだ椅子と小さなテーブル。魔道器製のランプだけの部屋。 セロはそこにいた。「あたしキョウ。よろしく」「……あ…………はい……」「……」「……」「……ねぇ、なんか飲も……」「そ、それ以上近付いたら逃げる ! 」「はぁっ !? 」「か、勘弁してくれ……」「なんなのよ !! 」 キョウと名乗った女は主の元へ戻ると、散々喚いたが、前払いの高い金額は返金されなかった。 その後、中年女性が我こそはと前
コハクの聖堂はとても大きかった。多分アリアの倍はある。「凄い綺麗……」「ねー。でもグリージオの聖堂はもっと凄いんだよ〜 ! 各地様々な神が祀られてるからね」「ここは……地の神なのね」「そうだね。タイタンとかガイア……精霊信仰はノーム。大きな山の麓だしねすぐ南には平原が広がってるから」 そこへ司祭が側へ来た。「ようこそ、白魔術師様。祈りですか ? 」「こんにちは。実は彼の呪い解きをしたいんです人目に付かない場所をお借りしたいんです」 司祭はセロを見、頷くと裏側の小部屋へ案内した。「使っていない部屋ですので、どうぞここを」「ありがとうございます ! 」 全員で部屋に入る。 狭い。四人で入るのが少し辛いくらい。「わたしたち、出ようか ? 」 気を使って言ってみたけど、何故かカイが「え〜」と不満気に声を上げる。「見てぇよ。女の呪い〜」 そんな見世物じゃないんだし……って、確かに呪い解除ってどんな風にやるのか見てみたいけど。 ソワソワしている間、シエルは見たことの無い物を凄い手際で置いて行く。そもそもチョークで一気に円を描く技術。寸分の狂いのない円だわ。相当修行したんだろうな。それでもこの歳だもの、神童よね。「……一ついいかな ? 」 用意が終わったのか、手を止めたシエルはわたしとセロを見上げる。「本当に記憶を戻していいんだよね ? 」「ああ。構わない」 どうしてそんな事聞くんだろう。「なにか、問題とかあるの ? 」「ううん。僕は何も。 だけど、これはさ……本当にもしもの話で聞いて欲しいんだけど」 もしも…… ?「おかしな女性が一方的にセロを呪った
「へぇ、雪山の山賊ねぇ」「うん。でも結局男爵の屋敷には行かなくて」 旅の経緯を話す。 目の前には粥の上にチキンの香草巻きが乗ってた。豪勢すぎて感動で泣きそう。「男爵んとこ、賞金だけ貰えば良かったのに勿体ねぇな。それで、セロの記憶喪失は呪いなんだから、解けるってことだな ? 」「そうみたいだ。シエルが大急ぎで材料集めをしている。同席できなくて残念だ」 そう。一度、ダイナーに来たシエルだけど、お膳が来る前に話し合って……セロの呪いを本番までに解くことになった。 店主はポット容器にシエルの粥を詰めてくれた。「……なんつーか。大丈夫なのか ? 覚えてないもんを急に思い出すわけだし。本番に影響出ねぇもんなの ? 」 わたしもそれは不安。 過去のセロが、キャメルの港町で女の子に呪いを重ねがけされてるんだったよね ? それはもうわかってる事だし、覚悟出来てるのかな。平然としてるもんね。「問題ない。女性が苦手なのが無くなるだけでも有難いからな」「そりゃソウネ」 最後の打ち合わせに行ったセロは、店主不在の為代わりにでてきたキヨさんを拒絶。ブツブツになりながらカイを呼びに来たんだから。確かに不便よね。「演奏技術は変わらないし、何も不利点がない」「ならいいけどよ。 で ? プラムの村は ? そこで二個目のテント買ったんだろ ? 」 これについては話し合い済み。 アナ達がヴァンパイアだなんてこと、エルと繋がってる皆んなにも内緒にしようってセロとは話した。「ああ。プラムは……テントを売ってるような店は無くてな。冒険者を歓迎するような町ではない」「じゃ、寄付とか ? 他のパーティとかから貰ったとか」「いや、村長の娘がDIVAのファンで。リラに会ってふわふわしてて、ゾッとした」「うん……うん ? いや、村娘の感想じゃなくてさ&he