Masuk高空を飛んでいた伝令鳥は、ゆっくりと下降を始めた。 眼下に見えるは塀の外にまで家があふれた町。数少ないSSランク、エアヴァクセン。 緋色の鳥はゆっくりとエアヴァクセンの上空に弧を描き、真っ直ぐに降りていく。 小さな家の窓につかまり、嘴で窓を叩いた。 イグニス・マークンは、その音で目を覚ました。「……なんだ……?」 長男が成人式直後に町を追い出され、長女がその後を追って姿を消してから半年以上。\\町長《ミアスト》の許可も出ないから娘を探すことも出来ない。 ずっとエアヴァクセンから出られない。 恐らくは成人前に姿を消した女など、戻ってきても受け入れはしないだろう。でも、スキルもない子供が町から出て生きていけるとは思えない。スキルに目覚めた長男も、レベル1で上限Maxになってしまい、これ以上の成長を望めず追放になっている。 もう二人とも生きていないかもしれない。 今日も、子供たちが何処かの森で倒れている夢を見た。 起きて横を見て、妻のヴォダがうなされているのを見て、そしてコン、コンと鳴り続けている窓を見る。 華やかな緋色。 黒い瞳の鳥が、窓を覗き込んで、嘴でノックしている。「伝令鳥……?」 実際に見たことがないが、その外見は噂に聞く伝令鳥でしかない。 窓を開けると、伝令鳥はふわりと入ってきて、机の上に留まった。「ヴォダ、ヴォダ」 妻を揺り起こす。美しい緋色の鳥は、首を前に突き出していた。「……ん……」 悪夢から揺り起された妻は、自分より先に伝令鳥を見たらしく、目を丸くして起き上がった。「伝令鳥……よね」 イグニスも頷く。「どう見ても、俺たちに手紙を届けに来たようにしか見えないんだが」 封入れを突き出している伝令鳥を見て、夫婦は顔を見合わせるけど、結局イグニスはそっと封入れを首から外した。 筒から封筒を取り出す。 印は鳥の羽根。恐らくは目の前にいるこの伝令鳥のもの。独特のシャープな風切り羽根。 開いてみる。『お父さん、お母さん。 元気ですか? クレーです。』「ヴォダ!」 イグニスは危うく手から滑り落ちかけた手紙を捕まえ直して、ヴォダを呼んだ。「クレーだ! クレーからだ!」「ええっ」 悲鳴を上げかけて口を押えるヴォダに頷きかけて、ベッドに腰かけて一緒に手紙を読む。『長い間連絡を取れなくてごめんなさい。本
会議が終わって、その翌日の夜。 会議堂の町長室に入って、ぼくは羽ペンを手に取った。 明日にはエキャルを飛ばして手紙を送れるようになる。だから、朝一番に手紙を送れるように、書いておこうと思って。 ペンをインク壺に突っ込んで、手を止める。 ……なんて書こう。 エアヴァクセンのミアスト町長は、そろそろグランディールの存在に気付いてるだろう。そしてファヤンスのデスポタ町長と並び立てるほど性格が悪い。自分が一番じゃないと気が済まないタイプ。成人式で追い出したぼくが噂の町の町長だと知ったら、絶対町を手に入れようとするだろう。お父さんお母さんをどうするか分からない。だから、町のことについては触れられない。 さて、どう書こう? しばらく考えて、ぼくは書き始めた。 お父さん、お母さん。 元気ですか? クレーです。 長い間連絡を取れなくてごめんなさい。本当ならアナイナがついてきた時点で何か連絡しなければならなかったのに。 アナイナも、ぼくも、元気です。 今は二人で、とある町で暮らしています。 町の名前とかは書けません。 でも、安全な場所で合法で平和に暮らしていることは間違いないので、安心してください。 お父さんもお母さんもアナイナのことが心配でしょう。ぼくもアナイナをエアヴァクセンに帰したいけど、事情があってそれも出来ません。 だけど、今ぼくたちは幸せに暮らしてます。 ちゃんとご飯も食べてるし、家もあってお湯にも入れてるし、キレイな服も着れています。ぼくは印も作りました。 優しい人たちに囲まれて、平和に暮らしています。 色々あったりもしたけど、ぼくたちは笑って元気で暮らしています。 お父さんもお母さんも、ぼくたちのことを心配しないでください。 もし手紙をくれるなら、この手紙を持って行った伝令鳥(エキャルラットと言う名前です)に、返事を持たせてください。もちろん、伝令鳥がぼくからの手紙を運んできたことはナイショにしてくださいね。 それでは、また手紙を書きます。 お父さんもお母さんも、お元気で。 クレー・マークンより。 最後に作った印を押して、手紙を何度も読み返す。 机の傍にいつの間にか出来上がっていた止まり木に止まっていたエキャルが首を伸ばしてくる。「これは明日お前に出してもらう手紙だからね」 エキャルの頭を
「今日の話はこれで終わり?」 今日一日印を彫って、終わってすぐ会議堂来たから、もうお腹がスッカスカ。 水分は話をするからとサージュが薄めたワインを持ってきてくれたんだけど、お腹の方はもう何にもない。空いた、どころじゃない。空っぽ。「終わったんなら食堂へ行ってもいいかな……」「ああ、そろそろ来る」 その時、空間がねじれるような感覚がして、その隙間から白いものが姿を現した。「こんばんはです!」 独特のキーの高い声が届く。 ヴァリエ! ぼくを主と見做した女騎士(らしきストーカー)。久々に声を聞く気がする。確か食堂で働いていたはずだけど。「来たか」 白を基調とした清潔そうな服に身を包んだ、アナイナより結構年上のはずだけど若く見えるヴァリエが、大きな荷物を持ってきた。「……何?」 エキャルがすっ飛んでいこうとするのを、気付いて咄嗟に抱きとめる。 アナイナとの相性最悪なのに、ヴァリエと相性がいいとは思えない! そんなぼくの気配りに気付いたか気付かないか、エキャルはぼくの腕の中でじたばたしている。「わ……町長! 食事の出前を持ってきました!」「出前?」 ヴァリエが笑顔で入ってきて、机の上にとん、とん、とんと皿を置く。「ご注文のパンと、鶏肉とピーマンのナッツ炒めです!」 笑顔で言ってくれているけど、ぼくには初耳なんだけど……。「クイネが新しく始めたんだ。シエルとか陶器組とかが朝からこもって夜過ぎまでかかって食堂に来れないからどうにかならないかってんで、朝にヴァリエに注文して、時間にスキルで食堂から直で送ってもらうんだ」 ああ。 ヴァリエのスキルは移動系で、初対面の時ぼくたちを大いに驚かせた「追跡」。言葉を交わした相手の所に瞬間移動できる。うっかり喋っちゃったアパルが気付かないでグランディールに帰ってしまったものだから、空を飛んでいるグランディールまでやってきて来られてしまった悲劇。おかげで追い出せなくなった。 そのスキルを使って、言葉を交わした相手の所に食事を持って行くわけか。なるほど、上手い使い方。「ってか、いくつもの出前の注文があって、振り分けられるの? 行くところ間違えたりとか」「はい、スキルレベルを上げて、十二刻間即ち丸一日、会話の内容を覚えていれば間違えることはありません! ちなみに記憶ではなく、記録でも大丈夫です!
ひっそりこの間の拉致監禁事件を突かれたので大人しく謝ってお……く……?「こらっ! エキャル!」 エキャルが猛然とサージュを突きに行ったのを慌てて抱きとめる。「ダメ! エキャル、気にくわないのを突いちゃダメ!」 バサバサバサッと翼を動かしてぼくの制止を聞かないでサージュを突こうとするエキャルを必死で抱きしめて、サージュから遠ざける。「……躾は?」「基本的に生まれつきやっていいことと悪いことは記憶しているみたいだけど、性格もあるって……」「アナイナが増えたようなものだな」 え。アナイナ?「町長がきっちり言い聞かさないと、エキャルが町民に嫌われ、ひいては町長が嫌われるぞ」 サージュの言葉に暴れていたエキャルがハッと息を飲んだように身動きした。「そう、アナイナ。エキャル、お前が町長のことが好きなのはよくわかったが、反対意見とか反論とかも聞かなきゃいけないのが町長というものだ。反対する人間を突いて回ると、町長の威厳が落ちるぞ」 人間の言葉がわかるという伝令鳥はしゅん、と首を垂れている。「だから、意見の違う程度の理由で突きに行ったらいけない。お前の飼い主は反対されるのが職業なんだから」 首がますます落ち込むように急カーブ。「お前は堂々と町長の傍に居ればいいんだ。反対意見言うヤツを町長の横で睨みつけてやればいい。睨むだけ。それだけで相手は威圧されるし町長にも威厳がつく」「伝令鳥で威厳になるの?」「なるともさ。伝令鳥……しかも高価なものを個人的に使うのは高ランク町のトップかギルド関連のトップしか持てない。エキャルラットは見た目で分かるほどトップクラスの伝令鳥だ。それがここまで懐くというのは、立派な人間であることとイコールになる。……無論、躾のなっていない伝令鳥が突いて回れば単に躾の出来ない情けない町長となる」 人間ならメモ取ってるような顔で、エキャルはうんうんと頷く。「しっかりと躾が出来た伝令鳥として、町長の威厳を上げる努力をしてくれ」 エキャルは首を縦に振る。 そして、机の上、ぼくの隣になるくらいの場所に位置取って、じろっ、じろっと周囲を見渡す。「そうそう、そういうことだ」「なら町長の左後ろ隣くらいに止まり木を作ったほうがいいんじゃ?」「そうだな。伝令鳥が睨みを利かすのにはそれがちょうどいい」
印は、四角い枠の中に朱色の羽根。線だけを全部残すんじゃなくて、羽根の内側は彫らなかった。そうすれば赤い羽根だって分かってもらえるだろうから。「良い」 師匠は一言で褒めてくれた。「町長の個人印としては十分合格点だ」 思わずガッツポーズ!「町長印のグリフォンと比べて遜色なく、並べて恥をかくようなことにはならんだろう」 よっしゃあああ! 空を見るともう夕暮れ。昼ご飯も食べずに集中して印を彫ってたんで、お腹空いた&喉乾いた。「師匠。町の子供たちが成人した時に、印の彫り方を教えてあげて欲しいんです」 ぼくは頭を下げた。「ふむ?」 師匠は難しい顔。「かなうなら、成人式の終了後に印を作る授業を」「……む、町の外へ出す者にもか?」 ……あ、まだ周知してなかった。「新成人は、スキルでどのような結果が出ても、それを理由に町の外へ出すことはありません」「む」「成人が町を出るのは、当人が望んだ時だけです。町で生まれた子供は生まれた時からこの町の者で、この町に住み続ける資格があります。犯罪を犯したり決まりを守らなかったりしなければ別ですが」「この町は町スキルが高いから、今はともかく将来的にはスキルで町民を選ぶかと思ったが」「それだけはしません」 ぼくは師匠の目を真っ直ぐに見て、断言した。「ぼくのスキルのレベルは1、上限が1です」「…………」「そのぼくが作る理想の町は、スキルなどで町民を選ばない……それが一番の原則です。町に住んで働きたい。そう思ってくれる、町に溶け込んでくれる人ならば、どんな人だろうと受け入れます」「……そうだな、でなければクイネほどの男を惜しげもなく食堂の親父になどしなかっただろうな」「だから、新しく成人となる人たちが満足できる印を彫らせてあげたいんです。あとで失敗したとかやり直したいとかいう人が減るように」「むう」「……ダメ? ですか?」「クレー町長」 ダムガ師匠は深々と頭を下げた。「新成人の印造りが失敗しないようにと言う心遣い、この儂の彫り方を自ら学びに来て、一町民にすぎぬ儂に頭を下げ、教えを乞うてくれる。ファヤンス……いやグランディールは良き町長を選ばれた」「師匠……」「いやいや、ダムガと御呼び捨てくださいませ。このダムガ・ミュヒュル、残りし人生を、町長に与えられた仕事に尽力いたしまし
「では、このスケッチをこの大きさにせよ」 石の印を彫る面とほぼ同じ大きさの紙を渡されて、ぼくはスケッチのコピーを始める。 なるほど、この大きさの紙だからここまで描き込めたけれど、印にするとそこまで描き込めないな。 となると、かなり省かないと。 まずは輪郭だね……。 慎重に線を描く。 柔らかさを表現したかったんだけど、この羽毛の感じを再現すると彫るの大変そう。 ギリギリまで線を削ったほうがいい。 羽根のスケッチを見ながら、削れる線を確認して、羽毛のふわふわな感じじゃなくて風切り羽根のシャープな感じを出そうと頑張る。 それをエキャルが覗き込んでくる。「エキャル、どう?」 エキャルがまだ翼を広げる。「ありがとうな」 じっくり観察して、伝令鳥の羽根らしい鋭さを出そうとすると、より一層線が少なくなっていく。 一枚の羽根の有様を、線を絞って描き込んだ。「……お」 何か、良い感じ。「どうでしょう」「良いのではないかな」 師匠は紙を取り上げ、紙を遠く離して目を細めた。「翼の有様が、少ない線で良く描かれておる」 わー。 褒められた! ぼくはエアヴァクセンの学問所で褒められたことがない。地味だった。しみじみ言えるほど地味だった。一年経ってアナイナが入ってきたら余計ぼくの影は薄れた。アナイナはエアヴァクセンの学問所でやることなすこと褒められた。妹が褒められまくってぼくがどんどん影が薄くなっていって、妹に才能全部持ってかれたなとか言われて、でもアナイナはぼくが好きで、両親が拘りなくぼくも可愛がってくれたから。 町長の仕事……スキルで出来る仕事以外、こんな場所でプロの成人に褒められるなんてことは一切なかったから、とても、とても、嬉しかった。「では」 師匠は紙と石を、別の黒い紙を挟んで固定した。 ?「この紙に描いた線を強くなぞってみよ」 ??? 言われるがまま、石を固定してぐりぐりとなぞってみる。「もう少し強く」 何のために? だけど言われるがままぐりぐりぐり。 全部の線をなぞり終わって師匠に渡すと、師匠は固定してあった下書きの紙と黒い紙を取り除く。 石の表面に、黒く、翼の線が残っていた。「え?」「転画紙、と言う」 黒い紙をぴらぴらさせて、師匠は言った。「上から圧をかけると下に黒を残す。このような下書きを写すのに使
正直、ショボい光景を覚悟して目を開けた。 所詮はレベル1Maxのスキルだ、ボロ家の一軒でも立っていれば大ラッキーという気分で。 ゆっくり開いた視線の先、眼の前にあるのは、門だった。 衛兵がいてもおかしくないような、立派な門。 左右を見れば、城壁と言ってもいい立派な塀。 エアヴァクセンよりも立派な入り口だった。「これ……は……?」「おいおい、レベル1のもんじゃないぜこれは」 盗賊団の皆さんも呆然と入口を見上げている。 アナイナだけが、自分がやったわけでもないのに得意気に胸を張っていた。「ほーら、やっぱり、お兄ちゃんじゃない」 何だその威張り方は。「い、いや、塀だけが立
一瞬空気が凍り付き、動き出すのに数秒かかった。「簡単に言ってくれるなお嬢さん」 盗賊団、スキル「法律」のアパルさんが苦笑した。「町を造るには、色々なスキルの持ち主が大勢集まらなければならない。まずお嬢さんは未成年だからスキルもない。そして我々もそのようなスキルはない……」「一応食事には困らないけど、洞窟の中での生活があんたに耐えられるとは思えないけどね」 スキル「食獣」のマンジェさんが不愉快そうな顔をした。確かにそうだよな、家を建てるみたいなスキルがない限り、雨風をしのげるところなんて洞窟とかしかない。聞いた限り、反エアヴァクセン盗賊団の中に家を建てられるスキルはない。「お兄ち
「えっと。アパル、さん?」 綺麗に焼けた焼き魚の身を歯でむしり取りながら、アパルさんは「ん?」と言う顔をした。「スキル学を、勉強してらっしゃったんですか?」「んん? んん、まあ。「法律」なんてスキルのせいか、色々学ぶことが楽しくてね。盗賊に身を落としても勉学だけは捨てられなかった」 身を噛んで飲み込んでから、アパルさんは頷いた。そう言えば宴会前、洞窟から大量の本を家に移動させていた。どうやってあれだけの本を持って出られたのかちょっと不思議な気がする。 それはさておこう。今欲しい情報はそれじゃない。「スキル学って、どんなことを勉強するんですか? 確か「スキル学におけるレベルか上限1
盗賊団の皆さんが感動と号泣と荷運びを終えたところで、ぼくとアナイナがいる家にやってきた。 手に手に、焼けた魚だの炙った干し肉だの多分酒が入った壺だのを持っている。「……えーと?」「飲もう!」「えーと」 シエルさんの端的な言葉に悩んでしまったぼくに、ヒロント団長が笑いかけた。「儂らだけの町を造ってくれたお礼と、儂らのこれからを祝って、宴会をしようと言う話になった。主役は君だ。来てくれるかな?」「そ……」「喜んで!」 ぼくより先にアナイナが返事した。「アナイナ……」「こういう時はね、盛大にお祝いするのがいいの! みんなもそれを願ってるの! 何がどうあってもこの町を造ったお