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#5

last update publish date: 2026-03-07 08:46:53

見た目はともかく、中身だけなら確実に理貴の方が変わった。いつも優しい顔して笑ってるけど腹の中は全然分かんないし、分かってしまうことが怖いときもある。

たった一つしか歳が変わらないのに。たった数年離れただけなのに。……やっぱり、自分以外の誰かを理解するのは難しいことなんだろうな。

恋人なんて、結局赤の他人だから。

「……ん」

柔らかい何かに包まれている。自分のものじゃない匂いに気付いて瞼を開けると、理貴の寝顔が鼻先にあった。

部屋は暗かったのに、カーテンからは陽光が差している。朝までぐっすり寝てたみたいだ。

つうか俺達ハダカじゃん……。

羽目を外してそのまま寝落ちしたらしい。全裸で抱き合ってるが、こんなところん理貴の親に見られたら終わり。わずか十七年の人生が幕を閉じる。

すぐさま離れたいけど、けっこう強い力で抱き締められてる。なかなか抜け出せず、しばらくもがいた。

でも段々疲れてきて、ため息をつきながら彼の胸に顔を沈める。そこは暖かくて、ずっと触れてるとまた眠ってしまいそうだった。

『────真陽はすぐ眠くなるんだな』

ずっと昔……まだ外で走り回っていた幼い頃、理貴に言われたことを思い出した。俺はちょっと遊んだだけですぐ疲れて、道端に座り込むタイプだった。さらに良くないのは所構わず寝ようとしてしまうこと。

幼稚園では昼寝の時間があったから、そこでも爆睡したいたはずだけど。俺の睡眠に限界はなかった。

『寝るなら家で寝よ? 一緒についててあげるから』

彼はそう言って、いつも優しく微笑んだ。俺がどんなにぐずっても、動かなくても、決して声を荒らげたりしない。世界一頼もしいと思っていた。

あの頃の理貴は本当にしっかりしていた。

ところが、十年経った今は真逆だ。通学中も授業中も夢の世界に入って、女子からは眠り姫と呼ばれている。

俺がどんなに声を掛けても目を覚まさない。俺は理貴に声を掛けられたらすぐに起きる自信があるのに。

この差は何なんだろうな。

「理貴。……朝だよ」

思わず声に出してしまった。……いっそ起きないで、このまま寝続けてくれたら。それはそれで良いかもしれない。

そんで俺も眠って。隣でずっと一緒にいられたなら、きっと世界で一番幸せだ。

危険な思考に傾きかけたとき、頬をつつかれた。

「おはよ、真陽」

「うわっ」

もちろんそうはならず、理貴はぱっちりと目を覚ました。しかし、何でこういう時だけ起きるんだ。自分の世界に入ってたから、地味に恥ずかしい。

「はー、朝か。嫌だけど起きなきゃなぁ……」

「うん。俺ら裸だし、理貴のお父さん達に見られたらやばいよ」

「そーだね。……あれ」

彼は納得しながら頷いていたけど、俺の顔を見ると不思議そうに瞬きした。そして手を伸ばして、そっと頬に触れる。

「どうしたの。泣きそうな顔して」

その言葉の意味を、すぐには理解できなかった。

泣きそうになる理由がない。いつもと同じ朝を迎えたつもりだったのに。

おかしい。何故か手が震えている。

「……怖い夢でも見た?」

さっきよりも強い力で抱き締められて、頬や額に何度も口付けを落とされる。どっちかっていうと子どもをあやす様な仕草だった。

かぶりを振り、「目にゴミが入った」とテンプレな嘘をついた。でも実際悲しくはないし、深呼吸することですぐに止まった。

理貴もホッとしたように息をつき、上体を起こした。

「はあ。ずっとこうしてたいな。このまま真陽のこと閉じ込めて、さ。誰にも触らせないで、誰にも近付かせないで。……俺だけのお前にしたい」

「何だそれ。日本語おかしいぞ」

「はは。真陽がおかしくさせるんだよ?」

突然ズボンの中をまさぐられる。これだけやってもまだ足りないのか、と血の気が引いた。彼の胸を力一杯押し返すけどビクともしない。

抗議しようと開いた口も彼に塞がれ、叫べない状態が続く。そのぶん手脚が動いて虚しく宙を空振りした。

あぁ、もう。

されるがまま、時間だけが流れた。全て終わって解放されたのは昼近く、おじさん達のお店は開店準備中になっていた。あくまでバレないように裏口から出て、理貴の部屋の窓が窺える位置へ移る。

時間的にはコソコソする必要もないけど、何となくだ。外から二階の窓を見上げた。そこから理貴がひょこっと顔を出し、俺を見下ろしながら手を振る。

「気をつけて」。声に出してないけど、彼の口はそう動いた。……気がした。

なら玄関先まで見送りに来てくれてもいいのに。

こっちは好き勝手された腰が痛いし、変な体勢で抱き締められたからあちこち関節痛だ。

ちょっとムカつくから、あっかんべーしてその場を後にした。

いつもあんだけ眠そうなくせにエッチした翌朝は寝覚めが良いし、意味がわからない。

自宅へ帰る道中、店のショーウィンドウに映った自分の姿にハッとした。金髪に染めてもう二年経つっていうのに、ふとした時に忘れてドキっとする。

大人から見たらチャラ男で、歳下から見たら不良。恋人から見たら、……何だろう。

腐男子を隠したいからこんな格好にした。じゃあ理貴にとって俺は虚勢張ってイキがってるだけの馬鹿。……精神年齢の低いガキだ。

いや、やっぱそこまで卑下しなくてもいいか……。

最近鬱なことが多過ぎてネガティブ思考に陥ってる気がする。ガラスから視線を外し、振り切るようにして家路へ急いだ。

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  • No rush   #2

    理貴は懐かしそうに目を細める。多分笑いたいんだろうけど、俺に遠慮して真剣に考えてるような表情を浮かべた。「何だっけな。いじめっ子にゲームを隠されたんだったかな。それも、オバケが出るって言われてた寺の墓地に。ゲームが大事だったにしても今思うとよくあんなところに一人で行ったよ。正直驚いた」「あー……何か思い出してきた」ぶっちゃけ嫌な思い出だ。いじめられた、という過去も腹立たしいし、鬱蒼とした墓場はそれだけで不気味だし、実際はゲームなんて置いてなくて、俺の家の玄関前に返されていたなんて。そりゃもう全てが黒歴史だ。怖かったと思う。帰りたくてもゲームは見つからない。親に言ったらもう何も買ってもらえないかもしれない。今なら笑っちゃうほどちっぽけな恐れだけど、子どもなんて感情だけで生きてる生き物だ。当時のダメージはでかかった。色んな恐怖が極限まで高まって泣き出した時、その声に気付いた理貴が大慌てでやって来てくれた。俺が墓地へ行くことを公園で聞いていた子が、幼馴染みの理貴に教えてくれたらしい。あれは本当に感謝した。でもゲームが見つからないからしばらくその場でぐずって、窘められながら山を下りたんだ。結局、理貴に手を引かれながら家まで送ってもらった。「あの時のゲームどうした?」「そりゃあ……バッテリー悪くなって捨てた」「だよな」あの頃は何よりも大事だった最新のゲームも、時と共に廃れていった。古い記憶と一緒に手放してしまった。劣化したものをバカスカ捨てて、新品ばかり求める人間になった。これはちょっと悲しい。「今まで捨てたゲーム何個あるだろ。俺って物大事にしなさ過ぎてバチ当たるかな……」「ゲームも言っちゃえば消耗品だからな。いつか絶対壊れるんだし、仕方ないだろ」壊れなかったら消耗品じゃない。その言葉の意味は分かるけど、心が痛むのは何故なのか。その理由を、記憶を手繰り寄せる。いっときでも毎日遊んで、自分を楽しませてくれた。無機物に対して抱く感情としては微妙だけど、お世話になったような感謝の気持ちがある。だから悲しい。手放すだけじゃなく、廃棄することは恩を仇で返すような後ろめたさがあるんだ。物に対してこんなことをちまちま考えてる自分はやばいかもしれない。理貴に言ったら「想像力豊か」の一言で一蹴されそうだ。でも、使い捨てって何か寂しい言葉じゃないかな。物で

  • No rush   #1

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  • No rush   【5】

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  • No rush   #4

    ────苦く懐かしい記憶がある。まだ小学生の頃の話。両親から誕生日プレゼントにもらったのは、当時流行っていた最新のゲーム機。発売してすぐに買ってもらった為、周りで持っているのは自分だけだった。だからだろう、クラスでリーダー格の男子にいびられる羽目になった。休日に近所の公園でゲームをしているところを運悪く見られてしまい、奪われたのだ。けど小学二年生のお小遣いで買える代物じゃないから、彼らも内心では扱いに困っていたようだ。ゲーム機を持った一人がどこかへ去り、しばらくして戻ってくると「寺の墓地に置いてきた」と言った。返せと言おうにも、本当に持ってないのでは仕方ない。彼らは笑いながら去って行った。その背中に蹴りを入れられるような性格じゃなかった当時の自分は、泣きそうになるのを堪えて地面を見つめた。どうしよう……。目の前が滲んでいたけど、やがて元の視界に戻っていった。陽が傾き、足元の影がだんだん伸びていく。夜が来てしまう前に、ゲーム機を探しに行かないと。「肝試し?」「うん。最近ウチの敷地でやる子どもが増えてるんだけど、山の中は危ないから困ってんだ」立っているだけで全身から汗が吹き出す、酷暑の夏。広大な庭の雑草取りはしんどかったけど、今年は特別感に溢れている。真陽は理貴に誘われ、彼の叔父と叔母の家に遊びに来ていた。彼らの家は海から程近いものの、裏には大きな山々がそびえ立っている。山と海に挟まれた長閑な田舎町。 ( 暑すぎて虫も鳴いてないな )真陽は貸してもらったタオルで汗を拭った。地元から電車で二時間ほど乗り継ぎ、昼過ぎに着いたばかり。辺りを軽く散策したあと家の手伝いをし、無心で雑草を抜いていた。それから叔父の軽トラに乗り、夕食の買い出しに付き合って帰ってきたところである。そこからの雑草取りは中々ハードだった。とは言え泊まらしてもらう予定なので、手伝えることは何でもやるつもりだ。仰け反り、青々とした空を見上げる。都会の喧騒から離れるのは大事なことだとしみじみ思った。灰色の建物ばかり見上げるより、何も無くとも緑に包まれた景色の方が良い。というか、眼に優しい。そう言うと縁側で寛いでいる理貴から「真陽の頭は金ピカで目が痛いけど」と言われた。でも確かに。黒とは言わずとも、そろそろ茶髪ぐらにいには戻しても良いかも。髪先をそっとつまみ上げて、差し出

  • No rush   #3

    息を潜めた薄闇の部屋に、月明かりだけが窓から射し込んでいる。見飽きた自分の部屋なのに、今夜は違う。彼がいるだけで特別な空間に変わる。( 浮かれてんな、俺 )一糸まとわぬ姿でベッドに転がる自分達が、酷く滑稽に思える。それでも抱き合って、飽くことなく手を繋いでいる。これからもずっとこの緩い関係でいたい。大人になっても会社員になっても、皺だらけの爺さんになっても、今日みたいにのんびり彼と過ごしたい。おしゃれなカップルみたいに特別なデートなんてしなくても、気付けば隣にいる。それが一番理想なんだ。多分、俺はまだ何も知らない。本当に嬉しいことも、本当に辛いことも。それでも、その時が来るまでは彼を笑わせよう。だって彼は俺の初めての「友達」で、愛しい「恋人」だから。臆病だった自分に、人と関わる喜びを教えてくれたひと。それを言葉で伝えるのはちょっと恥ずかしいから、別の形で返したい。「なぁ、理貴の好きなタイプってどんな? 実は織部先輩みたいに胸大きくて、良いにおいする子だったりしない?」「また急だな。何でそうなるんだよ」「織部先輩と一緒に歩いてる理貴は……他の誰かと歩いてるよりかっこよく見えるから」少しだけ身を捩り、理貴の方へ向いた。膝頭が当たる。はだけたシーツは虚しく垂れてぶらぶらと揺れていた。不安になりながら、彼の表情を窺う。すると理貴は何でもなさそうに息をついた。「それはあれだろ。織部が色気ありすぎぎるんだろ」「まあ、もちろんそれもあるけど……理貴は女子の前だと結構紳士ぶるし、心配なんだ」「はは。それ言ったらお前だってそうだよ。今日クラスの女の子と並んで喋ってだだろ。あれ遠目で見てたら、本当に男って感じだった。いつもより頼り甲斐ありそうに見えたし」どういう意味だ……。見つめ合って、自身の眉間を押さえる。「俺は紳士ぶったことないけど。女子は背ぇ低いし、男らしく見えるのは当たり前だろ」「真陽がむくれてんのも、つまりそういうことだよ。女子といたらある程度しっかり見えるんだって」彼は可笑しそうに、肩を揺らしている。ひとしきり笑った後、目を細めて俺の唇に触れた。「でも俺が知ってる真陽は、華奢で純粋で、推しに弱い女の子だったな」確実に貶してる。いつもの如くキレる一歩手前で、理貴は自分の顔を手で覆った。「なーんて、そんなわけないんだよな。時間っ

  • No rush   #2

    ソファに座って瞼を伏せている理貴に後ろから近付いた。見惚れるほど艶めいて、ふさふさの黒髪。将来頭が薄くなる不安と無縁そうで羨ましくなる。俺はというと散々脱色したことで毛根をいじめ抜き、はげる可能性が極めて高い。将来を考えると今から動き出した方が良いかな。もう少ししたら親父の育毛剤でもこっそり借りてしまおうか。「何? 真陽」艶やかな髪先に指が触れる。……一歩手前で固まった。彼はまだ瞼を閉じているのに、こちらのしようとしてることが分かっているようだ。さすがに隙がない。仕方ないからその手を引っ込め、ソファの背もたれに寄りかかる。「あは。ほんと、理貴の髪ってキレーだなーって思って」「お前だってどこでもキラキラしてるじゃん」「それ金髪だからだろ」呆れて返すと、彼は振り返って手招きした。とりあえず従い、ソファの前に回る。すると強引に引っ張られ、彼の胸に抱き込まれてしまった。あぁ、理貴のにおいだ。それが分かるだけでほっとする。こんなにも安心できる場所は、世界中でここだけだ。優しく頭を撫でられて、髪を梳かれる。その手つきや温もりは、いとも容易く緊張を解してしまう。気持ちよくて、気付けば自ら彼の掌に頭を押しつけていた。「ほら。やっぱりお前も髪綺麗じゃん」「そうかなぁ」「あぁ。猫みたい、柔らかい」柔らかいイコール綺麗ということにはならないと思うが、反論する気も起きない。彼を感じてるだけで満足だった。もっと撫でてほしい……。今度はこちらが瞼を伏せた。髪に触れていた理貴の指は頬、首、腰へと下りていく。ズボンに引っかかった時はさすがに瞼を開けた。「おーい、ここですんの?」「したくない?」「そうじゃないけど。シャワー浴びたいなって」ちょっとだけ恥ずかしくて、目を逸らす。軽くシャツを捲ると、理貴は可笑しそうに笑った。「どうせまたグシャグシャになるって」◇────だから、俺がよく買う漫画はほとんどエッチから始まるんだよ。へぇ、お盛んだな。マンネリ化を避ける為に、絶対途中で元恋人とかチャラい当て馬が出てきて受けを襲うんだ。あぁ、受けとか攻めとかBLならではの用語だよな。大きな山を超えたら最後は大抵ハッピーエンド。どう思う?(どうでも)いいんじゃない?白いシーツに埋もれ、抱き合いながら議論した。冷静に考えれば自分達もBLに入るのだろうが、

  • No rush   #4

    久しぶりの自然な笑顔に見惚れてしまう。確かにそうだ。自分もこの笑顔を見られただけで……来てくれて良かった、と感じる。単純だけど、彼の幸せが俺の幸せだから。「理貴。昨日のこと……本当に、もう気にしなくていいから。ていうか俺が気にしてないのに、お前がそんな気にしてたんだって分かって正直ウワッて思った」打ち明けるべきか迷っていたけど、拳を強く握り、彼の目を見る。「つまり、何だ。その……自分がどんだけ無神経なのか、鈍感なのか気付いたんだ。かなり自分が嫌いになった。それをちゃんと謝りたい。そんで俺を助けられなかったとかいうのは、できれば気にしないで。……俺のために忘れてよ」足を止めて振り返

  • No rush   【4】

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  • No rush   【3】

    あの日から時間に置いてかれている。大人になっていく真陽を見るとよく分かった。自分だけが同じ場所に留まって下を見ている。一年、二年と経過して、体ばかり大きくなるのに。俺も変わらなきゃ。どうしょうもなく焦っていた。けどそんなすぐに変われたら苦労しない。明日から頑張ろう」、が明日こそ頑張ろう、に変わって、気付いたら寝てしまうことが増えた。しっかりしろ、と思うほどぼうっとする。真陽以外の誰かを想うときは普通なのに、彼のことを考えると猛烈な眠気に襲われる。心地いい声が子守唄に変わる。間違いなく、現実逃避だった。不安なことをシャットアウトして自分の世界に逃げたい。大切なはずの真陽からも逃

  • No rush   #2

    無意識のうちに呟いてしまった。慌てて口を押さえたけど遅い。隣に佇む理貴の顔色が変わっていた。ただ今度は張り詰めたものではなく、……悲しそうな表情で。空気を変えなきゃ。「水。……水が飲みたいな。のど渇いちゃった」わざとらしいけど、最大限の笑顔をつくる。怖々反応を待つと、彼は腑に落ちた様子でちょっと待ってろ、と部屋を出て行った。とりあえず助かったと胸を撫で下ろすも、何を不安に感じていたのか。自分でもいまいち分からない。でも自分が川で溺れたことは、理貴にとっても嫌な記憶だ。わざわざ思い出さなくていい。あれは消し去っていい出来事なんだ。静かにため息をつく。部屋の扉が開いて、戻ってきた

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