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#32:見習いとしての葛藤

Author: 渡瀬藍兵
last update Last Updated: 2025-06-10 19:01:45

「うっ……」

 窓の向こうに、淡い光が差していた。夜の静けさがまだ残っている――明け方。

 喉が乾いていて、息が少し引っかかる。まぶたの奥が重く、身体は鉛みたいにだるい。

(どれくらい……寝てしまっていたんだろう)

 エレナは天井を見上げ、ゆっくりと状況を確かめる。

(あれ……そういえば私、椅子で寝てたよね……?)

 けれど今、身体の下にあるのは簡素なベッドの布団だった。誰かが運んでくれたのだろう。その事実が、胸の奥に小さく残る。

(……目が覚めたか、エレナ)

 頭の中に、エレンの声が響く。

(あっ、おはよう……ごめん、私……どれくらい寝てたの?)

(ざっと、一日半ほどだ)

「えっ!?」

 思わず声が漏れる。

(……余程疲れたんだろう。無理もない。あの規模の呪いだからな)

(そっか……そんなに寝ちゃってたんだね……)

(ああ。だが、エレナ──君は本当によくやった)

(……えっ?)

 不意の言葉に、心が止まる。

(あの呪いを祓った実績……君は、もう“聖女”と呼ばれるに足る存在だと言えるだろう)

(そ、そんな……! 私なんて、まだまだだよ!)

(ふふ。君がどう思おうと──助けられた人々は、もう君を“聖女様”と呼ぶだろう。私は……君のことが、誇らしいよ)

(さあ、エレナ。自分の目で見て来るといい。君が成し遂げたことを)

 エレナは息を整え、布団の端を握った。まだ身体は重い。それでも、起きる理由は十分だった。

 ゆっくりと足を下ろす。冷えた床が、現実を引き戻した。

 そして──キィ……と小さな音とともに、扉を開ける。

「……!」

 鼻先に届いたのは、薪が弾ける匂いと、湯気の甘い香り。頬に触れる空気が、外の冷たさとは違ってやわらかい。

 目の前に広がっていたのは──焚き火の炎に照らされた、あたたかな光の世界だった。

 子どもたちが笑いながら走り回り、足音が土をぱたぱた鳴らす。おじいさんやおばあさんは火のそばに寄り、湯気の立つ茶をゆっくり啜っていた。若者たちは焚き火を囲んで、手を叩き、歌うように笑いながら踊っている。

 ――昨日までの、あの沈んだ空気が嘘みたいだ。

 平和と、笑顔と、あたたかさに満ちた光景。

 その中で、誰よりも先にエレナを見つけたのは──

「おう!! エレナ!! 目が覚めたか!」

 グレンだった。

 彼は焚き火の明かりを背にして、大げさなくらい腕を振った。声だけで場の温度が一段上がる。

「すみません……寝すぎてしまったみたいで……」

「気にすんなって! これはお前が作った光景だ。……エレナはすげぇよ!」

 まっすぐな言葉。照れ隠しも、遠慮もない。

 言われて、エレナは思わず彼の顔をまっすぐ見つめてしまった。焚き火の光で赤く染まった頬。笑っているのに、目だけが真剣だ。

「お目覚めになられたようですね」

 今度は、シオンがゆっくりと歩いてくる。足取りはいつも通り落ち着いていて、それが逆に安心をくれた。

「体の具合は?」

 その穏やかな声に、エレナは小さく笑って返した。

「少し重い……くらいです。それ以外は、なんとも」

「おっ、起きたな」「ようやくお目覚めですね~!」

 背後から、弾む声が飛んでくる。

 振り向けば、シイナとミスト。二人とも、からかうような顔をしているくせに、目尻に残る安堵が隠しきれていない。

「元気そうですね!!」「これで俺たちも、ようやく肩の荷が降りたな」

 その“いつもの調子”が、胸の奥をほどいていった。

 そんなとき、子どもたちが四人、ぱたぱたと走ってきて──

「聖女様~!! この村を助けてくれてありがとう~~!!」

 小さな声が、一斉に跳ねる。

 エレナの胸が、きゅっと縮んだ。嬉しい、の前に、戸惑いが来る。呼ばれ慣れていない称号が、まるで別の誰かに向けられているみたいで。

 けれど焚き火の明かりの中、子どもたちの目はまっすぐにエレナを映していた。嘘のない感謝だけが、そこにある。

 エレナは言葉を探しながら、そっと膝を折った。目線を合わせるために。震えないように、息を整えながら。

 声をそろえて叫んでくれた。

「そ、そんな……私は、やるべきことをやっただけで……」

 言葉にした途端、自分でも頼りなく聞こえた。胸の奥に残る熱と疲労、そのどちらにもまだ名前をつけられずにいる。

(そう謙遜することはない、エレナ)

 エレンの声が、内側からそっと寄り添う。

(君は本当によくやった。この光景を生んだのは、間違いなく君だ。そして──君の仲間たちだ)

 焚き火の向こうで、笑い合う人々の姿が脳裏に浮かぶ。

(彼らが君を大切にしている。それが、私はとても嬉しい)

 一拍、間を置いて。

(今は、思いきりその感情を味わえばいい。本当に……君は、よくやった)

 その瞬間だった。

 張り詰めていた何かが、静かにほどける。熱を帯びた視界の端から、涙がひとすじ、頬を伝って落ちた。拭うこともできず、ただ受け入れるしかなかった。

 〜*〜*〜*〜

 夜の村は、穏やかなざわめきに包まれていた。

 村の中央。焚き火がぱちぱちと音を立て、橙色の光が人々の顔を揺らしている。エレナはそのそばに腰を下ろし、冷えきった体をゆっくりと温めていた。

 そこへ──

「エレナ。少し話がある」

 低く、落ち着いた声。振り返ると、シイナが立っていた。その表情は穏やかだが、目の奥に迷いはない。

(……あの“呪いの原因”だ)

 そう直感したエレナは、静かにうなずいた。

「君が寝ている間に、俺たちは“呪いの元”について調べてきた」

 焚き火の爆ぜる音が、妙に大きく耳に残る。

「……呪いの原因は、何だったのですか?」

「井戸の水だ。水そのものが呪いに侵されていた」

 淡々とした口調。しかし、その内容は重い。

「俺が気づいて、ミストと協力して薬剤を作った。呪い自体は中和できたが……妙だった。呪いそのものは、そこまで強力じゃなかったんだ」

 一度、言葉を切る。

「だが、それを村人たちは毎日、少しずつ飲み続けていた。微弱な呪いが積み重なり、結果として……あの状態になった」

(……そんな……)

 胸の奥に、重たいものが沈む。ほんのわずか。気づかないほどの“悪”が、積み重なった末路。

「けどな、エレナ。どうしても腑に落ちない点がある」

 シイナの視線が、焚き火の揺らめきと重なる。その光が、瞳の奥で冷たく反射した。

「なぜ、井戸に呪いが現れたのか。偶然とは思えない。俺は……これは“人の悪意”が絡んでいると見ている」

(……そんな……)

 エレナの脳裏に浮かぶのは、笑顔、感謝の言葉、差し出された温かな手。

 そのすぐ隣に、同じ村に──そんな悪意が潜んでいたというのか。

 エレナはそれを信じたくなかった。

 この優しさに満ちた世界の、真逆にあるものが、確かに存在していたなんて。

「まぁ、一先ずは大丈夫だろう。また何か起きてもいいように、村長に薬剤を渡しておいた」

 焚き火を挟んで、シイナは淡々と言った。その声音には、すでに一仕事を終えた者の落ち着きがある。

(さすが、シイナさん……)

 エレナは胸の内でそっと息をついた。自分たちが村を去った後のことまで、きちんと見据えている。その周到さに、自然と尊敬の念が湧く。

「目覚めてすぐに、重い話をしてすまなかったな」

「い、いえ! 私も気になっていましたから……」

 慌てて首を振る。そのときだった。

 ざわり、と空気が動く。気づけば、若い村人たちが焚き火を囲む輪をすり抜け、いつの間にかエレナの周囲を取り囲んでいた。

(えっ……!? な、なに……!?)

 視線が一斉に集まる。その圧に、思わず背筋が強張る。

 シイナはその様子を一瞥すると、事情を察したように小さく笑い、何も言わずにその場を離れていった。

「アンタ、実は“聖女見習い”だったんだってな!」

「それなのにさ……私たちを安心させるために、“聖女”って名乗ってくれて……」

 言葉が次々と投げかけられる。戸惑うエレナの耳に、熱を帯びた声が重なった。

「でも! 俺たちにとっては、もう誰よりも“聖女様”だ!!」

 否定の言葉が喉までせり上がるより早く、賛同の声が一斉に広がる。笑顔。握りしめられた拳。真っ直ぐな眼差し。

(エレン……私、本当にもう……“聖女”って、名乗ってもいいのかな……)

 そう呼ばれるたびに、胸の奥が揺れる。嬉しさと同時に、拭えない不安。自分は、そこまでの存在なのだろうか。

(そうだな、エレナ)

 エレンの声は、静かで確かな響きを持っていた。

(自ら“聖女”と名乗ることに違和感がある。その気持ちは分かる。だが──あの時の君は、彼らを救うためにその名を背負った。その行動こそが、“聖女”だった)

(…………)

(“聖女”とは、自分で名乗るものではない。人々の心の中で、そう認められる存在になるものだ。君はその第一歩を、確かに踏み出した)

(エレン……)

 焚き火の光が揺れ、村人たちの顔を照らす。その温かさが、ゆっくりと胸に染み込んでいく。

 エレンがそう言ってくれる。仲間たちが、村の人々が、同じ名で呼んでくれる。

 ほんの少しだけ。ほんの少しだけだが──

 エレナの心の奥に、“聖女”としての自信が、静かに灯った。消えやすく、けれど確かな、小さな光として。

 〜*〜*〜*〜

 エレナたちはようやく、次なる目的地――メモリスへ向かう準備を整えていた。

「そういえば……まだ、この村の名前を伺っていませんでした」

 エレナは村長へと歩み寄り、そっと微笑みながら尋ねた。

“呪われた村”と呼んできたけれど、この村が背負ってきた痛みを、その一言で終わらせてしまうのはなんだか寂しい。この場所が取り戻した“本当の名前”を、ちゃんとエレナは心に刻んでおきたかったのだ。

「……! この村はミルサーレ村じゃ。昔は、上等なミルクが名物でのう……」

 ミルサーレ村。

 その優しい響きに、かつてこの痩せた土地に広がっていたであろう、穏やかで牧歌的な風景が目に浮かぶようだった。

「大丈夫ですよ。皆さんは呪いに打ち勝ったんですもの。きっとまた、甘いミルクの香りがする素敵な村に戻れます」

 エレナの言葉に、村長さんは深く刻まれた皺の奥の瞳をわずかに潤ませ、何度も、何度も静かに頷いてくれた。

「では……皆さん、お元気で」

 一行がそう告げて歩き出そうとした、まさにその時だった。

「ちょっと待ったァ!!」

 村の後方から、やけにけたたましい声が響き渡る。

 そこにいたのは、かつて一行を襲おうとした元盗賊の六人組。なぜか、お世辞にも立派とは言えない、かなり不格好な馬車を引いている。

「はぁ……はぁ……間に合ったぁ……!」

「ほらよ! あんたらにゃ迷惑かけたからな! 昨日の晩から村の近くで一番速そうな馬、捕まえてきたぜ!」

「馬車もな……あり合わせで急ごしらえしたから、正直、乗り心地は保証できねぇけど……!」

 彼らは盛大に息を切らしながらも、照れ臭さと誇らしさがごちゃ混ぜになった、まるで悪戯が成功した少年のような顔で笑っていた。

「マジか! サンキュー!!」

 一番に反応したグレンが、満面の笑みで馬車へ豪快に飛び乗る。

「せっかくだ。彼らの厚意に甘えよう」

 シイナが振り返り、静かに促した。エレナたちは一人ずつ馬車に乗り込み、ぎしぎしと鳴る座席に腰を下ろす。

「んじゃ、行くぜぇ! きっかり三十分でメモリスに着けてやらぁ!」

 車輪が不協和音を奏で、馬車はゆっくりと、しかし力強く動き始めた。

 身体を揺さぶる無骨な振動は、確かに乗り心地が良いとは言えない。でもそれ以上に、彼らの不器用な優しさが確かな温もりとして、じんわりと心の中を満たしていくのをそれぞれに感じていた。

「またねー!! 聖女様たち~~!!」

 子どもたちのまだ少し舌足らずな声援が、風に乗ってどこまでも追いかけてくる。その隣では、村人たち全員が晴れやかな笑顔で、手を振っていた。

 エレナも、そして仲間たちも、その光景が地平線の向こうに消えるまで、しっかりと手を振り返した。

 ──たしかに、ここは“呪われた村”だった。

 だが、今は違う。

 これからあの場は、過去とおなじように美味しいミルクが採れる場所に戻るだろう。

 〜*〜*〜*〜

 ──そして。

「もう間もなくだぜぇ~~!」

 外から陽気な声が響き、エレナは少し身を起こして顔を覗かせた。

 視界に飛び込んできたのは、朝日を浴びて白亜に輝く、巨大な城門。その表面には緻密にして華麗な金の装飾が施され、単なる“街の入り口”というより、“王国の玄関口”と呼ぶべき荘厳な空気を纏っていた。

 ガタン、と今日一番の大きな音を立てて馬車が止まる。

 一行は順番に、メモリスの大地へと足を下ろしていった。

「おう、ありがとな!!大助かりだぜ!」

 グレンが元盗賊たちの背中を感謝の意を込めて力強くバンバンと叩くたび、彼らが「ぐっ」とカエルのような呻き声を上げている。

(グレンさん……その感謝、たぶんすごく痛いと思うんだけど……)

「ありがとう。心から感謝する」

 シイナは優雅に一礼して感謝を伝える。その横では、ミストが門を見上げて唸っていた。

「んー! これはまた壮麗な門ですねー! この規模はもはや“街”ではなく“王国”クラスですよ! 素材は白亜長石、金の装飾は魔力的な意味合いよりも権威の象徴と見るべきか、いやしかしこの紋様の配列は……ぶつぶつ」

 分析モード全開。いつも通りのミストで、なんだか安心しちゃうな。

 先に降りていたシオンが、そっとエレナに手を差し出してくれる。その騎士のように優しいエスコートで、エレナは無事に馬車から降りた。

 全員が地に足をつけたのを見届けると、村人たちは高らかに叫んだ。

「では皆さん!! 達者でな!! いつでもミルサーレ村に来てくれよな!!」

 彼らはそう言い残し、満面の笑みで馬車を走らせていった。

「ここが……メモリス……」

 エレナが門を見上げながら小さく呟いた。

 ──新たな旅路の、その玄関口。

 エレナたちはメモリスの門番のもとへと、希望を胸に、ゆっくりと歩き始めた。

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