登入ある休みの日、眠っているとスマホの着信音が鳴った。私はスマホを手に取り、寝ぼけた頭で通話ボタンを押す。
『陽菜、おはよう。今大丈夫か?』「おはよう。大丈夫だけど、どうしたの?」 声で蓮だと気づいた。電話越しだと蓮の声が低く聞こえて、不意にドキッとする。『今から家、来れないか?』「いいけど……」『じゃあ待ってるな』 それだけ告げると通話は切れてしまった。「あっ……」 私は暗くなった画面を見つめる。ゆっくりと体を起こし、あくびをした。「顔洗お……」 私は洗面所に行って顔を洗う。ひんやりとした水で目が覚めて、頭がすっきりとした。 そして、着替えて私は蓮の家に行った。インターホンを押すとすぐに蓮が出て来てくれる。「急に悪いな」「ううん、平気だよ」 私は玄関に入り靴を脱ぐ。蓮は部屋に入る前に足を止めて振り返った。「ちょっと目、瞑ってて」「ん、こう?」 私は目を瞑る。すると、蓮が私の腕を掴み優しく引く。そ♢♢♢ 俺は今どこにいるのだろう。俺の意識は暗い世界の中に閉じ込められてしまっていた。薄っすらと大切な人の声が聞こえてくる。でも、頭が痛くて目を開けることが出来ない。まるで、頭の中を直接鈍器で殴られているようだ。頭の痛みに耐えていると目の前に光が見えた。それに向かって歩く。光に触れたところで視界が暗転した。次の瞬間、ざわざわとした音が聞こえてくる。 ――なんだ? 「翠!早く行こ!」 ――これは、プール?「翠って案外ビビりだよな」 ――これは、三人でホラーを見てるのかな。「翠!これ食べてみて」 ――あ、陽菜があーんしてくれてる。「翠!ゲームしよ!」 ――これは、夢?「翠!大好き!」 ――っ。違う。これは…… 「翠!」「翠」 ――これは、俺の記憶だ。 事実に気づき、次から次へと映像が流れ込んできた。閉じた瞼の奥に涙が溜まる。温もりが頬を伝った感覚があったが、もう少し思い出に浸っていたかった。そこで、とある思い出が頭の中を流れて、思わず息を飲み込む。心が温かくなり、頬の筋肉が緩んだ。そして、小さい声が頭の中に響く。「私ね、おはようって言葉が一番大切なんだ」「そうなの?」 夜空を見上げた陽菜の横顔をじっと見つめる。どこか憂んだ表情の陽菜から目が離せなくなった。「どんなに憂鬱な朝でも、おはようって聞くだけで、やる気が出てくる気がするの」 少し微笑んだ陽菜の口元からは優しさが滲み出ていた。宝物を触るように大切に言葉を紡ぐ。「おはようって言われるだけで気持ちが晴れる気がするんだ。だからさ――」 そして、陽菜は大きく深呼吸をしてからゆっくりと俺の方を向いた。「これからも一番におはようって言ってくれる?」 そうだ。あの時俺は、これからも一番におはようを伝える存在になるって誓ったんだ。それなのに。それなのに……。 大きく息を吸えば、今度は川辺に腰掛けている陽菜の横顔が頭の中に流れてくる。「いつもありがとう。翠がおはようって言ってくれる
ある休みの日、眠っているとスマホの着信音が鳴った。私はスマホを手に取り、寝ぼけた頭で通話ボタンを押す。『陽菜、おはよう。今大丈夫か?』「おはよう。大丈夫だけど、どうしたの?」 声で蓮だと気づいた。電話越しだと蓮の声が低く聞こえて、不意にドキッとする。『今から家、来れないか?』「いいけど……」『じゃあ待ってるな』 それだけ告げると通話は切れてしまった。「あっ……」 私は暗くなった画面を見つめる。ゆっくりと体を起こし、あくびをした。「顔洗お……」 私は洗面所に行って顔を洗う。ひんやりとした水で目が覚めて、頭がすっきりとした。 そして、着替えて私は蓮の家に行った。インターホンを押すとすぐに蓮が出て来てくれる。「急に悪いな」「ううん、平気だよ」 私は玄関に入り靴を脱ぐ。蓮は部屋に入る前に足を止めて振り返った。「ちょっと目、瞑ってて」「ん、こう?」 私は目を瞑る。すると、蓮が私の腕を掴み優しく引く。そして、少し歩いてから足が止まった。沈黙が心配になり声をこぼす。「……蓮?」「目、開けて」 そっと目を開けると、壁に華やかな飾り付けがされてあり、「Happy Birthday」と書かれているケーキが机に置いてある。「わぁ!すごい!」「誕生日おめでとう、陽菜」 するとどこから出したのか、蓮がクラッカーを鳴らす。火薬の匂いが鼻先をくすぐった。「ありがとう!」 蓮が床に散らかったリボンをかき集めて、端に寄せる。立ち上がってケーキを手に持った。「ケーキ切ってくるから座って待ってて」「分かった」 そう言って台所にケーキを持っていく。私は荷物を置いて椅子に腰掛けた。ケーキの匂いに心が躍る。飾り付けられた壁を見ていると、蓮がケーキをお皿に乗せて戻ってきた。「はい、どうぞ」「いただきます!」 私は手を合わせてからフォークを握る。「ん〜!美味しい!」「良かった」 蓮は安心したような表情を浮かべて、ホッと息をついた。
短かった冬休みが明け、新学期になった。「陽菜ー」 教室に入って椅子に座ると、志織が駆け寄ってくる。「あけましておめでとう」「あけましておめでとう、志織」 ニコッとした笑顔でお互い挨拶を交わす。すると志織は私の前に座り、ぐでっと机にうなだれた。「もう後ちょっとで三年生じゃんー……」「一年、あっという間だったね」 志織は眉を寄せて唇を尖らせる。私はそんな志織を見て微笑みを浮かべた。「ほんとに。昨日まで一年生だった気分」「それは遅すぎかも」 私は志織の言葉にクスッと笑う。それに釣られてか、志織の表情も柔らかくなった。「陽菜、もうちょっとで誕生日じゃん」「うん」 志織はガバッと顔を上げて私に近づく。私は少し驚いて目を見開いた。「蓮と出かけるの?」「まだ決めてないなぁ」「そっかー」 私が首を横に振ると、志織は少し残念そうな表情を浮かべて私から離れた。「二人ともおは」「おはよー」 直宏が志織の顔を覗き込むようにして挨拶をした。志織は頬杖をついて直宏に挨拶を返す。「一週間しか経ってないのに長く感じるな」「否定できない……」「否定しようとすんな」 志織は悔しそうな表情をして、机に拳を落とす。直宏は志織の肩を優しくつついた。「みんな、お餅食べた?」「食べた!」 私は食い気味に答える。志織はクスッと笑った。「喉に詰まらなかったか?」「もう! そんな大事件起こさないよ!」 蓮は本当に心配そうな表情で私を見ている。私は唇を尖らせて顔を背けた。「ねぇテスト前に四人で出かけない?」 そんな志織の提案に私の耳はピクッと動く。私はゆっくりと視線をそちらに向けた。「テスト前って、お前勉強しなくて大丈夫なのかよ」 蓮はため息をついた。しかし、その表情からはどこか優しさが滲んでいる。「いいじゃん。すぐテストきちゃうんだもん」「俺はいいけどよ……」 直宏は心配そうに私たちのことを見る。私と蓮は一度視線を合わせて頷いた。
「あけましておめでとう」 私たちはお正月、近くの神社で待ち合わせをしていた。「あけましておめでとう、陽菜」 蓮が優しく微笑む。私は手を振りながら蓮に近づいた。「お参りするか」「そうだね」 私たちは参拝客の列に並ぶ。私たちの前にはカップルらしき二人が並んでいて、腕を組んで仲睦まじそうに顔を寄せ合っていた。「屋台もいっぱい並んでるね」「結構豪華だよな」 私は周りを見渡す。参拝客だけでなく、屋台の前にも人がたくさん集まっていた。「お参りってどうやるんだっけ?」 私はふと思ったことを口にする。「どうやるも何もないだろ」「ほら、作法みたいなのあるじゃん」「あー……」 蓮は顎に手を当てて考えた。「確か、二礼二拍手一礼だったな」「あーそれそれ!」 私は手を叩き、頷く。「蓮は何お願いするの?」「内緒」 蓮は自分の口に人差し指を当てる。私は唇を尖らせた。「えー……」「言ったら叶わなくなるだろ」「それもそっか」 私たちはクスッと笑い、見つめ合う。隣で子どもたちが追いかけ合っていて、砂埃が舞った。「お金用意したか」「うん!」「じゃあ行くぞ」 蓮は私の手を引いて賽銭箱の前に行く。賽銭箱の前で二回お辞儀をし、お金を投げ入れた。太い縄を揺らして鈴を鳴らす。手を二回叩き、願い事を頭に浮かべた。そして再度一礼をする。すばやく賽銭箱の前を離れた。「陽菜は何お願いしたの?」「あれ? 叶わないんじゃなかったっけ?」 私は揶揄うように目を細めて、クスッと笑う。「まぁでも蓮と同じようなことだよ」「そうか」 私は空を見上げて目を閉じた。 ――蓮と翠といつまでも仲良くいられますように。 蓮が私の手を掴む。私は目を開き、蓮に視線を向けた。「おみくじ引くか」 蓮は楽しげな表情で私を見つめる。蓮の声が弾んでいるように聞こえた。「蓮には負けないもんね」「勝ち負けじゃないだろ」
カーテンの隙間から一筋の光が差した頃、私は目を覚ました。目をこすりながら体を起こす。「おはよう」「うん、おはよう……」 先に起きていた蓮はすでに着替えていて、優しい笑みで迎えてくれた。「眠そうだな」「んー……」 私はうとうとしながら、ベッドの上に座っていた。「顔洗ってきたら?」「……そうする」 私はふらふらした足取りで階段を降りる。うっすらとした視界でお風呂場の扉を開くと誰かにぶつかった。「あ、ごめん」 そこで少し意識がはっきりする。「陽菜、おはよう」「おはよう」 顔を洗い終えた翠が、タオルで拭きながら私に微笑んだ。「眠そうだね」「ん」 私は立ってるのもやっとで、翠に頭を預ける。「ひ、陽菜?」 翠は動揺したようで、声が少し震えていた。「眠い……」 そのままズルズルと床に座り込む。翠が体を支えてくれていた。「え、ちょっ……」 翠が私の体を揺らす。私はそのままゆっくりと瞼を閉じた。薄れゆく意識の中、蓮の声が聞こえる。「陽菜、大丈夫か?」 ガチャッと扉が開く音がする。「って、翠。どういう状況だ?」「なんか眠いって言って倒れて来たけど……」 少し沈黙が流れる。後ろからため息の音が聞こえた。「おーい。陽菜、起きろ」 蓮は私の肩を叩く。「仕方ないか」 そこで私の体はヒョイっと持ち上げられた。意識が徐々にはっきりしていく。「んー……わっ!蓮?」「あんま動くな」 私は驚きのあまり蓮の腕の中で体が跳ねた。私はボーッとしている頭を頑張って回転させる。「なんで……」「なんでって陽菜が床で寝るからだろ。寝るなら部屋で寝ろよ」「ご、ごめん」 蓮は少し不満そうな表情をしている。そんな表情を見て胸がざわついた。「はい」 部屋まで来るとゆっくりとベッドに降ろしてくれる。柔らかい布団が私の体を包んだ。「また後で起こしに来るからゆっくり寝てろ」「ありがとう」 蓮
今日はクリスマスイブで、蓮の家に泊まることになっている。蓮の家に泊まるのは幼稚園生の頃以来で、胸が高鳴った。 「お邪魔します」 「今日は誰もいないから安心しろ」 リビングに行くと、静けさの中にテレビの音だけが響いていた。 「みんな出かけてるの?」 「母さんたちは仕事。翠は買い物しに行くってよ」 「そっか」 私はコートを脱いでソファの角に引っ掛ける。荷物を端に置いてソファに腰掛けた。 「今日ご飯どうする?」 「買いに行くでいいんじゃない?」 「そうするか」 蓮は私の前にあるテーブルにお茶を置くと、立ち上がって背を向けた。 「どこ行くの?」 「ゲーム取ってくる」 そう言って扉が静かに閉まる。ソファに深く腰を預け、肘掛けに肘を乗せ頬杖をついた。テレビのリモコンを操作し、チャンネルを変える。年末だからかお笑いやニュース番組ばかりで、この部屋の静けさには似合わなかった。 適当な番組を見て待っていると蓮がゲーム機を持ってくる。一つカセットを取り出して笑顔で告げた。 「これやろうぜ」 「それホラーじゃん!」 「冗談だよ」 蓮は面白そうに肩を揺らして笑った。そして私の隣に腰をかけた。 「はい」 蓮がゲームのコントローラーを手渡してくれる。私はそれを受け取り、ソファの前方に浅く腰をかけた。 「これ昔よくやったよね」 「そうだな」 蓮が持ってきたのはカーレースのゲームだった。運要素もあるので小さい頃に翠も含めて三人でやった覚えがある。 蓮が画面を操作し、ゲームがスタートした。 その後はゲームに集中していて、鼓動の速さを気にすることもなかった。夕方のチャイムが鳴り、そこで初めて時間の経過に気づいた。 「一回しか勝てなかっ
体育祭当日、いつもよりも早く起きて、身支度を整える。グラウンドと応援席の準備があるため、三十分登校時間が早いのだ。 カバンを手に取り、扉を開ける。「陽菜、おはよう」 階段の下から蓮の声が聞こえて、思わず体が跳ねた。「びっくりした……蓮、待ってたの?」「俺もいるよ」 蓮の後ろからヒョコッと翠が顔を出す。私は階段の途中で止まり、目を丸くした。穏やかな笑みを浮かべた翠を見て頬が緩む。階段を降り、蓮と視線を合わせる。蓮は優しく微笑んで言葉をこぼした。「一緒に行こうぜ」「うん」 私が頷くと蓮は歩き出す。その
今日から体育祭に向けてリレーの練習が始まったようだ。遅くなるから先に帰って良いと言われて、帰ろうと一人で下駄箱に向かう。 靴箱を開けると、久しぶりに丸められた紙が出てきた。大きなため息をついて無造作にそれを開く。目に入った文字に私は思わず声を出してしまった。 「え……」 以前は暴言だけだった紙にはっきりと「男たらし」と書かれている。 ――どういうことだろう? 私が話す男の人といえば
翌朝、扉を開けるといつも通り、二人が笑顔で私を出迎えた。「陽菜おはよう」「おはよう、陽菜」 先に蓮が私に挨拶をして、蓮の肩から顔を覗かせている翠がその後に続いた。いつも通りの翠に期待で胸を膨らませる。――そんな期待もすぐに弾かれることとなる。「陽菜、体調大丈夫?」「うん。昨日たくさん寝たから大丈夫だよ」「何かあったらすぐ言えよ」「ありがとう」 昨日、翠には体調が悪くて帰ると電話で伝えていた。翠も帰ると言ってくれたけれど、入院のこともあるし授業は出た方がいいと伝えると、渋々頷いてくれた。 胸を撫で下
海沿いを車で走って三十分のところにある旅館が今回宿泊する場所だ。二階建ての和風建築で、木造の茶色い床が私たちを出迎えてくれる。木特有の香りと温泉の匂いが混じり合って、自然豊かな香りが入り口から感じられた。 二階に上がり、適当に荷物を置いて窓に駆け寄る。窓から広い海を眺めることができた。窓を開けると潮の香りが風に乗って入り込んでくる。自然豊かな環境に心の奥から安らぐ気持ちが広がった。「海、綺麗に見えるよ!」「相変わらず楽しそうだな」 そう言いながら蓮は私の隣に立つ。先ほど見ていた時とは違い、夕陽に照らされ、海が琥珀色に輝いていた。「この海