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第4話

米菓子11
母は亡くなる直前、古い実家の鍵を私に託した。

それは母が私に残してくれた唯一の形見だった。

同時に、私にとっての永遠の逃げ道でもあった。

3年前、私はその鍵を蒼真に渡し、保管を頼んでいた。

私がLINEで鍵を返してほしいと伝えると、随分と時間が経ってから彼から電話がかかってきた。

「その鍵でちょっとしたことをしたんだ。怒らないで聞いてくれ」

「何をしたの?」

「柚葉が実家の立地を気に入って、あそこにアトリエを建てたいと言い出したんだ。だから鍵を渡して、中を見に行かせた」

「どういう権利があって、私のお母さんの家に彼女を立ち入らせたの?」

「ただ中を見ただけだ。もし気に入れば彼女が買い取るって言っている。かなりの高値でな」

私は無言で電話を切り、すぐに柚葉の番号に発信した。

「鍵を返して」

彼女は電話の向こうでふっと嘲るように笑った。

「綺織さん、何をそんなに焦っているの?ただ下見に行っただけよ。蒼真さんも、どうせ空き家にしておくくらいなら私に売った方がいいって言ってたわ」

「あれは私の家よ。彼のじゃない」

「でも、あなたは彼に鍵を預けていたでしょう?法律上はそれを授権って呼ぶのよ。それに、私はあなたのボロ家になんて興味ないわ。ちょうど私と蒼真さんは今ここにいるから、自分で取りに来ればいいじゃない」

彼女は一方的に電話を切った。

私はその夜のうちに最終の長距離バスに飛び乗り、実家へと向かった。

実家の前に着くと、玄関のドアは開け放たれ、中は煌々と明かりがついていた。

中に足を踏み入れると、そこは無惨な有様だった。

壁は叩き壊され、床板は乱暴に剥がされ、家具は庭に山積みにして投げ捨てられていた。

壁に飾ってあった母のお気に入りの絵画は半分破られ、力なく垂れ下がっている。

私が窓辺で大切に育てていた君子蘭の鉢は床に叩きつけられて割れ、土が一面に散乱していた。

それは母が生前一番大切にしていた花で、亡くなる前に「ちゃんと世話をしてね」と私に言い残したものだった。

私はその場にしゃがみ込み、散らばった陶器の破片を一つ一つ拾い集めた。

柚葉は無残に荒らされたリビングの中央に立ち、蒼真がその隣に寄り添うように立っていた。

「どういう権利があって私の家を壊したの?」

柚葉は蒼真の腕にすり寄った。

「綺織さん、この家はあまりにも古すぎるわ。私と蒼真さんで話し合って、少し手を入れてあげようと思ったのよ。

それに、この家は本当にあなたの名義なの?お母様が亡くなって、まだ相続登記も済んでいないんでしょう?」

彼女はしゃがみ込み、床から君子蘭の千切れた葉をつまみ上げると、立ち上がってそれをポイとゴミのように捨てた。

「あなたのお母様が育てていた花は、まるであなたと同じね。見た目がちょっと綺麗なだけで、何の役にも立たないわ」

私は立ち上がった。

心の底から激しい怒りがマグマのように込み上げてきた。

もう理性を抑えきれず、思いきり彼女の頬を平手打ちした。

彼女は顔を押さえてよろめき、蒼真の胸にぶつかると、瞬時にボロボロと涙をこぼした。

蒼真はそれを見るなり、私を力任せに突き飛ばした。

男の強い力だった。

私はバランスを崩し、敷居の外のコンクリートの地面に激しく倒れ込んだ。

手のひらを砂利の山に強くつき、血が滲み出した。

膝もすりむいて血が流れていた。

彼は柚葉をかばうように立ち塞がり、私を見下ろして冷酷な声で吐き捨てた。

「何を狂った真似をしてるんだ?」

柚葉は彼の背後に隠れ、顔を覆って泣きじゃくっている。

「なぜ彼女に手を出した?文句があるなら俺に言えよ」

私は冷たい地面にへたり込んだまま、彼を見上げた。

手のひらと膝から走るジンジンとした痛みに、全身が小刻みに震えた。

しかし、柚葉をかばって私の前に立ちはだかる彼の姿を見ていると、不思議ともう何の痛みも感じなくなっていた。

私はゆっくりと地面から立ち上がった。

彼を一瞥し、背を向けてその場を立ち去った。

私は南部の海沿いの小さな町へ向かう列車の切符を買った。

列車が動き出した時、窓の外の空がようやく白み始めていた。

座席に深く背を預け、目を閉じる。

頭の中には、臨終の際に母が私の手を固く握って言った言葉だけが何度も響いていた。

「あなたを待たせるような男は選んではだめよ」

……

翌日、蒼真が私のアパートを訪ねると、ドアは開け放たれ、清掃業者がハウスクリーニングを行っていた。

彼は呆然とその場に立ち尽くした。

「ここの住人は?」

「ああ、引っ越しましたよ。昨日で退去手続きが終わってます」

彼は玄関に立ち、部屋がすでに空っぽになっていることに気づいた。

部屋の片隅に残されたローテーブルの上には紙袋が置かれており、その中には彼が私にくれた物の大半が詰め込まれていた。

彼がそれに手を伸ばすと、袋に一枚のメモが添えられているのに気づいた。

そこに書かれていたのは、たった一言だった。

【おめでとう】

彼はそのメモを強く握りしめ、手が小刻みに震え始めた。

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