小屋の外ドアのノックは、アビだった。「入れ!」 クロが理久を胸に強く抱いたまま、普段理久に対して出すのとは違う、低く王らしい支配者の声を出した。 こんな時のクロは本当に、理久がビックリする位迫力がある。 そして…… 同性の男の理久から見ても、ビックリする位、りりしくてカッコいい。「失礼致します……」 アビは、扉を開けそっと中に入り、そのままそこに両ひざを着き跪いた。 クロに対して、全面降伏の姿勢だった。「クロ!アビさんは、俺が自分の世界に帰れなくなるのを心配して帰してくれようとしたんだ。俺が以前、クロのプロポーズ断ったから……だから!」 理久はクロの胸の中に収まったまま、クロから感じるアビへの静かな、しかし強い怒気にアビを庇った。 そして、アビに続けて告げた。「アビさん……俺、この世界に移住する事に決めた……クロは、この世界のこの国に、絶対に必要な王のはずだから……」 アビは、ハッとして理久を見たが、すぐにうっすら苦笑した。「やはり……そうですか……」「理久!お前、そんな事をしたら!もう一度、もう一度、二人で考えよう!」 クロが、表情を歪め叫んだ。 クロはまだ、自分が王位を捨てて理久の世界へ行く気なのだろう。 まだ、理久の決断に同意しかねているようだ。 理久は、クロなら獣人から人間に化けれるし、理久の世界でうまく生きる、何か考えがあった上での事ではあるだろうと思った。 そして、同意しかねてるのはアビもそのようで、理久に念を押してきた。「理久さん……お分かりだと思いますが、それは、ご両親と自分の体の一部をえぐられるような思いをして別れなければなりませんし……さっきも少し言った通り、多分この世界は理久さんには未知の世界で、苦労をする時もかなりあると思いますが……やはりそれでもですか?」 アビの理久を見上げる瞳が余りに真剣で湖面のように静かで…… 理久は一度見入ったが、やがて口を開いた。「一度自分の世界に帰って、一生後悔しないように父さんと母さんと話して来る。でも、俺は、必ずこの世界に、クロの所に戻って来る。どんな事があっても俺がこれから生きる場所は、クロの傍しか考えられないし、クロの傍で生きられないなら、俺はもう生きていても仕方ないんだ……」 理久にはこれ以上無い断腸の決断で、言いながら鼓動が速まる。「理久……」
理久が、生まれて初めてキスされたのはクロが相手で…… 今、自分から初めて他人にしにいっているキスも、クロが相手で…… 唇同士の触れ合いが優しくて…… でも、胸が張り裂けそうな位、切なかった。 やがて、理久と獣人クロは、互いに照れたように唇を離すと…… 理久もクロも、すぐに又お互いの唇が欲しくなり、又自然と唇を重ねた。 だが、次のキスは、クロの舌が理久の口内に迷い無く入ってきた。 「んっ……んん!」 理久は驚いたが、クロの舌に戸惑いながら理久の舌を絡ませた。 「ジュッ……ジュッジュッジュッ……」 淫らな音が立ち始め、まるで理久の舌がクロに喰われそうな感覚がして、理久はクロの胸を押しキスを解いた。 「クロ!ダメ、ダメだ!」 理久は、顔を赤らめながら横を向いた。 すると、さっきはあんなに獣耳と尻尾をペタンとさせてかわいかったクロが…… 今は息も興奮して獣耳も尻尾もピンと立たせて、更に口元左右の牙を剥いて獣そのものだ。 だが、そんな姿も、クロの美貌と肉体美で官能的に理久には映る。 すると、犬の時はあんなに理久の命令をすぐに実直に聞いたはずのクロが無言で、強い力で理久を小屋の壁に押しつけて、更に唇にキスしようとしてきた。 「クロ!ダメだ!ダメ!」 理久は、クロの獣人の体を押し返そうとするが、理久の人間の力では敵わない。 そしてクロは、ハアハア息激しい息をしながら更に理久を壁に強く押し付けると、理久の首や頬に、激しいのに甘く、キスしたり舌を這わせて舐めた。 クロのその行動はまるで、理久の「ダメ!」と言う言葉に犬の姿の時のように反応して我慢しようと葛藤しながらも、理久に唇へのキスをねだっているように見えた。 「ここは、ここじゃイヤだ!もっと、もっと、ゆっくり二人きりになれる所で、クロとキス……沢山したい……キス、沢山しよう」 理久は、又クロの胸を押しつつ、クロの目を見て呟いた。 理久とクロの唇は、数センチしか離れてない。 クロはまだ興奮しながらも、理久の大胆な告白に一瞬固まった。 そこに、理久が続けた。 「それに、アビさんがもうすぐ来る。クロ、よく聞いて。アビさんが言ってたんだ。もう、クロのこの世界とオレの世界を結んでる城の魔法陣を直すのは、アビさんでも、多分他の誰にもできない
物置き小屋の中で…… 理久とクロは立ったまま…… 今こそはクロが、本物の理久を強く抱き締めた。 雑多に、壺や色々な日用品が棚や床に置かれ、ムードも無いが…… 理久は、ここと同じ場所でのさっきのクロと偽者の理久の二人きりのシーンを見ていただけに…… 今全く同じシチュエーションで…… 今クロが抱き締めたのが偽者の理久でなく、本物の理久、自分であってくれて本当に嬉しかった。「クロ…」 理久は顔を紅潮させたが…… すぐおずおずとだが理久もクロを抱き締めた。 やがて、理久とクロは静かに目を閉じて、暫くただ無言で抱き締め合った。 物音一つしない、静かな刻がどれだけ経ったか。「理久……クレメンスから魔法陣の事を聞いたか?……」 クロが、少し理久の体を離し申し訳なさそうに呟いた。「聞いたよ……クロ……」 理久は、クロの顔を見上げ告げたが、その後、クロの気持ちを少しでも軽くして上げたくて微笑んだ。「黙っていてすまなかった。でも、なんとしてでもクレメンスを見付けて魔法陣を完治すつもりだった……それに……」「それに?……何?」「それに……理久に魔法陣が消えかかっている話しをして、理久にどう言われるか……俺は……俺は……怖かった。今すぐ自分の世界に帰りたいとか、魔法陣が消えるならもう俺に会えなくても仕方ない……もう会えなくてもいいと言われるんじゃないかと……」 そう呟いた獣人クロの頭の犬耳がペタンと伏して、尻尾も下がりしなしなにしなびた。 犬のクロも向こうの世界で、理久の学校の帰りが遅くて気持ちが沈んだ時などはこんな感じだった。 こんな感じで、家の中の玄関の方で、ずっと理久の帰りを待っていた。 獣人のクロは理久より長身で筋肉もある逞しい男なのに…… しかも、この世界のこの国の獣人王で、沢山の者の上に君臨する身分で…… さっきも、沢山の魔物相手にも全く怯む事も無かったのに…… 理久の事ではこうなってしまう。 分かり易い反応とそのギャップに、理久は胸がひどくザワつく。 そして今度、これもよく、犬のクロが理久に甘える時にした仕草だが…… クロは理久の左肩に、クロのおでこをそっと乗せ言った。「俺は、ちゃんと理久と話しをしたい。俺は、理久とこのまま別れて二度と会えなくなるなんて……どうしてもイヤなんだ……絶対に絶対にイヤだ!」 なんだか
暗闇の世界。 その中の前方に走る、理久の世界に続く黄金のトンネルの光が、暗黒の世界の視界も照らしていたが…… その光は、暗闇に突然空いた穴から顔だけを覗かせた魔物をも照らした。 その顔は、理久が散々プレイしたゲームの中のトロールに激似だった。 凶悪で粗暴。 それが顔に出まくっている。 そして、カタコトで気持ちの悪い事を言う。「ヒトノオトコ、キモチイイ。オイシイ」(ヤバい!) 理久がその魔物を、穴から出てこれないよう押し返えすべきか悩んだ時…… 穴が崩れ更に大きくなった。 穴から理久の前に、一匹の魔物の全身が出てきた。 身長が70センチあるかないかの小さな体には、黒い羽が付いている。 それをブンブンと嫌な音をさせながら飛び、魔物は、体に見合わない大きな剣を持ちチラつかせニヤリと嗤う。 そして、そんな同じようなのが何体もその後ろ、穴の中にもいる。 魔物が、剣を大きく振り上げた。 理久は、間に合わないかも知れないが必死で足を動かせ逃げた。「理久さん!」 アビは助けに走ったが、その瞬間…… 疾風のようなモノがアビの横を駆け抜けた。 そして……「ギッ!ギャッ!」 穴から出ていた魔物が、赤い血を体から吹き上げながら、不気味な声を上げ下に墜ち転がった。 理久は、何が起こったか分からず立ち上まり振り返った。 すると、理久の前にクロの背中が見えた。 クロの振るった抜き身の大剣が、魔物を一刀で斬り捨てたのだ。 クロが理久を探していたアビの家の庭の空間に突然出現した小さな亀裂。 クロはそれを崩しこの場に入ってこれた。「ギッ……ギギッ……」 クロが、まだ穴の向かうにいる残りの魔物達を睨むと、そのクロの大きな野獣のような圧に、魔物達は鳴き声を上げながら後に下がった。「理久……大丈夫だ!俺を信じろ!」 クロが、魔物を睨みながら左手を後ろにやり、、近づいてきた理久の体をクロに密着させた。「クロ、信じてるよ、ずっと前から、ずっと前から」 理久はこの状況なのに、酷く落ち着いた口調で言った。 その言葉に、前を向いたままのクロの背中がピクリと反応した。「ギッ……ギギッ……ギギギッ……」 剣を手に魔物達は、クロとクロの抜き身の剣に圧倒され、更に後ろに下がる。 それを見計らい、アビが崩れた暗黒の壁に向かい呪文を唱えた。 崩れ
理久は声も出せず、暗闇に魔法で映し出される、離れた場所にいるクロと偽理久の光景を見るしか無かった。 自分そっくりの偽者の手が、クロの股間に降りていく、その様子を… しかし…… 「止めろ」 クロは静かに言うと、偽の理久のその誘惑の手を途中でつかみ止めた。「どうして?……」 偽者の理久は、悲しそうにクロを見詰めた。「俺は、本物の理久としかこう言う事はしないし、したくない!俺には……本物の理久しかいない!」 クロは、キッパリとそう言うと、偽者の理久の手を退けて、本物の理久を追おうと城へ戻ろうとした。「クロ……」 理久は、安心と嬉しさが込み上げ心の底から呟いた。 こんな暗闇の世界から出て、早くクロの元に行きたいと心底思った。 だがそこに……その声に反応したかのように……「ピシッ……」 小さな音を立て、理久とアビ二人だけのいる暗闇の空間の1箇所に僅かな亀裂が走った。(はっ?馬鹿な……僕の魔法が……) アビは、それを見て目を剥いた。「クロ!クロ!」 亀裂に気づかず、離れている隔絶された暗闇の空間から、本物の理久が続けて叫んだ。 その声は、まるで亀裂から漏れ出たかのようにクロに届いた。 てっきり、本物の理久は理久の世界へ帰ったと思っていたクロは驚くが、辺りを見回し叫んだ。「理久!理久!どこだ!どこにいる!」 クロは、偽の理久を置いたまま、内鍵を開け速攻物置き小屋から飛び出て、又庭やアビの家周辺を必死で見回す。「理久!理久!どこだ!理久ー!理久ー!俺を呼べ!今すぐに行く!俺を呼べっ!」 クロの声も、理久に届く。「クロ!クロ!俺は帰ってない!帰ってない!」 理久はまだ亀裂に気付かず、尚叫んだ。「理久!理久!どこにいる!」 クロも、理久のその声に反応し必死の形相で叫んだ。 アビは、急ぎ亀裂を魔法で修正しようとした。 だが…… 「理久ぅー!」 一際大きく、クロがその名を野獣が叫ぶ如く呼んだ。 心の底から理久を求めるように。 すると、さっきと違う1箇所に、今度は大きめの亀裂が走る。 アビは、又驚愕した後、戦慄した。(そんな……理久さんと陛下の互いへの想いが無意識に、僕の作った暗黒の空間が邪魔だと潰しにきてる!何故二人の想いにこんな力が?僕の魔法が!僕の魔法が崩れる!) アビは焦り、大声を出した。「理久さん!止め
「クロぉ…」 偽者の理久は、更に強くクロに抱きつき、甘える声でクロを見上げた。「クロ!違う!それ俺じゃ無い!俺じゃ無い!」 理久は、今理久がいる暗黒の世界の一端に鮮明に映るその二人の姿に更に叫んだ。 しかし、その声は、勿論クロには届かない。 それ所かクロは、偽者の理久に顔を近づけていく。 ゆっくり……ゆっくり……ゆっくり…… 偽の理久もゆっくり目を閉じた。(キスする!ウソだろ!) 理久は言葉を失い、息が止まりそうになる。 しかし……「お前……誰だ?近くで見れば見る程理久にそっくりだが……」 クロは、偽理久とキスしそうな程に顔同士が近い。 そして、クロは、偽理久をマジマジ見詰めながら呟いた。 クロの声は、怖い位、地を這うように低い。 偽理久は、てっきり自分がキスされると思っていたのにビックリして瞼を開けた。「え?クロ、何言ってんだよ。俺、理久じゃん!」「違う……お前は、理久じゃない……」「クロ!どうしたんだよ!俺は、理久だよ!」 偽理久は、必死にクロの両手を、自分のそれで握った。 たが……「他の奴は騙せても、俺は騙せんぞ……答えろ……本物の理久は何処だ?」 一瞬、無言の時間が流れる。 だが、余りにクロの声も視線も厳しくて、偽理久は早々に諦めた。「なーんだ……上手くやってたと思ったのに……でも、本物の理久なんてもうどうだっていいじゃんか!この世界へ来ても、うだうだうだうだクロが獣人なのを悩んでるような奴!」 偽理久は、又クロの逞しい体に無邪気っぽく抱き付き、その顔を見上げた。 本当の理久は、偽者に理久の悩んでいた事をズバリと当てられてしまい腹が立つ反面、自分を正当化出来無かった。 理久がこの異世界へ来て、あの犬のクロが獣人で、しかも獣人国の王様だと言う事にずっと気持ちが引っかかり悩んでたのは本当だった。 だがクロは、偽の理久を自分の体から離し言った。「俺が急に現れて本物の理久が色々悩むのは当たり前だ。俺だって最初は、俺が獣人だとバレたら理久に嫌われるかも知れない、どうしたらいいかうだうだ悩んだ……本物の理久は何処だ?!」 偽理久は、クスっと笑った。「あ~あ、残念だけど……本物の理久は、クロに黙って自分の世界へもう帰ったよ!」「ウソ付くな!俺はまだ帰ってない!」 本物の理久は、暗闇の世界からクロと偽理久を