クロは、理久を軽々お姫様抱っこしたまま、野生動物並みの速さでクロの部屋へ連れこんだ。 やっと理久とクロは、二人きりになる事が出来る。 理久を抱くクロの背後で、クロが締めた「パタン…」と言う扉の音がやたら大きく理久に聞こえた。 クロは、理久を部屋の床に下ろす。 そしてその時の体勢から自然と前を向く理久の背中に、間髪入れずクロが抱きついてきた。 クロの体格が大き過ぎて、やはり理久はクロ体の中にすっぽり収まった。 クロは、野獣のような力で理久を抱きながら、それでも、手加減している優しさが理久には分る。 多分、本気でクロが理久の体を締めたら、普通の人間の理久など秒でひとたまりもないだろう。 理久の心臓は激しい鼓動を刻む。「理久……ダメだ……オレも一緒にお前の世界に行く。お前が心配で一人で行かせられない。お前の両親にも、きちっとオレからも言わなければ。お前をオレの生涯ただ一人の伴侶にしたいと」 クロが理久を背後から抱きながら腰を折り、理久の耳元に息と共に吹き込むように言った。 クロの息の熱さに、理久はブルりと体を震わせた。 そして理久は、正直その言葉が本当にうれしかった。 そして、このままクロと一瞬でも離れたら、二度と会えないかも知れない、クロと離れたくない不安にも苛まれていた。 だか……どう考えても…… 理久が一人自分の世界に帰り、一言両親に事情を告げる。 クロがこの世界に残り、明日の隣国の王との条約締結を成功させる。 そして明日、理久がこの世界に戻ると言うやり方が最善と思える。 それにさっき、アビが言っていた気がかりな別の事もある。 あの魔法陣は、使う人数が多い程、そして、使う人種や血統の違いによって消耗するスピードが変わるらしかった。 理久には、このアビの説明が全て理解できなかったが…… 簡単に言うと、王族の特別強い血統のクロが魔法陣を使うと、ただの人間の理久が使うよりも魔術陣はより強い力を発動し消耗しなければならないらしい。 それだけクロの血統には重い力があると言う事だった。「でも……魔法陣が消えかかってんのに、又クロが魔法陣を使ってオレと一緒に東京に行ったら、アビさんが最初に言ってたより早くに魔法陣が消えるかも知れない……」 理久は、両手でぎゅっとクロの抱き締めてくる両腕を握って、不安を口にした。「ぐっ……」
魔法陣をどうするかの話しの続きは、理久、クロ、アビ、レメロンで、城の一室の大部屋で遅い昼食をとりながらする事になった。 贅沢な造りの広い部屋の多くの窓からは明るい光が差し込むが、室内の雰囲気は緊張感が張り詰めていた。 アビの提案は…… 魔法陣の完全消失を防ぐ為…… 理久が自分の世界に帰った後、魔法陣の魔力を一度停止する。 すると、理久の世界とこの世界とを結んでいる扉は一旦消失し、一時期行き来出来なくなる。 そしてその間、理久とクロは離れ離れでお互いの世界で暮らす。 クロは、魔法陣の再生に必要なサランデの花をなんとかして入手する。 理久は理久の両親に、クロとの結婚の説得をゆっくり時間をかけて慎重にする。 そして、時間はかかるがクロが魔法陣を直し、両親を説得した理久を、理久の世界に迎えに行くと言うモノだった。 王室らしい、過剰な金の装飾のゴージャスな大きなテーブルに並べられた、肉中心の昼食とは思えない豪華な品の数々。 だが理久は、イスに座りそれらを目の前にしても、胸が締め付けられて全く食べる気にならなかった。 アビの提案にショックを受けて考え込んだ。「理久……大丈夫か?……」 その様子を見て、すぐ左隣のイスに座っていたクロが、座る理久の太ももにあった理久の左手を握って囁いた。 沈黙していた理久は、クロの温かい体温を感じやっと我に返った。 そして、考えていた事を正直にクロ達に告げた。「俺……この後一度一人で自分の世界に帰って両親にちゃんとクロとの結婚の事を言うけど、すぐにこの世界に、クロの所に帰って来たい。アビさん……だから俺、明日にはこの世界に必ず帰って来るから、それまで魔法陣の力は、異世界同士を繋ぐ扉は消さないで欲しい!」「理久!」 クロが驚きの声を上げた。 そして、理久とクロの向かいに座っていたアビは不安気に…… レメロンは冷静な表情のまま、無言のまま理久を見詰めた。 すぐにクロはイスに座ったまま理久に体を向けて背を屈めた。 そして、理久の両手を取り、クロの唇に押し当てながら強く握って言った。「理久……俺はこの後お前をお前の世界に送り届け、お前の両親にも正式に挨拶する。でも俺は、今回はこちらの世界に一人で帰ってくるつもりだ……」「クロ!」 理久は、たまらず声を上げた。 勿論、クロが理久と一緒に理久の世界に来て
城に帰り理久とクロは、真っ先にアビとレメロンを連れて魔法陣を見に例の部屋へ行った。 部屋は、クロが初めて入った時と変わらず古いモノを集めた独特の匂いがする。 するとアビは、暫く魔法陣を真剣に無言で眺めていた。 その様子を見ながら理久は、元々気楽な質で、魔法陣の事もアビならすぐに直せるとどこかで期待していた。 しかし、アビの表情は一行に浮上しない。 それ所が、魔法陣を見ながらずっと何かを考えていただろうアビのやっと発したその言葉は、理久とクロには酷だった。「思った以上に、魔法陣の状況は悪いです……」「えっ?!……」 体が密接する近さで横に並んでいた理久とクロが、同じタイミングで、同じ言葉で驚く。 そして理久は、理久の心の上を、冷たく鋭い刃の切っ先がスッと走った感覚になった。 理久がそう感じると、理久の鼓動が異様に速くなったのが理久自身でもわかった。 でも、もう理久に迷いは無く、心の中で強く思った。(俺は、クロと一緒にこの異世界で生きていく!) そして、すぐ横にいるクロの横顔を見上げようとした。 すると次の瞬間、クロは、理久の肩をしっかり抱いた。 そしてクロは、理久の瞳を強く見詰めた。 理久も、クロの青い瞳をまっすぐ見上げた。 理久は何も言われなくても、クロの視線から「心配するな!」と言われてるような気がした。 途端に、理久の鼓動がゆっくりと落ち着きを取り戻していく。「で……どれ位、持ちそうだ?」 クロが、理久の肩を強く抱き締めたまま、アビに視線を移し冷静に尋ねた。 こう言う時、クロはやはり王様だと理久は実感する。 クロは、無闇に動揺しない。 クロの犬耳も、尻尾も、平静で動きもない。「今日、明日消失する事は無いでしょうが……モノと言うのは悪くなり始めると、悪くなるスピードが急に早まります。きっちり何日とは申し上げられませんし、持って30日位かと……でももしかしたら、それより早まるかも知れません」 アビは理久とクロ、交互に視線を向けながら、言いずらそうにしながらも伝える。「早急にデスタイガーの長に、サランデの花を譲って貰えるよう書状を書く」 クロは、理久の肩を抱き続けながら、そうアビに向かい言った。 だが……「陛下、先程と同じような事を申し上げますが……デスタイガーの長に他国の王族が何か要請する時は、最終的
理久とクロは、アビの家での昼食をキャンセルして、至急アビを連れて帰城する事になった。 一刻も速く、理久の世界とクロの世界を結ぶ魔法陣を見て対処したいと言うアビの進言もあったから。 昼食はその後だ。 これから魔法陣をどうするか話しながら、理久、クロ、アビで城内でする予定だ。 急ぐので、ドラゴンを飛ばして帰る事になった。 理久とクロは同じドラゴンに跨り、後ろからクロが理久をガッチリ抱いてくれる。 理久達の乗ったドラゴンの後ろに、レメロンとアビが各自ドラゴンに乗りついて来て、その前後を、同じく各自ドラゴンに乗る私服の獣人騎士数人が警護で固める。 その他の獣人警護騎士達は、各自それぞれの方法で地上から帰城になった。 空を飛ぶので、理久もクロもマントのフードを頭から被り首元でがっちり紐で結ぶ。「理久!飛ぶぞ!」 クロが声を掛けた。「うぉっ!」 ドラゴンの急浮上に理久は驚く。 しかし、ドラゴンの乗り心地がとにかく良い。 クロの手綱捌きが上手いからだろうか?と理久は思う。 しかも、地上からは分からないのに、空高くに舞い上がると、東西南北にどこまでも延びる長い白い線がいくつも空に描かれていた。 クロに聞くと空の道らしく、ドラゴンは空に上がると、必ずこの広い空の道を利用しなければならない。 一つの道に4線あるが、それぞれ反対方向に向かう2線ずつに分かれ左側通行らしい。 理久達は今は、王族のお忍び行動なので、一般人と同じルールを守る。(日本車と一緒かぁ……) 理久はそう思いながら、だから地上から空を見たら、ドラゴンが整然と列をなして飛んでいたんだと納得した。 空の道の中は、風が穏やかだ。 この空の道も、魔法使いが描いたとクロは理久に言った。 この世界は、理久が思う以上に魔法に溢れてる。 そして、大好きな獣人王のクロに抱かれながら一緒にドラゴンに乗り空を飛んでいるなんて…… 理久には夢のようだった。 だが魔法と言うフレーズである事を思い出した理久は、背後のクロに聞いてみた。「クロ……あのさぁ……さっき、どうして……俺と偽者の俺の違いが分かったんだ?」 すると、クロが理久を抱く力が強くなった。「俺達獣人は、人間と違い野生の感が鋭い。あの偽者は、理久と目つきや雰囲気が違って見えたし、獣人は臭覚も鋭い。あの偽者の理久は、お前と少し違
婚約式と言う、聞き慣れないワードに理久が小首を傾げていると、クロが、理久を左腕だけで抱き上げたまま告げた。「俺の国の神の前で、婚約指輪を交換するんだ。エーヴィゲ・リーベの宝石で婚約指輪と結婚指輪を造りたいが、今は魔法陣が先だ。行く予定だったこの近くの宝石店は今日は無理だな……」 クロが少し残念そうに言うと、アビが突然、跪いたまま上を向き、理久とクロの前に右手を出して開いた。 そこには、流石、元魔法使い…… 一体どこから出したのか? サランデの花とは又違う感じの赤い色、そして大きな、兎に角美しい宝石があった。「エーヴィゲ・リーベでございます。理久さんと陛下が行く予定だったその宝石店は、多分、兄と私の共同経営店です」「えっ?!」 理久とクロが同時に驚き、声が重なる。「これは、僕からの、理久さんと陛下への結婚祝いと言う事で、お二人に贈ります。まず魔法陣を見せてもらった後、指輪のデザインはお聞きする事にしましょう」「でっ……でも……そんな高価そうなモノ……」 理久は、その石の大きさと、余りの美しい輝きに引き気味に尋ねた。「そうですね……小さな町2つ位は買えますかね……」 アビは、事も無げににっこり笑った。「えっ?!」 理久が更に引いたが、クロは冷静だった。「アビ……今は、その気持ちだけ受け取ろう。お前のこれからの働き次第で、受け取るか否かは決めたい」 クロはそうアビに静かに言うと、今度は理久に顔を向け尋ねた。「理久……今は、これでどうだ?」 クロは、いつも理久を尊重してくれる。 そして、クロが、まだアビを完全に信用するに至らないのは至極当然だろうと理久は思う。「そうしよう」 理久は同意して頷くと、アビに謝る気持ちで言った。「アビさん、ありがとう。今は、お気持ちだけいただくよ」「そうですか……なら、良い働きをして、堂々とお二人に指輪を贈る事にいたしましょう」 アビは言うと、アビの手の平で、乗せていた宝石を包む。 すると…… アビのその手から、エーヴィゲ・リーベは消えていた。 日本人の理久がどんなに考えても、その魔法の原理と概念が分からず困惑していると……「そろそろ……城へ帰るか。外でみんな待ってる」 クロは魔法に慣れている様子で、理久に何気に微笑んで言った。「みんな……って?」 理久は、更にポカンとした顔
アビは引き続き跪いたまま、理久を左腕だけで抱き上げたままのクロの顔を見上げ続けて言った。「お願いしたい二つ目は……異世界同士を結ぶ魔法陣の事は、どうか、どうか、例え陛下の一族の者であっても、出来る限り周りの者に内密に伏せていていただきたいのです。あの魔法陣の存在を知ればいずれそれを使い、理久さんの世界に、そして、陛下と理久さんに仇なす者が必ずや出て参りますので……」 アビの表情は、酷く深刻だった。 三人のいるこの場に、重たい雰囲気が流れる。 異世界と異世界が結ばれていると言う事は、いずれそう言う者も出てくるかも知れない。 理久は、クロと一緒にいられる事に幸せを感じながら、魔法陣がクロと理久2人だけの問題では無くなった現実を知り受け入れなくてはならなくなった。「アビ、お前を探させていた2人の臣下には魔法陣の事は言ったがどんな物か詳しい内容は一切教えていないし、2人は口は固い。それ以外に今、異世界と異世界を結ぶ魔法陣の事を知っているのは、アビ、お前と俺の両親とレメロン、俺と結婚するこの理久だけだ」 そうクロがそう言うと、アビは頷いた。「なはらば陛下、もうこれ以上は、魔法陣の事は、何卒、何卒他言無用にてお願いいたします」 そして、今度はクロが強く頷いた。 しかし、大慌てしたのは理久だった。「けっ……けっ、け、結婚!」 クロは、アレ?っと言う表情になり、分かりやすく犬耳をペタンと伏せて聞いた。「えっ?理久……俺と、結婚してくれるんじゃないのか?」 それは、理久は、この世界でクロと生きる事を決心した。 しかし、さっき恋人になったばかりで、もう結婚で、やはり話しが進むスピードに面食らって言った。「いや……その、いやじゃなくて……俺の世界じゃ、そんな恋人同士になってすぐに結婚する事、普通ないから……少し時間をかけてお付き合いして、段階を踏んでそれからやっと結婚の話しが出るから、ちょっと結婚って言葉にビックリして……」「そうだな。理久の世界はそうだったな。獣人は、会ったその日で結婚するのも普通だから……つい……」 又、あんなに強くて逞しい獣人王クロが、理久の事になると途端にしゅんとなった。 でも、それもやっぱり可愛くて、理久はクスっと笑ってクロの頭を優しく撫でて言う。「でもクロ。クロと恋人になった先には、俺もクロと結婚する事が何より幸せだ