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8話

مؤلف: Amy
last update تاريخ النشر: 2026-11-01 13:36:04

「本当に、私が遊びに行ってもいいの?」

翌朝、芽里が念を押すと、凌司は電話の向こうで小さく笑った。

「昨日もそう答えただろう。車を迎えに行かせる」

「今日は自分で行けるよ。場所も教えてもらったし」

「……分かった。気をつけて来い」

電話を切った凌司は、すぐに慎吾を呼んだ。

「午後の予定を空けろ。客が来る」

「お嬢様ですね。すでに応接室の準備を進めています」

「応接室?」

「はい。庭が見える、一番明るい部屋を」

凌司は首を振った。

「芽里は、俺がどう暮らしているのか知りたいそうだ。取り繕う必要はない」

慎吾は一瞬だけ目を見開いた。海外の首脳級の客人ですら案内したことのない私的な居住区へ、芽里を招くつもりなのだ。

「承知しました。では、普段どおりに」

「……いや、待て」

凌司は机の上を見回した。積み上がった書類、冷めたコーヒー。昨夜も眠らずに仕事をしていたことが、一目で分かる。

「コーヒーは片づけてくれ」

慎吾は笑いをこらえて頭を下げた。

****

広瀬邸の門が開いたとき、芽里は思わず足を止めた。

長いアプローチの奥に白い石造りの邸宅がそびえ、噴水のそばには高級車が並んでいた。ホテルと見まがう豪華さだった。

けれど、玄関に迎えに出た凌司の姿を見た途端、そのすべてが気にならなくなった。

「凌司さん!」

「迷わなかったか?」

「うん。すごいお家だね! でも、本当に1人で住んでるの?」

「使用人はいる。ほかに家族はいない」

当たり前のような答えだった。

芽里は昨日買った紙袋を抱え直した。中には、遥と一緒に選んだ青いマグカップが入っている。

「今日はね、渡したいものがあるの」

「俺に?」

「あとでのお楽しみ」

凌司はそれ以上聞かず、彼女を中へ招き入れた。

大理石の床には一筋の傷もない。天井には大きなシャンデリアが輝き、壁には有名画家の作品が並んでいた。

「美術館みたい……」

「気に入ったものがあれば、持って帰っていい」

「そういうことじゃないよ!」

芽里が笑うと、凌司は少し困ったように眉を下げた。

その顔を見て、芽里は胸が温かくなった。世界的な企業グループの社長なのに、自分の冗談にはどう返せばいいか分からないらしい。

****

屋敷を案内されるうちに、芽里は奇妙なことに気づいた。

客間には季節の花が飾られているのに、凌司の書斎には一輪もない。廊下の美術品も、どれも取引先からの贈り物だという。

「じゃあ、いつもここで1人で食べてるの?」

「会食も多い。家では簡単に済ませる」

「テレビは?」

「ほとんど見ない」

「本とか映画は?」

「読むのは仕事の資料だな」

芽里は足を止めた。

「このテーブル、何人座れるの?」

「20人ほどだ」

「凌司さんは、どこに座るの?」

「……あまり使わない。会食がなければ、書斎で済ませる」

芽里は長いテーブルの端から端まで見渡した。椅子は寸分違わず並び、皿1枚置かれていない。誰かと食事を楽しんだ気配がなく、まるで客を迎える日だけ息を吹き返す部屋のようだった。

「こんなに立派なのに、もったいないね」

「そうかもしれないな」

凌司は反論しなかった。大きな屋敷を買ったのは、安全で仕事に便利だったからだ。そこでどんなふうに笑い、誰と食卓を囲むかなど、考えたこともなかった。

この家には、世界中から買い集めた品がある。それなのに、持ち主が心から欲しがって選んだものは見当たらない。

「……凌司さん、このお家、寂しくない?」

何気なく尋ねたつもりだった。

だが凌司は、すぐには答えなかった。

寂しいという感情を、考えたことがなかった。芽里が無事で、仕事が滞りなく進めば、それで充分だと信じてきた。誰もいない夜に灯りのついた書斎へ戻ることも、彼にはごく普通の日常だった。

「慣れている」

ようやく返ってきた答えに、芽里の胸がきゅっと痛んだ。

慣れている。寂しくない、とは言わないのだ。

「私、小さい頃、凌司さんは何でも持ってると思ってた」

「今も必要なものは揃っている」

「うん。でも、誰かと一緒に食べたご飯が美味しかったとか、帰るのが楽しみだったとか、そういう話を聞いたことがないなって」

凌司は目を伏せた。会議を終えて夜遅く帰っても、屋敷の灯りがついているのは使用人が待っているからだ。自分の帰宅を喜んで駆け寄ってくる人など、ここにはいなかった。

芽里はそれ以上尋ねなかった。代わりに、手にした紙袋を両手で持ち直す。自分が持ってきた小さな贈り物が、この家に少しでも温かさを加えられたらと思った。

****

「じゃあ、これを使って」

芽里は紙袋から箱を取り出した。

中に入っていたのは、深い青色のマグカップだった。持ち手が大きく、手に取るとほっとするような丸みがある。

「昨日、遥と選んだの。凌司さんに似合いそうだと思って」

凌司は受け取ったまま動かなかった。

高価な贈答品なら、これまで数えきれないほど受け取っている。だが、芽里が自分のために店を回り、色や形を選んでくれた。それだけで、胸の奥に熱いものが広がった。

「……俺に、くれるのか」

「そうだよ。変かな?」

「いや。嬉しい」

彼は両手でカップを包み込んだ。割れ物を持つというより、失くしてはいけない宝物を受け取ったような手つきだった。

「今度から、これでコーヒーを飲んでね」

「……使うのか?」

芽里は目を丸くした。

「使うために買ったんだよ!」

「割れるかもしれない」

「そしたらまた一緒に選ぼうよ」

凌司は顔を上げた。

また、一緒に。

芽里は何の気なしに言ったのだろう。けれど、凌司にはその言葉が、思いがけない贈り物に聞こえた。

将来の自分にも、彼女と買い物をする時間がある。そんな些細な未来を、彼は1度も思い描いたことがなかった。

「……そうだな」

ゆっくり微笑むと、芽里も嬉しそうに笑った。

凌司はカップの底を確かめ、細かな傷がないかまで見た。高価な品を評価するときの目ではなかった。芽里が自分のために店で立ち止まり、これを手に取った。その時間を、形ごと残しておきたかった。

「じゃあ、早速何か飲もう!」

****

その日の午後、凌司は初めて、仕事の資料を開かずに紅茶を飲んだ。

芽里がカップを両手で包みながら留学中の思い出を話す。凌司は青いマグカップで紅茶を飲み、ただその声を聞いていた。

窓から差し込む日差しが、いつもは冷たく見える部屋を明るく照らしていた。

「凌司さん、また来てもいい?」

「もちろん」

「じゃあ次は、一緒にご飯を作ろうね」

「料理は得意じゃないぞ」

「私が教えるから大丈夫!」

彼は思わず笑った。誰かに何かを教わるのを、こんなにも楽しみに思えたのは初めてだった。

芽里を玄関まで見送ったあと、凌司は書斎へ戻った。

机の中央には、青いマグカップが置かれている。慎吾が書類を並べようとしたが、凌司はその場所を空けるよう告げた。

「ここに置いておく」

「毎日お使いになりますか」

「ああ」

その返事に慎吾は笑みを隠した。

だが凌司は、机の奥にある鍵付きの小箱へ視線を向けた。

芽里にはまだ、見せられないものがある。

18年前の誓いから始まった、誰にも明かしたことのない宝物。

彼はそっと箱に触れた。

「……いつか、話せるだろうか」

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