Share

これ以上は私でも我慢できません!
これ以上は私でも我慢できません!
Penulis: ルーシー

第1話

Penulis: ルーシー
春日部玲奈(かすかべ れいな)が白鷺邸に帰ってきた時には、すでに夜の10時を回っていた。

今日15日は排卵日だ。

第一子は女の子だったので、義父母はずっと次は男の子を産めと催促していた。

もし、彼女が嫁いだのが他の家であれば、彼女は彼らに王位継承者が必要なのかと臆せず尋ねるところである。

しかし、新垣家は久我山(くがやま)市一の財閥家で、この家には莫大な財産を受け継ぐための男子が必要だったのだ。

寝室に行くと、新垣智也(にいがき ともや)はすでに寝る準備を済ませていた。

一言も気にかけるような言葉もなく、二人はさっそく本題に入った。

3分後、智也はバスルームに体を洗いに行き、玲奈はベッドに横たわったまま両足を上げピタリと壁につけ、智也からの「生命の源」をしっかり奥まで届けられるように姿勢を保っていた。

目的を達成し、一滴も余すことなく漏らさないようにしなければ。

するとすぐに、智也はバスルームから出て来て、今服を着ている玲奈に背中を向けて言った。「定期的に調べろよ、何か兆候があればすぐに俺に電話しろ!」

結婚して5年、彼は彼女に対して一言しゃべることすら億劫そうだった。

彼らの結婚は、ただ法律上の夫婦という関係で、中身は空っぽだった。

智也は外に愛人を作っていた。玲奈は智也のSNSを全て調べ、小さな手がかりを頼りに、その浮気相手の女のアカウントを見つけ出すことができたのだ。

この時から、彼女はこっそりと二人の浮気を調べていた。

夫の行動を探るには、彼女は結婚をぶち壊しにしたその浮気相手の女から調べていくしかなかった。

その女は頻繁にSNSをアップしていた。小さいことでは日常生活の事、大きなことでは何かのイベントや誕生日の事などだ。

二人目を計画し始める前は、玲奈はおおよそ智也に会うことなどできなかった。しかし、今は彼らは月に一回会っている。

智也が急いで出て行こうとするのを見て、玲奈は急いで体を起こし、彼の背中に向かって言った。「ちょっと話したいことがあるの」

智也は振り返り、無表情で彼女に尋ねた。「何を話し合う必要がある?」

玲奈は声のトーンを落とし、懇願するような声で言った。「私、あなたと平凡な日々を過ごしたいの」

この結婚を続ける必要などないことは分かっていたが、玲奈はそれでも試してみたかったのだ。

もしもがあれば?

やっとの思いで結婚したい人と一緒になれて、娘までできたというのに、この結婚を失敗のまま終わらせたくなかった。

しかし彼女のその懇願は、うねりをあげる大海原に小さな小石を投げ入れるのと同じように、智也の耳には全く聞こえていないようだった。もしくは聞こえないふりをしているだけなのかもしれない。

彼は服を着ると、腕時計をはめて外へと向かった。

玲奈はベッドからおりた。しかし、以前のように彼に縋りつき、一緒にいてほしいと懇願することはなかった。

智也が完全に部屋から出て行ってしまう寸でのところで、玲奈は突然崩れ落ち、彼に問いただした。「智也、ここには一カ月に一回だけで、あなたから電話をかけてくれることもなかった。食事ですらも一緒に取ったことはないわ。夫婦なのに心は離れ離れで、こんな結婚生活は一体なんだって言うの?」

智也は足を止め、暫くしてからやっと玲奈のほうへ顔を向けた。彼は彼女の涙、苦痛には見向きもせず、ただこう言った。「お前が男子を妊娠できたら、ここに住んでやっても構わない」

そう言い終わると、彼は一瞬もためらわず去って行った。

玲奈はそこに立ち尽くしたまま、彼を追いかけることはなかった。

8年彼を思い続け、5年の結婚生活を過ごしてきた。彼女は自分の全てを捧げてきたのだ。娘を出産する時に羊水栓塞症で、医者には三回も命の危険を告げられた。

しかし、このようなことを経験しても、彼女はまた死の危険も顧みずに男の子を産むため二人目の妊娠をする決意をしたのだ。

しかし、彼女はこの時、突然戸惑いを感じた。こんなことをして一体何になると言うのだ?価値あることなのか?

シャワーを終わらせバスルームから出てきた時、玲奈はいつもの癖で携帯を取り、自分のあるSNSアプリのアカウントにログインし「フォロー」の中から可愛いアイコンの「ララ」というハンドルネームを探した。

そのアカウントに入り、玲奈は新しい投稿に気づいた。それは2分前に投稿されたばかりのもので、街灯の下に照らされる二人の人影の写真だった。その写真の右下を見てみると、二人がお互いに指を絡め合い、お揃いのブレスレットをつけているのに気づいた。

その投稿にはコメントが一緒についていた。『街灯の下の二人。一人は私、もう一人も私のもの』

それを見た瞬間、玲奈は息が止まりそうなほど胸が苦しくなったが、今の彼女は夫の不倫にはじめて気づいた時のあの衝撃ほど激しい反応は示さず、ある程度落ち着いて見られるようになっていた。

もしかしたら、もう慣れて麻痺してしまっているのかもしれない。

毎回会う時、智也が急ぐのは全てあのもう一人の女に早く会いたいがためだった。

しかし、智也が自分との間に家を継ぐ男子を作ることに積極的な姿勢を見せてくれているのだと落ち着いて考えてみれば、新垣家の夫人というこの地位は永遠に保証されるものだろう。

ただ結婚生活における綻びを自分が見てみぬふりをしていれば丸く収まるのだ。

……

それから一カ月後。

夜7時、玲奈は新しくもらった妊娠検査報告書を手に握りしめ、上機嫌で白鷺邸に帰ってきた。

リビングに入ろうとした瞬間、突然義母の新垣美由紀(にいがき みゆき)の話し声が聞こえてきた。「智也、あなたも32歳になったのよ。結婚して5年経ったでしょう。一人目が女の子だったのは、まあいいとして、二人目をもっと真剣に考えなさいよ。一カ月に一回夜を過ごすだけじゃ、どうやって玲奈さんを妊娠させるのよ?もし無理なら、外にいるあの女性に産んでもらったらいいじゃないの。もし、あなたの血を引く男の子が生まれたら、その子供を我が家の継承者として私は認めるわよ」

智也は母親の提案を聞いたそばからすぐに断った。「それじゃわけが違うだろ?」

美由紀は少し腹を立てて言った。「なんでよ?」

玲奈は中には入らず、横に隠れた。智也が彼女を擁護してくれたので、彼女はドキドキしていた。

そうだ、智也が外で不倫していようが、彼の妻は玲奈ただ一人だけなのだ。

そしてすぐに智也の声がまた聞こえてきた。「母さん、玲奈が愛莉(あいり)を出産する時に、命の危険があったことを忘れたのか?」

美由紀はそれを聞いてさらに怒った。「よくも口答えなんかできるわね。新垣家にあんな疫病神を呼び込んでしまった。他の人なら子供を四人でも、五人でも産めるというのに、玲奈っていうあの思わせぶりな女、第一子を出産するだけで新垣家は三日間もトップニュース入りしてたのよ、本当に疫病神でしかないわ!」

美由紀の玲奈への恨み言を智也は一切真面目に取り合おうとはせず、彼はただこう釈明した。「子供を産むには大きなリスクがあるんだ。玲奈は一度その命の危険に晒されたから、ある程度の耐性があるだろう。だけど、沙羅(さら)はまだ若いから、あんなリスクを負わせるなんて俺にはできないんだよ」

この言葉が部屋の外にいた玲奈に雷で打たれたようなショックを与えてしまった。彼女はその場に硬直し、泣きたいはずなのに涙は出てこなかった。

智也が自分を愛しておらず、自分を裏切り、二人はこれ以上結婚生活を続けていくことはできないということは分かっていた。しかし、玲奈は単純に子供で彼を繋ぎとめておくことができると思っていたのだった。

彼女は、智也が外でいくら女遊びをしても、新垣家の夫人という地位は永遠に彼女のものだと思っていた。

しかし、現実は彼女が思っていたよりも残酷だった。

彼女は智也にとって、子供を産むための道具でしかなかったのだ。

しかし、彼は彼女が愛莉を出産した後、産後鬱を患い、貧血持ちになってしまったことを忘れてしまっている。

彼女は医者によって死の淵からなんとか呼び戻してもらった人間だというのに。

智也は深津沙羅(ふかつ さら)が子供を産む時に、もしものことがあったらと心配しているが、玲奈のほうがもっとそのリスクが高いということを彼は忘れてしまっている。

部屋の中で、自分の夫と義母がまた何か話していたが、それは玲奈の耳には入ってこなかった。

彼女は命を犠牲にしてまで新垣家のために体をぼろぼろにしてしまったというのに、夜は誰もいない部屋で一人過ごし、夫には浮気をされてしまったのだ。

彼女は妊娠検査報告書を握り締め、そろそろすべてを終わらせる時が来たのだと思った。

今日、本来であれば彼らは毎月行われる二人目の子作りの日だったのだが、玲奈はもうそれに何の意味もなく感じた。

なるほど諦めるのは一瞬でできることだったのか。

お腹の中の子供も、もうここに留めておく必要もなくなった。

誰も彼女の生死を心配してくれなくても、彼女自身だけは自分を大切にしなくては。

家から出て行こうとした時、使用人の山田が彼女がいることに気づいた。「若奥様、お戻りになられていたのですね?」

玲奈は山田に向かって笑った。この時、彼女はそれならば今日離婚について話し合おうと考えていた。
Lanjutkan membaca buku ini secara gratis
Pindai kode untuk mengunduh Aplikasi
Komen (1)
goodnovel comment avatar
煌原結唯
また玲奈と智のハナシなの?
LIHAT SEMUA KOMENTAR

Bab terbaru

  • これ以上は私でも我慢できません!   第320話

    玲奈は、拓海が車を再発進させようとする気配を感じ、慌ててドアを押し開けた。そのまま外に出て、道路脇に立ち止まる。運転席側の拓海が、助手席の窓を下げて声をかけた。「中に入るまで見てる。お前が無事に入ったら、俺も帰る」先ほどまでの軽薄な笑みは消えていた。残っていたのは、彼女に向けた一途なまなざしだけ。――けれど、そんな彼の二面性を、どうして信じられるだろう。玲奈は何も言わず、背を向けて歩き出した。そして玄関の灯りの下、春日部家の中へと消えていった。拓海はその後ろ姿を見送ると、深くシートにもたれかかった。疲れたように眉間を指で押さえ、ため息をひとつ落とす。静寂の中、彼はポケットから一本のタバコを取り出した。火をつけようとした――が、すぐに手を止めた。玲奈は、煙草の匂いを嫌う。そのことを思い出すと、彼は火をつけることすらできなかった。彼女の前では、自分の「ルール」なんて何の意味もない。彼の全ての線引きは、彼女の前で簡単に崩れてしまう。一方その頃、小燕邸。小さな寝室の中で、愛莉が突然泣き声を上げた。「うわああああん!」一階で洗い物を終えていた宮下は、その声を聞くなり慌てて階段を駆け上がった。部屋のドアを開けると、ベッドの上で愛莉が大泣きしている。「愛莉様、どうしたんです?」宮下は急いでベッドに近づき、抱き上げた。愛莉は泣きじゃくりながら、胸元に顔をうずめて言った。「宮下さん、パパもララちゃんも、あたしのこといらないって夢見たの......」宮下は優しく背中をさすりながら笑った。「そんなわけないですよ。智也さんも深津さんも、お誕生日会に行ってるだけですよ。すぐに帰ってきます」愛莉は涙をぽろぽろこぼしながら顔を上げた。「じゃあ、なんでまだ帰ってこないの?」宮下は壁の時計を見上げた。針はもう深夜二時を指している。――確かに、遅い。答えに困りながらも、彼女はどうにか笑ってみせた。「たぶん、帰りが少し遅くなってるだけですよ。いい子で待っていましょうね」愛莉は鼻をすすり、震える声で言った。「......パパに電話する」宮下はため息をつきつつ、電話をかけてやることにした。智也の携帯を鳴らしたが、いくら待っても応答はなかった。

  • これ以上は私でも我慢できません!   第319話

    拓海の笑みは、まるで人の心の奥に静かに染み込む毒のようだった。玲奈はその笑みを見つめながら、胸の奥が不意にざわめくのを感じた。――危ない。このままでは、彼の中に沈んでしまう。玲奈は慌てて顔を背け、一歩、彼から距離を取った。拓海という男が、あんな言葉を口にして、いったい何を求めているのか。彼女には分からなかった。けれど、信じてはいけない――そう思った。この世界は、真実と嘘が複雑に絡み合っている。信じた瞬間に傷つくのは、いつだって自分の方だ。玲奈は拓海から離れたが、彼の視線がなおも自分を追ってくるのを感じていた。やがてダンスが始まった。明も、智也も、薫も、それぞれにダンスの相手を見つけていた。玲奈は人の波の中に立ちながら、誰かに話しかけられても、ただ微笑みで応じるだけだった。踊る気など、初めからなかった。その傍らに、拓海が静かに立っていた。言葉を交わすことはない。ただ黙って、彼女のそばにいた。人の笑い声と音楽が満ちる会場。けれど、その華やかさは、玲奈にはどこまでも遠かった。彼女はまるで、別世界の傍観者のようだった。一方、沙羅はピアノの前に座り、鍵盤に指を落としていた。白いドレスが照明を受けて輝き、まるで光の輪に包まれているかのよう。その姿に視線を向ける人々の数は、増える一方だった。玲奈はふと、以前薫が言った言葉を思い出した。――「沙羅っていうのは、どこへ行っても成功できる女だ」あの言葉は、きっと本当だった。沙羅はどんな場所にいても、必ず注目を集める。玲奈は胸の奥に小さな痛みを抱えたまま、その場にいることが苦しくなった。外の空気を吸いたくて、そっと出口の方へ歩き出した――そのとき。鋭い悲鳴が、音楽を裂いた。玲奈は反射的に振り返る。視線の先で、智也がダンスの相手を突き放し、人々をかき分けて舞台へと走っていた。舞台上では、沙羅が倒れていた。天井の装飾の一部が外れ、彼女の頭上に落ちたのだ。白い身体が床に打ち付けられ、動かない。智也はすぐに彼女を抱き上げた。薫も駆け上がり、必死に呼びかける。「沙羅さん!」続いて明人も駆け寄り、声を震わせた。「沙羅!」智也は沙羅を抱えたまま冷静に指示を出す。「薫、義兄さん、車を出して

  • これ以上は私でも我慢できません!   第318話

    玲奈がまだ返事をしないうちに、明の差し出した手が、横から勢いよく弾かれた。驚いてそちらを見ると、そこに立っていたのは拓海だった。「......ケチ」明は眉をひそめ、ぼやくようにそう呟いた。一方、沙羅は舞台の上に置かれたグランドピアノを見つけた瞬間、足を止めていた。智也は彼女をダンスに誘おうと考えていたが、その言葉を口にする前に、沙羅が指先でピアノを示して尋ねた。「智也、あのピアノ......弾いてもいい?みんなの前で一曲だけ」智也はわずかに言葉を飲み込み、すぐに柔らかく笑った。「もちろん。お前の好きにすればいい」沙羅はうれしそうに頷き、ドレスの裾を軽く持ち上げながら舞台へと向かった。ピアノの前に立つと、彼女は一度だけ振り返り、智也の方を見て微笑んだ。その笑みは――智也に向けたものでもあり、拓海に向けたものでもあった。彼女の特技はピアノだ。この夜会の場で自分の才能を披露すれば、拓海の目にも止まるはず。そう信じて、彼女は鍵盤に手を置いた。智也は踊る相手を失い、しばらくその場に立ち尽くしていた。だがふと顔を上げたとき、視線の先にいたのは玲奈だった。わずかに逡巡したのち、智也は彼女のもとへ歩み寄る。その気配を察した拓海の身体が緊張する。智也が彼の前に立ち、玲奈へ手を差し出した。「......一曲、踊ってくれるか?」玲奈はその手を見た。長く整った指、白く滑らかな掌――昔、何度も触れたはずのその手。拓海は隣に立ったまま、何も言わなかった。ただ彼女を見つめ、智也と同じように、答えを待っていた。玲奈の沈黙が数秒続く。拓海の胸に、鋭い痛みが走った。――やはり、彼女は断れないのだろう。あれほど彼を愛していたのだから。智也もまた、彼女が拒むはずがないと思っていた。二人はまだ離婚していない。形式上は、まだ夫婦なのだ。明も薫も、興味深そうにその様子を見守っていた。玲奈がどちらを選ぶのか――空気が張り詰めたまま、時が止まる。そして、数秒の沈黙ののち。玲奈は、ゆっくりと手を伸ばした。周囲が息をのむ。だが次の瞬間――彼女の手は、智也の手を押し返した。「......新垣さん、ごめんなさい。私にはもう、踊る相手がいるの」その言葉

  • これ以上は私でも我慢できません!   第317話

    円卓の上には、さまざまな思惑が入り乱れていた。ただひとり冷静だったのは、洋と颯真――ふたりだけだった。まるでこの騒ぎの外側に立つ観察者のように、静かにグラスを傾けていた。一方、薫は、明があからさまに玲奈を庇っている様子に、思わず吹き出しそうになった。そして、堪えきれずに口を開く。「長谷川、お前、おかしくなったのか?そんなやつの相手、よくもできるよな」挑発めいた言葉にも、明は表情を変えなかった。むしろ意味ありげに、対面の沙羅をちらりと見てから、にやりと笑って言い返した。「おかしいのは、俺じゃなくてあんたの方だろ?――今の言葉、そっくり返してやるよ」薫のこめかみがぴくりと動き、ついに怒りを抑えきれなくなった。テーブルを勢いよく叩き、立ち上がりざまに低く怒鳴る。「長谷川!」だが明は、悠然としたまま椅子に座り続け、淡々と目を細めて返した。「どうした?やるつもりか?」一瞬で空気が張り詰めた。火花が散るような視線の応酬に、場の緊張は限界まで高まる。拓海はすぐに玲奈の肩を引き寄せ、庇うように身をかがめた。冷たい視線を対面の智也に向ける。智也は、薫の動きを察して、低い声で制した。「薫、ここで揉めるな」その一言に、薫は歯を食いしばりながらも、椅子へと腰を戻した。とはいえ、顔にはまだ怒りの色が残っている。今夜だけで二度も明に言い負かされたのだ。しかもここは三浦家の会場――好き勝手には暴れられない。明はそれを分かった上で、さらに一言、火に油を注ぐように呟いた。「......腰抜けめ」これ以上の一言はなかった。薫が何もできないと知っていて、わざと挑発する。怒り狂う相手を見て、明の胸の内は妙にすっきりしていた。その下で、颯真がテーブルの下からそっと明の腕を小突き、小声で注意する。「おい、喧嘩を売るのは反則だぞ。――相手の思うつぼだ」明は肩をすくめて、それ以上は何も言わなかった。そして、気まずい空気を和らげるように、彼は玲奈へ向き直り、明るい声を出した。「玲奈さん、拓海とここで待ってて。俺が小さいケーキ取ってきてやるよ」玲奈はそんな彼の気遣いがありがたく、にこりと笑い、「ありがとう」と穏やかに言った。その様子を見た沙羅は、足元でこっそり

  • これ以上は私でも我慢できません!   第316話

    拓海の言葉を聞いた玲奈は、眉をひそめて小さく吐き捨てた。「須賀君、そんなに酔ってるわけでもないのに......どうしてまた、そんな冗談みたいなことを言うの?」以前、彼が自分の部屋で口にしたあの言葉を、玲奈は真に受けてはいなかった。あの時の彼は泥酔していて、正気の発言とは思えなかったからだ。だが拓海は身体を向き直し、ゆっくりと腰をかがめて玲奈の手を取った。そしてその手を自分の腹に導くと、視線を一瞬も外さず、低く熱を帯びた声で言った。「俺は酔ってなんかいない。本気だ。――感じてみて。この身体で、俺がお前に何を与えられるか。一度でも俺を知ったら、智也のことなんか思い出せなくなる。......きっとな」あまりにも真っすぐで、隠そうともしない挑発的な言葉。玲奈は思わず手を引こうとしたが、拓海はその手を強く押さえた。掌の下で、彼の身体が熱く脈打っている。腹筋の硬さが伝わり、指先が熱に焼かれそうだった。玲奈の頬が瞬く間に赤く染まり、彼を見上げながら息を詰める。「......あなたって、本当に......恥知らずね」その顔が真っ赤になっているのを見て、拓海は口の端を上げた。手を放しながら、柔らかく言った。「......今日のお前、すごく綺麗だよ」玲奈は手を引き戻したものの、胸の鼓動はしばらく鎮まらなかった。彼女は秋の夜風にあたりながら、静かにブランコの椅子に腰を下ろした。拓海を見ずに、ぽつりと呟く。「......あなたも、今日、とても素敵よ」その一言に、拓海は顔をやわらげ、隣に腰を下ろした。爽やかで、どこか少年のような笑い声を上げる。「気に入ったなら、これからずっとこの格好でいるよ」玲奈はそれ以上答えず、ただ沈黙を選んだ。宴会場の方からは、笑い声とグラスの触れ合う音が絶え間なく聞こえてくる。その音に耳を傾けながら、玲奈はふと我に返った。――今日は康夫の誕生日だった。数秒ほど静かにしてから、彼女は小さく息を吐いて言った。「戻りましょう。康夫さんが私たちを探したら、気を悪くされるわ」宴の最中に席を外すのは、主賓に対して礼を欠く行為。もう十分に外にいた。そろそろ戻るべき時だった。拓海もそれを理解し、素直にうなずいて一緒に立ち上がった。

  • これ以上は私でも我慢できません!   第315話

    夜風が吹き抜ける草原に、ふたりきり。玲奈は拓海の問いかけを聞き、彼を見返した。その声は掠れ、震えていた。「......ただ、自分が情けないの。こんな男に、自分の人生の何年も捧げてしまったことが――悔しいのよ」季節はすでに初冬。薄手のイブニングドレスを着た玲奈の身体は、冷え切って感覚が麻痺しそうだった。拓海はその言葉に、胸をぎゅっと掴まれたような痛みを覚えた。彼は一歩踏み出すと、自分の体温が残るジャケットをそっと彼女の肩にかけ、そのまま彼女を腕の中に抱き寄せた。彼は強く、まるでそのまま彼女を自分の骨の中に溶かし込んでしまいたいかのように抱きしめ、その頬を彼女の首筋に寄せながら、かすれるような声で囁いた。「......もう、あいつのことで泣くのはやめてくれ」その瞬間、玲奈の全身は拓海の体温に包まれた。彼の体も、ジャケットも、すべてが温かかった。彼女は彼を突き放すことができなかった。むしろ、そのぬくもりを逃したくないと、自然と身体を預けてしまった。生まれてから今まで――家族以外の誰かから、こんな温もりをもらったことなど一度もなかった。もう少しだけ、このままでいたい――そう思ってしまった。拓海は、彼女がそっと寄り添ってきたのを感じ、反射的に腕に力を込めた。玲奈はその胸の中で顔を上げ、小さく頷いて答えた。「......うん。もう泣かないわ」その言葉が、まるで電流のように拓海の身体を貫いた。彼の指先が震え、思わず彼女を少し離すと、驚いたように見つめた。「......本当か?俺にそう約束してくれるのか?」玲奈は穏やかに微笑み、短く頷いた。「ええ、約束する」その顔には、淡い光沢を帯びた化粧が柔らかく映え、立体的な輪郭と長いまつ毛が夜の光を受けてきらめいていた。黒のドレスは彼女の白い肌を際立たせ、より一層妖艶に見せていた。拓海は夜の中に立つその姿に、思わず息を呑んだ。――理性など、どこかへ消えてしまいそうだった。彼は分かっていた。彼女はまだ離婚していない。自分がこれ以上踏み込むべきではないことも。それでも、心よりも身体の方が先に動いた。彼は玲奈の腰を抱き寄せ、ゆっくりと顔を近づけた。ただ、唇を重ねたかった。ほんの少し、それだけでよかっ

Bab Lainnya
Jelajahi dan baca novel bagus secara gratis
Akses gratis ke berbagai novel bagus di aplikasi GoodNovel. Unduh buku yang kamu suka dan baca di mana saja & kapan saja.
Baca buku gratis di Aplikasi
Pindai kode untuk membaca di Aplikasi
DMCA.com Protection Status