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第7話

작가: 葉月しおり
どれほど鈍い人間でも、それくらいは分かる。

柊吾は澄花に席を譲らせ、莉央を自分の隣に座らせようとしているのだ。

それを聞いた莉央も、もう座ろうとはせず、ただ澄花の前に立ったまま、彼女が席を立つのを待っていた。

まるで澄花のほうが自分の席を横取りしたかのように、当然の顔をしていた。

澄花は無表情のまま、まっすぐ前を見つめた。

――私は、誰にも何も負い目はない。

「耳でも聞こえないのか?席を譲れって言ってるんだ」

会場にはますます人が集まってきていた。直哉は冷たい声で、さっさと立つよう澄花に命じた。

澄花はただ、馬鹿馬鹿しいとしか思えなかった。

「席を変えたいなら、御堂社長と榊原さんが九条さんと一緒に運営スタッフへ相談すればいいでしょう!ここは私の席ですし、先に来て座っていたのも私です。どうして私が譲らなきゃいけないんですか?」

柊吾がわずかに眉を上げ、澄花へ視線を向けた。

彼にじっと値踏みするように見られているのが、澄花にも分かった。

長年、人の上に立ち続けてきた者は、ほんの一瞥だけで、余計な言葉などなくとも周囲を圧倒する威圧感を放つ。

澄花は彼が怖かった。

心の奥底に、柊吾そのものへの恐れがあり、そして彼が持つ、圧倒的な権力にも畏怖を感じていた。

それでも、どうして自分ばかりが何度も譲らなければならないのだろう。

もうすぐ、二人は何の関係もなくなるというのに。

澄花は顔を上げ、真正面から柊吾の目を見返した。

柊吾の眼差しが冷たくなる。

彼が怒り始める前触れだということを、澄花は知っていた。

そのとき、莉央が一歩前へ出た。「柊吾、私は大丈夫よ。席ひとつくらい、彼女に譲ってあげてもいいじゃない。私のために、関係のない人に腹を立てたりしないで。ね?」

「関係のない人」と口にしたとき、莉央は澄花を一瞥した。

彼女は以前から澄花という存在そのものは知っていた。

しかし澄花がどんな人間なのかを知ったのは、先日、美玲が殴られた一件があってからだった。

まさか、こんな女だったとは。

莉央は、妊娠で体つきがふっくらし、顔にはシミまで浮かんでいる澄花を眺めた。

そんな彼女と張り合う気などないと言わんばかりに、寛大な口調で続ける。「妊娠しているんだから、あまり出歩かないほうがいいわ。今は赤ちゃんが一番大事でしょう?こういう技術に興味があるなら、私の共同プロジェクトが軌道に乗ったあと、手伝いに来てもいいわよ。私がいろいろ教えてあげる」

「結構です。九条さんはご自分のことだけ気にしていてください」

こんな唐突な気遣いが何を意味しているのか、澄花に分からないはずがなかった。

結局のところ、莉央は何の苦労もせず、自分の子供の母親になりたいだけなのだ。

それに、彼女の言い方はあまりにも滑稽だった。

たかが席ひとつ、自分に「譲ってあげる」だなんて。

「それに、ここはもともと私の席です。チケットにも、座席番号ははっきり書かれています。九条さんなら、もちろん読めますよね?」

莉央は一瞬言葉に詰まった。

直哉が彼女に代わって何か言おうとしたが、莉央は手を伸ばして彼の肩を押さえ、そのまま座らせると、小さく首を振った。「もういいわ。彼女、妊娠しているんだもの。相手にしないでおきましょう。劣等感って、人を無礼にしてしまうものだから。私たちが一歩引いて、譲ってあげればいいのよ」

それを聞いて、直哉もそれ以上は何も言わなかった。

ただし澄花を鋭く睨みつけてから、莉央に向かって言った。「お前は人が良すぎるし、何でも穏便に済ませようとしすぎなんだよ。だから損するんだ」

莉央は澄花越しに柊吾を見て、気にしていないというように笑った。

澄花には、そのやり取りがひどく滑稽に思えた。

だが、もう相手にするつもりはなかった。

視線を戻したところで、隣の男が自分をじっと見ていることに気づいた。

澄花の胸が、不意に大きく跳ねた。

そして次の瞬間、胸を抉るような言葉が耳に入った。「こんなことをして、本当に意味があると思っているのか?」

澄花は柊吾を振り返った。

整った顔立ちには冷たさしかなく、柊吾は温かみのない表情で視線を逸らした。

――彼は、自分がわざとここへ来て、偶然を装って彼に会おうとしたと思っているのだろうか。

澄花が口を開いて弁解しようとした、そのときだった。

会場責任者が恭しく柊吾のもとへ歩み寄ってきた。「VIP席をご用意しております。御堂社長、榊原様、九条様、ご一緒にこちらへどうぞ」

柊吾は立ち上がり、そのまま去っていった。

最初から最後まで、澄花をもう一度見ることはなかった。

隣の空いた席を見つめると、胸の奥から抑えようのない辛さが込み上げてくる。

それでも澄花は必死に気にしないふりをして、ステージへ視線を向けた。

やがて大型スクリーンに莉央の名前が映し出され、彼女が壇上へ上がった。

「先生方、そして同じ分野を学ぶ皆さん、九条莉央です。

私の後ろにあるこの航空機は、私が十七歳のとき、聖陵大学でチームを率いて開発したものです。最新のアルゴリズムを取り入れ、航空宇宙分野に新たな可能性を切り開いた――」

その瞬間、多くの記者たちが一斉に前へ押し寄せ、莉央に向かって盛んにシャッターを切った。

華やかで人目を引く莉央は、自信に満ちた様子で当時の研究成果や、海外から持ち帰った新技術について説明していく。

各分野の専門家から質問が飛んできても、彼女は少しも怯むことなく、堂々と理路整然と答えていた。

澄花も客席から、その細かな内容まで耳を傾けていた。

同じ専門分野に携わる人間として客観的に評価するなら、莉央のような人間は、確かに天才と呼ぶにふさわしい。

そのプロジェクトの規模も、データも、成果も、到底普通の研究者が及ぶものではなかった。

ふと、澄花の視線が柊吾へ向かう。

いつも沈着冷静で、自分の感情を表に出さない男の目には、今、隠そうともしない称賛が浮かんでいた。

その瞬間、澄花はようやく分かった気がした。

柊吾が莉央を好きになるのも無理はない。

莉央には確かに、人を惹きつけるだけの容姿と頭脳がある。

もし自分が男だったとしても、これほど美しく有能な女性には惹かれていただろう。

澄花はすぐに深く息を吸い、気持ちを切り替えた。余計な感情をすべて振り払い、改めてステージに意識を集中させた。

今回の技術展では、多くのことを学ぶことができた。

同時に、自分が表舞台から姿を消していたこの五年間に、技術がどれほど目まぐるしく進歩していたのかも思い知らされた。

これ以上遅れたら、本当に何ひとつ追いつけなくなってしまう。

莉央がステージを降りると、大勢のメディア関係者が一斉に彼女を取り囲んだ。さらに、その場で彼女との提携を希望する者まで少なくなかった。

「私はすべて御堂社長にお任せしています。詳しいことは、彼にご相談ください」

そう言い終えると、莉央は微笑みながら柊吾を見た。

澄花は息が詰まり、思わず柊吾へ視線を向ける。

柊吾は避けることも、否定することもなかった。

莉央が突然このような形で二人の関係を公に匂わせたことに不快感を示すこともなく、記者たちが好きなように撮影し、報道するに任せている。

公の場で、二人の関係を事実上認めたも同然だった。

そこで澄花はようやく理解した。

確かに今日のイベントには各界の有力者が集まっている。だが柊吾ほどの立場の人間が、わざわざ自ら足を運ぶほどの催しではない。

それでも彼が来たのは、莉央を後押しし、彼女の将来への道筋をつけるためだった。

莉央には実力がある。それだけでなく、柊吾という強力な後ろ盾が彼女を支えている――それを全員に知らしめるために。

これほど冷淡で情の薄い男が莉央のためにここまで自ら動くなど、心の底から彼女を愛していなければ、決してできることではないだろう。

ただ、名目上だけとはいえ、妻である自分はまだここにいるのだ。

しかも彼の子供を「妊娠している」ことになっており、二人はまだ離婚すらしていないのだ。

澄花が踵を返して立ち去ろうとした、そのときだった。

一人の記者が突然、柊吾に質問を投げかけた。「御堂社長、確かすでにご結婚されていたと記憶していますが、では九条さんとはどういったご関係なのでしょうか?」

会場が、一瞬にして静まり返った。

立ち去ろうとしていた澄花も、思わず足を止める。

今この瞬間だけは、彼女も知りたかった。

柊吾が、どう答えるのかを。

「まさか、彼女があれほど必死になって柊吾を追いかけてここまで来たのは、柊吾の気を引くためじゃなくて、私を陥れるためだったのね……私の仕事を台無しにしようとして……」

莉央は柊吾のそばへ歩み寄ると、唇を噛んだ。

表情を曇らせ、そこにはわずかな失望さえ滲んでいた。

直哉はさらに露骨に、莉央の言外の意味を口にした。

「おかしいと思ったんだ。何も分からない人間が、柊吾に相手にもされてないくせに、よく平然とここに座っていられるなって。

なるほど、最初から記者を仕込んで待ち構えてたってわけか。腹の中に柊吾の子供がいるのをいいことに、莉央を陥れようとしてるんだ!やっぱり最初から追い出しておくべきだった!」

莉央は小さくため息をついた。「直哉、そんな言い方しないで。彼女はきっと柊吾を愛しすぎているから、私にこれほど敵意を向けているのよ……でも、だからといって記者を使ってこんな騒ぎを起こすべきじゃないわ」

客席に立つ澄花は、柊吾の視線が自分へ向けられるのを感じた。

その目に宿る冷淡さと薄情さに、澄花は思わずぞくりと身を震わせる。

柊吾から放たれる冷たい威圧感に、広い会場は息苦しいほどの静寂に包まれていた。

確かに、この場に集まっているのは研究分野で名を馳せる優秀な人材ばかりだ。

だが柊吾は、巨大資本を動かす側の人間だ。

いったい誰が、彼を敵に回せるというのか。

ところが、その記者は完全に腹を括っているらしく、さらに問いを重ねた。「御堂社長、お答えいただけないのでしょうか?それとも、ご結婚されているのは事実で、こちらの九条さんは、人には言えない愛人ということですか!」

大手企業の社長の愛人である研究者。

男の力でのし上がった女。

ひとたびそんな評判が広まれば、莉央がこれまで積み上げてきたすべての実績も、今手にしている栄誉も、男の力に頼って得ただけの虚像として見られかねない。

澄花には、その記者が誰なのかよく見えなかった。ただ、その記者のことが心配になった。

そして次の瞬間、会場は先ほど以上の静寂に包まれた。

「謝罪する機会を、あと一度だけやる」男の低く淡々とした声には、何の感情も温度もなかった。

その目には凍りつくような冷たさが宿っていたが、声の抑揚は最初から最後まで変わらなかった。「さもなければ、あとは俺の弁護士と話せ」

御堂グループの法務チームが、どれほど容赦のない精鋭揃いかを知らない者はいない。

澄花でさえ、その記者のために肝を冷やした。

それでも記者は頑として引かなかった。「私は御堂社長ご本人の口から答えを聞きたいだけです!御堂社長は既婚者なのか、九条さんは御堂社長の愛人なのか、はっきり答えてください!」

その言葉が終わった直後、記者のもとに、業界全体から締め出されたという知らせが届いた。

彼女の顔から一気に血の気が引いた。

震えながら顔を上げ、自分の将来をたった一言で断ち切った、圧倒的な権力を持つ男を見つめた。

だが、その男は彼女を一瞥すらしなかった。

「妻になるのは、俺が最も愛する女性だけだ」

柊吾は澄花を見なかった。

端整な顔に浮かんでいるのは、ただ淡々とした冷たさだけだった。

その場にいた誰もが、柊吾と莉央の仲を祝福した。

ただ一人、澄花だけが、その言葉の本当の意味を理解し、その場に立ち尽くしていた。

柊吾は、自分を愛していない。

たとえ婚姻を証明する書類で二人が結ばれていても、自分は彼にとって妻ではない。

一方、柊吾が愛しているのは莉央だ。

たとえ世間一般で必要とされる形式も、法律上二人の関係を証明するものも何ひとつなくても、柊吾の心の中では、莉央こそが唯一の妻なのだ。

彼の隣に立つために、澄花は五年もの歳月を費やした。

だからこそ、自分は柊吾という男を十分理解していると思っていた。

柊吾は、本来なら自ら弁明するような男ではない。

それなのに今日、彼は莉央のためにわざわざこの場へ足を運び、彼女のために口を開き、彼女を守った。

本当に、莉央がほんの少しでも傷つくことさえ許せないのだろう。

澄花はもうその場に残らず、立ち上がって帰ろうとした。

そのとき、スマートフォンの画面に一通のメッセージが表示された。

美玲からだった。

【厚かましく追いかけて行ったところで、何になるの?自分が本妻だって証明したかった?

残念ね、お兄ちゃんは認めてないみたいだけど!私があんたなら、さっさと子供を堕ろして、二度と戻ってこないわ!】

その文面を見た瞬間、澄花は直感した。

あの記者を仕込んだのは、美玲なのではないかと。

その瞬間、澄花はふと、どうして自分の子供がいなくなったのか分かったような気がした。

あの子もきっと、御堂家のような冷酷で情のない場所には、生まれてきたくなかったのだろう。

その直後、今度は御堂グループから督促通知が届いた。

【水城澄花 様

本通知到達後3日以内に、当社に対し、損害賠償金1億円を全額お支払いください。

期限までにお支払いいただけない場合は、法的措置を講じ、損害賠償責任を追及いたします。

御堂グループ 社長室】

澄花は反射的に顔を上げた。

偶然なのか、それとも皮肉な巡り合わせなのか。

幾重にも重なる人影の向こうで、柊吾と目が合った。

男の瞳は、凍りつくほど冷たかった。

その瞬間、澄花はすべてを悟った。

通知の差出人は社長室。

つまりこれは柊吾自身が下した指示であり、莉央のために自分へ報復している何よりの証拠だった。

澄花の下腹部に、鋭い痛みが走った。

目の奥がどうしようもなく熱くなり、涙が込み上げそうになる。

けれど、その痛みがあったからこそ、澄花の意識はこれまで以上に、はっきりと冴え渡った。

一刻も早く、離婚しなければならない。

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