翌日、僕は遼へのおみやげを持って登校した。いつものように授業を受けて、昼休みが訪れる。
僕は、遼を誘って屋上に向かった。晴れているからというのもあるけれど、他の人に聞かれたくない話があるからだ。
屋上のドアを開けると、冷たい風が全身をなでていく。
「寒っ!」
僕は、思わずそうつぶやいた。
「教室、戻ろうぜ?」
と、遼が提案するけれど、僕はごめんと言って屋上に出る。
「マジかよ……」
そう言いながらも、遼は僕についてきてくれた。
本当に、遼はいい奴だ。僕のわがままにつき合ってくれるのだから。
誰もいない屋上のベンチに座り、弁当を広げる。
「っと、そうだ。これ、遼にあげる」
と、持ってきていた袋を遼に渡す。昨日、水族館で買ったキーホルダーだ。
「別にいいって言ったのに……。でも、ありがとな」
そう言いながらも、遼は受け取ってくれた。さっそく、袋を開けて中身を確認している。
「くらげだ! かわいいじゃん!」
「よくキーホルダー持ってるからさ。遼にぴったりかなって」
「ちょうど、新しいの欲しいと思ってたとこなんだよ。サンキュー!」
と、遼は満面の笑みを浮かべる。
そこまで喜んでもらえるなんて、本当に買ってきてよかったと思う。
どういたしましてと言って、僕は弁当を食べ始めた。
「で、本題は? この寒い中、水族館みやげを渡すためだけに、俺をここに連れてきたわけじゃねえだろ?」
と、隣に座る遼が、持参したパンを食べながらたずねてきた。
「うん、実は……」
と、僕は本宮さんにプロポーズされたことを告げた。
「は……? プロポーズ……? え、結婚すんの!?」
遼が大きな声をあげる。
驚くのも無理もない。僕だって、本宮さんにプロポーズされた時には驚いたし戸惑った。
「正確には、卒業した後にってことなんだけどね」
と、僕が言うものの、遼は聞いていないようだった。
「え、
本宮さんからの無言の圧力が消えて、僕は小さく息をついた。名前で呼ばれたいからといって、そんな圧力をかけるなんて、大人気《おとなげ》ないと思う。名前呼びをしてほしいと言われたのが、昨日のことなのだ。そんなにかんたんに慣れるとは思えない。もしかしたら、僕にそれを意識させるために、先に『ここからプライベートの時間』なんて言ったのかもしれない。そんなことを考えていると、首筋に何か柔らかい感触が当たった。「ひゃっ!」驚いた僕は、思わず声を上げてしまった。肩越しに後ろを見ると、本宮さんが意地悪そうな顔でにやけていた。「昌義さん。何で、そういうことするかなー?」と、僕はむくれつつ問いかける。「優樹の反応がいいからさ、つい、いたずらしたくなるんだよ」と、本宮さんは悪びれる様子なく言ってのけた。「好きな子には意地悪したくなるっていう、あれ?」男子特有と言われる現象を僕が口にすると、肯定するように本宮さんがニッと笑った。「優樹も、小さい時にしたことあるのか?」「いや、僕はないよ。小学生の時に、クラスメイトがやってるのを見たことがあるだけ」と、僕は当時を思い出して言った。「まあ、昌義さんは、僕のこと好きだもんね」なんて、僕がからかい半分で言うと、「ああ、大好きだぜ。他の誰よりもな。それに、優樹の特別な存在になりたいんだ」と、本宮さんは真摯な表情を浮かべる。「……とっくに、特別だっての」僕は、そうつぶやいて顔を背ける。顔だけずっと後ろを向いていて疲れてしまった、というのもある。けれど、それ以上に、真っ赤になっている顔を見られるのが恥ずかしかった。「わかってねえな」ぽつりと低くつぶやかれた言葉は、僕の心を抉るには充分すぎるものだった。(え……わかってないって、どういうこと? 本宮さんは、僕のことが好きなんじゃないの?)そんな不安が頭をもたげる。「俺は、お
翌日、僕は遼へのおみやげを持って登校した。いつものように授業を受けて、昼休みが訪れる。僕は、遼を誘って屋上に向かった。晴れているからというのもあるけれど、他の人に聞かれたくない話があるからだ。屋上のドアを開けると、冷たい風が全身をなでていく。「寒っ!」僕は、思わずそうつぶやいた。「教室、戻ろうぜ?」と、遼が提案するけれど、僕はごめんと言って屋上に出る。「マジかよ……」そう言いながらも、遼は僕についてきてくれた。本当に、遼はいい奴だ。僕のわがままにつき合ってくれるのだから。誰もいない屋上のベンチに座り、弁当を広げる。「っと、そうだ。これ、遼にあげる」と、持ってきていた袋を遼に渡す。昨日、水族館で買ったキーホルダーだ。「別にいいって言ったのに……。でも、ありがとな」そう言いながらも、遼は受け取ってくれた。さっそく、袋を開けて中身を確認している。「くらげだ! かわいいじゃん!」「よくキーホルダー持ってるからさ。遼にぴったりかなって」「ちょうど、新しいの欲しいと思ってたとこなんだよ。サンキュー!」と、遼は満面の笑みを浮かべる。そこまで喜んでもらえるなんて、本当に買ってきてよかったと思う。どういたしましてと言って、僕は弁当を食べ始めた。「で、本題は? この寒い中、水族館みやげを渡すためだけに、俺をここに連れてきたわけじゃねえだろ?」と、隣に座る遼が、持参したパンを食べながらたずねてきた。「うん、実は……」と、僕は本宮さんにプロポーズされたことを告げた。「は……? プロポーズ……? え、結婚すんの!?」遼が大きな声をあげる。驚くのも無理もない。僕だって、本宮さんにプロポーズされた時には驚いたし戸惑った。「正確には、卒業した後にってことなんだけどね」と、僕が言うものの、遼は聞いていないようだった。「え、
玄関には、鍵がかかっていた。当然だ。両親はまだ、隣のカフェで仕事をしているのだから。「まあ、出迎えられるよりはいいか」鍵を開けながら、僕はそんなことをつぶやいた。『帰宅した時に、家族が玄関で出迎える』なんて習慣はない。でも、ネックレスをしている今は、両親に会いたくなかった。鉢合わせしてしまったら、とても気まずい。本宮さんからのプロポーズの言葉が頭の片隅にあるから、余計にそう思うのかもしれない。静寂の中、自室に戻った僕は、荷物整理もそこそこにベッドに倒れ込んだ。「結婚、か……」見慣れた天井を見ながら、その2文字を口にする。けれど、実感はない。僕がまだ、高校生だからなのだろうか。それでも、本宮さんとずっと一緒にいられると思うと、自然とほほが緩んでくる。ふいに、真剣な表情をした本宮さんの姿が脳裏に浮かび、『俺と結婚してくれませんか?』という彼の声が耳の奥に響く。瞬間、僕の顔は一気に熱くなった。「〜〜〜〜っ!」イルカのぬいぐるみを引き寄せ、それに顔を埋めて悶える。ごろごろとベッドの上を転がる度に、胸もとのリングが存在を主張した。それに気がついた僕は、転がるのをやめてネックレスをはずす。このままつけていてもいいのだけれど、壊してしまったら目も当てられない。まあ、そこまでかんたんに壊れるようなものではないと思うけれど。「それにしても、きれいだよな」つぶやいて、僕はピンクゴールドのリングを眺める。デザインは本当にシンプルで、凝った紋様などは一切ない。にもかかわらず、高級感漂う存在感があるのは、ピンクゴールドの輝きのせいなのだろうか。「……これって、普通の指輪だよな?」ふと、そんな疑問が口をついて出た。シルバーのリングホルダーで、チェーンとリングが繋がっている。でも、両方とも固定されているわけではなさそうだった。(どうにかすれば、はずせるかも……?)そう思って、リングホルダーをはずせないか探っていく。チェーン側に繋ぎ目があり、そこからかんたんに開
会計を済ませて店を出ると、外は思った以上にひんやりとしていた。街並みは、西日で黄金色に染まっていて、雨の予感なんてみじんも感じさせない。それなのに、背筋が伸びるくらいに冷たい空気を感じた。本宮さんも同じように感じたのか、「寒っ!」なんてつぶやいている。「今日、こんな寒かったっけ?」眉をひそめる本宮さんに、「本屋の中が、暖かすぎたんだと思う。人、多かったじゃん」と、僕は自分なりの推測を言った。室温を計ったり、店員さんに聞いたわけではないから、実際のところはわからない。でも、ほどよく暖められているだろう店内に大勢の人がいたのだから、想定以上の暖かさになっていたとしてもおかしくない。そういうわけで、外の空気が思った以上に冷たく感じるのは、しかたがないことだった。「たしかに多かったよな。本屋であんなに多いの、初めてだぜ」「僕も初めてだよ。もうちょっと落ち着くと思ったんだけどな」なんて会話をしながら、僕たちは駐車場を歩いていく。車に到着して乗り込むと、本宮さんは後部座席のドアを開けて、何やらごそごそとやっている。気になって後ろを見ると、「本、後ろに置いておくな」と、イルカのぬいぐるみが入っている袋に本を入れているところだった。「ありがとう。あれ? 本宮さんのは?」本宮さんの本もあったはずなのにと不思議に思い、僕はそうたずねた。「すでに避けてあるから、心配すんな」と、本宮さんは穏やかな笑みを浮かべて、後部座席のドアを閉めた。安堵した僕は、正面を向いて座り直す。その直後、本宮さんが運転席のドアを開けた。彼は運転席に乗り込むと、「まだ慣れねえか? 名前呼び」と、苦笑する。そう言われて、僕はまた『本宮さん』と呼んでいたことに気がついた。「うん、まだ……」僕が口ごもると、本宮さんはふっと微笑んで、「まあ、急には無理だし、ゆっくりでいいよ」
「あ、ちょっ……! 本宮さん、ずるいよ!」と、言いながら、僕も彼の後を追う。(どうしよう。5分って、かなり短いよな)僕は焦りながら、商品を物色していく。どれを選んだら本宮さんが喜んでくれるのか、そればかりを考えてしまう。(何かヒントないかな?)と、本宮さんとの会話を思い返す。思考をフル回転させて、答えを導き出そうとする。その瞬間、彼がロックグラスを見ていたことを思い出した。(本宮さんって、お酒飲むのかな? わかんないけど、一か八かだ!)と、僕は食器類が置いてある棚に向かった。ロックグラスは、思いのほか早く見つけることができた。複雑な模様があったり、シンプルなものだったりと種類は豊富だった。(どんなのがいいんだろ?)種類がありすぎて、絞り切れない。でも、本宮さんなら、たぶんシンプルなデザインを選ぶような気がした。(あ、これいいかも)シンプルなものと思って探していると、グラスの半分から下の方にくらげが刻まれているものがあった。なんとなく、それを手に取った僕は、迷うことなくレジに向かった。制限時間が迫っていたというのもある。でも、それよりも僕自身が、これを本宮さんに持っていてほしいと思ったからだ。会計を済ませて店を出ると、本宮さんが大きめの袋を持って先に待っていた。「意外に早かったな」「お待たせ。っていうか、やっぱり5分は短いよ。全然、吟味できなかった」僕がそう言うと、「それでも、俺のために選んでくれたんだろ?」と、本宮さんが笑みを浮かべる。「そりゃまあ、そうだけど……」もう少し選ぶ時間が欲しかったと言うと、「本屋に滞在する時間、短くなるぞ?」それでもいいのかと、本宮さんが問う。「それは嫌だなー」僕は、苦笑しながらそう言った。「だろ? そういうわけだから、行こうぜ」と、本宮さんにうながさ
カレーと塩焼きそばに舌鼓を打っていた僕たちは、食後のデザートを堪能していた。僕はガトーショコラを、本宮さんはチーズケーキをチョイスしている。ガトーショコラは、チョコレートが濃厚だけれどそこまで甘くない。横に添えられている生クリームをつけて食べると、チョコレートの濃厚さに生クリームの甘さが混ざり合って、味のバランスがちょうどよかった。「……優樹、ちょっと待っててくれ」チーズケーキを食べ終えた本宮さんは、神妙な面持ちでそう告げる。僕があいまいにうなずくと、彼は席を立ってレストランから出ていってしまった。「どうしたんだろ?」つぶやくけれど、僕はまあいいかとガトーショコラに意識を向けた。待っていてくれということは、必ず戻ってくるということだ。それに、本宮さんからの誕生日プレゼントをまだもらっていない。おそらく、プレゼントを取りに駐車場に向かったのだろう。僕はそこまで考えて、ガトーショコラの最後の一口を頬張った。(んーっ! うまー!)脳内でつぶやき、自然と笑顔になってしまう。最後の最後まで、そう思わせてくれるケーキを作ってくれたここの店員さんに感謝したい気持ちでいっぱいだった。無糖の紅茶で口の中をすっきりさせて、「ごちそうさまでした」と、僕は誰にともなく言った。すると、「お待たせ」と、本宮さんが戻ってきた。その手には、小さめの袋が下げられている。「お帰り。何、持ってきたの?」僕がたずねると、「わかってるだろ? プレゼントだよ」と、本宮さんは言って、向かいの席に座った。もちろん、僕宛てのプレゼントだろうことは予想済みだ。でも、肝心の中身の想像が、まったくついていなかった。いったい何をプレゼントしてくれるのだろう。「優樹、誕生日おめでとう」言いながら、本宮さんは袋の中身を僕の前に差し出した。それは、長方形の箱だった。深い青色をした、滑らかな光沢のある生地でできている。お