LOGINそれから数日後、愛音は朝桐家の門の前に立っていた。依子から届いた連絡には、先日のこともあるので一度お茶でも、とだけあった。指定された時間に訪ねると、玄関の扉はすぐに開いた。
門をくぐったとき、庭の植木はきれいに刈り込まれていた。玄関脇の鉢植えにも枯れた葉はない。愛音は足元を見ながら歩き、呼び鈴を押す前に手土産の紙袋を持ち直した。 「来てくださってありがとう。わざわざ時間を作ってもらってしまって」 「いえ」 依子は愛音の手元へ目を向けた。小さな紙袋を提げている。 「まあ、手土産まで。気を遣わなくていいのに」 「近くで見つけたものです」 「そう。では、ありがたくいただくわ」 依子は両手で紙袋を受け取った。袋を脇へ置くこともせず、そのまま居間まで丁寧に運んでいく。 「こちらへどうぞ。今日はゆっくりしていってちょうだい」 案内された席には、すでに茶器が用意されていた。依子が急須を手に取り、湯呑みに茶を注ぐ。茶托の位置を整えてから愛音の前へ差し出した。 「熱いから、気をつけて」 「ありがとうございます」 「先日は急に伺ってしまったでしょう? あれから少し気になっていたの。せっかく来てもらったのだから、今日は落ち着いて話せればと思って」 「はい」 依子は自分の湯呑みを両手で包んだ。ひと口飲み、静かに置く。 「家のことは、あれから何か変えた?」 「特には」 「そう。あなたらしいわね」 愛音は湯呑みの縁へ目を落とした。依子はそれを見てから、窓の外へ視線を移す。 「この前も思ったけれど、あなたはあまり物を増やさないのね」 「必要なものだけ置いています」 「そういう考え方なの」 「はい」 「航生は昔から物が多いでしょう。仕事の資料もそうだし、買ったまま忘れているものもあるし」 「書斎にはいろいろありますね」 「でしょう? あの子は自分で片づけているつもりなのだけれど、見ているほうは気になるものよ」 依子は少し笑った。 「昔から変わらないわ」 愛音も小さく頷いた。 「航生の会社も、最近は忙しいみたいね。帰りが遅い日も多いのでしょう?」 「そうですね」 「食事の時間も合わない?」 「合わない日もあります」 「そう……。会社を大きくしていく時期は仕方がないのかもしれないわね」 依子は湯呑みを持ち上げた。 「あの子は仕事になると、家のことまで頭が回らなくなるところがあるもの。あなたがいるから、任せてしまっているのかもしれないわ」 「そうかもしれません」 「あなたは、それでいいの?」 「今のところは」 依子の目が愛音へ向いた。 けれど、愛音は湯呑みを両手で持ったまま、茶の表面を見ていた。 「あなたも大変でしょう」 「そうですね」 「それでも、家がきちんとしているのだから、航生も助かっているでしょうね」 「そうだといいのですが」 依子の指が茶托の縁で止まった。 「……そうね」 少し間を置いてから、依子は窓の外を眺めた。 「航生も、もう子供ではないでしょう。仕事だけではなくて、これから先のことも考える時期だと思うの」 「これから先、ですか」 「ええ。会社のこともそうだけれど、付き合う人間も増えるでしょう? そうなると、隣にいる人のことを見られる機会も自然と多くなるものよ」 愛音は湯呑みを置いた。 「そうですね」 「もちろん、これは一般論よ」 依子はすぐに言葉を添えた。 「家柄というのは、本人だけのものではないでしょう? 政財界とのつながりがある家なら、親同士の付き合いもできる。そういうところの女性なら、仕事の席でも話が早いでしょうし」 「はい」 「たとえば、こちらが何かお願いするときにも、誰に話を通せばいいのか分かっている。そういうことは、会社を持つ人間にとって案外大事なのよ」 愛音は一度だけ依子を見た。 「そうですか」 「ええ。それに、人前へ出ることを嫌がらない人のほうがいいでしょうね。会食やパーティーに呼ばれたとき、自然に人と話せる。相手に合わせて笑ったり、必要なときにはきちんと挨拶したりできる人」 依子はそこで言葉を切った。 「航生の隣に立っても、相手に気を遣わせない人がいいと思うの」 愛音は黙って茶を飲んだ。 「そういう人なら、航生の仕事にも何かと都合がいいと思わない?」 「仕事をする人同士なら、そういうこともあるかもしれませんね」 「でしょう?」 依子の声が少しだけ柔らかくなった。 「朝桐の家では、昔からそういうことを大事にしてきたの。本人同士が仲がいいだけでは済まないこともあるでしょう。親戚の席もあるし、外のお付き合いもある。家に来てもらう人にも、それなりのものを求めてしまうのよ」 「そうですか」 「もちろん、誰がいいとか、そういう話ではないのよ」 依子は湯呑みへ手を添えた。 「ただ、航生には合う人がいるんじゃないかと思うことがあってね」 愛音の指が膝の上で一度だけ動いた。 「航生さんも、いろいろ大変なんでしょうね」 「ええ。だからこそ、支えてくれる人が必要なのよ」 「そうですね」 それだけだった。 依子はしばらく愛音を見ていた。やがて、口元に小さな笑みが浮かぶ。 「あなたは、聞き分けがいいのね」 愛音は答えず、湯呑みへ目を戻した。 「変なことを言ってごめんなさいね。今日は少し話をしたかっただけだから」 「いえ」 「こういう話をすると、嫌な顔をされることもあるのよ」 愛音は湯呑みを茶托へ戻した。 「そうなんですか」 「ええ。でも、あなたなら分かってくれる気がしたわ」 愛音は何も答えなかった。 依子はその沈黙を遮らず、しばらく茶を飲んでいた。 「また、こうして話しましょう」 「はい」 「今度はもっとゆっくり。あなたにも聞いてみたいことがあるの」 依子はそう言って立ち上がった。愛音も席を立つ。玄関まで戻ると、先ほどの紙袋が目に入った。依子はそれを持ち上げ、軽く会釈する。 「今日は本当にありがとう。これもいただくわね」 「どういたしまして」 扉が開く。 愛音は一歩下がって見送った。依子が門の向こうへ消えるまで、その場を動かなかった。 やがて扉が閉じる。 愛音は靴を履き直し、外へ出た。帰り道の途中でスマートフォンが震える。画面を見ると、依子から短いメッセージが届いていた。 『今日はありがとう。また連絡しますね』 愛音は画面を閉じた。 手土産を渡したときの紙袋の持ち手が、指先にまだ残っているような気がして、愛音は自分の手を一度見た。それから何事もなかったように歩き出した。愛音が朝桐家を訪ねる機会は少し増えた。依子から呼ばれることもあれば、先日の書類について確認したいと連絡が来ることもある。剛生も以前ほど愛音を客として扱わなくなり、居間へ通すときには自分で椅子を引くようになった。 「この前は助かったよ」 「いえ」 「書類の件は、あれから確認してもらった。君が見つけたところで合っていたそうだ」 剛生はそう告げると、湯呑みを愛音の前へ置いた。以前のような沈黙はなかった。窓の外では庭師が植木の枝を払っている。小さな剪定ばさみの音が、一定の間隔で聞こえていた。 「修正もされたんですか」 「そのようだ。担当者が新しいものを持ってきた」 「よかったですね」 「ああ。あれを見つけてもらわなかったら、まだ揉めていたかもしれん」 剛生は少し笑った。 「君にこんなことを頼むとは思わなかったが、助かったよ」 「たまたま気づいただけです」 「それでも、気づいたのは君だ」 愛音は湯呑みに手を添えた。剛生はそれ以上続けず、庭へ目を向ける。 その日は、庭の木や近所の店の話から始まった。剛生は昔からある店が減ったことを話し、愛音は駅前に新しい店が増えたことを話した。依子が茶菓子を運んでくると、今度は季節の話になる。今年は雨が多い。庭の草も例年より伸びるのが早い。そんな取り留めのない話が続いていた。 「このあたりも、昔とはずいぶん変わったよ」 「駅の周りも新しい建物が増えましたね」 「そうだな。店も入れ替わる。長く続いているところを見ると、それだけで少し安心するよ」 「昔からある店は、なくなると寂しいですね」 「うん。新しいものも悪くないんだが、馴染んだものには馴染んだものの良さがある」 剛生は窓の外へ目を向けた。 「昔はこんなこと、気にもしなかったんだが」 「そういうものかもしれませんね」 「君も家ではよくやっているのか」 「できる範囲で」 「それで十分だろう」 剛生は湯呑みを持ち上げた。茶を飲みながらテレビの音に耳を傾ける。画面では昼のニ
依子から連絡が来たのは、前に会ってから四日ほど経った午後だった。今度はお茶ではなく、少し相談したいことがあるという。愛音が指定された時間に朝桐家を訪ねると、依子は玄関まで出てきた。 「急に呼び出してしまってごめんなさいね」 「いえ」 「この前の話とは少し違うの。私だけではどうにもならなくて」 依子はそう言って愛音を居間へ通した。前回と同じ席には茶器が並んでいる。その横に、薄い封筒と数枚の書類が重ねられていた。 「実は主人の会社の契約書なの」 依子が封筒から書類を取り出した。紙の端は何度も触れられたらしく、少しだけ丸くなっている。 「数字が合わないところがあるみたいでね」 「数字ですか」 「ええ。契約金額と、別紙にある支払い予定の金額が合わないの。主人も担当の人に確認しているんだけれど、向こうは計算に間違いはないと言うのよ」 依子は一枚目を愛音の前へ置いた。 「こちらが本契約。こっちが追加分。合計すれば同じになるはずなのに、最後の数字だけ違うの」 愛音は書類を手に取った。紙は少し厚く、印刷された数字が細かく並んでいる。契約金額、支払日、内訳。視線を上から下へ動かしながら、指先で欄の位置を追った。 「何度も見たんだけれどね。主人も担当者も、数字ばかり見てしまっているのかしら」 依子の向かいには剛生もいた。眼鏡を外して机の上の書類を見ている。 「私も計算し直したが、どうにも分からなくてね」 剛生はそれだけ告げると、愛音の手元へ目を向けた。 愛音は返事をせず、二枚目の紙をめくった。最初の金額へ戻る。もう一度、別紙の数字を追う。合計欄で指先が止まった。 「ここです」 依子と剛生の視線が同じ場所へ集まった。 「この金額、前のページと同じ数字になっています」 「ええ。それが?」 「こちらの追加分を足す前の金額です」 愛音は二枚の紙を横に並べた。 「本契約の金額が一千二百万円。追加分が三百万円です。だから合計は一千五百万円になります。でも、この欄だけ一千二百万
それから数日後、愛音は朝桐家の門の前に立っていた。依子から届いた連絡には、先日のこともあるので一度お茶でも、とだけあった。指定された時間に訪ねると、玄関の扉はすぐに開いた。 門をくぐったとき、庭の植木はきれいに刈り込まれていた。玄関脇の鉢植えにも枯れた葉はない。愛音は足元を見ながら歩き、呼び鈴を押す前に手土産の紙袋を持ち直した。 「来てくださってありがとう。わざわざ時間を作ってもらってしまって」 「いえ」 依子は愛音の手元へ目を向けた。小さな紙袋を提げている。 「まあ、手土産まで。気を遣わなくていいのに」 「近くで見つけたものです」 「そう。では、ありがたくいただくわ」 依子は両手で紙袋を受け取った。袋を脇へ置くこともせず、そのまま居間まで丁寧に運んでいく。 「こちらへどうぞ。今日はゆっくりしていってちょうだい」 案内された席には、すでに茶器が用意されていた。依子が急須を手に取り、湯呑みに茶を注ぐ。茶托の位置を整えてから愛音の前へ差し出した。 「熱いから、気をつけて」 「ありがとうございます」 「先日は急に伺ってしまったでしょう? あれから少し気になっていたの。せっかく来てもらったのだから、今日は落ち着いて話せればと思って」 「はい」 依子は自分の湯呑みを両手で包んだ。ひと口飲み、静かに置く。 「家のことは、あれから何か変えた?」 「特には」 「そう。あなたらしいわね」 愛音は湯呑みの縁へ目を落とした。依子はそれを見てから、窓の外へ視線を移す。 「この前も思ったけれど、あなたはあまり物を増やさないのね」 「必要なものだけ置いています」 「そういう考え方なの」 「はい」 「航生は昔から物が多いでしょう。仕事の資料もそうだし、買ったまま忘れているものもあるし」 「書斎にはいろいろありますね」 「でしょう? あの子は自分で片づけているつもりなのだけれど、見ているほうは気になるものよ」 依子は少し笑った。 「昔から変わらな
数日後、愛音は朝桐依子の連絡先を開いた。短い文章を入力して送る。返事は思っていたより早く届いた。内容は簡単だったが、依子は話を聞くことを断らなかった。愛音は画面を閉じ、洗濯物を取り込んだ。ベランダから戻ると、畳んだ衣類をそれぞれの場所へしまっていく。 その日の午後だった。インターホンが鳴った。 愛音は手を拭いて玄関へ向かった。モニターに映っていたのは依子だった。約束をしていたわけではない。 「突然ごめんなさいね」 扉を開けると、依子は軽く頭を下げた。手には小さなバッグを持っている。 「今度、親戚との会食があるでしょう? その前に一度、こちらを見ておこうと思って」 「どうぞ」 愛音が身体を横へずらすと、依子は靴を脱いだ。玄関に上がったところで足を止める。靴箱の上に置かれた小さな花瓶へ目を向けたあと、廊下の先まで視線を伸ばした。 「まあ……思ったよりきれいにしているのね」 そのままリビングへ入る。依子の目がソファの位置を確かめ、テーブルの上へ移った。雑誌は一冊だけ。郵便物もない。テレビのリモコンが決められた場所に置かれている。 「会食の前だから、少し気になっていたの。朝桐家の人間が住む家ですもの。外から見られたときに、あまり雑然としていると困るでしょう?」 「そうですね」 「普段から、こんな感じなの?」 「だいたいは」 「航生が散らかす朝霧」 「仕事の書類を置くことはあります」 「あの子らしいわね。片づけるのは?」 「私がします」 依子は一瞬だけ愛音を見た。 「そう」 それ以上は言わず、キッチンへ向かった。 愛音も後ろからついていく。依子は食器棚を見て、並んだ皿の数を目で追う。冷蔵庫の扉を眺め、シンクへ視線を落とした。蛇口の周りに水滴がないことを確認すると、今度はコンロの脇へ目を向ける。 「水垢もないわね」 声には少しだけ感心した響きがあった。 けれど依子の視線はすぐに別の場所へ移った。 「洗濯物は?」 「もう片づ
愛音は机の上に置いたファイルを開いた。 紙の端が指先に触れる。少し黄ばんだ用紙には折り目が残っていたが、文字はまだ読みやすい。ファイルそのものも、長いあいだ棚の奥にしまわれていたせいか、表面に薄く埃がついていた。 日記や時計と同じ場所に、同じだけの時間、置かれていたものだった。 最初のページをめくる。婚前契約書という文字が目に入った。その下に並ぶ日付を指でなぞり、愛音は一度手を止める。結婚する前、隆二はこの書類を見ていた。最後まで納得していなかったことだけは覚えている。何かを言われた気もする。けれど、その先は思い出さなかった。 ページをめくるたびに紙が乾いた音を立てた。愛音は机の端に置いていた振込明細を引き寄せる。梨本恵実。五千万円。名前と数字を確認してから、明細を契約書の横へ並べた。 該当する条項を探す。財産分与についての項目。その下には、婚姻関係が解消された場合の財産について細かく記されていた。さらにページをめくると、慰謝料請求権に関する条項がある。愛音はそこに貼られていた小さな付箋へ指を置いた。結婚する前、自分で貼ったものだった。当時は、こんな日が来るとは思っていなかった。それでも、念のためにと貼っておいた。 明細へ視線を戻す。五千万円という数字が紙の上にある。契約書の文字と並べて見ても、どちらも動かなかった。 愛音は明細を折り、ファイルの内側へ戻した。契約書も閉じる。表紙を手のひらで押さえたまま、しばらく動かなかった。 部屋の時計が、また一つ音を刻んだ。窓の外を、誰かの車が通り過ぎていく気配がした。 それから引き出しを開けた。中には古い通帳や印鑑ケースが並んでいる。その奥へファイルをしまおうとして、愛音は一度手を引いた。契約書の角が引き出しに触れ、乾いた音を立てる。結局、奥へ押し込むのではなく、すぐ取り出せる位置へ置いた。 翌朝も、台所にはいつもの音がしていた。炊飯器の蓋を開ける音。味噌汁を椀によそう音。椅子を引く音。愛音はいつもと同じ順番で朝食を並べる。 「今日は少し早いから」 廊下から航生の声がした。 「分かりました」 愛音は皿を一枚追加した。航生が食卓につく。新聞を開く音が続いた。愛音は自分の椅子に座り、味噌汁へ箸をつける。 「結婚記念日だし、夜は外で食べようか」 「はい」
翌朝、愛音はいつも通りに洗濯機を回した。昨夜見た書斎の扉が、朝の廊下にも同じ位置にある。閉じたままのドアへ一度だけ目を向け、それから洗濯物を籠へ移した。 朝食の準備をしていると、冷蔵庫の上に置いた布巾へ手が止まる。梨本恵実という名前が、ふと浮かんだ。 愛音は布巾を水で濡らし、固く絞った。食卓を拭き、皿を並べる。名前を思い出すだけなら、それ以上のことは起きない。そうするように、いつもの手順へ戻った。 航生が起きてくる頃には、味噌汁も焼いた魚も食卓に並んでいた。「今日、帰り遅くなるかもしれない」「分かった」 航生はスマートフォンを見ながら椅子に座った。愛音は味噌汁を置き、向かいの席へ腰を下ろす。 数日後、結婚記念日を迎えた。 朝から特別なことは何もなかった。航生はいつもの時間に起き、シャワーを浴びてから書斎へ入る。愛音はその間に食器を片づけ、洗面所のタオルを替えた。 玄関へ向かう足音が聞こえる。「愛音。ネクタイどこだっけ」「二段目の引き出し」 航生が寝室へ戻ってくる。クローゼットの扉が開く音がして、ハンガーの擦れる音が続いた。 愛音はキッチンでコーヒーを淹れていた。 やがて航生がリビングへ戻ってくる。濃紺のスーツに袖を通し、鏡の前で襟元を整えていた。ソファの背にかけていたジャケットを手に取ったとき、胸ポケットから薄い紙が床へ落ちた。 紙は一度だけ裏返り、フローリングの上を滑った。 愛音はカップを置いた。「落ちたよ」 航生が振り返る。「ん?」「これ」 愛音はしゃがみ、紙を拾った。指先に伝わる感触は薄いコピー用紙とは少し違っていた。銀行の明細だった。 そのまま渡そうとして、視線が一行に止まる。 振込先。 梨本恵実。 愛音の指が紙の端を押さえた。 その下に金額がある。 五〇,〇〇〇,〇〇〇円。 桁を追う。 一、十、百、千。その先まで目を動かしてから、もう一度同じ数字を見た。 五〇,〇〇〇,〇〇〇円。 紙







