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第109話

Author: 木憐青
生き生きとした表情の深雪を見て、延浩は一瞬でその姿に引き込まれた。

彼は、本当に久しくこんな深雪を見ていなかった。

パソコンの画面を見つめるその瞳には、勝利を確信する光が宿っている。

こんな深雪を見たのは大学時代以来だった。

この数年間の結婚生活は、彼女の輝きを根こそぎ奪い去ってしまっていたのだ。

そう思った瞬間、延浩は腹の底から怒りがこみ上げ、眉をぎゅっと寄せ、心の中で静雄を何度も罵った。

しばらく見守っていたが、深雪はふいに口を開いた。

「......そろそろ帰るわ」

「帰る?どこに?」

「松原家の別荘へ」

深雪はUSBを片付け、挑むような眼差しで延浩を見た。

「私はこういう人間よ。目的を達成するため、手段は選ばないの」

ここまで追い詰められなければ、自分にそんな一面があることすら知らなかった。

今では、なぜあの頃あんなに遠慮していたのかと後悔すら覚えた。

もしもっと早く力を出し、手を打っていればあの子は死なずに済んだかもしれない。

寧々は今も笑顔で生きていたかもしれない。

寧々のことを思うと、深雪の胸は再び激しい痛みに襲われた。

「正当な手段で、自分の正当な権利を守る。それは誰だってやるべきことだろ?」

延浩はそう言いながら近づき、大学時代と同じように彼女の頭をそっと撫でた。

口元に柔らかな笑みを浮かべ、心を和ませる言葉をかけた。

ライトに照らされたその横顔に、深雪は一瞬二人が若かった頃へ戻ったのような錯覚を覚えた。

そっと手を伸ばし、彼の頬に触れた。

しかし、こらえきれず、その手を引き戻し、何も言わずに彼の横を通り過ぎて出口へと向かった。

その背中を見送りながら、延浩は彼女が触れた頬に手を当て、密かに喜びを噛みしめた。

深雪は今夜もまた、空虚な部屋でひとり過ごすことになると思っていた。

しかし、松原家の別荘に戻るとそこには静雄がいた。

彼はラフな部屋着姿で、険しい表情を浮かべて座っていた。

深雪がドアを開けると、彼は歯ぎしりするような声を上げた。

「もう午前1時だ。帰ってくる気があったのか?」

お前は妻としてどうあるべきか分かってるのか!」

静雄はテーブルをコツコツと叩き、不満を露わにした。

その様子が、深雪には滑稽でしかなかった。

結婚してからの彼女はずっと家にいて、何も考えず満足される妻であ
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