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第28話

Author: 木憐青
しかしこの思いが浮かんだ瞬間、深雪はそれを押し殺した。

彼の胸で泣く資格なんて、自分にはないのだ。

延浩は慎重に彼女を助手席に乗せ、涙に濡れた顔を見てため息をついた。

「泣くな。病院へ行こう」

「私、みっともないでしょう?」

深雪は分かっていてあえて尋ねた。

彼女はそっと笑ったが、それは限りなく自嘲的だった。

だが、延浩は核心を突いた。

「強がらなくていい。泣きたいなら泣け」

そう言うと、彼は思いやりたっぷりにオーディオの音量を最大にした。

「ううっ!」

深雪は座席に丸くなると、声を上げて泣きじゃくった。

延浩の目には痛々しいほどの憐れみが浮かんでいたが、一言も発せず、ただ病院へと車を走らせた。

音楽が鳴り響いていても、彼には彼女の絶望的な泣き声が聞こえていた。

彼は胸中に自責の念が渦巻く。

もっと早く帰ってくればよかった。

そうすれば、彼女をこんな目に遭わせずに済んだのに。

病院に着くと、深雪はすでに泣き止んでいた。

冷静さを取り戻し、フロントドアを開けて降りようとした。

だが、延浩は一歩踏み出すと、再び彼女を抱き上げた。

「延浩、自分で歩けるから……」

「黙って言うことを聞け」

延浩は鼻を鳴らして、彼女を抱えたまま、中に向かった。

中に入ると、消毒液の匂いが鼻を突き、深雪の表情が変わった。

この匂いは大嫌いだった。

医者と看護師が手当てを始め、アルコールが傷口に触れた瞬間、深雪は無意識に延浩の手を握った。

その瞬間、記憶の洪水が押し寄せた。

二人は大学の同級生だった。彼が二年生で留学した時、言いそびれた想いはそのまま封印された。

その後、運命の悪戯で静雄と出会い、寧々が生まれた。

この口に出せない恋は心の奥深くに葬り去られた。

最初は、一生会うことはないだろうと思っていた。

しかし、再び出会うことになるとは思いもよらなかった。

さらに、予想もしなかったのは、彼があの時と全く変わらず、歳月という彫刻刀が、彼の容貌に一筋の皺も刻まなかった。

「優しくしてくれ。彼女は痛みに弱いんだ」

延浩は仕方なく、静かに一言注意した。

彼の高身長とイケメンな容姿、そして低く響く心地よい声に、看護師は心を揺さぶられ、手の動きも確かにより優しくなった。

やはり、誰しもが面食いだ。

深雪は視線を外し、静かに笑って手
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Comments (1)
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まり
静雄って、昔ウチの家の庭に不法侵入して花壇の花を球根から全て盗んで行った、隣のくそジジイの名前と同じ…字も同じ…やっぱりろくなもんじゃ無いな。
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