로그인「安心しなさい。辰琉のことは、必ず刑務所にきっちりぶち込んでやるわ」娘が受けた屈辱と苦しみ――それを与えた人間を、このまま許すわけにはいかない。美月の胸の奥には、燃えるような執念が宿っていた。彼女にとって、その報いを受けさせるのは当然のことだ。娘を傷つけた者には、必ず同じ痛みを味わわせる。美月の目的は、最初からはっきりしていた。狙うべき相手は「安東辰琉」――それだけだ。安東グループを潰すことになど、最初から興味はなかった。なぜなら、彼女には分かっていたのだ。娘たちを不幸にしたのは会社でも、他の誰でもない。ただ一人、辰琉という男だけ。紗雪も、緒莉も。二人が受けた傷は、全て彼のせいだった。だから、他の誰かまで巻き込む必要はないと思っていた。だがいま、安東家の態度を目の当たりにして、美月は初めて自分の判断に疑いを持った。もしかして、最初からやり方を間違えていたのでは?いっそ、安東グループそのものを狙うべきだったのではないか?心の奥でざらりとした迷いが広がる。しかし、もう言葉は外に出てしまった。今さら引き返すことなどできない。次に行くときに、あの老いぼれが何を考えているのか確かめてやる――美月は心の中で冷たく吐き捨てた。この数日、孝寛が屋敷から一歩も出ていないことなど、彼女には分かっている。何も知らないと思ったら大間違いだ。彼女は安東家の動きをほぼ把握していた。特別に探らせたわけではないが、情報はすべて手の中にある。だからこそ分かる。孝寛は、ただ家に隠れているだけだ。少しだけ猶予を与える。だが、もし次も出てこないようなら、その時は容赦しない。必ず、安東家そのものを潰してやる。――次に行くときは、理由を聞かせてもらう。美月は冷ややかにそう決め、車を出させた。誰も、今日の安東家の対応がここまで頑なだとは思っていなかった。もし予想していたなら、彼女は必ずボディーガードを連れてきただろう。今は母娘と運転手だけ。美月は、無防備な行動を好まない。車が遠ざかり、安東家の視界から完全に消えると、ようやく屋敷の門がゆっくりと開いた。執事が恐る恐る外へ出て、周囲を確認してから中に戻る。「旦那様、あの人たちはもう帰りました」そして言い
これは、わざと......?緒莉は胸の奥でひやりとした。「まさかあの人たち......逃げた?」そう口にした瞬間、自分でもおかしいと気づいた。孝寛は会社を何よりも大切にしている人間だ。金への執着は、見ていれば誰でも分かるほどだった。もし本当に逃げるつもりなら、あの時わざわざ頭を下げて謝罪なんてしなかったはずだ。美月も首を横に振った。「彼がそんなことをするわけがないわ」その点については、多少なりとも信頼があった。長い付き合いだ。孝寛という男の性格はよく知っている。あの気の強い商人が、何も言わず逃げるなんてあり得ない。あの時の屈辱的な謝罪こそが、その証拠だ。美月はそのことを分かっていた。それでも、今日のこの状況には納得がいかなかった。どう考えても妙だった。事情があるのかもしれない。だから、もう少しだけ待とうと思った。それは、昔からの仲間に対する礼儀であり、彼らに最後の準備をする時間を与えるためでもある。実の息子を刑務所へ送る――誰にとっても辛いことだ。その気持ちは理解できる。だが、罪を犯したのなら、罰を受けるのは当然のこと。それが世の理だ。緒莉はそんな母の考えを察して、何も言わなかった。母の決めたことに、今の自分が口を出す立場ではない。自分はただ、被害者という「飾り」の役をきっちり演じていればいい。運転手はしばらく門を叩いていたが、中からは何の反応もない。仕方なく戻ってきて、首を横に振った。「奥様、何度か呼びかけましたが、反応がありません」美月の顔はどんどん険しくなっていった。早く片づけたいと思っていたというのに、数日でこんなに問題が起きるとは。考えただけで頭が痛くなる。「戻りましょう」秋が近づいているとはいえ、残暑の陽射しは容赦がない。ほんの少し外に立っていただけで、汗が滲み、頭がぼうっとしてきた。緒莉は唇を噛み、何も言わなかった。今の母の機嫌を見れば、下手に口を挟むべきでないことはすぐ分かる。それに、さっきの安東家の対応には、確かに違和感があった。――なぜ、誰も出てこなかったのか。胸の奥がざわざわと落ち着かない。何か大事なことを見落としているような、そんな嫌な予感が拭えない。門の閉ざされた光景を思
彼女はいま、自分の手であの人を刑務所に送ることになっていた。最初は何とも思っていなかった。彼女の考えでは、ただこの件を辰琉の罪として確定させればそれで済むと思っていたのだ。それ以上のことなど、考えもしなかった。だが、明らかに美月の考えは違っていた。まるで自分の目で辰琉が完全に捕まるのを見届けないと気が済まないようだった。緒莉には、母のその執念めいた感情が理解できなかった。けれど、逆らうわけにもいかない。今の彼女には、まだ母の言葉に従うしかない立場で、独り立ちできるほどの力はなかった。美月は彼女にとてもよくしてくれている。今ここで関係を悪くする理由なんてない。二人が出発してからの道中、ほとんど言葉を交わすことはなかった。屋敷の前で、伊藤は車の後ろ姿を見送りながら、渋い顔をしていた。どう美月に伝えればいいのか分からない。最近の緒莉は、あまりにも変わってしまった。以前とはまるで別人のようだ。もう、取り繕うことすらしなくなってきている。そう思うと、伊藤は苦笑をこぼした。彼女は自分の娘ではないが、それでも紗雪と比べれば、胸が痛む。あの子は早くに嫁いで行ったが、結果的に姉の男によってあんな目に遭わされた。それなのに、姉の心にはまだ打算がある。伊藤は頭が痛くなったが、どうにもできない。今はただ、様子を見ながら動くしかない。これからは、せめて紗雪にはできる限り優しくしてやろうと心に決めた。緒莉には美月の愛情があるが、紗雪は何もかも自分で背負っている。もし家に帰っても誰にも気にかけてもらえなかったら、あの子はいったいどんな思いを抱えるだろう。......緒莉と美月が安東家に着くと、門は固く閉ざされていた。まるで最初から開けるつもりがないかのように。緒莉はツイードのワンピースを着て、上品なハンドバッグを持ち、日傘を差して立っていた。照りつける日差しに、目が開けていられないほどだった。「どういうこと?」苛立ちを隠せずに言う。「もう三日目なのに、自分から人を差し出さないつもり?」待たせるなんて、ほんと自覚がない。心の中でそう悪態をつきながらも、緒莉は口には出さなかった。今の母は機嫌が悪い。ここで余計なことを言えば、火に油を注ぐだけだ。それく
彼女はまだ、安東家との関係を完全に断ち切るためのパーティーを開くつもりでいた。遅れれば遅れるほど、世間はまだ安東の現状を知らず、従来通り彼らと取引を続けることになる。そうなれば、あの契約書の数々も孝寛にとって何の脅威にもならない。そんな状況を、美月が受け入れられるはずがない。階上から緒莉が降りてくると、出かけようとした矢先、リビングのソファに座る母の姿が目に入った。その表情はどこか沈み込んでいて、眉間には深い皺が刻まれている。緒莉は「良い娘」を演じるように、母の隣へと歩み寄り、静かに声をかけた。「お母さん、どうしたの?そんな深刻な顔をして」確かに「後継者」の件で、緒莉は母に対して不満を抱いていた。だが、今はまだ牙を剥く時ではない。力のない者は、時に耐えることを覚えねばならない。その理屈、緒莉はとうに学んでいた。いずれ反撃の機会が来た時こそ、一撃で全てを終わらせるために。だから今は、決して感情的になってはいけない。もしここで母と衝突すれば、パーティーへの出席も取り消される。顔を売るチャンスを逃せば、鳴り城の上流社会に足を踏み入れることなど到底できない。それでは、新たな御曹司たちとの縁を築くことも不可能になる。損得を秤にかけた結果、緒莉の中で答えは決まった。一方、美月は整った身支度の娘を見て、てっきり今日が三日目であることを分かっていて、一緒に安東家へ行くつもりなのだと勘違いした。だから、遠慮なく口を開いた。「今から安東家へ行くわ」そして娘を見つめながら問う。「もう支度してるのね。今日は三日目だって分かってるからかしら?」緒莉は一瞬、言葉に詰まった。まさか母が、そんな直球で聞いてくるとは思わなかったのだ。本当はただ、少し外に出て空気を吸いたかっただけなのに。それがどうして、母と一緒に安東家に行く流れになってしまうのか。彼女は心の底で舌打ちした。母と顔を合わせなければ、「後継人」の件を思い出すこともなかったのに。どうやら、その逃げ道も塞がれてしまったらしい。緒莉はため息をつき、しぶしぶ頷いた。母はどうしても自分をこの件に巻き込みたいらしい。逃げるにしても、もう遅い。彼女は表情を整え、母の言葉に合わせるように口を開いた。「今日行くのか聞こう
これらの疑問は、加津也が退院してからというもの、ずっと彼の頭の中を離れなかった。もし初芽が本気で彼と決別するつもりなら、これまでの彼の努力はいったい何だったのだろうか。加津也はゆっくりと拳を握りしめ、最後には車に乗り込み、その場を離れた。スタジオに初芽がいない以上、ここにいても意味がない。彼は分かっていた。初芽がこの場所を手放したということは、当分は戻ってくる気がないということだ。それなら、ここで待ち伏せしても無駄だ。加津也は会社へ戻った。入院していた間に滞っていた仕事が山ほどある。スマホを確認すると、入院中に父親からの着信が何件も残っていた。最初のうちは一応応答していたが、次第に面倒になり、もう出る気にもなれなかった。どうせ会社の用件に決まっている。父が自分に連絡を取ってくる時は、決まって仕事絡みで、親子としての情など一度も感じたことがない。加津也の胸には、長年の不満が渦巻いていた。幼い頃は、父親に送り迎えしてもらう同級生が羨ましかった。だが大人になって悟ったのだ。父が何も与えないなら、自分の手で掴めばいい。誰の助けも借りずに、欲しいものは自分で手に入れる。その生き方こそが、今の彼の傲慢で自我の強い性格を形づくっていた。一方その頃、心咲はようやく息をついた。胸を押さえながら、すぐにスマホを取り出し、初芽に電話をかけた。さきほど加津也に話したことの大半は、時間稼ぎのための方便だった。彼に余計な疑念を持たせないようにしながら、初芽が国外へ発つまでの時間を稼ぐ――それが彼女の狙いだった。電話はすぐにつながり、初芽の少し眠たげな声が聞こえた。「どうしたの?」心咲はすぐに、先ほどの出来事を一から十まで報告した。「よくやったわ」初芽は満足そうに応じた。やはり、最初から彼女をここに残しておいたのは正解だった。褒められた心咲は、少し照れながらも笑った。「大したことじゃありません。これも仕事のうちですから」初芽は淡々と答えた。「うちは功績には必ず報いる主義。しっかりやってくれれば、損はさせないわ」その言葉に、心咲の胸は熱くなった。卒業したばかりの自分に、こんな責任ある仕事を任せてもらえるなんて......「ご安心ください。しっかりやりますか
心咲は、まだ卒業して間もない大学生だった。いわゆる「若さゆえの怖いもの知らず」なのだろう。彼女はどんな相手を前にしても、負けを恐れず、面倒事を避けようとしない強さを持っていた。彼女は加津也の顔を見て、すぐに誰なのか気づいた。だが、口には出さなかった。なにしろ、初芽が誰と付き合おうと、それは彼女の私生活だ。自分はただの雇われ社員にすぎないのだから、そこに口を挟む資格などない。心咲は肩を軽く回し、少し面倒くさそうに言った。「この前色々あって......とにかく、今このスタジオは私が管理しています。それだけ分かっていれば十分です」加津也は眉をひそめ、不思議そうに尋ねた。「なぜ君が?前の人はどうしたんだ?初芽は?元気だったはずだろ、なぜ急にスタジオを辞めたんだ?」彼は、どうしてもその事実を信じられなかった。初芽が服飾デザインをどれほど好きか、彼にはよく分かっていた。このスタジオは彼女が一から作り上げたものだ。そんな彼女が簡単に手放すはずがない。もしや、もっと良い発展の道を見つけたのか。それとも、もっと強い後ろ盾を得たのか。つまり彼女はもう、自分との未来を考えていないということか。「他のことは、あまり詮索しないでください」心咲は、少しうんざりしたように言った。彼女としては、加津也をここに長く居させたくはなかった。もしこの男が初芽と関係のある人物でなければ、とっくに追い出していたに違いない。だが、多少なりとも昔の縁があるから、今回は目をつぶってやっている。それに、心咲自身も少し同情していた。まだ怪我が治りきっていないのに、恋人を探しに来るなんて......頭に巻かれた包帯を見た瞬間、思わず息を呑んだ。しかし、それでもこの男は執念深かった。見つからなかったからといって、怒鳴るでもなく、むしろ落ち着いて質問を続けてくる。その姿勢に、心咲は内心で少し感心していた。「今このスタジオは、全部君が仕切っているっていうことだな?」加津也の声で、心咲は現実に引き戻された。彼女はにこりと笑って頷いた。「ええ、小関社長からこのスタジオの管理を任されています」彼女は初芽が海外へ行くつもりでいることには触れず、ただ曖昧に言葉を濁した。「小関社長にはきっと自分なりの