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第955話

Author: 落流蛍
アンソニーはためらいながら之也に目を向け、「はい」と答えた。

そして彼は手を上げ、雪子を押さえていた二人の部下を促して之也の方へ歩み寄らせた。

時也の一声を合図に、アンソニーは躊躇なく雪子を之也の方へ突き出した。

之也は雪子を受け止めると、そのまま彼女を抱き寄せつつ、時也へ向けて言った。

「時也、お前の部下はお前と同じで、女をいたわることを知らないんだな」

時也の視線は冷たく、之也を包み込むように氷のようだった。「人は返した」

之也は雪子を自分の後ろへ引き、続ける。

「時也、これで終わらないのわかってるだろう。今回お前に一枚取られた。次はお前がその一枚を取られる番だと気をつけろ」

そう言うと之也は雪子を連れて立ち去った。

車に乗り込むと、前列に座る手下が時也の方をじっと見やる。

「之也様、ここで賀茂時也を見逃すつもりですか」

之也は雪子の髪を整えながら、前列の手下に向き直る。目は雪子に向いている。

「どうするつもり?」

「之也様、彼は稲葉家へ戻るはずです。戻る道で待ち伏せして仕留めるのはどうでしょう。今、彼のそばに配置されている暗影者は一部が別の場所へ向かっている。

残された人数は少ないはずです。ここで好機をつかめば、彼を消すことも可能です」

手下は興奮気味に話す。

之也は雪子の髪を撫で、「雪子、お前はこの案をどう思う?」と尋ねる。

雪子はゆっくりと顔を上げ、之也を見つめて答えた。

「良い案だ」

之也は眉を少し上げ、にやりと笑う。

「お前、以前とは変わったな」

雪子は冷たい決意を滲ませながら手すりを握りしめる。

「心が壊れたのよ。もう何も気にしない。私はこれまでたくさんのことをしてきた。全部、時也に、南雲なんか全然釣り合わないって気づかせるためのものだった。

けれど彼は、私の好意を尊重しなかった。まるで無駄なものであるかのように」

「やっとわかったか」之也は雪子の髪を下ろし、囁いた、「雪子、俺と完全に組めば、必ず仇を討てる」

雪子は必死にハンドルを握りしめた。

「お前は私を利用して時也を仕留めたいだけでしょう?いいわ、協力する。でも条件がある。時也を消して、そして南雲も葬ってほしい」

之也は笑みを広げた。

愛に深く傷ついた女ほど恐ろしいものはない。その決意が巻き起こす嵐は、村一つを飲み込みかねない。

「いいだ
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