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あなたがくれた指輪は、もう約束じゃない

あなたがくれた指輪は、もう約束じゃない

By:  ほろ酔いの猫Completed
Language: Japanese
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二十七歳の誕生日、その日。 私はサイドテーブルで、陽翔がこっそり隠していたちょっと高めのレディースリングを見つけた。 ――もしかして、プロポーズのとき指輪をくれなかったこと、今さらだけど埋め合わせしようとしてるのかな。 そんな期待を胸に、一晩中そわそわして待った。 でも翌朝、彼は「急に出張が入ったんだ」とだけ言って、他県へ行ってしまった。 そのすぐあと。 橘が更新したSNSには、花火を背に手を繋いで並ぶふたりの姿が写っていて、彼女の指にはあの指輪が光っていた。 【十八のときの約束、やっと叶ったね。ぐるっと回っても、ずっとあなたはそばにいてくれた】 ――そんなキャプション付きで。 私は、そっと目尻の涙を拭った。 ……どれだけ真っすぐな愛も、時間には敵わないのかもしれない。

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Chapter 1

第1話

家に帰ると、綾瀬陽翔(あやせ はると)が花束を抱えて、笑顔で私を出迎えた。

「サプラーイズ!これ、君のために用意したプレゼントなんだ。気に入ってくれるといいな」

私は黙ってその花を受け取り、小さくうなずいた。

思ったよりも淡白な反応に、彼は少し驚いた様子だったけど、すぐに態度を切り替えて得意げに最後の料理をテーブルに運んできた。

……だけどその期待に満ちた視線を見て、私は自然と笑みを引っ込めた。

彼の元カノは、とにかく辛いものが好きだった。

私はずっと薄味派で、陽翔と付き合ってからは、彼もそれに合わせて辛い料理は避けてくれていた。

でも、最近はなぜか、無意識にこういう辛い料理ばかり作るようになった。

鍋の中から取り分けたモツを見つめながら、私は唇を引き結ぶ。

「……知ってるでしょ。私、辛いのダメなんだよ」

彼はあわててお皿を脇に避けながら、苦笑まじりに謝ってきた。

「ごめん、忘れてた。俺が悪い」

「今月で、もう九回目だけどね」

私の声に、彼の目にほんの少し罪悪感が浮かんだ。

「最近仕事が忙しくてさ……物忘れもひどくなってて。ちょっとだけ、許してくれないか」

そう言って彼はポケットから小さな箱を取り出し、中には細いブレスレットが入っていた。

それは、二年前に私がネットのカートに入れたまま放置していたやつだった。

「誕生日プレゼント。ずっと欲しがってたよね?」

だけど、遅れて届いたプレゼントは、もう心を動かす力を持っていなかった。

私はそのブレスレットに一瞥もくれず、横にぽいと置いた。

「ありがとう。でも、先に食べよう」

冷めきった私の態度に、彼の我慢も限界を迎えたらしい。

陽翔は苛立ったようにネクタイを引っ張りながら言った。

「もういい加減にしてくれよ。君を喜ばせるために、俺はこれ以上どうしたらいいんだよ?」

前なら、この一言で泣いてたと思う。

「なんでそんな言い方するの」って拗ねて、責めて――それが私だった。

でも今は違う。

あの日から私は、ひとりで全部、受け止めるようになった。

――彼が浮気していたという事実さえ。

二十七歳の誕生日のことだった。

サイドテーブルの引き出しを開けて見つけた、あの細くて上品なレディースリング。

胸の奥を叩き割られるような、眩しいほどの喜びが込み上げた。

きっと陽翔は、あの時プロポーズで指輪を用意できなかったことを、埋め合わせしようとしてくれたんだ。

あの頃の彼は、海辺で片膝をつき、真剣な眼差しで缶のプルタブを私の薬指に通した。

「もう少しだけ待ってて」って、

「いつか絶対に成功して、君に一番いい、一番高価な指輪を贈るから」って――そう言ってくれた。

あれから数年。

ふたりでたくさんのものを手に入れたのに、あの約束の指輪だけは、まだ私の元に来ていない。

その夜、私はうきうきしながら食卓を整えた。

人生初めての手作りケーキも頑張ってみた。

だけど――

料理は冷めて、ケーキのクリームは溶け出して、テーブルの上でぐしゃぐしゃに広がっていった。

その頃の彼は、荷物をまとめるので手一杯で、私に一度も目を向けなかった。

「急な出張だから、晩ご飯は好きにしてくれ」

それだけ言って、さっさと玄関のドアを閉めた。

……そのときの彼の背中からは、抑えきれない喜びと期待が滲み出ていた。

――彼は、あの指輪を持っていった。

つまり、それは私へのサプライズなんかじゃなかったんだ。

つまり、彼は――私の誕生日すら忘れていたんだ。

スマホを手に取り、なんとなくSNSを開いた。

そして、橘優奈(たちばな ゆうな)が投稿した写真を見つけた。

場所は隣町の高級ホテル。

花火の下で指を絡めるふたり。

彼女の指には、私が見つけたあのリングが――

【十八のときの約束、やっと叶ったね。ぐるっと回っても、ずっとあなたはそばにいてくれた】

キャプションがそう語っていた。

画面をなぞる指が、どんどん下に滑っていく。

過去の記録、思い出の数々。

私の身体から、温度がすうっと引いていった。

――ふたりは、ずっと前からまた繋がってたんだ。

橘が帰国した、あの日からずっと。

そして今、陽翔は橘と一緒に――

花火を見上げて、手をつなぎ、口づけを交わし、もしかしたらそれ以上のことまで……

自分に言い聞かせた。

――落ち着いて、冷静にならなきゃ。

誰かの裏切りで、自分まで壊れてしまうなんて、そんなの絶対にいやだ。

涙を拭いながら、私はリビングの大きな窓の前に座り込んだ。

夜の静けさに包まれたまま、ずっと、ただ時間が過ぎるのを待った。

そして朝――

顔に太陽の光が差し込んできたとき、不思議なほど心が穏やかになっていた。

……もしかしたら、あと少しで、本当に陽翔のことを手放せるかもしれない。

……

黙ったままの私に気づいたのか、彼は声のトーンを落として話しかけてきた。

「梅香(うめか)、夫婦ってさ、たまにはケンカするくらいがちょうどいいんだよ。行きすぎなければ、いいスパイスになる。だけど……君もちょっと、落ち着いた方がいい」

「……別にケンカしたいわけじゃない。ただ、いろいろ考えて、整理がついただけ」

そう言いながら、私は自分の食器を片付けて、玄関に向かった。

「もう行くのか?どれだけ準備したか知ってるのか?」

もちろん、知ってるよ。

だって私も、あの日、同じように用意してたから。

私は、もう笑ってごまかすことなんてできなかった。

だから淡々と伝えた。

「今日はおつかれさま。でも、私も仕事でちょっと忙しくて。ごめんね、一緒にはいられないの」

それは嘘じゃなかった。

本当に、大事な話があったから。

私は車を走らせ、上司に直接会いに行った。

本社での研修チャンス――それを、もう一度自分の手で掴みに行こうと決めたのだ。

書類に目を通していた上司は、思わず手を止めて顔を上げた。

声にも驚きが滲んでいた。

「……好井(よしい)くん、あの研修は二年間もかかるんだよ。本当にいいのか?君、前にも何度か断ってただろ?家庭のことを理由にして……今回の決意、本気なんだね?」

私は即答した。

「はい。じっくり考えました。今度こそ、自分のために行きたいんです。もう後悔はしたくありません」

半年前、本社から数人の研修枠が降りてきたとき、私は真っ先に候補に上がった。

上司はずっと私の能力を評価してくれていて、さりげなく何度も後押ししてくれた。

研修を終えれば、次期マネージャーは確実だとまで言われていた。

もちろん、それを断る理由なんて、本当はなかった。

でも、あのとき――

私はすぐに陽翔の顔を思い浮かべてしまった。

彼は幼い頃に両親を亡くし、祖母に育てられた。

ずっと、人一倍強くて、だけど……どこか脆い人だった。

愛されることにも、愛することにも、ずっと不器用で臆病だった。

私が彼を支えなければって、ずっと、そう思ってたんだ。

陽翔は、まだ幼い頃に両親を交通事故で亡くした。

それ以来、彼は祖母とふたり、細々と年金で暮らしていた。

彼と初めて出会ったのは、中学の頃。

席替えで彼が私の前の席に来た日から、なんとなく視線が彼に向くようになった。

みんなが楽しそうに「今日の給食なにかな~」なんて話している中、

彼だけは教室の隅っこで静かに問題集を開いて、冷たくなったパンをかじっていた。

その華奢な背中が、なぜだか胸に引っかかって、私は無性に声をかけたくなった。

彼の机の上に置かれた分厚い問題集を指さして、こう言った。

「ねえ、私の家庭教師、やってみたりする?」

彼はきょとんとして、ゆっくりと顔を上げた。

目が合った瞬間、私は封筒を差し出した。

「返事がなければ、それでOKってことにするからね。今週分の授業料、入ってるよ。

……あ、でも言っとくけど、私、基礎ボロボロだから覚悟してね」

彼はしばらく黙ったあと、静かに封筒を受け取った。

それからというもの、私たちは毎週末を一緒に過ごした。

彼は私の隣で真面目に勉強を教えてくれて、私はその横顔をこっそり盗み見ていた。

次第に私たちは打ち解けて、彼を家に呼んで一緒にご飯を食べたり、

買い物ついでに彼のおばあちゃんを訪ねるのも習慣になった。

彼にとって一番つらい時期――

その日々を、私は傍で見守ってきた。

大学受験のあと、奇跡的に同じ都市の大学に通うことになったけど、

そこから私たちは、だんだんと疎遠になっていった。

「もともと、ただの同級生だったし」

そう自分に言い聞かせながら、なんとか気持ちを整理しようとしていた。

でも――

大学二年のある日、寮へ戻る道で、街灯の下に佇む陽翔の姿を見つけた。

あのすらりとした背中。

かすかに漂うアルコールの匂い。

それが昔の記憶と重なって、私の胸をぎゅっと締めつけた。

彼は私の方へ歩いてきて、まっすぐに見つめながら言った。

「梅香、久しぶりだね」

言葉を返そうとした瞬間、彼がふっと距離を詰めてきた。

「――俺の彼女になってくれない?」

一瞬、頭が真っ白になった。

返事をする前に、勝手に口が動いていた。

「……うん」

答えた途端、顔が真っ赤になって、

ああああ、もっと冷静に返事すればよかった……って、後悔でいっぱいになった。

陽翔は、笑っていた気がする。

それから、私をぎゅっと温かくてしっかりした腕の中に抱きしめてくれた。

そのまま、私たちは何年も付き合いを続けた。

だけど――私が「県外で仕事を探したい」と言い出したとき、すべてが変わり始めた。

陽翔は何も言わなかった。

ただ、私の家の下で一晩中、黙って酒を飲み続けていた。

見つけたとき、彼は木の枝を抱きしめたまま、目を閉じて離れようとしなかった。

口元から漏れる言葉は、まるで壊れたレコードのように繰り返していた。

「君まで俺を捨てるのか……?どこに行くとしても、俺も連れてってよ……お願いだから……」

私は、困ったように、そして愛しさに胸を締めつけられながら、彼の赤くなった目元に手を伸ばした。

「……行かないよ。もう、陽翔をひとりにはしないから」

あのとき、そう誓ったのに。

まさか今になって――彼が、私を去らせる理由になるなんて。

胸の奥が、ずきずきと痛む。

昨日から抑えていた感情が、じわじわと浮かび上がってきた。

顔色がどんどん悪くなっていたのか、上司が心配そうに声をかけてきた。

「好井くん、大丈夫?顔、真っ青だよ」

「……平気です。ちょっと疲れてるだけなので」

彼はうなずいて、「無理しないでね」と言ってくれた。

そのあとすぐ、スマホに通知が届いた。

上司からのメッセージ――

私は本社研修の枠に正式に入ったらしい。

フライトは、半月後。

その前に、私と陽翔の関係には、きちんと終止符を打たなければいけなかった。

……

家に戻ったとき、私は信じられない光景を目の当たりにした。

陽翔と橘が、まるで別れを惜しむかのように――激しくキスをしていた。

私は皮肉っぽく口角を上げ、少し距離を取りながら、その場面を静かに見つめた。

橘はわざとらしく切なそうな顔をして、陽翔の手をきゅっと握りしめる。

「……寂しいんだもん。ねえ、今夜は一緒にいてくれない?」

陽翔は困ったように微笑んで、優しく言った。

「梅香が家にいるんだ。今は無理だよ」

「じゃあ、彼女と別れてよ。そうすれば、もう誰にも邪魔されない」

「それは無理だ」

橘の顔が一瞬で凍りつく。

目の端に涙を浮かべながら、震える声で問いかけた。

「陽翔、まさか彼女のこと、本気で好きなの?

じゃあ、私は?私は何だったの?」

鼻で笑いそうになった。

あんた、自分の立場、本当に分かってる?

……明らかに、不倫相手じゃん。残念でしたね。

陽翔は小さくため息をついて、橘の顔をそっと両手で包み込むようにしながら言った。

「そんなわけないだろ。離婚って、簡単にできることじゃないんだ。ばあちゃんの体調も悪いし、あんまり騒がせたくないんだよ」

「それに……財産の半分は彼女に持ってかれるんだぞ?今まで頑張って築いたものが一気に半分になるなんて……優奈も、それは嫌だろ?」

私はゆっくりと首を振った。

その財産――本来なら、私の手に渡って当然のものだった。

彼がどん底のとき、私は一緒に地下室で暮らし、安いカップ麺で空腹を満たしていた。

彼の会社を起こすときに必要だった資金だって、私の持参金から出した。

だから、私は笑って言ってやった。

「そこまで好きなら、いっそ……ふたりのために、私が『慈悲』をかけてあげようか?」

そのままふたりのほうへ歩み寄ると、案の定、彼らの顔からサッと血の気が引いた。

さすがに商売の世界で生きてきた陽翔。

驚いたのは一瞬で、すぐに平然を装った。

「梅香、何言ってるんだよ、冗談だろ?」

私は肩をすくめて返す。

「とぼけるつもり?さっきまで、私に邪魔されたかわいそうな恋人同士の芝居してたじゃない」

陽翔が眉をひそめた横で、橘は顔を輝かせて私の近くまで駆け寄ってきた。

「ほんとに?やったー!約束だよ、後から反故にしないでね!」

「もちろん。でもさ……彼がそこまであんたを愛してるってわりには、『愛人』扱いで満足させてるの、ちょっと不思議じゃない?

たとえ今はあんたが特別でも、気をつけなよ?いつまた、もっと可愛い誰かに目移りするか分かんないし」

彼女の顔が一瞬で歪んで、怒りで震え始めた。

けれど、私がカバンからゆっくりと一枚の紙を取り出した瞬間、

彼女の怒気は見事に吹き飛び、目をきらきらと輝かせてそれを見つめた。

私はその視線を冷たく受け止めて、書類をちらつかせた。

「これにサインすれば、晴れてふたりは自由の身だよ」
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第1話
家に帰ると、綾瀬陽翔(あやせ はると)が花束を抱えて、笑顔で私を出迎えた。「サプラーイズ!これ、君のために用意したプレゼントなんだ。気に入ってくれるといいな」私は黙ってその花を受け取り、小さくうなずいた。思ったよりも淡白な反応に、彼は少し驚いた様子だったけど、すぐに態度を切り替えて得意げに最後の料理をテーブルに運んできた。……だけどその期待に満ちた視線を見て、私は自然と笑みを引っ込めた。彼の元カノは、とにかく辛いものが好きだった。私はずっと薄味派で、陽翔と付き合ってからは、彼もそれに合わせて辛い料理は避けてくれていた。でも、最近はなぜか、無意識にこういう辛い料理ばかり作るようになった。鍋の中から取り分けたモツを見つめながら、私は唇を引き結ぶ。「……知ってるでしょ。私、辛いのダメなんだよ」彼はあわててお皿を脇に避けながら、苦笑まじりに謝ってきた。「ごめん、忘れてた。俺が悪い」「今月で、もう九回目だけどね」私の声に、彼の目にほんの少し罪悪感が浮かんだ。「最近仕事が忙しくてさ……物忘れもひどくなってて。ちょっとだけ、許してくれないか」そう言って彼はポケットから小さな箱を取り出し、中には細いブレスレットが入っていた。それは、二年前に私がネットのカートに入れたまま放置していたやつだった。「誕生日プレゼント。ずっと欲しがってたよね?」だけど、遅れて届いたプレゼントは、もう心を動かす力を持っていなかった。私はそのブレスレットに一瞥もくれず、横にぽいと置いた。「ありがとう。でも、先に食べよう」冷めきった私の態度に、彼の我慢も限界を迎えたらしい。陽翔は苛立ったようにネクタイを引っ張りながら言った。「もういい加減にしてくれよ。君を喜ばせるために、俺はこれ以上どうしたらいいんだよ?」前なら、この一言で泣いてたと思う。「なんでそんな言い方するの」って拗ねて、責めて――それが私だった。でも今は違う。あの日から私は、ひとりで全部、受け止めるようになった。――彼が浮気していたという事実さえ。二十七歳の誕生日のことだった。サイドテーブルの引き出しを開けて見つけた、あの細くて上品なレディースリング。胸の奥を叩き割られるような、眩しいほどの喜びが込み上げた。きっと陽翔は、あの
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第2話
橘は私の手から離婚届をひったくると、にやっと口角を上げて陽翔にサインを急かした。陽翔は受け取った書類を見たまま、手が一瞬止まった。その瞳に浮かんだのは――明らかな苛立ち。「梅香、君ってさ、すぐ離婚だの何だの言い出すよな。正直、もううんざりなんだよ。とにかく……今は落ち着こう?帰ってから話そう。な?」私はそんな彼を、乾いた目で見つめ返した。「話すことなんてないよ。これは、あんたが望んだことじゃないの?それとも、彼女と堂々と一緒になりたいわけじゃなくて……こっそり不倫してるスリルだけが目当てだったの?」陽翔の表情が凍りついた。口を開こうとしながら、言葉が詰まって、しばらく何も言えなかった。ようやく絞り出すように呟いた。「……俺と彼女、君が思ってるほどじゃない……そういうことまではしてない」私は小さく笑った。「それはどうもご丁寧に。でも、『心だけの浮気』も『身体だけの浮気』も、どっちも気持ち悪いってことには変わらないよ」彼が何か言い返そうとした瞬間、橘が陽翔の腕に縋りついてきた。目を見開いたまま、声を上ずらせて叫ぶ。「ちょっと……正気なの!?財産の半分だけじゃなくて、あの海辺の別荘まで取るつもりなの!?」私は彼女を冷ややかに見つめ返した。「それがどうしたの?これは私と彼の『夫婦としての清算』の話。あんたには一ミリも関係ないよね?」彼女は一瞬ぽかんとしたけど、すぐに顔を真っ赤にして怒鳴り返してきた。「どうして関係ないのよ!?あんた、『ふたりを応援する』って言ったじゃない!だったら、ちゃんと譲歩しなさいよ!いい?あんたは最大で財産の四割まで。あの海辺の別荘は絶対にダメ!あそこは私が一番気に入ってるんだから!」あまりの図々しさに、私は思わず拍手してしまった。「すごいね、あんた。そんな厚かましさがあれば、世の中なんだって渡っていけるよ。でも、残念。相手が私じゃ、夢の続きは見られないと思ってね」橘は足を踏み鳴らして、今度は陽翔の腕にすがって泣き声で訴える。「ねえ陽翔、お願い……見てよ、彼女すごく怖い!私、あの別荘大好きなのに、お願い、彼女に渡さないって言ってよ……!」その瞬間、陽翔は勢いよく橘の手を振り払い、離婚届を破り捨てた。「梅香、君の言ってることは全部、感情的なだけ
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