LOGIN「ちょっと待ってて」
そう言うと、ジュハは急いで買ってきたペニバンを手に取り、革のベルトへ脚を通した。
……本当に、これで合ってるんだろうか。
そんな不安もあった。
けれど、目の前の大男を追い払うには、このくらいしないと駄目な気がした。
一億ウォンでも逃げなかった男だ。
一億どころか。
十億積んだって逃げるとは思えない。
「もう一回、こっち向いて」
いつものように飄々と振り返ったドヒョクは、その姿を見た瞬間だけ表情を固めた。
もちろん。
ジュハを前にすれば、今だって身体は簡単に反応する。
だが、こんな展開は一度も想像したことがなかった。
……効いた。
ジュハは平静を装いながらも、そんな確信があった。
そうだ。
これで逃げない男なんているわけがない。
そう思いながら、わざと少し腰を突き出してみせる。
「せっかく挿れてあげようと思って準備したのに?」
「うーん……」
一度果ててからというもの。
あれほど「ご主人様、ご主人様」と甘えたり、自分のを引き合いに出してジュハを振り回していた男が、まるで別人のように黙り込んでいた。
しかも。
初めて会った日から、いつだって、彼女を見れば元気になっていたそれも、今は妙に静かだった。
……なるほど。
勃ってなくても、あれくらいあるから大きく見えたんだ。
そんな妙な感想まで浮かぶ。
ジュハは少し得意げに笑った。
ドヒョクが逃げるなら、今が最後のチャンスだ。
「ご主人様は俺のこと、ずいぶん信用してくれてるんですね。
喜ぶべきなのかな」
そう言って、ドヒョクはいつもとは違う笑い方をした。
どこか危うい空気をまとった笑みだった。
ジュハが力で彼に勝てないことくらい、最初から分かっている。
今さら抵抗できるとも思っていない。
それでも、不思議と怖くはなかった。
どれだけ雰囲気を変えても。
どれだけ低い声でそんなことを言われても。
「挿れられるの、嫌なの?
私じゃないとイけないって散々騒いでたくせに。
無理なら逃げれば?」
逃げるべきなのは自分ではない。
ドヒョクのほうだ。
ジュハは、それをはっきり口にした。
自分は絶対に逃げない。
そんな顔で。
もちろん。
彼に力で敵わないことは最初から知っていた。
だからといって、絶対に危害を加えられないと信じているわけでもない。
どう見ても猛獣みたいな男だ。
自分はただの人間。
ただ少しの勘と、
――どうせ最悪でもセックスされるくらいでしょ。
そんな妙な開き直りだけがあった。
ドヒョクはほんの少し考え込んだ。
勝ち目なんてないジュハが、わざわざこんなものを用意した理由くらい分かる。
「無理なら逃げれば」。
その一言で十分だった。
呆れさせて、自分から諦めさせたいのだ。
だが。
そんな程度で引くくらいなら、ここまで執着していない。
どうせ駄目なら、その時はその時だ。
付き合えるところまで付き合ってみよう。
そう思った。
「想像したことがなかっただけです。
ご主人様を置いて逃げるわけないじゃないですか」
さっきまでの危うい笑みは消え、いつもの人懐っこい笑顔に戻っていた。
ジュハは思わず安心しかけて、
……違う。
何安心してるの。
と、心の中で自分を叱る。
逃げないと言われて安心する立場ではないはずなのに。
「優しくしてくださいね?
俺、初めてなんで。
その代わり、もしご主人様がうまくできなかったら……
今度は俺にも使う機会、もらえます?」
獲物を追い詰める猛獣みたいに。
けれど、それを悟らせない声だった。
ジュハは正直、自信なんてなかった。
本当に挿れる覚悟まではしてきた。
でも、一度もやったことのないことを、いきなり上手にできるわけがない。
「いいから。
ベッドにうつ伏せになって」
それでも、ジュハは平然と言った。
やってみなければ分からない。
ただ。
顔を見ながらやる勇気だけはなかった。
だから、そう命じた。
ところがドヒョクは動かず、そのまま尋ねる。
「浣腸は持ってきてないんですか?」
「あ、それ?
一応買ったけど……
やっぱり必要?」
ドヒョクは短くため息をつくと、そのままジュハの前まで歩み寄った。
ジュハはぽかんと見上げる。
「ください。
済ませてきます」
初めてだと言っていたわりには、妙に慣れた口ぶりだった。
ジュハは少し首をかしげながらも、ヘジンに「絶対買っといて」と念押しされたそれをバッグから取り出し、彼へ渡した。
正直、本当に使うことになるとは思っていなかったから、買ったことすら忘れかけていた。
そんなに必要なものなんだろうか。
動画では、そんなこと何もせずに始めていた気がするのに。
そんなことを考えながら、ジュハは一人残される。
あの日の安いラブホテルとは違い、ドヒョクが連れてきた高級ホテルは、座る場所までやたら多かった。
十分ほど経って。
ようやくドヒョクが戻ってきた。
なぜか少しだけ疲れたような顔をしている。
ジュハは座っていたソファから、勢いよく立ち上がった。
「ま、待って……っ!」「ここだって言ってたよね」 ジュハが小さく呟く。 その声に、ドヒョクは嫌な予感を覚えた。 後ろを責められながら勃つはずがない。 そう思っていたのに、ジュハの手が触れた途端、彼のものは抵抗することなく熱を帯び、ゆっくりと硬さを取り戻していく。 ……反則だ。 そう言おうとした、その瞬間。 ジュハの腰の動きが急に深くなり、ペニバンの先端が奥深くを正確に突き上げた。 身体がびくりと震える。「ぁっ……!」「……あれ?」 ドヒョクの口から漏れた声に、ジュハは思わず動きを止めかけた。 本来なら、このあたりで絶望しているはずだった。 逃げるどころか、感じているのだから。 なのに、その声が妙に可笑しくて、少しだけ興味まで湧いてしまう。 彼女はそのまま腰を動かす速度を上げた。 大柄な男を相手に押し込むというのは、思った以上に体力がいる。 それでも、そんなことを忘れたように夢中で腰を振る。 ……本当にあるんだ。 前立腺って。 そんな妙な感心を覚えながら。「っ、あ……! ま、待っ……それ、ぁっ……! 違っ、ん……!」 突くたびに、まるで楽器みたいに声が鳴る。 ジュハは彼のものを握る手も止めず、そのままさらに腰を速く動かした。 少し楽しくなってきた。「ぁっ、ご主……人、さま……!」「ほら、いつもみたいに言ってみなよ。 チンポがどうとか、得意だったでしょ? 今日はさ、お尻の話でもしてみる?」 どこか年配の男が娘をからかうように、くすくす笑いながら言う。 声はすっかり楽しそうだった。 ドヒョクは呆れながらも、頭が回らない。 少し止まってほしい。 それしか言えなかった。 だがジュハには、そ
「もう一回、命令してくれます?」「うつ伏せになれって?」「はい。もう少し……色っぽく」「何言ってるの。さっさとうつ伏せになって」 期待はしていなかった。 とはいえ、想像以上に素っ気ない言い方だった。 ドヒョクは思わず吹き出しそうになる。 ……やっぱり俺のご主人様だ。 そんなことを考えながら、素直にベッドへうつ伏せになった。 まったく。 自分を知る人間が見たら、誰一人信じない光景だろう。 だが当のご主人様は、そんなことなどどうでもいいと言わんばかりに、当然のように彼の脚の間へ座り込んだ。「そのままやるつもりじゃないですよね!? 本当に裂けますって!」「ジェルあるから」 必要なものだけは妙にきっちり揃えている。 そんなことを思った直後、尻の奥へぬるりと冷たい感触が流れ込んできた。 正直に言えば。 ドヒョクはそれなりに荒れた人生を歩いてきた。 二十歳そこそこの頃、一度だけ後ろを狙われかけたこともある。 だが、それが現実になったことは一度もない。 この先も、絶対にないと思っていた。 まして敵対組織に拉致されたわけでもない。 こんな小さな女へ、自分から尻を差し出す日が来るなんて。 本気で想像したこともなかった。 ……オ・ジュハの何がそこまでさせるんだ。 そんなことを考えていても、身体だけは律儀に彼女へ従っていた。「……あー、これ。 結構、気分悪いですね。 でも分かってます? ご主人様だから我慢してるんですよ」「何言ってるの。 うるさい。 ほんと、おしゃべりだよね」 慣れない感覚のせいで、余計に口数が増える。 だがジュハは、そんなドヒョクを慰める気などまるでなかった。 彼女にも彼女なりの苦労がある。
「ちょっと待ってて」 そう言うと、ジュハは急いで買ってきたペニバンを手に取り、革のベルトへ脚を通した。 ……本当に、これで合ってるんだろうか。 そんな不安もあった。 けれど、目の前の大男を追い払うには、このくらいしないと駄目な気がした。 一億ウォンでも逃げなかった男だ。 一億どころか。 十億積んだって逃げるとは思えない。「もう一回、こっち向いて」 いつものように飄々と振り返ったドヒョクは、その姿を見た瞬間だけ表情を固めた。 もちろん。 ジュハを前にすれば、今だって身体は簡単に反応する。 だが、こんな展開は一度も想像したことがなかった。 ……効いた。 ジュハは平静を装いながらも、そんな確信があった。 そうだ。 これで逃げない男なんているわけがない。 そう思いながら、わざと少し腰を突き出してみせる。「せっかく挿れてあげようと思って準備したのに?」「うーん……」 一度果ててからというもの。 あれほど「ご主人様、ご主人様」と甘えたり、自分のを引き合いに出してジュハを振り回していた男が、まるで別人のように黙り込んでいた。 しかも。 初めて会った日から、いつだって、彼女を見れば元気になっていたそれも、今は妙に静かだった。 ……なるほど。 勃ってなくても、あれくらいあるから大きく見えたんだ。 そんな妙な感想まで浮かぶ。 ジュハは少し得意げに笑った。 ドヒョクが逃げるなら、今が最後のチャンスだ。「ご主人様は俺のこと、ずいぶん信用してくれてるんですね。 喜ぶべきなのかな」 そう言って、ドヒョクはいつもとは違う笑い方をした。 どこか危うい空気をまとった笑みだった。 ジュハが力で彼に勝てないことくらい、最初から分かっている。 今さら抵抗できるとも思
「それでも駄目そうなの?」 ヘジンは心底驚いたように言った。 駄目どころか、余計に面倒なことになるのは目に見えていた。 あの男なら、間違いなくそうなる。 お金じゃない。 もっと別の方法が必要だった。「それじゃなくて、その……性的に引くような方法とかない?」「それなら、九八・三パーセントくらいの確率で逃げ出す方法があるよ」 妙に具体的な数字だった。 だからこそ妙な説得力もある。 ……とはいえ。 あの男は、残り一・七パーセントのほうへ平気で入りそうな気もした。 普通じゃない、というのはそういう意味だ。「何?」 とりあえず聞くだけ聞いてみよう。 どうせ今のジュハには、どんな方法でも試すしかなかった。「自分が挿れる側だって言えばいいの」「……私には、ないけど」 一瞬意味が分からなかった。 だがすぐに察し、ジュハはそう答えた。 もしそういう意味なら、自分には"それ"がない。 自然と、ドヒョクのものを思い出す。 あの、とんでもなく大きかったものを。 もちろん、自分には似たようなものすらない。 何となく自分の指先を見下ろく。 ……これじゃ、どう考えても無理だ。「ペニバン使えばいいじゃん」 何それ、と聞くより早く、ヘジンはスマートフォンの画面を見せてきた。 ジュハは思わず顔をしかめる。 こんなものを脚の間へ付けたいとは、とても思えなかった。 説明されなくても用途くらいは分かる。 それくらい分かりやすい形だった。 どこか凶器みたいにも見えた。「実際にやる必要なんてないって。 これ見せて、『今度は私が挿れるね』って言うだけで逃げるよ」 そうなのだろうか。 ジュハは少しだけ心が揺れた。 そして、ドヒョ
「奴隷って呼ばれてもいいかも。そんなふうに呼ばれたら、俺のチンポ、壊れそう。」「もしかして…… マゾなんですか?」「今までは違ったけど。 ご主人様相手なら、そうなのかもしれない」「どうして私だけなんですか」「ご主人様にしか反応しないんですから」 ジュハは短くため息をつき、ひらひらと手を振った。 本当はこんな話をするつもりではなかった。 なのに、気づけば毎回こんな結論になってしまう。「とにかく。 外で『ご主人様』って呼ぶのは禁止です」「なんで? じゃあ何て呼べばいい? ジュハさん?」「呼ばなくていいです」「えぇー。 じゃあ、せめてタメ口くらい駄目?」 その図体で「えぇー」って何なの。 しかも拗ねるって。 こんなことで。 三十一歳にもなって。 ジュハは急にどっと疲れ、額へ手を当てた。 名前で呼ぶことすら難しいのに、いきなりタメ口など簡単にできる気がしない。 それでも、やらなければならなかった。 もっと無茶なことまでさせて、この男を諦めさせるつもりなのだから。「……分かった」 八歳も年上の大男へタメ口を使う日が来るなんて、考えたこともなかった。 酔った勢いで見知らぬ男と関わってしまったことはあっても、それ以外はごく普通に生きてきた人生だった。 八歳年下の小柄な女からタメ口を向けられた男は、なぜかさっきよりもずっと嬉しそうに笑っていた。「確認も終わったし。 今日はもう帰って」「えっ。 ここまでさせておいて、このまま帰れって? 人をあんなに恥ずかしい目に遭わせておいて?」「全然恥ずかしそうじゃなかったくせに。 それに、奴隷なのにずいぶん口答えするんだね」 面倒くさそうに言い
「……こんなの、本当にあり得るんですか?」「今、目の前で見てるだろ? 俺、本当にご主人様を見てるだけでイけそうなんだけど。 もうイってもいい?」 ついさっきまで、画面越しではまったく反応していなかったはずなのに。 いつの間にかすっかり元気を取り戻したそれを揺らしながら、ドヒョクが尋ねる。 ジュハは片手を上げ、短く命じた。「駄目です。 止めて、こっちへ来てください。 ビデオ通話も切って」 ドヒョクは名残惜しそうに唇を尖らせながらも、素直に従った。 二人は再び部屋へ戻り、さっきと同じ位置に向かい合う。 ドヒョクはベッドへ腰掛け、 ジュハはその彼を見下ろしていた。「それ以来、他の女の人とは試したんですか?」「俺、そんな節操ない男じゃない」 本当は試そうとはした。 ただ、結果的にそうならなかっただけだ。 だが、そこまで説明するつもりはなかった。「初対面の女の人にあんなことしてもらっておいて?」「それは、ご主人様だったから」「まだ違います。 その時は、もっと違いました」 ドヒョクは「最初に見た瞬間で分かった」と真顔で言う。 もちろん。 ジュハには、ただの戯言にしか聞こえなかった。 本人だけは至って真剣なのだが。「質問を変えます。 じゃあ今までは……不能だったんですか?」「うーん……」 ドヒョクは視線を泳がせた。 女とは距離を置いて生きてきた。 だが、自分を不能だと思ったことはない。 ジュハを想像するだけで反応するのだから、さすがに違う気もする。 そんなふうに考え込むドヒョクを見て、ジュハは「やっぱり」と口を開いた。「それは違いますよね」「まあ…… 似たようなものだったのかも」
「どう? 家族の借金は少しあるけど、学校の先生だ。 悪くないだろ?」 何が「どう」なのか。 ドヒョクはソンミンの手から酒瓶を取り上げ、自分でグラスへ酒を注いだ。 そして、一気に飲み干す。 少し酒が入れば、昨夜と同じ状態になるかもしれない。 そんな考えが頭をよぎる。「今までとはちょっと違うタイプを集めてみたんだけど?」 だが、ドヒョクの隣へ座った相手は、目を合わせることすらできず小さく震えていた。 別にここで誰かと関係を持つつもりで
ドヒョクは、その十一桁の電話番号をじっと見つめていた。 名前を登録しようにも、何と保存すればいいのか分からない。 昨夜は、酔い潰れるほど飲んだわけではない。 それでも朝になると、ようやく頭が冷えてきた気がした。 そもそも、なぜ番号を聞いたのか。 自分でもはっきり覚えていない。 あの女と、この先どうするつもりだったのか。 昨夜のことは、ちょっとしたハプニングとして終わらせればいい。 そう自分に言い聞かせながら、ベッドを降りた。 もしかすると、昨日
「もう、今にもイきそうですけど」「そんなわけない」 軽い挑発のつもりだった。 平然と言い返したつもりなのだろうが、その声は少しも格好よくなかった。 思った以上に震えていたからだ。 緊張しているようには見えなかった。 それでも、その声を聞いた途端、ジュハは少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。「そうですか?」 その一言が、ひどく挑発的に聞こえた。 どこまで耐えられるか試してみる、とでも言いたげに。 ドヒョクは少し意地になった。 だが、酒の入った身体は意思とは裏腹に勝手な反応を始める。 ここ数年、まともな性行為から遠ざかっていたせいかもしれない。 ――いや。 そんなものは
ジュハは、新学期初日からかなり酒を飲んでいた。 五年制の建築学科も、いよいよ最後の後期。 卒業制作の展示会も終わり、あとは卒業論文を書くだけ。 長かった学生生活も、ようやく終わる。 そう思うと、なぜだか無性に酒が飲みたくなった。 大学生活四年半の間、ここまで飲んだことは一度もない。 建築学科は酒を飲む人が多いイメージだったが、ジュハ自身は酒を好まなかったため、そこまで飲む機会もなかったのだ。 だから、その日の彼女は珍しく酔っていた。 道で大柄な男とぶつかったとき、何も考えず軽く頭を下げて謝ったのも、そのせいだった。「謝り方にしては、ずいぶん適当だな?」 そう言われ、ジュ







