Se connecter私が再び妊娠したその日、オーガストはもう二度とギャンブルなんてしないと決意し、家族のために真面目に働いて生きていく覚悟を決めた。 私は感動のあまり涙をこぼし、震える手で、自分がアルバイトで一年かけて貯めたお金を彼に渡した。 札が二枚、床に落ちた。拾い上げて彼の後を追い、外に飛び出した。 だが、路地の奥で目にしたのは、いつも彼に金をせびっていた強面の男たちが、彼に対してまるで家臣のように頭を下げている姿だった。彼の貧乏ぶりは、すべて嘘だったのだ。 「兄貴、明日もご自宅前で騒ぎますか?」 暴力団の一人がそう尋ねると、伸びやかに足を組んでリムジンに座っていたオーガストは、気怠そうに答えた。 「もういい」手元の指輪を見つめながら、ふっと小さくため息をつく。 「こんなにも長い間、彼女の愛が本物だということは十分に証明された。彼女は俺の借金を返すためにアルバイトを掛け持ちして、働きすぎで子供を流産したこともある」 「俺は、もう十分彼女に対して申し訳ないことをしてきた。本当のことを打ち明けて、これ以上彼女に苦労をかけさせるのはやめようと思う」 だが、彼の隣に座っていた幼なじみのアイヴィが、不満げに唇を尖らせた。 「ダメよ。今はまだ、真実を明かす時じゃないわ。もし、前の女たちみたいにお金やマフィアって肩書きだけが目当てだったらどうするの?様子を見ましょ。彼女がこの子を産む気があるかどうか」 オーガストはしばらく考え込むように沈黙し、やがて頷いた。「そうだな。君の言う通りにしよう。もうこんなに長く一緒にいるんだ、彼女が俺を手放すなんて思えない」 私は手の中の現金をぎゅっと握りしめ、背を向けた。気づけば、涙が止まらなかった。 オーガスト、この嘘と欺瞞に満ちた愛なんて、私にはもういらない!
Voir plusあの日以来、オーガストは諦めることなく、私のもとに現れ続けた。毎日のように、彼からの手紙やプレゼントが届く。朝、仕事へ向かうときも。夜、帰宅するときも。まるでどこからか私の行動を把握しているかのように、彼はあらゆる手段でそれらを届けてきた。けれど、私は一度たりとも受け取ることはなかった。無言で、それらをゴミ箱に投げ捨てるだけだった。甘い言葉で過去の傷が癒えることはない。私はもう分かっていた。私たちは、完全に終わったのだと。しかし、オーガストはその現実をどうしても受け入れられないようだった。ある日、仕事帰りにマンションのエレベーターを降りると、彼が私の部屋の前で待っていた。手には大きなバラの花束。期待に満ちた表情で、私を見つめていた。「カナ、僕……」その言葉が終わるより先に、私は無言でその花束を隣のゴミ箱に放り込んだ。「用がないなら、帰って」私は冷たく言い放った。「カナ、どうして僕に、もう一度だけチャンスをくれないんだ?」オーガストは苦しげに問いかけ、信じられないといった目で私を見た。でも、その視線にも、私はもう何の感情も抱かなかった。「オーガスト。私たちの間には、もう何も残っていないの」私の声は冷たく、はっきりとした拒絶に満ちていた。「なぜなんだ?昔の気持ちを……君はそんなに簡単に捨てられるのか?」「昔の気持ち……?」私はかすかに笑い、首を振った。「それはただの、私の一方的な幻想だっただけ。あなたの裏切りも、嘘も、私は一生忘れない。私は、あなたに……心の底から失望したの」その言葉は刃のように鋭く、オーガストの胸を切り裂いた。彼の顔からは血の気が引き、立っているのもやっとといった様子だった。「本当に……そんなに僕を憎んでいるのか?」彼は震える声で訊いた。「そうよ」私は一瞬の迷いもなく答えた。「私は、あなたを絶対に許さない」オーガストはしばらく私を見つめ、目に絶望と喪失の色をにじませながら、やがて静かに背を向けた。その背中が遠ざかっていくのを、私は黙って見送った。これで、本当に終わったのだと実感した。時は流れ、一年があっという間に過ぎた。私はようやく過去の影から抜け出し、リバーの告白を受け入れた。私たちは自然な流れで付き合いはじめ、穏やかで幸せな日々を重ねてい
オーガストと別れた私は、南の見知らぬ街へとやって来た。気候も食べ物もまだ馴染めないけれど、過去を捨てた今、私はようやく人生に希望の光を見いだせるようになった。今までの貯金を使って、小さくて質素だけど温かみのある部屋を借りた。近くの会社で事務の仕事も見つけた。給料は高くないけれど、一人で生きていくには十分だった。毎朝出勤するたび、下の階にある花屋の店主――リバーさんが、優しい笑顔で「おはよう」と声をかけてくれる。彼は整った顔立ちで、明るくて爽やか、人当たりもよく、とても穏やかな人だった。その笑顔はまるで朝の陽射しのようで、私の心の奥までふわっと温めてくれた。最初の頃は、ただ礼儀正しく微笑み返すだけだった。私たちはまだ他人同士だったから。でも、帰り道になると、彼はいつもそっとデイジーの花を一輪差し出してくれる。「カナ、一日お疲れさま。この花、君に。気に入ってくれると嬉しいな」そう言って、彼は誠実な眼差しで私を見つめた。私はそっとその花を受け取り、ほのかに漂う香りを吸い込んだ。すると、不思議なくらい、その日の疲れがすっと消えていった。「ありがとう、リバーさん」感謝の気持ちを込めて言うと、彼は首を横に振り、相変わらずの優しい笑みを浮かべた。「お礼なんていらないよ。君が少しでも笑顔になれたなら、それで十分さ」そんな日々を重ねるうちに、私たちは少しずつ距離を縮めていった。週末には一緒に公園を散歩したり、川辺でコーヒーを飲みながら他愛ない話をしたり。彼は子供のころから花が好きで、その想いからこの花屋を始めたのだと語ってくれた。「僕、デイジーが好きなんだ。目立たないけど、どこか強くて、純粋で、そんな花に惹かれるんだ」私は黙ってその話を聞きながら、心がじんわりと温かくなっていくのを感じた。リバーの存在は、この知らない街で私が心を許せる、たった一人の大切な人になっていた。私はようやく、過去の影から抜け出して、新しい人生を歩き出したと思っていた。けれど、運命はそんな私を簡単には解放してくれなかった。あの日、仕事から帰宅して、玄関の鍵を開けようとした瞬間。目の前に現れたのは、見覚えのある人影だった。オーガスト!彼はやつれた様子で、疲れと後悔がにじむ瞳で私を見つめていた。「カナ……やっ
オーガストは怒りと後悔に満ちたまま、車を飛ばして家へと戻ってきた。扉を乱暴に閉め、胸の奥に渦巻く痛みと憎しみに押し潰されそうになっていた。アイヴィはまだ帰っておらず、物音に気づいて慌てて駆け寄ってきた。「オーガスト、おかえりなさい!カナは?一緒じゃないの」表面上は心配そうに見えたが、その瞳にはどこか歪んだ満足感が宿っていた。オーガストは彼女を冷たく一瞥し、何も言わずに通り過ぎようとした。「オーガスト、まさかあの女、戻ってこなかったの?やっぱりね、お金のないあんたなんか、捨てられて当然よ」アイヴィは調子に乗ってカナのことを罵りはじめた。いつも通り、彼が黙って聞いてくれると信じていた。だがその瞬間、オーガストの怒りが爆発した。彼は突然手を振り上げ、アイヴィの頬に平手打ちを浴びせた。「黙れ!」歯を食いしばり、怒気を込めて怒鳴る。「お前にカナを語る資格なんてない!」アイヴィは床に倒れ込み、頬を押さえて呆然とした。「オーガスト……あなた、私を叩いたの?」オーガストは無言でスマホを取り出し、あの録音を再生した。部屋中に響き渡るのは、アイヴィの罵声と嗚咽だった。その醜いやりとりが、まるで罪の証のように空気を張り詰めさせた。「お前のせいで……俺は、大切な人を自らの手で傷つけてしまった」アイヴィの顔から血の気が引き、青ざめたままその場にひざまずいた。そしてオーガストの足にすがりつき、涙をぽろぽろとこぼしながら懇願した。「オーガスト、ごめんなさい、本当にごめんなさい……私は……私はただ、あなたを愛しすぎただけなの!妹なんて呼ばれるのはもう嫌だった……あなたの女になりたかったの!」だが、オーガストは嫌悪の色をあらわにしながら彼女を突き放し、「それが愛?お前は、本当の愛が何かなんて、何一つわかってない!カナにしたことの代償は、必ず払ってもらう!」アイヴィの表情から血の気が引いていく。オーガストはそのまま背を向け、誰かに電話をかけた。「来てくれ。片付けてほしい人間がいる」その声は低く、凍てつくような殺気に満ちていた。「オーガスト、お願い、やめて!私たちは幼いころからずっと一緒だったじゃない!」アイヴィは涙ながらに訴えたが、彼の目は一切の情を失っていた。「幼馴染?そんな言葉、お前には
オーガストは二日酔いの頭を抱えながら、目を覚ました。痛むこめかみを押さえながら眉をしかめた。昨夜は酒に頼って寂しさを紛らわせようとしたけれど、頭の中には冷たく突き放すカナの顔が浮かんで離れなかった。スマホを探したが、見当たらない。仕方なく友人の携帯を借りてカナに電話をかけた。だが電源が切られていた。胸に広がるのは、言いようのない不安。いても立ってもいられず、オーガストは家へ向かって車を走らせた。車中、彼の頭の中にはカナの姿が浮かんでは消えていた。どうしてだろう。あれほど自分に尽くしてくれたカナが、突然あんなにも冷たく、そして決別を口にした理由は?家に戻ると、オーガストはすぐに謝罪の準備を始めた。花束、ステーキ、ジュエリー……すべては彼女のため。取り戻したい一心で、思いつく限りのものを用意した。だが、ふと周囲を見渡して、初めて気がついた。この部屋が、どれほど荒れ果てていたかを。古びた中古の家具、剥がれかけた壁紙、その隙間からは赤茶けたレンガが顔を覗かせている。ベランダに揺れるのは、汚れのついた小さなベビー服。あれはカナが妊娠中、赤ちゃんのために用意した服だった。彼は今まで、それすら目に留めていなかった。胸が締めつけられた。まるで鋭い針で心臓を刺されたかのように。あのとき、妊娠中のカナがどれだけ苦しかったか。身体の不調と戦いながら、家のことも背負っていた。それなのに彼は、アイヴィの唆しに乗せられ、彼女の忠誠心を疑い、挙句の果てには心ない言葉をぶつけてしまった。病室のベッドに横たわるカナの姿が頭に浮かぶ。顔色はひどく悪く、血の気もなくて。なのに彼は、アイヴィのたった数言で彼女を信じることをやめ、他人からの侮辱を止めることすらしなかった。カナが別れを告げたとき、瞳に浮かんでいた拭いきれない失望の色。あの時、彼はアイヴィの言葉を信じてしまった。でもまさか、彼女が本当に心を閉ざしてしまうなんて、思いもしなかった。オーガストは苦しそうに顔を両手で覆い、胸の奥から後悔の念が込み上げてくる。なぜ自分がこんなふうになってしまったのか分からない。どうしてアイヴィの嘘を信じて、心から自分を想ってくれていたカナを傷つけてしまったのか。その時、玄関のインターホンが鳴った。まさか、カナが戻ってきた?