LOGINオフィスビルが立ち並ぶこの界隈も、今はクリスマスの様相で華やかだ。夜の帰宅時には、街路樹がイルミネーションで彩られ、幻想的な雰囲気になる。
明日の昼頃には、廉が香港から帰ってくる。
この4日間、毎朝のおはようのメッセージと夜の長電話は続いた。毎晩、会食で遅い時間まで疲れているだろうに、廉は実にマメだ。
毎日、会いたい、寂しいと電話口で
そして、心のどこかにエリカのことが引っ掛かっている。エリカが廉に気持ちを打ち明けたら、どうなるんだろう。
「綾香、クリスマス、うちに泊まることは、水無瀬専務も了承済みなの?」
今日のランチは、
「了承って‥‥別に大丈夫だけど」
もごもごと歯切れ悪く応える綾香を、ふぅん、という顔で朱莉がじっと見つめる。
「もっと浮かれても良さそうなのに、なんでそんなにモヤっとしてるのか気になって仕方ないんだけど」
廉と一緒に過ごしている時は、本当に幸せで、満ち足りているのだが、離れて冷静に考えてみると、やはり、自分ごときが廉の彼女だというのは、釣り合いが取れないように感じて不安になる。
「浮かれすぎてて、これじゃダメだって、思ってる感じ‥‥」
朱莉が、目を細めて呆れたような顔をする。
「何言ってんだか。なんで浮かれちゃいけないの。まだ、付き合いはじめでしょ? 今が一番浮かれる時期じゃん」
ははは、と乾いた笑いを浮かべてごまかす。朱莉は、ますます目を細めてうさんくさげに見ている。
「まぁ、いいけど。綾香は、変に真面目だからね。そうそう、菱本くんが、綾香が最近、綺麗になったって営業部でめちゃくちゃ噂になってるって言ってたよ。私もそう思う」
店員が蕎麦湯を持って来て、伝票とともに机にそれを置いて行く。
「やっぱり、女になったからですかね」
朱莉がニヤニヤしながら言う。ちょっと! ここお店だよ! 驚いて顔が熱くなる。いくら小声とはいえ、誰に聞こえるかわからないから本当に止めて欲しい。
オフィスへ帰る道を歩きながら。朱莉が、ため息をつく。
「あ~あ、私も彼氏といちゃいちゃしたい。もう3年以上ご無沙汰だよ」
朱莉は、学生時代に付き合っていた彼氏のことをまだ忘れられないでいる。6つ上の先輩で、家業を継ぐために九州へ戻ったあと、朱莉の卒業を待たずに別れることになってしまったらしい。
「まだ、忘れられない?」
その質問に、朱莉が、うーんと遠くを見ながら考えを巡らせている。
「次の恋が始まったら、忘れられるのかも。でも、今のところは‥‥彼と似た人を探しちゃうから、まだ、ダメかな」
お泊り会の時に、また、酒飲んで泣きながら話すからいっぱい聞いて~、そう言って甘えたように腕に縋り付く朱莉の頭を、よしよしと撫でた。
エレベーターの途中の階から、桐谷秋穂と秘書課の後輩が乗りこむ。軽く挨拶をした後、黙って階数表示ボタンを見つめていると、あえてこちらに聞こえるように後輩に話している声が聞こえる。
「専任秘書になると重役と二人きりで仕事することがあるけど、普通はそういう時に口説かれても、簡単に
かぁっと体中が熱くなった。自分が何かを言われるのは構わない。でも、廉のことをそんな風に
「誰かに好きだって言うことがセクハラになるなら、桐谷さんはきっとこれから一生誰にも告白をされないんですね」
ニッコリ笑ってそう言ったあと、その後ろの後輩に向かって微笑みながら、
「うちの会社、社内恋愛は禁止じゃないから。後、ハラスメントは嫌がらせって意味だからね」
桐谷秋穂が顔を赤くして腹を立てているのが、表情でわかった。ちょうど秘書課の階について、先に桐谷秋穂らが出て行く。下りる際にジロリと睨まれた。
「綾香、やるじゃん。カッコよ」
朱莉がそう言って、投げキッスをして出て行った。エレベーターの扉が閉まると、壁にもたれてため息をつく。桐谷秋穂が言っていることは、恐らく誰も気にしていない。とはいえ、ああいった悪意ある表現には本当に気持ちを削がれる。自分だけでなく、自分の愛する人がその対象になることがこんなに苦痛だとは知らなかった。
年末の休暇に入り、実家へ戻って慌ただしく正月の準備を手伝う。実家へ帰えるときは、前回と同じように廉に送ってもらったが、廉はその日のうちに都内へ戻って行った。一緒に年越しをするために、離れには、エリカが滞在している。「ねぇ、綾香。この飾りはどこに飾るの?」「あ、これは勝手口用だから、台所の出口と裏木戸の方ね」エリカに聞かれ、指示を出す。我が家は、会社を経営しているだけあって、年始の訪問客は多い。だから、家周りの準備は結構大変だ。母の教室の生徒さんたちの年始の挨拶もあり、昔ながらの慣習に従った正月準備は、マナー講師としては手を抜けないところもあるのだろう。この時期は、宮島さんだけでは足りないので、母の教室の卒業生も手伝いに来てくれる。年末からずっと人の出入りが多くとても賑やかだ。大晦日の夜には、廉も紫衣さんもやってきて、賑やかにカウントダウンをした。エリカは、大晦日の夜にこんな風に大勢と過ごすのは久しぶりだと言って、とてもうれしそうにしていた。新年最初の朝には、皆で食卓を囲み、父が新年の挨拶をする。「今年は、エリカさんを迎えて、家族が増えて嬉しい限りだ。良い一年にしていこう」昼過ぎからは、客がひっきりなしにやってくる。廉は、父とともに会社関係の新年の挨拶につきあっていた。翌日、孝也が『家にいると客の相手ばかりになる。初詣に行こう』と言い始めた。「そうねぇ。せっかくエリカさんもいるんだし、綾香と二人で着物を着ると素敵だわ。そうだわ、それで4人で初詣に行ってらっしゃいよ」母は、父に付き合って仕事をさせられている廉を、逃がしてくれようとしているのだというのもわかった。母がいつの間にか仕立ててあったエリカの着物を、綾香が着つけることになった。「私、着物を着るの初めてなの。凄く嬉しい。幸せ過ぎる」エリカが、箱から仕立てられた着物をうやうやしく取り出して、泣きそうな顔で見ている。「ねぇ、綾香。日本の人って着物を着る時、下着をつけな
「で、今日は、お泊りはしないで帰るわけ? 綾香は」イブの夜、朱莉の家で朱莉の弟を入れた4人で鍋を囲む。フューシャピンクの部屋着を着てくつろぐ菱本が、半目で綾香を見つめる。「約束だから行っておいで、とは言ってくれたけど‥‥向こうは仕事で忙しいのになんだか申し訳ないなって‥‥思ったり、なんか、して‥‥ね」一応、昨日、会社で朱莉には直接伝えたし、グループメッセージであらかじめ連絡はしたのだが、菱本には、裏切り者っぽく扱われている。「まぁ、まぁ、いいじゃん。綾香もこの何週間かは、ニヤニヤする日もあれば目の下に巨大なクマを飼う日もあって、忙しかったんだからさ」朱莉が、ヨシヨシ、という感じでとりなしてくれる。「で、女になった感想はどうですか?」朱莉の(見た目は妹、戸籍上は)弟の聖がニヤニヤとしながら聞いてくる。菱本のことを知ったのは、この聖がきっかけだ。「ひ、聖ちゃん‥‥」あまりの直球に、綾香は口をパクパクさせるだけで、何も言葉が出てこない。「水無瀬専務、いい体してるもんね~。すごく良い仕事してくれそう」菱本がうっとりしながら鍋の中の餅麩をつついている。「すっごく、強そう」「あ、わかる、超強そう」「えー強そうな人なんだ。ワイルド系?」綾香が何も言わないのをいいことに、3人で好きに盛り上がっている。まぁ、このくらいはお泊りのドタキャンの贖罪として、良いことにしなくては。そう思って耐えることにした。菱本が『ワイルドって感じじゃないけど、もうずっと強そう。駅弁とかやりながら移動しそうな感じ』と言う言葉に、他の2人がキャー!と叫ぶ。残念なことに、綾香にはその意味がわからなかった。『駅弁』をする、とは何か、後で調べてみようと思った。12時近くまで、菱本の「目指せエリカ様ボディ計画」の話や朱莉の忘れられない元カレの話で盛り上がり、その後、深夜に綾香はタクシーを呼んでもらって帰宅した。タクシーの中で廉にメッセージを送る。『まだ、起きてる?』すぐ
「お帰り、綾ちゃん。廉くんも。孝くんと彼女さんもお待ちかねだったのよ」上機嫌の母が出迎えてくれる。廉はそっと綾香の腰に手を回してさりげなく寄りそう。「ねぇ、綾ちゃん、孝くんの彼女って誰だと思う?」玄関からリビングに向かう途中で母が嬉しそうに問う。さっき、答えを聞いてしまったの、ごめんね、お母さん。綾香は、心の中でそう呟いた。リビングに入ると、窓際の長いソファに、孝也とエリカが並んで座っていた。 エリカが、綾香の姿を目にして緊張した様子で立ち上がる。「あ、綾香、この間は夕飯に付き合ってくれてありがとう」非の打ちどころのないようなこの人でも、こんなに緊張して不安そうになることがあるのか、とそう感じた。ずっと勝手な勘違いで打ち解けられずにいたことが、本当に申し訳なく感じた。「こちらこそ、誘ってくれてありがとうございました。また、食事に行きましょうね」心からの笑顔を向けて、そう告げると、エリカの顔が明るく輝いた。「あら、綾ちゃん、声が随分と変よ。風邪? それで寝坊したの?」夕飯の準備ができたと宮島さんが教えてくれたので、ダイニングへ移動する。「俺は、綾香を送って来ただけだから、これで失礼します」「え、そんなこと言わないで廉くんも一緒に食べましょうよ。宮島さんにもそのつもりで準備してもらったし」結局、廉も一緒に食卓につき食事をすることになった。書斎から出て来た父がいつになく寡黙に食事を取っている。とはいえ、いつものように会話のほとんどを母が仕切っていて、エリカが質問攻めにされてアワアワしているのを皆で微笑ましく見ているという晩餐だったのだが。食後のコーヒーを運ぶ手伝いをしようと席を立つと、一緒に廉もついてきた。 台所の宮島さんに、あとはするから、と伝えて下がってもらう。「トレーは俺が運ぶから。無理しないで」コーヒーのトレーを廉に運んでもらい、リビングに足を踏み入れると、ちょうど孝也が真剣な表情で父に話をしていた。「結婚を前提にして、彼女と一緒に暮らしたいと思ってる」孝
目が覚めると、昨夜着て来た部屋着で廉のベッドにいた。部屋に時計が無いので時間がわからないが、窓を厚く覆うカーテンの向こうが明るいので、朝が来たのはわかる。体全体が熱を持ったように火照っていて、頭もうまく働かない。微かに部屋の向こうに気配がするので、リビングの方に廉がいるのだろう。ベッドから下りようとして、体を動かすと、なんだか腰に違和感がある。「んっ‥‥」足をついて立とうとした瞬間、足に力が入らず、へなへなと前に倒れ込んだ。『びっ‥‥くりした』いわゆるこれは腰が抜けているという状態なのだろうか。床にペタンと座ってベッドを背もたれにして座っていると、物音に気付いて廉がマグカップを持って入ってきた。サイドボードにカップを置くと、座っている綾香を抱き上げ、膝に乗せてベッドに座った。綾香を抱きしめ、背中を撫でる。「‥‥ごめん」「ひば、だんじ‥‥」声が変だ。空咳をして、もう一度声を出そうとする。「ひば‥‥」掠れた声しか出ない。廉がサイドボードに手を伸ばしてマグカップを渡してくれる。「蜂蜜入りの紅茶だよ。まだ、熱いかも、気を付けて飲んで」マグカップを受け取ったのに、廉もマグカップから手を離さない。コクリと飲み込むとガサガサとした喉の違和感がマシになったように感じる。 ふぅため息を一つついてからもう一度聞く。「ひば‥‥じかん」全然、ダメ。マグカップをサイドボードに置いて、再び廉が抱きしめてくる。「今11時過ぎだよ。どこか痛いところない?」見上げると、申し訳なさそうな顔で、心配そうに見つめている。「ひだぐは‥‥ごへが…」声のあまりの可愛くなさに、話すのをあきらめて背中をさすられるままにした。声は出ないが、倦怠感はあれど体はどこも痛くは無い。どうやら、昨夜、啼かされすぎて喉が枯れたようだ。今日が休みで良かった。はっと気づいて、再び廉の顔を見つめる。「ばだしの‥‥げぃだぃ‥‥」
ツンと立ちあがった乳嘴を舌で舐め上げられる。「はっ‥‥ん」「綾香、俺の服も脱がせて」おぼつかない指先で廉のシャツのボタンを外していく。その間も胸への愛撫は続いていて、キュッと先端を摘ままれる度にピクンと指先が止まる。ボタンを外したシャツを廉の肩から滑らせる。抱きしめられて、敏感になった胸が廉の胸に擦りあわされる。それだけで、背筋を快感が走り、この後、廉に与えられるであろう喜びを思い出して体が震えた。背中に回された手が、後ろから尻の丸みを確かめるようにして撫でている。体の向きを変えられ、ひじ掛けにあるクッションを背に大きく足を抱え上げられた。「あっ」下着を抜きとられ、大きく足を開かされた状態に、羞恥で顔が真っ赤になる。唇が、膝の裏から撫でるように足の合わさる中心へと向かっていく。どこに手をやっていいかわからず、片手を廉の二の腕にそっと触れると、指を絡めてギュッと握られた。蜜をたたえた襞の隙間を舌で舐め上げられ、その熱さに体の奥からさらに蜜が溢れた。廉は、足を肩に抱えるようにして、体を割り入れると、舌を隘路に突き入れてくる。「ふっ、んん」くちゅくちゅと水音がして、どうしようもないほどに体の奥から湧き出てくるものがある。「綾香、俺を欲しいと言って」足の付け根の窪みに頬を押し付けて、廉が掠れた声で呟く。羞恥と興奮で頭がパンクしそうになっている。絡められた指をギュッと再び握って、火照った顔で廉を見つめる。「廉、廉が欲しいの。お願い」「俺は、ずっと綾香が欲しかったよ。欲しいって思ってはいけない時も、ずっと‥‥」廉が体を起こし、唇を寄せる。蜜口に熱く固いものが触れる。「いつだって、俺は綾香にだけ余裕がないんだ。知らなかっただろう?」掠れるような語尾で呟いた後、一気に綾香の中に押し入ってくる。「あぁぁ、んん」思わずこぼれた嬌声を、廉の唇が掬う。舌を絡め、深く繋がり合って、互いを感じ合う。「ん、綾香、熱いね‥‥はぁ、綾香の中
「どう‥‥どうでもよくはない‥‥です」語尾が少しずつ小さくなる。心のどこかから、もういいんじゃない?どうでもいいって言うんだし、わざわざ自分をさらけ出さなくても、そういう声が聞こえる。小さく首を振って、その声を振り払う。「昨日は、エリカさんと食事をして、すごく落ち込んでしまって。それで、どうしても廉と話をするのが怖くて」廉の眉間に皺が寄る。「なんで、エリカと話して落ち込むことがあるんだ? 何か言われたのか? そんな悪い奴じゃないと思ってたが。言い難くても何でも教えてくれ。綾香を傷つける言葉は許せないな」「あ、違う違う。エリカさんは私に意地悪を言ったりはしないわよ。本当に‥‥すごく良い人だから」廉の顔から目を反らして、大きく深呼吸をした後、口を開く。「なんでもできて、綺麗で優しいエリカさんが羨ましくて、妬ましくて仕方なかったの。私の何が廉の気持ちを引き寄せられるだろうって思ってしまって。で、何も思い浮かばないから、すっかり落ち込んでしまったの」言いながら、鼻の奥がツンとしてくる。情けないことに、泣いてしまいそうだ。「廉のように何でもできる人の隣に立つには、私は余りに出来が悪すぎて、本当に嫌になっちゃって。どうして、もっと頑張って来なかったかなぁ、とか、どうして、もっと綺麗に生まれてこなかったのかなぁ、とか、くだらない劣等感でいっぱいで」ポタポタと膝の上に握りしめた拳に涙が落ち始める。こんな女々しいのは良くないってわかってるのに、涙が止められない。「でも、廉が好きなの。ずっと好きなの。隣に立てなくても、傍にいられなくても大好き。どうしていいかわからないくらい好き‥‥」叫ぶように発していた言葉の途中で抱きしめられていた。シャツの胸に縋り付いて、嗚咽を漏らす。「俺のことがそんなに好きなの?」涙が少し落ち着いてきた時に、頭上から言葉が降って来る。いつもの優しく甘い口調。「‥‥大好き‥‥です」こもった掠れた声で返す。縋り付いている胸が大きくため息をつく。「もう一回言って、どのくらい俺