LOGIN和香が一花を蹴落とそうとしている事なら、彼ら上流社会の誰もが知っていることであり、茉白なら余計に詳しい。勇が和香に脅されるなら、それは一花が関わっているに決まっている。一花と茉白は友人同士ではない。茉白には友達すらいないが、誰かから何かしてもらった時はずっとそれを心に留めておいて、決して借りを忘れない。それに、一花は侑李の従妹にあたる。茉白は侑李が一族が仲睦まじいことを望んでいるのを知っている。彼自身もよく、自分のために誰かの利益を損なうようなことはしたくないと言っていた。「君は一体何をするつもりなんだ?」茉白がただの冗談で言っているのではないことが分かり、勇は真剣な顔つきになった。「おじ様、あなたはただ私に三日、時間をくれるだけでいいです。必ず侑李を助け出しますから」茉白はその場で勇の質問には答えず、少し瞳を暗くさせ彼にお辞儀をすると背を向けて急いで去っていった。……夜中、西南の辺境にある空港で。飛行機から降りたばかりの一花から、湊はメッセージと電話を立て続けに受け取った。彼は一花がこの状況を知っているとは思っておらず、彼女が来たからには成り行きに任せすべてを説明するしかなかった。「社長はまだ目を覚ましていません。でも、危険な状態からは脱しましたので、奥様、心配なさらなくていいですよ」湊は一花に慰める言葉をかけると、すぐに病院の住所を送った。伊集院家もここへ来ていた。敬子は来るまでに疲れていたので少し休憩しに行っていて、美穂が電話に出た。美穂の声はかすれていて、明らかに泣いた後のようだった。しかし、一花もすぐに駆けつけてきてくれたことに感激し、また心配もした。なんとか気持ちを落ち着かせながら一花に慰めの言葉をかけてくれた。電話を切ると、一花は車の中で我慢できずに下を向き、前屈みになって両手を組み、顔を埋めていた。秘書は一花が体を震わせているのに気づいた。彼女は泣いているようだった。一花に手を伸ばしかけたが、どう慰めの言葉をかければいいのか分からなかった。こんな時は何もせずそっとしておくのがいいのかもしれない。一花は本当に焦っていて、柊馬のことが心配でたまらなかった。彼女は柊馬の怪我を知ってから出発するまでに一時間少ししかかけずに急いでやって来た。だから、着替えの服も持たず、プライベ
萌絵は侑李がトラブルに巻き込まれたと聞いてかなり面白かった。こんなことになれば、今後いくら萌絵が茉白をいじめようとも、誰も助け船を出す者は現れないだろう。しかし、茉白は侑李の件を知ると、萌絵にまで頭を下げて、彼に関する情報を教えてほしいと頼んできたのだ。萌絵は侑李に一体何があったのか全く知らないし、茉白が知りたい事なら萌絵はもっと教えたくなくなる。だから、茉白はどうしようもなくなり、勇を探しに来た。もちろん、彼女は勇が自分のことを嫌っていることはよく分かっていた。茉白の性格からすると、誰かから冷ややかな目で見られるのは耐えられない。西園寺家に来て自ら屈辱を味わうような事を彼女は死んでもするはずはなかった。「私が君を歓迎しないことはよく知っているだろう。二階堂さん、どうぞご自由に、私は見送らないからな」この時の勇はすでに怒りで爆発しそうなくらいなのに、茉白に対して礼儀をもって接しているあたり、人として教養をなんとか保っていた。そう言うと、勇は顔を彼女から背けてその場を去ろうとした。「あの、さっき、西園寺社長と電話されていたのですか?もし、私の考えが当たっているのなら、彼女は侑李を使って、あなたを脅し、何かさせようとしているのでは?」茉白はこの時、勇から自分がどのように思われているかなど無視して、直接彼の秘密を言い当てた。西園寺家の事に足を突っ込めば、誰もが悲惨な一途をたどる。これは、そもそも自分自身を守る手段を持たない茉白にとっては、言うまでもないことだ。勇は体をビクッと震わせ、振り向いて茉白の目を見た。その瞬間、冷たく厳しい目つきに変わり、相手を恐怖に陥れるほどの凄みを見せた。「二階堂さん、盗み聞きした内容は忘れるべきことだろう。これは私からの忠告だ」「おじ様、あなたが私を気に食わず、どう思っていても私は構いません。だけど、私は心から侑李君に何かあってほしくないと思っているんです。信じてください。今日ここへ来たのは、私が何か手助けできればと思ったからです」茉白は勇気を振り絞ってその言葉を出した。彼女は実は手がじんじんと麻痺した感覚だった。彼女が小さい頃から大人になるまで本気で信じている人間は、ただ一人、侑李だけだ。誰の目にも茉白は良い人間には映っていない。特に、西園寺家と二階堂家のような残酷で人
「もし、気がおさまらないようなら、他の方法を考えて、小林家のあの娘を苦しめてやっても……」「和香さん」勇はなんだか違和感があった。「小林家がどうなるかは私はどうでもいいんだ。ただ、侑李が無事戻ってきてくれればそれでいいんだよ」「お義兄さん、M国にはすでに人を派遣して交渉に行かせています。小林家が西園寺家を脅してきたのだから、そう簡単には済ませないですよ。どうしてあんな家のメンツなんて考えてあげる必要があるのです?そうは思いませんか?」和香のその言葉に勇は即座に驚いた。彼はどうも自分がうまく利用されてしまったような感覚になった。和香なら、小林家くらい余裕で扱うことができるはずだ。侑李を釈放させM国から帰すことは一言で済むくらいの簡単な事なのに、彼女はそうではなく直接小林家に何か仕掛けようとしている。これは勇の手助けではなく、明らかにさらに事をややこしくしようとしているだけだ!しかし、そうは言っても、和香は確かに侑李の気を晴らし西園寺家の面子を保とうとしているから、勇も和香のどこも責めるわけにはいかない。侑李の件はこれからどうなるか、彼女がこの後どう出るのかを待たなければならない。「和香さん、私もあなたも状況判断ができる大人なんだ。あなたは一体何を考えている?私を脅す気かね?」勇は腹に怒りをためて、声もかなり重さを増していた。「お義兄さんったら、どうしてそんなに焦る必要があるのですか?安心してください、一週間以内には侑李君は絶対無事に帰国できますから。ただ……」和香はさらに声のトーンを抑えた。「ここ最近は西園寺グループの新薬が発売されるタイミングでしょう。勇さんにまたちょっとお手伝いしていただきたいの」「あまり調子に乗らないほうがいいぞ、和香さん。匠はもういなくなってしまったが、西園寺家が勝手を許すとでも思っているのか?」勇はあまりの怒りに、その言葉を吐くとカッとなって電話を切ってしまった。まさか和香がこのように自分を脅してくるようになるなど、勇は全く思っていなかった。当時、彼女が匠と結婚する時、良妻賢母で、優しい教養と品のある模範的なお嬢様だった。しかし、勇はすぐに彼女は相当頭の切れる女だと気づいた。家柄、能力、美貌までも兼ね備えているのに、匠の傍では控えめに目立たず、子供すら生まなかった。このよ
勇が一花を姪として接しようとしても、一花ももう彼に近づくことはなくなるだろう。和香のそんな企みを知っていながら、勇は彼女の言う通りにする選択をした。彼はもう結構な年だ。実際、和香と一花の争いに巻き込まれるのはご免だった。それに……和香もかなり手に負えない人物だからだ。そして今の勇にとっては息子の侑李が彼の全てだった。彼はただ保身さえできればそれでよかった。一花に関しては……もし、彼女が柊馬と政略結婚をしても、和香に立ち向かえないというのなら……それは彼女の運命なのだろう。勇はすでに自分に言い聞かせてはいたが、一花の今の様子を見ると、どうしても心が落ち着かなかった。彼は一花にティッシュを渡した。「一花さん、そんなに焦らないで。良い人は神様に守られてるものだ、柊馬君はきっと大丈夫だよ。しかし君は心を落ち着かせたほうがいい。体が大切なんだから」勇の言葉を聞いて、一花はまるで何かを思いついたかのように、上の空だった瞳が急にはっきりとしてきた。「おじ様、西園寺グループは最近とても重要な時期ですね。会社は手配して誰かにしっかり見てもらっておきます。だけど、今回のプロジェクトには確かあなたも関わっていたはず。だから何もミスが出ないように、手伝ってもらえないでしょうか?」一花は自分が今会社を抜ければ、かなり無責任になるとよく分かっていた。こんなに重要な新薬を市場に送り出すという時だ。すでに完璧に準備は整えてきたし、ほぼ何か問題が起こるようなことはないだろう。しかし、最後の審査結果には彼女のサインが必要だ。今そんな彼女が会社からいなくなれば、傍にいる人で唯一信用できるのも、ただ西園寺勇、この人しかいない。彼は西園寺家の人間だから、会社の利益とは一致しているはずだ。「安心しなさい、私がちゃんとしておくから」勇はこの時少しそわそわした様子で喉を鳴らした。しかし、この時の一花はこの男の細かな表情の変化に気づけなかった。彼女はただ感激して頷くだけだった。「ありがとうございます、おじ様。サインの権限はあなたに移す手続きをしますので、何かあれば……すぐ私に言ってください」勇は頷いた。車はすでに空港に到着していた。一花は言い終わると、この時かなり冷静さを取り戻した様子だった。しかし、彼女がシートベルトを外す時、勇は彼女
和香は冷笑し、ワインを一口飲んだ。一花が今柊馬のためにこの場を離れれば、和香の思い通りになる。しかし、一花が柊馬の事故を構わないようであれば、伊集院家はもちろん彼女に失望するだろう。一花に伊集院家の後ろ盾がなくなれば、和香は一花に対処しやすくなる。一花がどちらを選ぼうとも、結局は散々な結果になるという筋書だ。陸斗はこの時、背中に悪寒が走った。しかし、それでも笑顔で母親に答えた。「一花のようにプライドの高い奴でも、やっぱり母さんの相手ではないな。あいつ、いつか絶対に後悔するぞ。どうして最初に母さんの言うことを聞いて、西園寺グループの後継者になるのを放棄しなかったのかね」和香はリラックスするように長く息を吐きだし、陸斗をちらりと見た。「もう休みなさい」「うん」陸斗は会釈して部屋を出ると、彼から笑みがだんだんと消えていった。彼はこの時、また一花が自分に言っていた言葉を思い返していた。和香のような人間が、どうして縁もゆかりもない彼を養子としたのか?これと同時刻、一花も秘書に頼んで一番早いフライトを予約させ、柊馬の所へ行こうとしていた。勇からこの件を知った後、一花の心は崩壊寸前だった。頭の中はすぐにでも柊馬に会いたい気持ちでいっぱいだった。彼の安否と状況を確かめなくては。もし、勇の言葉が誇張されたものであり、柊馬の怪我がそこまでひどいものでなければ、彼は絶対に自分に連絡してくれるはずだ。今、一花は突然柊馬との連絡が途絶えたこと、そして湊のあの自分を避けるような言動を考えていた。すると恐怖がさらに完全に彼女の理性を呑み込んでしまっていた。一花はどうしても冷静になどなれなかった。彼女は引き続き勇と話している気力もなくしてしまい、勢いよく立ち上がった時に、危うくバランスを崩して倒れるところだった。勇は一花が驚愕した様子であるが、体はもうふらふらになっているのを見て、彼女が想像していたよりもショックを受けて完全に取り乱しているので、思わずすぐに慰めの言葉をかけた。勇もこの噂を知らされた時、もしかすると柊馬は危険な状況にあるのではないかと思った。一花はなんとか呼吸を整え、真っ赤になった目に涙が溜まっていた。暫くの間一言も発することができない状態だった。勇はそんな彼女に運転させて空港まで行かせる勇気はなか
勇は深くため息をつき、低い声で言った。「伊集院柊馬君が事故に遭ったようだ」その言葉を聞いた瞬間、一花は体を震わせた。手を勢いよくテーブルの上につき、息を飲んで勇がその続きを話すのを待った。「彼に、何があったんですか?」勇は一花の目を見て話すことができず、ため息をついた。「山の中で事故に巻き込まれた手、重傷を負ったらしい。楽観視できない状況だ……彼が持ちこたえられなかったら、君の結婚にも支障が出るかもしれない」「持ちこたえられないってどういう意味ですか?」一花の震える声が勇の言葉を遮った。柊馬が重傷を負ったと聞いた瞬間、頭に急激に血がのぼり、何も考えられなくなってしまった。……午後。和香が外から帰ってきた時、陸斗はすでに玄関で待っていた。和香は彼をちらりと見て、傍についていた秘書をさがらせると、手に持っていた鞄とコートを陸斗の腕にのせた。「うまくやった?」「もちろん。母さんの予想通り、伊集院家は今きっと噂を聞きつけた頃だろう」陸斗は小さくそう言った。和香は少し前に陸斗にある人物に連絡させて、柊馬の予定を流させた。陸斗は柊馬に何か仕掛けるつもりなのだろうと察した。和香はビジネス界における地位は大したことはないが、人脈であれば、如何なる人物でも探すことができた。特に国を跨ぐような場合ならなおさらだ。陸斗も最近になってようやく知ったことだが、匠と結婚する前、和香は国際レベルで大物の人物についていたことがあるらしい。しかも、その相手は良い人間ではない。正当な方法で対処できない場合、和香は極端な手段に出る。以前、匠が西園寺グループで南関市における製薬事業を独占していた時、和香が何らかの形で助力していなかったとは限らない。書斎に戻ると、陸斗はドアを閉め、引き続き話した。伊集院家はすでに柊馬のところへ向かっている。それは敬子と美穂だ。修治は今国際サミットに出席していて、彼がそこを離れたという情報は入ってきていない。和香は今回の件がここまでスムーズにいくとは思っていなかった。あちらの人間は行動が非常に早い。情報が出てから半日もせずにすぐに動きだした。和香は少なくとも一日はかかると予想していた。しかも、その情報によると山での偶然の事故だった。しかし、あの人たちは昔、手を出すなら車に小細工をやっていたので