34話 破壊者
一人での力には限界がある。カケルに頼む事も出来たが、彼には彼の仕事がある。何も知らない父に気づかれたくないタミキは、息を吐くと、肩を鳴らしていく。ある程度の資金はあるから、今は生活が出来ている。僕を養う事も出来るが、先を考えると不安は増殖していった。僕がタミキと生活をし始めて、いつの間にか二年の月日が経っている。そろそろ落ち着いてきただろうと、復帰を考えているタミキの事に気づく事なんてなかったんだ。 今まで応援してくれていたファンに忘れ去られているのかもしれない。過去の人と指を刺されるのかもしれない。複雑な感情が織り混ざりながら、呼ばれている事に気づく。 「タミキどうしたの? ぼんやりしてる」 心配そうに覗き込んでくる僕を見ると、不思議と癒されていく。最初は恐怖に支配されていた僕は、過去とは違う姿になっていく。今では彼の支えになっているのかもしれない。自分の存在がどれほど、彼に影響を与えているのかを知るのはタミキ本人しかいなかった。 「庵、そろそろ働こうと思うんだ。以前みたいに仕事を中心にするつもりはないけど、先を考えるとね」 本当はずっと側にいたい。しかし先立つものは必要なのが現実だ。この二年間は二人にとって濃密な時間だった。その甘みを知ってしまった二人は少しの時間さえも離れる事が苦痛になってしまう。ぐっと自分の気持ちを抑えると、タミキを信じたいと願う自分が出没する。全てを理解するのは出来ないけど、それでも理解しようとする事は出来る。 「二年間も一緒にいれた事が奇跡なんだよ。だって推しの君と共同生活をしてたんだもん、夢そのもの。だから今は前に進んで、疲れた時に僕の元に帰ってくればいいから。僕、待ってる」 タミキは僕に本当の現実を与えてくれた大切な人。忘れてしまいたかった過去の記憶も、彼の誘導と洗脳によって何があったか、思いだす事が出来た。受け止めきれない僕の側にいてくれたのはタミキだけ。例え、それが作られた環境だったとしても、僕にとっては全てが特別で輝いている。44話 止まらない言葉 居場所を把握した杉田は椎名達を使う事に決めると、僕の意見を尊重しようとしていた過去の彼はいなくなっている。何回も何回もトラブルを起こし、僕を巻き込んでいくタミキに対して怒りが積もっていったのかもしれない。焦る気持ちは全てを台無しにしてしまう、だからこそ、一番冷静にならなくてはいけないと頭では理解しているようだった。 「いいのか」 僕を牢獄から出す決断をすると、頷く。自分が余計な情報を話してしまったせいで、方向性が湾曲していくのを見届けるしかない。 どこからか懐かしい声がする。あの夜三人で笑い合った時が鮮明に思い出されていく。全ては自分が知る前から組み込まれていたのかもしれない。それでもタミキにきっかけを与えてしまった自分を責めながらも、前に進む事しか出来ない杉田がいる。 表面的な感情は周囲に見せる事が出来る。でも心の奥底で、僕を自分だけのものにしたい気持ちが溢れてくる。自分の欲に溺れるつもりのない彼は、全ての感情を切り捨てて、僕の元へと向かった。 「俺にはお前が必要なんだ」 素直に気持ちを口に出すと、ハッと我に返る。心の中の言葉を表面化させる事がなかった杉田の変化が見え隠れし始めた。 大切にしたい気持ちと 束縛したい気持ちが交差していく 各々が自分に向き合う事で 真実の心を手に入れる事が出来る タミキはキヨに対して違和感を感じ始めている。自分の考えに賛同してくれているからこそ、味方になってくれていると信じていた。しかしキヨが僕と距離を縮めれば縮める程、二人の関係性が悪化していった。昔から言葉に力を持っているキヨは、掴み所がない部分が合った。それでも自分の邪魔はしない彼を自由にしすぎていたのかもしれない。 「……外に出なくても二人でいれば幸せじゃないか」 初めての大喧嘩に
43話 加害者と被害者 僕の周囲に隠れていた人達は全てを知っていた。揉み消された真実が表に出るのには時間がかかりすぎたのかもしれない。僕は被害者でタミキは加害者だった。僕がずっと応援してたスターは真実を隠しながら生きてきた。それでも、今僕の前にいる君は僕の推しであり、恋人だ。例え二人の関係を周囲が喜ばなかったとしても、それでも永遠に入れると信じていたんだ。「きっと君にも理由があったはずだよね。キヨから聞いた時、どうしたらいいのか分からなかった。好きな気持ちと過去の事、どちらもなかった事には出来なかった」 涙を堪えていたはずなのに、一度吹き出した感情は止まらなくなってしまう。ポロポロと流れる雫にキスを落とすと、舐めていく。そのキスは今まで感じた中で、一番優しくて、温かいものだった。 抱えている感情を 話し合っていたら 違う現実に塗り替えられたのかもしれない それでも前に進むしか方法はなかった 数日前に遡る。僕達がこの結末を迎えるきっかけはキヨの思惑が杉田へと流れた事によるものだった。なかなか口を割ろうとしない椎名に痺れを切らした杉田は、彼の襟を掴むと怒鳴り声を浴びせる。「はっきり説明しろ」「ああ。それは……」 話をする代わりにこの事は内密にして欲しいと告げると、仕方なく頷いた杉田は、両腕を組み、圧をかけながら耳を傾けた。「庵を助ける為に動いているお前を利用しようとしてたんだ」「どういう事だ」 利用すると言っても、何をしでかそうとしているのか理解出来ない。前々から引っかかる場面には遭遇したが、まさか利用する為に、自分が選ばれたとは思わなかったみたいだ。「お前は庵を手元に置きたい。そしてあいつはタミキが欲しいんだ。二人が切り裂かれるチャンスを作ろうとしてたようだぞ。上手くいくかは分からんが……」 後ろめたさのある椎名は辿々しく語ると、息を切らしたように呼吸を整えていく。隠し事をしていたのが余程、しんどかったようで、疲れが滲み出る。「だから庵には消えてもら
42話 気づいているんだろう? 遠くからサイレンの音が聞こえてくる。時間が少しずつ経つにつれ、より大きくなっていった。接触する事のなかった自由の世界が手招きしながら、僕に選択させようとしている。「僕は……」 遠くに感じた存在を肌で確かめながら、まだ迷っている自分がいる事に気づく。いくら好きでも、彼のやり方を全て受け止める事が出来ていなかった事に気づくと、伸ばしかけた手を止めた。「一緒にいたいだけなのに」 周りに心配をかけて、迷惑をかけてまで自分達の気持ちを優先するのが本当に正解なのだろうか。そんなはっきりしない僕を傍観しているタミキの瞳が揺らいでいく。自分と同じ気持ちに変化していたと思っていた彼からしたら、ショックだったのかもしれない。 弱い僕は決めれない 手を握る選択肢を放り出して 弱い自分を正当化させる為に タミキとの関係性を否定してしまった 未来の音が接近している事に気づく事なく、僕とタミキは二人の世界に浸透している。邪魔する者は何もないはずなのに、植え付けられた種が芽吹くように、全く正反対の感情が作り上げられていく。「幸せだね」 僕の頬とタミキの頬が合わさりながら、体温を感じていく。心の中に染み付いてしまった傷を舐め合うように、擦り付けていった。少し前の自分なら、これが愛なんだと信じていた。キヨの出現により、自分の当たり前だった日常が崩れている。それはキヨが二人を引き裂く為に、用意した果実そのものだ。「……そうだね」 肯定する事しか出来ない。本当にこれでいいのだろうかと、迷っているなんてタミキには知られたくなかった。一生懸命隠そうとしても、顔に出てしまうタイプの僕の嘘を見逃す事はない。それでも知らない振りをする事で、これ以上自分が傷つくのを止めている。僕達は沢山の喜び、悦楽、痛み、苦しみを共有しながら、これまできた。その事実は何があろうとも変わらない、もう一つの真実。「俺はね庵に会えてよかったと思っているよ。初めて会った日の事、覚えてる?」
41話 隠れている別案件 見えない真実は奥側に隠れながら、表面化しようと企んでいる。全てが順調に思えた物事に少しずつ歪みが生じている事に気づく事が出来なかった。 素直なタミキに闇を注ぐきっかけを与えたのは僕ではなかった。タミキさえもその人物の術中にハマっている状態。「杉田さんに伝えてくれ」 数時間前の出来事を思い出しながら、自分のやるべき仕事を一つ一つクリアしている。キヨは杉田の名前を出すと、不審な笑みを溢す。全ては自分の思い通りになっている状況に喜びが溢れてくる。昔から付き合いのあるタミキを操作する事は難しくない。だから杉田とタミキの間に選ばれた幸運な自分に酔いしれながら、ウィスキーを流し込んだ。 今日の報告を終えると電話を切った。タミキとキヨは誰にも崩せない関係性だったのに、僕が現れた事で、彼にとっての特別なポジションを失ったキヨは、昔と同じやり口で、タミキの心を揺さぶっている。例えお互いに気持ちがあったとしても、そこには多少の支配関係が絡んでいる。だからこそ、そこに着目するのは当然の結果だ。「君にタミキは渡さない」 友人のポジションを確立する事で、彼の側にいる事が出来た。そこから関係性を発展させる為に、十年の月日を費やしてきたキヨからしたら、ポッと出の僕が許せなかったんだと思う。今となれば本当の事は彼にしか分からない。それでも、彼の口から語られる真実からそう感じる事が出来たんだ。「君には杉田がいるじゃない、タミキの世話は君には無理だよ」 一人でぶつぶつと隠していた本音を語り始める。自分のしている事が正しいかのように、正当化しているように見える。 夜は始まりを告げると、小さな鐘の音が鳴った。キヨは満面の笑みでパソコンに向き合うと、沢山の暗号を記していく。 どことどこがつながっているのか 誰と誰が関係を持つのか それは当人しか分からない 隠れた真実なのかもしれない 情報を受け取った杉田は、僕が生きている事に安心しているようだった。その情報が確実なものかを見極める事が
40話 嫉妬に溺れる僕 コツコツと足音が聞こえてくる。キヨは考えていた思考をリセットすると、立ち上がった。あれから何時間が経っただろうか。数分考えていたはずなのに、いつの間にか辺りは真っ暗になっている。「こんな所で何してんの?」「庵が寝てるから邪魔しないように、ここにいた」 不審者みたいに見えてしまった。こんな暗い所で、ぼんやりと浮き出る影の正体はキヨだった。二人の視線が絡み合うと、互いに疲れを感じてしまう。「遅かったな……仕事は順調か?」 確かめるように聞くと、苦笑いをするタミキは、観念したように今の現状を伝えていく。自分勝手にほっぽり出した事、それが原因で周囲の人達に頭を下げさせてしまった事、中には職を失った人もいる事を、ポツポツと口にしていく。あの時は不安と安心したい気持ちが優先して、全てを破壊してしまえば、二人だけの世界を作ってさえ仕舞えば、幸せは手に入ると考えていた。僕との生活をする為に、戻る事にしたが、今では肩身が狭いようだった。「我に返って、反省し始めたか。お前の悪い癖だな」 今までのタミキが起こしてきた内容を知っているキヨは、ため息を吐きながら、吐き捨てる。いつもそうだ。最初は純粋な想いから始まっていたはずなのに、お気に入りの人に人が集まれば集まる程、独占したい気持ちが増えてしまう。最終的には、相手を支配する事で自分の生きている意味を植え付けようとする。その繰り返しで、何度キヨがタミキを助けたのか分からない。「だけど、後悔はしていないよ。そりゃ罪悪感はあるけど、どんな形でも一緒にいれるのならね」「庵をこのまま監禁し続けるのか? あいつにはあいつの人生がある。お前の我儘で潰す気か?」「今の所は自由にさせるつもりはないよ。でも、前のように庵と出かけたりしたいから、少しの自由は認めるつもり」 タミキの言葉は矛盾している。自由を認めるつもりはないのに、付け加えたように言葉を操っていく。違和感を覚えたキヨは、目を光らせながらも、静寂を保つ事にする。裏で動いている計画にタミキが感づく可能性があるからだった。慎重に動く事で信用を得る。これが彼のやり
39話 リハビリの隙間から見えたもの タミキが現場へと向かって、一人の時間を満喫している。窓を開けると、心地いい風が部屋へ広がると、深呼吸をした。部屋に閉じこもっている僕からしたら、外の空気を吸うのが日課になっていた。太陽の光はまだ怖いけど、いつかタミキとデート出来るように、最低限の事は出来るように戻りたいと願うようになっていたんだ。 そのきっかけを与えたのはキヨだった。彼はどんな暗い話も受け止めてくれる。よく相談者になっていた。タミキに言えばいいのかもしれないが、聞かれたくない事だってある。「今日も元気そうだな」「お疲れ」「おーう。顔色いいな」 少しずつ明るくなっている僕を見ると、満足そうに笑った。タミキ以外に笑顔を見せる事が出来なくなっていた僕は、無意識に微笑んでいた。「そんな顔も出来んじゃん」 まるで兄弟のような会話に楽しんでいる僕がいる。恋愛感情を持っているのはタミキに対してだけだ。それ以外の人が僕の心を攫っていく事は出来ない。その事を理解しているキヨだからこそ、友好関係が結べたのかもしれない。「今日はゆっくり歩く練習するか」 献立を用意すると、タミキが外出している間に実践する計画書を見せられる。細かに掻いている割には字が汚い。「タミキとのデートを目標に、頑張るんだろ」「勿論」 今はまだ二人で昔のように外に出歩く事は難しいかもしれない。事件としてテレビで報道されて月日が経ったと言っても、誰が見ているのか分からないからだ。それでも情報が上書きされていけば、人々の記憶からは抜けていく。誰にも邪魔をされず、再出発する事が出来る時に、必要になってくる。その時の事を考えると、笑みが漏れてしまいそうになる。自分達の理想を叶える為に、大きな声で頷いた。 僕の前に立ちながら支えてくれるキヨの腕を掴みながら、一歩一歩進んでいく。足の中に針金を仕込まれたように、カクカクして上手く動かす事が出来ない。歩く事をしなくなると、ここまで肉体が脆くなるのだと、実感しながらも、リハビリを続けた。