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第377話

Author: 十一
背が高く、整った顔立ちの男が黄色いバラを抱えて彼女の前に立っていたが――凛の表情はどこか硬く、喜んでいるようには見えなかった。

その様子を見て、真由美は小さく舌打ちした。「やっぱり美人は得だよね。入学してまだ何日よ?もう告白されてるし。

でもさ、亜希子、あんたも結構かわいいのに、どうして誰も花くれないの?」

亜希子はほほえみ、相手の挑発には乗らなかった。「そんなことで比べるようなことじゃないと思うけど?」

「ふん!気にしないふりをしても、どうせ心の中じゃ羨ましがってるんでしょ?」

それでも亜希子の笑顔は微動だにしなかった。

すると真由美は冷たく言い捨てる。「気取りすぎると、ただの偽善になるよ」そう言い残し、足音を響かせてその場を立ち去った。

亜希子はその場に立ち尽くし、口元の笑みをゆっくりと引っ込めていった。

その少し離れた場所では、もう一組の男子学生が立っていた――

「……僕が言ったこと、ちゃんと覚えてる?」そう尋ねていたのは、内藤一だった。

耕介は頭をかきながら前を見やり、ふいに「あっ」と小さく声を上げた。

一もその声に反応し、視線を追って目の前の光景を見た。ちょうど花束を差し出す場面だった。一は眉をひそめ、低くつぶやいた。「学術の道を極めたいなら、そんな無駄なことで気を散らすな。たとえば――恋愛とか、な」

「……はい、先輩!」耕介は力強くうなずいた。

でも……

「あの子、大谷先生の弟子らしい」そう言ってから、少し間を置いて付け加えた。「かなり優秀だって」

浩史を言い負かして、公の場で上条先生に上の者が正しくなければ、下も悪くなるなんて言い放つ胆力――

ちょっとカッコいい!

けれど、一は特に興味を示すこともなく、最初に一度目をやっただけで、もうそちらを見ようとしなかった。

「行くぞ。近くのスーパーで生活用品を買っておけ」

「いやいや、僕は全部持ってきたから!」耕介は慌てて手を振った。

一は、呆れたように口元を引きつらせた。「その全部って、毛が飛び散った歯ブラシと、穴の開いた洗顔タオルのことか?」

耕介は日焼けした顔を真っ赤にしながら、モゴモゴと答えた。「……ま、まだ使えると思って。それで……」

新しいものを買うには、お金がかかる。

一はため息をついた。それはまるで、かつての自分の姿を目の前に見ているようだった。

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