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第6話

Autor: 詩音
昇はその一言に釘付けにされ、顔面は白くなった。

彼は信じられないといった様子で夢奈を見つめた。その瞳の奥には、傷ついた色と衝撃が溢れている。

「夢奈……そんなに俺を、憎んでるのか?」

夢奈は答えなかった。ただ、腫れ上がりながらも異常なほど冷徹な目で彼を見つめ返した。

そして彼女は背を向け、来た道を引き返し始めた。

「西田佳澄が一番大事なんでしょう?」

振り返りもせず、その声は寒風の中に霧散していく。

「私はもう行くわ。あなたたち不倫カップルのために、この場所を空けてあげる」

「夢奈!」

昇が後ろから彼女を呼ぶ。その声には、狼狽と苦悩が混じっていた。

「どうしても、ここまでこじらせなきゃ気が済まないのか!?俺たちがかつてどれほど愛し合っていたか、忘れたのか!?」

愛し合っていた?

夢奈の足は止まらなかった。口角を吊り上げ、泣くよりも無惨な笑みを浮かべる。

あの「愛し合っていた」日々など、今となっては巧妙に編まれた夢に過ぎなかったように思える。

夢が覚めた後に残ったのは、見るも無惨な惨状だけだ。

夢奈が別荘へ戻り扉を開けると、焼き芋の甘い香りが混じった暖気が押し寄せてきた。

リビングでは、佳澄が柔らかい絨毯の上に座り、宏を抱き寄せていた。

二人の前には香ばしく焼けた芋が置かれ、佳澄は丁寧に皮を剥くと、ふーふーと息を吹きかけて冷まし、息子の口へと運んでいる。

その光景は、目を刺すほどに睦まじかった。

夢奈の理性と自制心は、その光景を目にした瞬間に再び弾け飛んだ。

彼女は猛然と駆け寄ると、佳澄の入念に整えられた長い髪を鷲掴みにし、全身の力を込めて後ろへと引きずり倒した!

「あああああ!!!」

不意を突かれた佳澄が、凄まじい悲鳴を上げた。手にしていた芋が床に転がった。

「ママ!」

宏は恐怖に駆られ、すぐに駆け寄ってくると、小さな拳で狂ったように夢奈を叩いた。

「悪い女!ママをいじめるな!ママを放せ!」

夢奈の目は赤く血走っていた。彼女は見向きもせず、宏を力任せに突き飛ばした。

「いい加減にしろ!!!」

昇の怒号が、背後で爆発した。彼は数歩で詰め寄ると、夢奈を佳澄の側から強引に引き剥がし、思い切り二度も平手打ちを食らわせた。

パシッ!パシッ!

あまりの衝撃に夢奈の視界が暗転し、耳鳴りが響いた。

彼女はよろめいて床に倒れ込み、長い髪は無惨に乱れた。

昇の胸は激しく上下していた。床に倒れた女を見る彼の目には、怒りが消えない一方で、疲労と諦めのような色が混じっていた。

昇は目を閉じ、沈痛な声で言った

「橋本夢奈……どうして、そうまでして執拗に追い詰めるんだ?」

夢奈はゆっくりと顔を上げた。口角からは血が滲み、頬は無惨に腫れ上がっている。

彼女は溢れそうになる涙を堪えようと必死に目を見開き、震える枯れた声で絞り出した

「執拗……?私が、こんな姿に成り果てたのは……一体、誰のせいだと思ってるの!」

昇は沈黙した。

彼はただ身体を横に向け、髪を抑えて泣いている佳澄と、怯えきった宏を、盾になるようにして背後に庇った。

その動作は、どんな言葉よりも鋭かった。

また一つ、夢奈の穴だらけの心臓に、深くナイフが突き立てられた。

夢奈はついに、堪えきれなくなった。熱い涙が激しく溢れ出し、口角の血と混じり合って、無惨なほどに顔を汚していく。

彼女は咽び泣きながら、全身の力を振り絞るようにして告発した。

「あの親子を見るたびに……私は自分の子供を思い出すの!あの子は、この世を見る機会さえ与えられなかった!

私はもう、熟睡することさえできない!毎晩、毎晩……夢を見ては飛び起きるのよ!

夢の中で、あの子が泣いてるの……私をママと呼んで、憎んでると、守ってくれなかった意気地なしのママのせいだって、私を責めるのよ!」

夢奈は涙に濡れた目を上げ、昇を凝視した。

「昇、あなたにその痛みが分かる!?心臓を、生きたまま抉り取られて、永遠に埋まることのない穴が開いたまま生きる……その感覚が分かるの!?」

昇の顔色が、ようやく変わった。怒りの仮面に亀裂が入り、不憫さと苦痛が滲み出る。

彼は無意識に手を伸ばし、崩れ落ちて泣き叫ぶ夢奈を抱きしめようとした。

「昇さん……」

彼の後ろで、佳澄がタイミングを見計らったように、か弱い声を上げた。

伸ばした昇の手が、宙で凍りついた。

佳澄は床から這い上がると、再び夢奈の前で床に膝をつき、額を床に叩きつけた。

「夢奈、全部私が悪いの!どんなに責められてもいい、全部、全部私のせいよ!」

佳澄は涙を流し、悲痛な声を張り上げた。

「恨むなら、私一人を恨んで!私が恥知らずだったの、私が家庭を壊したのよ!昇さんは一時的に魔が差しただけ……昇さんの心には、ずっとあなたしかいないわ!

間違いには気づいた。私がすべての責任を取るわ……あなたと昇さんが元通りになれるなら、私はどうなっても構わない!

本当に……本当に、これ以上あなたたちの家庭を壊したくないの……」

佳澄は真に迫った様子で泣き、かつての過ちを悔いる哀れな女を完璧に演じきった。

昇は、卑屈に跪く佳澄の姿と、床に打ちつけられた額の赤みを見た。そして床に倒れたままの夢奈に視線を戻し、その表情を幾度も変えた末に、最後は長い溜息を漏らした。

彼は歩み寄り、佳澄を抱き起こそうとした。だが、その視線は夢奈に向けられたままだった。

「佳澄は、ここまで自分を貶めて謝っているんだぞ……夢奈、少しは譲歩できないのか?

それに……」

昇は言葉を切り、声を落とした。

「君はもう、産めない体になった。だが、気にするな。将来は宏に君の老後の面倒を見させるから。俺たちはこれからも……家族なんだ」

そう言いながら、彼は再び夢奈の冷え切った指先を握ろうと手を伸ばした。

夢奈は、毒蛇に触れられたかのように、猛烈な勢いでその手を振り払った。

「いらない。我が子を殺した犯人に、老後の面倒を見てもらう必要なんてない」

彼女はゆっくりと顔を上げ、昇の目をまっすぐに見据えた。そこにはもう涙はなく、ただ底なしの、死のような静寂だけが宿っていた。

「これから先、何十年も……まともに眠れなくなるのは、もう御免だわ」
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