เข้าสู่ระบบ初出勤から一週間が過ぎた。
佳苗はようやく朝の支度にも慣れ始めていた。
最初の頃は出発の一時間前には準備を終えていたのに、今では余裕を持ちながら朝食を食べられるようになっている。
もちろん。
仕事そのものはまだ慣れない。
覚えることは多いし、分からないことも山ほどある。
それでも。
会社へ行くことが苦痛ではなかった。
「おはようございます」
出勤すると、隣の席の女性が笑顔で挨拶してくれる。
「おはよう、佳苗さん」
そのやり取りだけで少し安心する。
職場の人たちは思っていたより親切だった。
質問をしても嫌な顔をしない。
失敗しても頭ごなしに叱られない。
佳苗にとっては、それだけでも驚きだった。
昼休み。
社員食堂で一人昼食を取っていると、同じ部署の女性が声を掛けてきた。
「ここ、いい?」
「絢子ちゃんと雄吾が、昔みたいに友達でいることを許してあげてくれないかしら」 佳苗はしばらく、美佐子の顔を見つめていた。「……許す、ですか?」「言い方が悪かったわね」 美佐子は困ったように笑う。「別に、あなたに許可をもらわなければいけないという意味じゃないのよ」「でも……」「ただ、雄吾もあなたが嫌がるから、絢子ちゃんと距離を置いているでしょう?」「それは雄吾さんが自分で決めたことです」「そう言うけれど」 美佐子は小さく息を吐いた。「あなたが嫌だと言わなければ、雄吾だって今まで通りだったんじゃない?」 胸に刺さる。 確かに。 佳苗が嫌だと言ったから、雄吾は距離を取ると決めた。「お母様は……私に我慢してほしいんですか?」「我慢なんて」「一条さんが雄吾さんを好きでも?」「それは昔のことでしょう?」「今も好きじゃないとは言い切れないと、一条さん本人から聞きました」「……」 美佐子が言葉に詰まる。「それでも、私は気にせず二人を今まで通りにさせた方がいいんでしょうか」「でも絢子ちゃんは、何もしないと言っているんでしょう?」「……はい」「だったら、信じてあげてもいいんじゃないかしら」 佳苗は俯いた。 また同じだ。 信じない自分が悪い。 許せない自分が狭量。 そんな話になっていく。「私ね」 美佐子が優しく続ける。「佳苗さんの気持ちも分かるのよ。恋人の近くに、自分を好きな女性がいるのは嫌でしょう」「はい」「でも、二十年以上の友情までなくさせるのは、少し違うと思うの」「……」「雄吾にとっても、絢子ちゃんは大切な友人なのよ」 佳苗はゆっくり顔を上げた。「それ、雄吾さんが言ったんですか?」「え?」「一条さんと昔みたいに友達でいたいって、雄吾さんがお母様に言ったんですか?」「それは……」「言ってないんですよね?」 美佐子が黙った。 佳苗の胸は痛かった。 それでも、今度は引かなかった。「雄吾さんは私に、自分で決めたと言いました」「でも、あなたに気を遣っているだけかもしれないでしょう?」「だったら」 佳苗は静かに答える。「それは雄吾さんに聞いてください」「佳苗さん……」「私ではなくて」 初めてだった。 美佐子に対して、こんなにはっきり言ったのは。「雄吾さんと一条さんの関係をどうするか
『あなたは、それで安心なのよね?』 美佐子の声に、佳苗はすぐに答えられなかった。「……お母様?」『ごめんなさい。変な聞き方をしたわね』「いえ……」『ただ、少し気になって』 美佐子はため息をついた。『絢子ちゃん、昨日うちに来たのよ』「そうだったんですか」『ええ。仕事の帰りにね』 それ自体は何もおかしくない。 佳苗はそう思った。『それで、雄吾と一緒だったんでしょうって聞いたら、仕事の話しかしていないって』「はい」『終わったあとは、一人で帰ってきたそうよ』「……はい」『あの子、本当にあなたとの約束を守ろうとしているのね』「約束というか……」 佳苗は言葉を選んだ。「私が一条さんにお願いしたわけではありません」『でも、仕事以外で連絡を取るのは嫌だって言ったでしょう?』「それは言いました」『だったら同じじゃない?』「……」 胸が苦しくなる。 まただ。 何かが少しずつ、違う意味へ変わっていく。「お母様。私、一条さんに仕事以外で一言も話さないでほしいとは言ってません」『でも、連絡は嫌なのよね?』「はい。でも……」『二人きりで食事をするのも嫌』「それは……はい」『触れるのも嫌』「……はい」 美佐子が小さく息を吐いた。『じゃあ、絢子ちゃんはどうしたらいいのかしら』「え?」『二十年以上も友達だった人と、仕事以外では連絡もできない。食事にも行けない。昔みたいに接することもできない』「……」『私はね、佳苗さん』 美佐子の声は穏やかだった。 だからこそ、その言葉は重かった。『恋人ができたら多少距離が変わるのは仕方ないと思うの』「はい」『でも、昔からの友達をそこまで遠ざけなくてもいいんじゃないかしら』 佳苗の胸が痛んだ。「私が……遠ざけているんですか?」『そういうつもりじゃないのは分かってるわ』「でも、今――」『ごめんなさい』 美佐子が遮った。『あなたを責めたいわけじゃないの』「……」『ただ、絢子ちゃんも大切な子だから』「はい」『あの子が寂しそうにしているのを見ると、どうしてもね』 佳苗は唇を噛んだ。 分かっている。 美佐子にとって絢子は大切な存在。 だから傷ついていれば心配する。 当然のことだ。 けれど。「お母様」『なあに?』「一条さんは、私が嫌だと言ったから寂しい
「今度こそ、私が勝手に決めつけたんじゃないものね」 絢子の言葉に、佳苗は何も返せなかった。 確かに、自分で言った。 雄吾と絢子が仕事以外で連絡を取り合うのは嫌だと。 嘘ではない。 けれど――。「佳苗さん」 美佐子が戸惑ったように口を開いた。「それは……二人に友達をやめてほしいってこと?」「違います」「でも、仕事以外で連絡するのも嫌なんでしょう?」「それは……」 どう説明すればいいのだろう。 絢子が雄吾を今も好きだから。 そう言えばいい。 美佐子も、それはもう知っている。 けれど、それだけではない。 何度も雄吾との出来事を報告されたこと。 事実とは違うことまで伝えられたこと。 雄吾に触れようとしたこと。 その積み重ねがあって、今は嫌なのだ。「母さん」 雄吾が口を挟んだ。「それで何か問題あるか?」「雄吾?」「俺も仕事以外で絢子に連絡する必要はないと思ってる」 絢子の表情がわずかに固まった。「雄吾さんまで……」「佳苗だけが決めたことじゃない」「でも」 美佐子は納得できないようだった。「あなたたち、子供の頃からずっと友達だったでしょう?」「だからって、一生同じ距離で付き合わなきゃならないわけじゃない」「そんな言い方……」「おばさま」 絢子が美佐子を止めた。「もういいんです」「絢子ちゃん」「佳苗さんの気持ちは、ちゃんと分かりましたから」 絢子は穏やかに笑う。「雄吾さんも同じなら、私が口を出すことじゃありません」「&h
数日後。 佳苗のもとへ、久しぶりに絢子からメッセージが届いた。『佳苗さん、この前は本当にごめんなさい』 佳苗は画面を見つめた。 以前のように、すぐ返事はしない。 しばらくして、もう一件。『おばさまから、二人でお話ししたって聞きました』『ちゃんと誤解が解けたみたいで安心したわ』「……」 佳苗は少し迷ってから返信した。『はい。お母様とお話しできてよかったです』 それだけ。 余計なことは書かない。 すると絢子から、『本当によかった』 と返ってきた。 それ以上、連絡はなかった。(これで終わればいいな) 佳苗はそう思った。 ◇ その週末。「母がまた食事に来ないかって」 雄吾に言われ、佳苗は少し驚いた。「またですか?」「ああ。今度は家で」「行きたいです」 美佐子とは、この前二人で話したばかりだ。 以前ほど怖くはなかった。「絢子も来るらしい」「……そうですか」「嫌なら断っていい」「大丈夫です」 佳苗は首を横に振った。「お母様と一条さんが会うことは、私もいいって言いましたから」「それと佳苗が一緒にいることは別だぞ」「分かっています」 それでも。 いつまでも絢子を避け続けるのも違うと思った。「行きます」「……分かった」 ◇ 日曜日。「いらっしゃい、佳苗さん」 美佐子は以前と変わらない笑顔で迎えてくれた。「こんにちは」「この前はありがとうね」「こちらこそ」
翌朝。 佳苗は目を覚ましてから、しばらくベッドの中でぼんやりしていた。 昨夜のことを思い出す。『この子のことも、少し分かってあげてほしいの』 美佐子の言葉が胸に残っていた。(お母様……やっぱり、一条さんの方が大切なのかな) 当然なのかもしれない。 美佐子にとって、自分はまだ知り合って間もない雄吾の恋人。 絢子は幼い頃から知っている、娘のような存在。 比べること自体がおかしい。 そう分かっているのに、寂しかった。「佳苗」「……はい?」 隣から声を掛けられる。「また考えてるだろ」「少しだけ」「母のこと?」 佳苗は少し迷って、頷いた。「はい」「母が何を思うかまで、佳苗が背負う必要はない」「でも、嫌われたくないです」「分かってる」「雄吾さんの大切なお母様だから」 雄吾は少し黙ってから、佳苗の手を握った。「なら、なおさら時間をかければいい」「時間……」「母だって、昨日のことだけで佳苗を決めつけたりしない」「……はい」 佳苗はその言葉を信じることにした。 ◇ しかし、その日の午後。 美佐子は一人で考え込んでいた。 昨夜、駅で別れる直前。 絢子は笑っていた。『大丈夫です』『私が我慢すればいいだけだから』 その言葉が、どうしても頭から離れない。「……」 美佐子はスマートフォンを手に取った。 佳苗へ連絡しようとして――やめる。 何と聞けばいいのだろう。 本当は絢子と会ってほしくないの?
「佳苗さん、本当は私に消えてほしいんでしょう?」 絢子は涙を浮かべたまま、佳苗を見つめた。「雄吾さんの前からも。おばさまの前からも」「違います」 佳苗ははっきり答えた。「そんなこと、一度も思っていません」「でも、私が雄吾さんと一緒にいると嫌なんでしょう?」「二人きりで食事をしたり、必要以上に触れたりするのは嫌です」 絢子の顔が強張った。 以前なら、ここでも曖昧にしていた。 けれど佳苗はもう逃げなかった。「だって一条さんは、自分でも言いましたよね。今も雄吾さんを好きじゃないとは言い切れないって」「……」「そんな人が私の恋人に触れるのを嫌だと思うことと、一条さんに消えてほしいと思うことは同じじゃありません」「佳苗さん……」「お母様と会うことなんて、もっと関係ありません」 美佐子が黙って佳苗を見ている。「だから、私が言っていないことまで私の気持ちにしないでください」「……ごめんなさい」 絢子は俯いた。「やっぱり私、邪魔なのね」「だから!」 思わず佳苗の声が大きくなる。 絢子の肩がびくりと揺れた。 周囲の視線が集まる。「佳苗」 雄吾がそっと佳苗の肩に手を置いた。 佳苗は唇を噛んだ。「……すみません」「違う。謝らなくていい」「でも……」「同じ話を繰り返してるだけだ」 雄吾は絢子を見る。「佳苗は、消えろとは言ってない」「……」「なのに絢子は、何を言われてもそこへ話を戻す」「そんなつもりじゃないわ」「じゃあ、佳苗が言ったことだけ聞け」 絢子は何も答えなかった。 ◇「今日はもう帰るわ」 しばらくして、絢子がバッグを手に取った。「絢子ちゃん」 美佐子が心配そうに立ち上がる。「大丈夫です、おばさま」「でも……」「私がいたら、また雰囲気を悪くしてしまうから」「そんなことないわ」「ありがとうございます」 絢子は寂しそうに微笑んだ。「でも、少し一人になりたいんです」「送るわ」「大丈夫です」「こんな状態で一人にできないでしょう?」 美佐子が言う。 絢子は一度断ったものの、最後には小さく頷いた。「……じゃあ、駅まで」「ええ」 美佐子が佳苗を見る。 その表情には、先ほどまでの険しさはなかった。 けれど困惑は残っていた。「佳苗さん」「はい」「ごめんなさいね。私も少し
「やっと捕まえた」 耳元で囁かれた低い声に、佳苗の心臓が大きく跳ねた。 捕まえた。 その言葉は、優しいのにどこか危険だった。「榊原、先輩……?」 佳苗が戸惑う中、雄吾は佳苗の手首を掴んだまま、ゆっくり顔を上げる。 その視線の先には、こちらへ歩いてくる悟がいた。「佳苗!」 苛立った声。 悟は佳苗を見るなり、露骨に顔をしかめた。「何やってんだよ」 だが次の瞬間、雄吾の姿に気づき、動きが止まる。「……誰?」 警戒した声音。 雄吾は答えない。 ただ静かに佳苗の前へ立った。 庇うように。 その背中の広さに、佳苗は息を呑む。「佳苗、こっち来い」 悟が手を伸ばす。
恵が帰ったあとも、佳苗はしばらく動けなかった。 心臓が嫌なほど脈打っている。 あの目。 一瞬だけ見せた、冷たい視線。 前世では最後まで気づかなかった。 恵はずっと、自分から奪うことを楽しんでいたのだ。「……っ」 佳苗は唇を噛み締める。 怖い。 けれど、それ以上に悔しかった。 どうして自分は、あんな人たちのために命まで懸けてしまったのだろう。 テーブルの上に置かれた結婚写真が目に入る。 幸せそうに笑う自分。 悟の腕に寄り添って、未来を信じ切っていた頃の自分。 ――滑稽。 佳苗は震える手で写真立てを伏せた。 もう戻れない。 戻りたくもない。 今度こそ終わらせ
「俺は昔から、お前しか欲しくない」 低い声が耳元で響く。 佳苗は息を呑んだ。 車内の空気が熱い。 逃げ場がない。 雄吾の視線は真っ直ぐで、冗談の気配なんて微塵もなかった。「……先輩」 喉が震える。 理解が追いつかない。 昔から? ずっと? そんなはずない。 自分は特別な人間じゃない。 妹みたいに愛嬌があるわけでも、美人なわけでもない。 ただ都合よく利用されるだけの女だった。「信じられないか」 雄吾が静かに言う。 佳苗は答えられなかった。 すると雄吾は小さく息を吐き、身体を離す。「まあいい」「え……」「今すぐ答えを求める気はない」 その言葉に、佳苗は
もう二度と、お前をあいつらのところへ戻したりしない。 その言葉が、佳苗の胸に重く落ちる。「……どうして」 気づけば口にしていた。 雄吾が視線を向ける。「どうして、そこまでしてくれるんですか」 本当に分からなかった。 大学時代、少し関わりがあっただけ。 卒業後は一度も会っていない。 それなのに、この男は突然現れて、自分を助けると言う。 しかも、まるで最初から全部知っていたみたいに。「昔世話になった」 雄吾は短く答えた。「レポート、覚えてるか」 佳苗は目を瞬く。 大学二年の頃。 雄吾が長期入院していた時期があった。 単位が危ないと聞いて、佳苗は講義ノートをまと