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今夜だけでも、俺を頼れ

Author: 影畑凛星
last update publish date: 2026-05-17 21:28:14

「俺は昔から、お前しか欲しくない」

 低い声が耳元で響く。

 佳苗は息を呑んだ。

 車内の空気が熱い。

 逃げ場がない。

 雄吾の視線は真っ直ぐで、冗談の気配なんて微塵もなかった。

「……先輩」

 喉が震える。

 理解が追いつかない。

 昔から?

 ずっと?

 そんなはずない。

 自分は特別な人間じゃない。

 妹みたいに愛嬌があるわけでも、美人なわけでもない。

 ただ都合よく利用されるだけの女だった。

「信じられないか」

 雄吾が静かに言う。

 佳苗は答えられなかった。

 すると雄吾は小さく息を吐き、身体を離す。

「まあいい」

「え……」

「今すぐ答えを求める気はない」

 その言葉に、佳苗は少しだけ安堵する。

 けれど同時に、胸の奥が妙にざわついた。

 もしこの人が本気なら。

 自分はどうすればいいのだろう。

 考えかけた、そのとき。

 車がゆっくり停車した。

「着いた」

 窓の外を見て、佳苗は目を見開く。

「……ホテル?」

 高級ホテルだった。

 都内でも有名なラグジュアリーホテル。

 エントランスにはスーツ姿のスタッフが並び、夜景のような照明が輝いている。

「今日はここに泊まれ」

「えっ、でも……!」

「家には帰れないだろ」

 佳苗は言葉に詰まる。

 確かに、帰りたくない。

 けれど――。

「お金、そんなに持ってません」

「必要ない」

「でも」

「俺が払う」

 当たり前のように言われ、佳苗は困惑した。

「そんなわけには……」

「じゃあ今からあの男のところへ戻るか?」

「っ……」

 悟の顔が脳裏に浮かぶ。

 怒った顔。

 冷たい目。

 “代理母として完璧だった”と言った声。

 佳苗の身体が小さく震えた。

「……帰りません」

「なら決まりだ」

 雄吾はそう言って車を降りる。

 佳苗は慌てて後を追った。

 ホテルマンたちが一斉に頭を下げる。

「お帰りなさいませ、榊原様」

 その光景に、佳苗は改めて目の前の男が“別世界の人間”なのだと実感した。

 エレベーターへ乗り込む。

 二人きり。

 静かな空間。

 鏡越しに視線が合い、佳苗は慌てて目を逸らした。

「……緊張してるな」

「そ、それはしますよ……」

「俺が怖いか?」

 佳苗は一瞬黙る。

 怖い。

 正直、少し怖い。

 この人は強引だ。

 自分の知らないところで全部決めてしまう。

 まるで逃がす気がないみたいに。

 でも――。

「……怖く、ないです」

 不思議だった。

 悟といる時のような息苦しさはない。

 むしろ安心してしまう。

 その答えに、雄吾がわずかに目を細めた。

 エレベーターが最上階で止まる。

 案内された部屋を見て、佳苗は息を呑んだ。

「すごい……」

 広い。

 夜景が一望できる大きな窓。

 高級感のあるインテリア。

 ふかふかのソファ。

 まるでドラマの世界だった。

「好きに使え」

 雄吾はネクタイを緩めながら言う。

 その仕草が妙に色っぽくて、佳苗はどきりとした。

「先輩は……?」

「俺もここにいる」

「えっ!?」

 佳苗が固まる。

 雄吾は平然としていた。

「スイートはここしか空いてなかった」

「そ、そんな……!」

「嫌か?」

 低い声。

 試すような目。

 佳苗は言葉に詰まる。

 嫌、ではない。

 でも。

 男の人と二人きりなんて。

 しかも昔から自分を好きだと言う人と。

「安心しろ」

 雄吾がゆっくり近づいてくる。

「お前が嫌がることはしない」

 佳苗の鼓動が跳ねる。

 距離が近い。

 逃げられない。

「ただ」

 雄吾の指先が、そっと佳苗の髪に触れた。

「今夜だけでも、俺を頼れ」

 甘く囁かれた瞬間。

 ブルブル、とスマホが震えた。

 佳苗はびくりと肩を揺らす。

 画面には、恵の名前。

 そして次の瞬間、メッセージが表示された。

『お姉ちゃん、今どこ?』

『悟さん、すごく怒ってるよ?』

『それとももう、他の男と一緒にいるの?』

 さらに、一枚の写真が送られてくる。

「……っ!」

 佳苗の顔色が変わった。

 その写真には――。

 ホテルへ入る佳苗と雄吾の姿が、はっきり写っていた。

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  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   逃がすつもりはない

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