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自分で選んだ未来

Author: 影畑凛星
last update publish date: 2026-09-06 19:07:01

 指輪をはめてもらってからも、佳苗は何度も左手を見てしまった。

 歩き始めてからも、陽の光を受けて指輪がきらりと光るたびに目が吸い寄せられる。

「そんなに見るものか?」

 隣を歩いていた雄吾に言われ、佳苗は慌てて手を下ろした。

「だって、まだ慣れないので」

「さっきつけたばかりだからな」

「そうですけど……」

 もう一度、そっと左手を見る。

 嬉しい。

 ただそれだけなのに、胸の奥がふわふわして落ち着かない。

「サイズ、大丈夫か?」

「ぴったりです。どうして分かったんですか?」

「調べた」

「どうやって?」

「秘密」

「また秘密ですか?」

 佳苗が睨むと、雄吾は笑った。

「もう必要ないから、そのうち教える」

「絶対ですよ?」

「ああ」

 そんな会話をしながら庭園を歩く。

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  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   自分で選んだ未来

     指輪をはめてもらってからも、佳苗は何度も左手を見てしまった。 歩き始めてからも、陽の光を受けて指輪がきらりと光るたびに目が吸い寄せられる。「そんなに見るものか?」 隣を歩いていた雄吾に言われ、佳苗は慌てて手を下ろした。「だって、まだ慣れないので」「さっきつけたばかりだからな」「そうですけど……」 もう一度、そっと左手を見る。 嬉しい。 ただそれだけなのに、胸の奥がふわふわして落ち着かない。「サイズ、大丈夫か?」「ぴったりです。どうして分かったんですか?」「調べた」「どうやって?」「秘密」「また秘密ですか?」 佳苗が睨むと、雄吾は笑った。「もう必要ないから、そのうち教える」「絶対ですよ?」「ああ」 そんな会話をしながら庭園を歩く。 プロポーズをされたのだから、もっと劇的に何かが変わるのかと思っていた。 けれど、雄吾はいつもの雄吾で、佳苗もいつもの佳苗だった。 ただ、左手にある指輪だけが、確かに二人の関係が一つ先へ進んだことを教えてくれている。     ◇ 帰りの車の中で、佳苗はふと思い出した。「これ、お母様にはいつ伝えます?」「母さん?」「はい。きっと喜んでくださいますよね」「今日帰ってからでいいんじゃないか」「今日?」「早い方がいいだろ。別のところから耳に入るような話でもないし」 その言葉に、佳苗は少しだけ考えた。 以前なら、美佐子が絢子に話すのではないかということまで気になったかもしれない。 けれど今は、それは美佐子と絢子の問題だと思える。「そうですね」「佳苗の母親には?」 今度は佳苗が黙った。「……伝え

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     雄吾が何かを隠している。 そう気づいてから数日、佳苗は少しだけ落ち着かなかった。 もちろん、悪い意味ではない。 この前の旅行でも、雄吾は「ちゃんと俺から言う」と言っていた。そのうえ銀行へ連れていかれ、結婚後の生活についてまで話したのだから、何を準備しているのかは何となく想像できる。 だからこそ、気になってしまう。「……いつなんだろう」 仕事中、ふとそんなことを考えてしまい、佳苗は慌てて目の前の書類へ意識を戻した。 まさか今日ではないだろう。 週末かもしれない。 それとも、もっと先なのか。 考え始めるときりがなかった。「朝倉さん、どうしたの?」 隣から声を掛けられ、佳苗は顔を上げた。「え?」「さっきから同じところ見てない?」「……すみません」「珍しいね。何かあった?」「いえ、何でもないです」 佳苗は誤魔化すように笑った。 まだ何も決まっていないのに、誰かに話すのは恥ずかしい。 それに、これは雄吾と自分のことだ。 今度こそ、周囲の言葉に急かされるのではなく、二人の間で進めていきたかった。     ◇ 一方、雄吾は昼休みに一本の電話を掛けていた。「榊原です。先日お願いした件ですが」『はい。ご用意できております』「分かりました。今日、仕事のあとに伺います」 短いやり取りを終え、電話を切る。 机の上には、佳苗と話したことを書き留めたメモがあった。 派手なことは苦手。 人前で注目されるのも好きではない。 何かを決めるときには、自分で考える時間が欲しい。 どれも一緒に過ごすうちに分かってきたことだ。 だから、大勢の前で驚かせるようなことをするつもりはなかった。 必要なのは、佳苗が断ろ

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   知った上で選ぶ

     週末。 佳苗は雄吾と並んで銀行を訪れていた。 案内された先は、普段利用する窓口とは違う静かな一角だった。受付を済ませ、雄吾が必要な手続きをすると、二人は貸金庫のある場所へ案内される。「何だか緊張します」「何でだ?」「貸金庫なんて初めてなので」「俺も毎週来るような場所じゃない」「それはそうでしょうけど……」 佳苗は手の中の鍵を見た。 先日、雄吾から渡されたものだ。 やがて取り出された箱を前にして、雄吾は中からいくつかの書類を取り出した。佳苗には見慣れないものも多い。「全部、説明する」「はい」「分からなかったら、その場で聞け」「……本当に全部ですか?」「ああ」 雄吾は当然のように答えた。 保有している資産や、会社に関係するもの。そのほかにも、結婚したあとで佳苗の生活に関係する可能性のあることを、一つずつ説明していく。 佳苗は途中から、金額そのものよりも雄吾の態度に驚いていた。 隠さない。 曖昧にもしない。 佳苗には分からないだろうと、勝手に省略することもなかった。「……こんなことまで私が知っていいんですか?」「知っていいから見せてる」「でも、まだ結婚したわけじゃありませんよ?」「だから今見せるんだろ」 佳苗は首を傾げた。「結婚してから、実はこうでしたって言われても困るだろ」「それは……そうですけど」「結婚するかどうか決めるために必要なことなら、結婚する前に知ってないと意味がない」 あまりにも当たり前のように言われて、佳苗は言葉を失った。 以前の結婚では、こんなふうに考えたことさえなかった。 結婚する。 夫婦になる。 だ

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   もう、あなたの妻じゃない

     雄吾から悟が会社へ来たことを聞いたのは、その日の夜だった。「……三十万円を借りに?」「ああ」「本当に雄吾さんのところまで行ったんですね」 佳苗は呆れたように息を吐いた。 自分に断られ、母親にも取り次いでもらえなくなったから、今度は雄吾へ。そこまでして誰かに助けてもらおうとする悟の考えが、佳苗にはもう理解できなかった。「すみませんでした」「また謝る」「あ……」「藤倉が勝手に来たんだ。佳苗が謝ることじゃない」「そうでした」 佳苗は苦笑する。 分かっているつもりでも、長年の癖はなかなか抜けないらしい。「何を話したんですか?」「金は貸さない。それから、佳苗にもう関わるなって言った」「悟、何て?」「俺にも責任があるらしい」「責任?」 思いがけない言葉に、佳苗は眉を寄せた。「俺が佳苗に近づかなければ、離婚してなかったかもしれないって」「……そんな」「だから言っておいた。離婚したのは佳苗が決めたことだって」 佳苗は黙った。 その通りだった。 雄吾に出会ったからではない。 雄吾に言われたからでもない。 あの結婚生活へ戻りたくないと、自分で決めたのだ。「悟は、そう思ってるんですね」「俺に奪われたと思ってるみたいだな」「……違うのに」「ああ」 佳苗は膝の上で両手を組んだ。「私、悟と結婚していた頃……自分で何かを決めることが、ほとんどなかったんです」 雄吾は黙って聞いている。「夕飯は何にするかとか、そういう小さなことは決めてました。でも、大事なことはいつも悟に合わせてた。嫌だと思っても、夫婦なんだから仕方ない

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   責任を取れ

     翌日の午後。 雄吾の会社に、一件の電話が入った。「榊原社長にお話があるんですが」 悟はできるだけ落ち着いた声を作っていた。『お名前とご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか』「藤倉悟です。榊原さんとは面識があります」『ご用件は?』「個人的な話です。榊原さんに直接話します」『恐れ入りますが、ご用件を確認できない場合はお取り次ぎできません』 悟は苛立った。「朝倉佳苗のことで、と言えば分かります」 少しの沈黙。 やがて、受付の声が返ってきた。『少々お待ちください』 ようやく話が通じた。 悟は椅子に深く座り直す。 ところが。『お待たせいたしました』「はい」『榊原はお話しすることはないとのことです』「……は?」『申し訳ございません』「ちょっと待ってください。本人に伝えたんですよね?」『はい』「佳苗のことだって?」『お伝えしております』「だったら――」『失礼いたします』 電話が切れた。 悟はしばらくスマートフォンを耳に当てたまま固まっていた。「……何なんだよ」 佳苗だけではない。 雄吾まで。 自分の話を聞こうともしない。     ◇「藤倉から?」「ああ」 その夜、雄吾から話を聞いた佳苗は驚いた。「今度は雄吾さんの会社に……」「受付で断った」「すみません」「何で佳苗が謝る?」「だって、私のことで」「佳苗が電話させたわけじゃないだろ」 雄吾に言われ、佳苗は口を閉じた。 まただ。

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   元夫なんだから

    『佳苗に、お金を貸してもらえないか聞いてもらえませんか』 電話の向こうで、母親はしばらく黙っていた。『……お金?』「はい」『どれくらい?』「とりあえず、三十万くらいあれば」『三十万?』 思っていたより大きな声が返ってきて、悟は慌てて言葉を足した。「もちろん、ずっと借りるつもりじゃありません。仕事が決まったら返します」『でも、あなた……会社からもお金を請求されてるんでしょう?』「それは別です」『別って言ってもねえ』「今、本当に厳しいんです」 悟は声を落とした。「家賃もありますし、生活費も必要で。再就職だって探してます。でも、前の会社を辞めた理由を聞かれると、なかなか……」 正確には、辞めたのではない。 懲戒解雇された。 それを母親も知っているはずだったが、あえて言い直してはこなかった。『ご実家は?』「頼れません」『恵は?』 その名前に、悟の顔が歪んだ。「もう連絡取ってません」『……そう』「佳苗なら、三十万くらい何とかなるでしょう?」『それはまあ……』 母親の声が曖昧になる。 悟はそこに望みを見つけた。「貸してくれるだけでいいんです。返しますから」『でも、あの子、この前あれだけ嫌がってたでしょう』「だから、お義母さんから言ってほしいんです」『また私が?』「俺からはもう連絡できないんです。ブロックされてるから」 悟は少し間を置いてから続けた。「俺たち、夫婦だったんですよ。今ちょっと困ってるときくらい、助けてくれてもいいと思うんです」『元夫婦でしょう』「&helli

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   やっと捕まえた

     恵が帰ったあとも、佳苗はしばらく動けなかった。 心臓が嫌なほど脈打っている。 あの目。 一瞬だけ見せた、冷たい視線。 前世では最後まで気づかなかった。 恵はずっと、自分から奪うことを楽しんでいたのだ。「……っ」 佳苗は唇を噛み締める。 怖い。 けれど、それ以上に悔しかった。 どうして自分は、あんな人たちのために命まで懸けてしまったのだろう。 テーブルの上に置かれた結婚写真が目に入る。 幸せそうに笑う自分。 悟の腕に寄り添って、未来を信じ切っていた頃の自分。 ――滑稽。 佳苗は震える手で写真立てを伏せた。 もう戻れない。 戻りたくもない。 今度こそ終わらせ

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   置いていかれる側

    「……今、泣いてるのか?」 低く静かな声が耳に落ちる。 その一言だけで、張り詰めていた感情が崩れそうになった。 佳苗は慌てて口元を押さえた。「な、泣いてません」『嘘が下手だな、お前は昔から』 昔から。 その言葉に、大学時代の記憶が蘇る。 榊原雄吾。 成績優秀、容姿端麗、誰にも媚びない孤高の男。 学生の頃から有名だった。 近寄りがたい人だったのに、なぜか佳苗にはよく話しかけてきた。『また他人の仕事押し付けられてるのか』『断れないのか、お前は』 呆れたように言いながら、結局いつも助けてくれた。 けれど卒業後は一度も会っていない。 それなのに、どうして今。「どうし

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   もう騙されない

    「佳苗? 本当にどうしたんだよ」 怪訝そうな顔で、悟がこちらを見る。 その優しげな声に、佳苗は思わず身を強張らせた。 前世でも、この男はこんな顔をしていた。 穏やかで、頼れて、優しくて。 だから信じてしまったのだ。 まさか裏で妹と不倫し、自分を“代理母”として利用していたなんて、夢にも思わなかった。「顔色悪いぞ。熱でもある?」 悟が立ち上がり、額に触れようと手を伸ばしてくる。「っ……!」 佳苗は反射的にその手を振り払った。 ぱしん、と乾いた音が響く。 悟が目を見開いた。「……佳苗?」 しまった、と思った。 前世の記憶が蘇ったとはいえ、今の悟はまだ“何も知らない夫

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   私は、代理母だった

    「……っ、はぁ……ぁっ……!」 全身を引き裂かれるような痛みに、藤倉佳苗は汗で濡れたシーツを握り締めた。 眩しい手術灯。鼻を刺す消毒液の匂い。何度も響く機械音。 苦しい。 息ができない。「もう少しです! 頑張ってください!」 医師の声が遠い。 お腹の奥が裂けるように熱い。 それでも佳苗は必死に意識を繋いだ。(赤ちゃん……) やっと会える。 悟との子供。 愛する夫との、大切な命。 その一心だけで耐えていた。 けれど次の瞬間、医師たちの声色が変わった。「血圧低下!」「出血が止まりません!」「急げ!」 視界がぐらりと揺れる。 寒い。 急激に体温が奪われていく。

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