LOGIN三人で食事をした日の夜、佳苗は雄吾に母とのやり取りを話した。
「お正月か」
「まだだいぶ先ですけどね」
「今から決めたいんだろうな」
「多分」
佳苗はソファに座り、少し考える。
「お母さん、前はここまでじゃなかった気がするんです」
「佳苗が結婚したからじゃないか?」
「やっぱりそう思います?」
「ああ。結婚したことで、自分から離れたって感じてるんだろ」
雄吾の言葉は、美佐子から聞いた話とも重なった。
「でも、別に会わないって言ってるわけじゃないんですよ。恵も、たまには帰るって言ってるし」
「それじゃ足りないんだろ」
「何が欲しいんでしょう」
「優先されたいんじゃないか」
佳苗は黙った。
今日の母の言葉を思い出す。
『家族なのに、予定が空いてたらなの?』
確かに、母が気にしていたのは会えるかどうかではなかった。
<三人で食事をした日の夜、佳苗は雄吾に母とのやり取りを話した。「お正月か」「まだだいぶ先ですけどね」「今から決めたいんだろうな」「多分」 佳苗はソファに座り、少し考える。「お母さん、前はここまでじゃなかった気がするんです」「佳苗が結婚したからじゃないか?」「やっぱりそう思います?」「ああ。結婚したことで、自分から離れたって感じてるんだろ」 雄吾の言葉は、美佐子から聞いた話とも重なった。「でも、別に会わないって言ってるわけじゃないんですよ。恵も、たまには帰るって言ってるし」「それじゃ足りないんだろ」「何が欲しいんでしょう」「優先されたいんじゃないか」 佳苗は黙った。 今日の母の言葉を思い出す。『家族なのに、予定が空いてたらなの?』 確かに、母が気にしていたのは会えるかどうかではなかった。「私、冷たいですか?」「俺に聞くな」「どうしてです?」「佳苗が母親とどれだけ会うかは、佳苗が決めることだから」 雄吾は当然のように言った。「俺が『もっと会ってやれ』って言ったら、会うのか?」「……嫌です」「なら答え出てるだろ」 佳苗は思わず笑った。「そうですね」 ◇ 一方、母は一人で食事から帰り、静かな部屋を見回していた。 佳苗は雄吾のところへ帰った。 恵も自分の部屋へ帰った。 当然のことなのに、取り残されたような気がする。 スマートフォンを開くと、三人で撮った写真があった。 今日、恵が「せっかくだから」と撮ったものだ。 三人とも笑っている。 楽しかった。 娘たちも楽しそうだった。 それなのに。「どうして&helli
三人での食事は、翌週の日曜日になった。 佳苗が選んだのは、駅近くの気軽なレストランだった。「こうやって三人で食事するの、久しぶりね」 母は嬉しそうだった。「そうだね」「昔はもっと一緒に出かけたのに」「二人とも大人になったんだから、仕方ないでしょ」 恵が笑う。 母も笑い返した。 最初のうちは穏やかだった。 料理を食べながら、恵の仕事の話を聞き、佳苗の新しい名字にもまだ慣れないと笑う。「そういえば、会社ではもう榊原さんって呼ばれてるの?」「うん。まだ自分のことじゃないみたいだけど」「いいわねえ、榊原佳苗か」 母がどこか満足そうに言った。「立派な名字になったわね」「朝倉だって別に悪くないでしょう」 恵が呆れる。「そういう意味じゃないわよ」「じゃあ、どういう意味?」「雄吾さんの家に入ったんだなって思っただけ」 佳苗は箸を置いた。「私は雄吾さんの家に入ったわけじゃないよ」「結婚したんだから同じでしょう?」「同じじゃないよ。雄吾さんと私で新しい家庭を作ったの」 母は納得していない様子だったが、それ以上は言わなかった。 ◇ 食後のコーヒーが運ばれてきた頃、母が何気ない調子で言った。「そういえば、お正月はどうするの?」「お正月?」「今年から結婚したんでしょう? 榊原家に行くの?」「まだ決めてないよ」「じゃあ、うちにも来られるわよね?」 佳苗は少し考えた。「予定が合えばね」「予定って、お正月くらい家族で過ごすものでしょう?」 隣で恵が顔を上げた。「お母さん、またそれ?」「何が?」「この前も私に毎週帰ってこいって言ってたじゃん」「毎週なんて言
週末、恵は母に呼ばれて実家を訪れた。「最近、ちゃんと食べてるの?」「食べてるよ」「仕事は?」「普通」 母が淹れたお茶を飲みながら、他愛のない話をする。 こうして会うこと自体は嫌ではなかった。 問題は、その先だった。「ねえ、恵」「何?」「この前話したこと、考えてくれた?」 一緒に暮らさないかという話だ。「考えたけど、やっぱり無理」「どうして?」「今の生活変えたくないから」「でも、一人暮らしだってお金かかるでしょう? ここなら家賃も浮くじゃない」「お母さんと暮らすために仕事してるわけじゃないし」 母の顔が曇る。「そんな言い方しなくてもいいでしょう」「ごめん。でも、一緒には住まないよ」「佳苗も結婚して出ていったし、あなたまで……」「お姉ちゃんは前からここに住んでないじゃん」 恵は思わず突っ込んだ。 佳苗は悟と結婚していた頃から、母とは別に暮らしていた。雄吾と結婚したから突然家を出たわけではない。「そういう意味じゃないわよ。もう完全に向こうの家の人になったってこと」「結婚しても娘でしょ?」「だったら、もう少し親のことを考えてくれてもいいじゃない」 結局、そこへ戻る。 恵は小さく息を吐いた。「お母さん、寂しいの?」「……何よ、急に」「寂しいから、私に一緒に住んでほしいんでしょ?」「親が娘と暮らしたいと思うのは普通でしょう」「普通かどうかじゃなくて、お母さんがどうなのって聞いてるの」 母は答えなかった。 その沈黙で十分だった。「寂しいなら、ときどき来るよ。ご飯も食べようよ」「だったら一緒に住めばいいでしょう?」「それは
数日後、美佐子から佳苗へ連絡があった。『少しだけ、お話ししておきたいことがありますの』「何でしょう?」『先日、偶然お母様にお会いしたの』「母に?」 佳苗は思わず聞き返した。『ええ。ホテルでね。少しお茶をご一緒したのだけれど、そのとき食事代のお話が出たの』「……すみません」『佳苗さん』 美佐子の声が少しだけ強くなる。『あなたが謝ることではありませんでしょう?』「あ……はい」『私も雄吾から、お金のことで何か言われても勝手に返事をしないようにと言われていましたから。何もお約束していません』「ありがとうございます」『ただ、お母様は少し寂しく感じていらっしゃるようでした』 佳苗は黙った。『もちろん、だから佳苗さんが何かして差し上げるべきだと言っているわけではありませんよ』「はい」『以前の私なら、そう言ってしまったかもしれませんけれど』 美佐子は小さく笑った。『でも今は、親が寂しいことと、子供がそれを埋めなければならないことは別なのだと思っています』 その言葉に、佳苗は少し驚いた。「お母様、変わりましたね」『まあ。褒めてくださっているの?』「もちろんです」『それなら素直に喜んでおきますわ』 電話を切ったあと、佳苗はしばらく考えていた。 母が寂しい。 それ自体は理解できる。 けれど、だからといって以前のように母の機嫌を取るため、自分が折れるつもりはなかった。 ◇ その日の夜、恵からメッセージが届いた。『お母さんとなんかあった?』『どうして?』『最近めっちゃ面倒くさい』 佳苗は思わず笑ってしまった。『何て言ってるの?』『私たち二人とも結婚したら、お母さん一人になるとか』
それから数日は何も起きなかった。 佳苗も母へ連絡せず、向こうからも連絡は来ない。 そんなある日、美佐子は知人との食事を終え、ホテルのロビーを歩いていた。「美佐子さん?」 名前を呼ばれて振り返ると、見覚えのある女性が立っていた。「あら、佳苗さんのお母様」「やっぱり! こんなところで会うなんて」 顔合わせ以来だった。「今日はどうなさったの?」「ちょっと近くまで買い物に来たんです。美佐子さんは?」「私は友人と食事をしていたところです。もしお時間があるようでしたら、お茶でもいかが?」「いいんですか?」「ええ、もちろん」 二人はそのままロビーラウンジへ向かった。 ◇ 最初は当たり障りのない話だった。 結婚した二人のことや仕事のこと。先日、雄吾が家を訪ねたことを話すと、美佐子は楽しそうに笑った。「雄吾さん、本当に優しいですね。食器まで運んでくれて、『もう家族でしょう』なんて言ってくれたんですよ」「まあ。雄吾がそんなことを?」「本当に、いい人と結婚できてよかったと思ってるんです」「そう言っていただけると、私も嬉しいですわ」 そこまでは和やかだった。「ただ……」 佳苗の母がわずかに表情を曇らせる。「何かございました?」「こんなこと、美佐子さんに言うことじゃないんですけど。最近、佳苗が少し冷たくて」 その前置きで、美佐子は先日の雄吾からの電話を思い出した。「二人が来るから、ちょっと張り切って食事を用意したんです。それで思ったよりお金がかかってしまって……あとから佳苗に、一万円だけ出してくれないかって頼んだんですよ」「そうでしたの」「でも、招待したのにあとから請求するのはおかしいって言われてしまって」 困ったように笑ってから、探るように美佐子を
「また怒らせたかな」 夜。 佳苗が今日のやり取りを雄吾に見せると、雄吾は一通り読んでからスマートフォンを返した。「怒ってるだろうな」「やっぱり」「でも、それと佳苗が間違ってるかは別だろ」「はい」「母さんにも言っておくか?」「何をですか?」「もし佳苗の母親から何か言われても、俺たちに確認してから返事してくれって」 佳苗は少し迷った。「そこまでしなくてもいい気もするんですけど……」「連絡先知らないんだろ?」「多分」「なら今すぐ何かあるとは思わないけどな」 雄吾も強くは勧めなかった。「ただ、金の話が出たら勝手に約束しないようには前から言っておく」「それは……お願いします」「ああ」「なんか、すみません」 言った直後、佳苗は口を押さえた。「また謝った」「分かってるならいい」「でも、私の家族のことで」「佳苗が頼んでやらせてるわけじゃないだろ」「はい」「なら佳苗が謝ることじゃない」 佳苗は頷いた。 ◇ 翌日。 雄吾は美佐子へ電話を掛けた。『何?』「一つだけ言っとく」『何よ、改まって』「佳苗の母親から、もし金の話をされたら、その場で何も約束するな」 電話の向こうが静かになる。『……何かあったの?』「少しな」『佳苗さん、大丈夫?』「ああ」『お母様と揉めたの?』「詳しい話は佳苗と母親の間のことだから、俺からは言わない」『そう』 美佐子はそれ以上聞かなかった。
もう二度と、お前をあいつらのところへ戻したりしない。 その言葉が、佳苗の胸に重く落ちる。「……どうして」 気づけば口にしていた。 雄吾が視線を向ける。「どうして、そこまでしてくれるんですか」 本当に分からなかった。 大学時代、少し関わりがあっただけ。 卒業後は一度も会っていない。 それなのに、この男は突然現れて、自分を助けると言う。 しかも、まるで最初から全部知っていたみたいに。「昔世話になった」 雄吾は短く答えた。「レポート、覚えてるか」 佳苗は目を瞬く。 大学二年の頃。 雄吾が長期入院していた時期があった。 単位が危ないと聞いて、佳苗は講義ノートをまと
「やっと捕まえた」 耳元で囁かれた低い声に、佳苗の心臓が大きく跳ねた。 捕まえた。 その言葉は、優しいのにどこか危険だった。「榊原、先輩……?」 佳苗が戸惑う中、雄吾は佳苗の手首を掴んだまま、ゆっくり顔を上げる。 その視線の先には、こちらへ歩いてくる悟がいた。「佳苗!」 苛立った声。 悟は佳苗を見るなり、露骨に顔をしかめた。「何やってんだよ」 だが次の瞬間、雄吾の姿に気づき、動きが止まる。「……誰?」 警戒した声音。 雄吾は答えない。 ただ静かに佳苗の前へ立った。 庇うように。 その背中の広さに、佳苗は息を呑む。「佳苗、こっち来い」 悟が手を伸ばす。
恵が帰ったあとも、佳苗はしばらく動けなかった。 心臓が嫌なほど脈打っている。 あの目。 一瞬だけ見せた、冷たい視線。 前世では最後まで気づかなかった。 恵はずっと、自分から奪うことを楽しんでいたのだ。「……っ」 佳苗は唇を噛み締める。 怖い。 けれど、それ以上に悔しかった。 どうして自分は、あんな人たちのために命まで懸けてしまったのだろう。 テーブルの上に置かれた結婚写真が目に入る。 幸せそうに笑う自分。 悟の腕に寄り添って、未来を信じ切っていた頃の自分。 ――滑稽。 佳苗は震える手で写真立てを伏せた。 もう戻れない。 戻りたくもない。 今度こそ終わらせ
「……今、泣いてるのか?」 低く静かな声が耳に落ちる。 その一言だけで、張り詰めていた感情が崩れそうになった。 佳苗は慌てて口元を押さえた。「な、泣いてません」『嘘が下手だな、お前は昔から』 昔から。 その言葉に、大学時代の記憶が蘇る。 榊原雄吾。 成績優秀、容姿端麗、誰にも媚びない孤高の男。 学生の頃から有名だった。 近寄りがたい人だったのに、なぜか佳苗にはよく話しかけてきた。『また他人の仕事押し付けられてるのか』『断れないのか、お前は』 呆れたように言いながら、結局いつも助けてくれた。 けれど卒業後は一度も会っていない。 それなのに、どうして今。「どうし







